第三話
ユキと生活を始めて一ヶ月が経った。
神殿の中庭には畑がある。
この畑は俺の祈りの力で無限の豊穣が約束されている。
鳥もいる。飛ばない鳥だ。
毎日五つの卵を産む雌鳥と、大きな雄鳥、たくさんの若鳥がいる。
畑と鳥は十分な栄養をユキに与えるが、俺はそれらを食すことはない。
食すことができないのだ。
生贄以外のものを食せば俺の力は失われ、それを回復するためにはまた生贄が必要になってしまうのだ。
それでもユキは、自分の分だけではなく俺の分の食事を作ってくれる。
そして、自分で食べる。
この年代の少女はよく食べる。
俺はそんなユキの姿を見ているのが好きだ。
ユキは家にいた頃、畑仕事に出た両親のために、食事を作っていた。
ある干ばつの夏、小さかったユキが神殿に食料を受け取りに来たことを俺ははっきりと覚えている。ユキも覚えているだろうか。
あの幼子が今こうして俺の生贄になるため、ともに暮らしている。
仕方のないことではあるが胸が苦しくなる。
生贄に選ばれなければ、幸せな将来があるに違いないのだ。
「神様、何を考えているんですか?」
ユキが匙を置いて尋ねる。
「お前のことを考えていたんだよ」
「私の事?」
ユキは目を丸くした。
「少し物語をしようか」
俺はユキにこの村の物語を聞かせた。
民を苦しめた大蛇を退治したこと、豊穣の祈りで村が無数の作物で溢れたこと、そして死の霧の中に五色の花が咲いている丘があること。
ユキはその一つ一つの話を真剣に聞いていた。
そして言った。
「五色の花、見てみたいです」
「いいよ。連れて行ってやる」
俺はユキを左手に抱きかかえ、右手に雲切りの剣を持った。
そして、死の霧を切り払い五色の花が咲いている丘に辿り着いた。
「綺麗……」
ユキは一面に広がる五色の花に息を呑む。
そして、その中の一株に手を触れた。
「痛」
この花には棘があった。
ユキの柔肌に棘が刺さった。
「見せてごらん」
ユキの手を取り、流れる血をすする。
その時。
ユキの胸から ゴトリ と音がした。
時が満ちたのだ。
「ユキ」
「……はい」
「お前を頂くよ」
神殿に戻る。
ユキの手には五色の花の花束がある。
もうすぐで俺は十数年ぶりの食事にありつける。
「最後に何か言いたいことはあるかい?」
「ユキは神様と一緒に居れて幸せでした」
「俺もだよ」
ユキの服を脱がし、清めの水をかける。
小さな体には色鮮やかな恋愛の花が咲いているのだろう。
俺はこれからユキの命をすする。
ユキに口づけをする。
「ん……」
それが彼女の発した最期の声だった。
触れた口から、ユキのすべてをすする。
血も骨も肉も魂もすべてを飲み干す。
そして、ユキはいなくなった。