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第五章 怪力乱神

 アリンゴス軍北方、対フロスガー前線砦にフロスガー軍が到達するともぬけの殻だった。

 否、正確には男一人と山と積み上げられた死体が転がっていた。

「なんだこれは……。」

 兵士の一人が思わずつぶやいた。

「ん、あ!お前らか、戦争終わらせようってのは!?」

 男が問いかけた。領主や、兵士は黙っている。

「確かに私が始めたことだ。」

 黙っていたから私が答えた。

「おっ、お前か?黄昏の魔女っていうのは。」

 敵意は見えないものの周りが全て警戒している。ユリヤですら剣を構えた。

「確かに私だ。」

 私が答えると男はニイとわらった。

「思ってたよりずっといい女だ。それに面白そうだから良かったらお前らの仲間に入れてくれないか?一応手土産も今さっき出来たところだ。」

 私は彼に底知れぬ恐怖を感じた。地がざわめき立つ、この男は危険だ。

「参考までに聞かせてくれ。どうやってこの砦を落としたのだ?」

 彼は少し悩んだ。悩んだ後に応えた。

「……どうって言われてもなぁ、正門から堂々と入って飛んでくる矢を切り払いながら目に付いたやつから切っただけだからなぁ。」

 驚かされた。

「矢を切った?その馬鹿みたいに大きな剣でか?」

 彼の横に置いてあったのは幅が30センチほど、長さに至っては2メートル以上ありそうな巨大な剣。それを迫り来る矢の雨を切り払える速度で振るったのであればどれほどの力を持つのか。

「流石にこいつだけじゃ無理だ。だからこれも使う。」

 大刀一刀流でも常軌を逸しているのに男はもう一本、常識の範囲の大剣を取り出したのだ。身幅40センチ長さが150センチほど。剣というよりは盾だ。

「その大剣の二刀流なのか?」

 私は、思わずこの男に訪ねた。

「そうだ、俺は昔から力だけは自信があったが器用じゃなくてな。魔法とか矢なんかを防げるだけの剣が欲しかっただけなんだがな。そんなにおかしいか?」

 おかしいとかそんな話ではない。

「普通はその一本でも並みの兵士では振ることすらできないはずだ。」

 そんな話をしているとベルタが話に加わる。

「聞いたことがあるよ。東の果てに魔術師を殺せるただの人間がいるという。まさか会えるとは思ってなかったけどね。」

 男は少し嬉しそうに訪ねた。

「俺の噂か。どんな噂だ?」

 ベルタは答えた。

「話すとキリがないから端折る、なんせキリがないからね。一番有名な噂と言ったら、5年前我がルーフェンの北方ホワイトロック山脈の砦は複数の魔術師の一個小隊を含む一個師団に包囲されていた。ちょうどあんたがあそこの指揮官になる一年前のことだな。」

 そう言いながらベルタは私の方を見た。

「そして、その砦から打って出たのがこいつを含む100人のただの兵士。決死の覚悟で命令違反を犯して砦から敵陣めがけて駆けていった。その時こいつはその敵の陣形に風穴をあけただけに飽き足らず、その大多数を殺した後に行方不明となる。その時に受けた傷で死んだと言われているが、間違いのようだな?」

 ベルタが話終わると男が笑った。

「ハッハッハッハッ、あの時は大変だったな。ちょうどこいつを作ってもらうきっかけになった話だ。」

 そう言いながら盾のような大剣を眺める。

「矢を防ぎきれなかったんだ。それでかなりボロボロでな、砦に戻って反逆者扱い癪だったからな。そのまま医者に行って、鍛冶屋に行ったんだ。」

 冷や汗が落ちる。あまりに馬鹿げた話だが、ベルタの目が、現在の状況が事実だと雄弁に語りかけてくる。

 あまりに、巨大な力の前に身を凍らせていると不意にそれを溶かす温もりが肩に触れる。

「心配するなリヴィア。部下からコイツの話は何度か聞いたが少なくとも悪い奴じゃない。」

 また男が笑った。

「ハッハッハッハッ、怖がらせちまったか。悪いな、終わったあとで疲れて寝ちまったんだ。とはいえこの死体の山の中で寝てちゃ、怖がられても無理はないわな。安心しろ、敵意はないが好意はある。」

 私が捨て台詞を吐こうとするとベルタが割り込む。

「さっきから言おうと思ってたんだが母親の前で娘を口説きにかかるとは一体どういった了見なんだい!?」

 男は驚いた顔をしていた。

「お前、黄昏の魔女の母親かよ。てことは、お前がベルタなのか。お前こそ噂だらけじゃねーかよ。」

 あぁ、よりにもよって修羅場だ。

「あぁ、私がベルタだ。いかにもこの子の母親だ。娘が欲しかったら私を倒して力ずくで奪うんだね。私の一人も倒せないような雑魚じゃこの子を守るなんて無理だからね。」

 ベルタが言うと男は乗った。

「上等だ。あんたに勝って、そして黄昏の魔女をモノにしてみせるさ!!」

 ベルタはすぐに交戦の構えに入る、しかし、男は構えなかった。それどころか、刀を鞘に収める。

「待てよ、今すぐに決闘ってのは少々血の気が過ぎる。それに義母になるかもしれない人を傷つけるのは趣味じゃない。」

 ベルタは構えを解かないまま問を投げた。

「ならどうやって私を倒す?」

 男は問を返す、頭をかきむしりながら。はにかんたような笑顔を浮かべながら。

「別に、あんたと戦わなくったってあんたより強いって証明すればいんだろ?」

 ベルタはさらに問を返した。

「どうやって証明するつもりだ?」

 そして男が結論を述べる。

「競争さ、次の砦であんたと俺とどっちが多く手柄を上げるか勝負ってのはどうだ?」

 ふたりが平和的な解決に向かい内心胸をなでおろした。

「なるほど、面白いじゃないか。言っておくが私なら十秒で砦のひとつやふたつ落としてみせるぞ。」

 ベルタが言った。これは嘘ではない。むしろ少し謙遜を含んだくらいの表現だ。ベルタの過去の戦歴には交戦開始後瞬き一つの間に砦の守兵がすべて戦闘不能になっていたというものがある。

「そうこないとな。やりがいがないってものよ。」

 男は笑ってみせたが、ベルタは鼻を鳴らすとそのまま次の砦に向かって行軍を開始した。私は、ただそんな光景を見ているだけだった。こんな平凡な、普通の女の生きる道をこんな屍の山で見ることに圧倒的な違和感を感じて、その違和感に圧倒されているだけだった。

「まだ、口説くのは許してもらってないからとりあえず自己紹介だけな。俺はヴラド、ブラド・ボルグだ。よろしく頼むぜ、隊長さんよ。」

 男は行軍するベルガと真逆に歩いてきたかと思うとそういうわけではなく彼の目標は私だったのだ。

「あ、あぁ……リヴィア・ブラッドだよろしく頼む。」

 必要とあらば私はこの男の枷となろう。そう、決めた瞬間だった。この男が裏切らぬために自らの身を差し出す覚悟を決めた。

「んで、こっちの可愛いお嬢さんは?」

 しゃがみこんでユリアと目線を合わせながらユリアに聞いた。ユリアはヴラドの目をじっと見つめている。

「この子は……。」

 途中まで言うと、ユリアが口を開く。

「ユリア……。」

 ただ、短く自分の名前を口にしただけだったが珍しいことではあった。

「そっか、ユリアちゃんか。兵隊なのかな?」

 ユリアは首を強くたてに振った。

「そっか、じゃあ隊長の背中しっかり守ってくれよ。」

 そう言いながら男はユリアの頭に優しくそっと手を置くと立ち上がり大声で叫んだ。

「昔は、ルーフェンでも行軍の時は歌を歌ったんだ。今は歌わないのか?」

 兵士たちが口々に答えた。

「そういえば」

 と。

 男は歌いだした。

「いざ共に往かんそれ!それ!」

 兵士たちもせっかくだから私も続いた。

「命懸けで、それ!それ!」

 こうして歌いながら進軍していると不思議と力が沸いてくる。足並みも歌の拍に合わせて上手くそろう。こんな初歩的な士気の上げ方をどうして忘れていたんだろう。

 行軍中にヴラドが言った。

「お前は肩に力入れすぎだ。」

 と。私はそれに、

「全くその通りだ。」

 と笑うしかなかった。

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