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第三章 狂乱の華

「おい、起きろよ姉御」

 無骨な男の声が聞こえる。目を開くとヴィクトルが居た。そう言えば昨日でこいつとは義兄弟になったのだった。

「あぁ、すまない……。」

 体を起こそうとするが左手が動かない。

「すっかりなついちまったな。」

 ヴィクトルがそう言いながら私の左手の方を凝視する。私も習ってみてみると、メリッサにそっくりな少女がしがみついていた。

「どうやら、そうみたいだな……。」

 そう言いながら頭をかきむしる。

「なんだ、嬉しくなさそうじゃねえか?」

 ヴィクトルがにやけていた。

「複雑なんだ。この子は、私の親友によく似ている。あまり懐かれるとその、だな……。」

 メリッサを思い出しながら言う。

『その、何?』

 メリッサまでうるさい。しかも、目の前ではヴィクトルが満面の笑みで頷いている。

「ほうほう……んで?」

 いい性格している。困ったものだ。

「かっ、体を弄られる気がするんだ。」

 きっと赤面していただろう、そうでなくては暑すぎる。

『私も体があったら弄りたいよ〜〜羨ましい幼女め!』

 メリッサがうるさいので頭の中で『お前も見てくれは大差ないぞ』と突っ込みながら目の前の男に耳を傾ける。

「俺も弄りたいもんだなぁ、あっはっはっ!」

 あぁ、朝から疲れる。

「お前もか……。」

 そう言うとため息をついた。

「ん……んう……。」

 腕にしがみついてた少女が少し唸り声をあげながら起きる。

「あっ、すっ、すみません……!」

 少女はそう言いながら急いで手を離した。

「きにするな、さ、フロスガーに行くぞ。」

 そう言いながら、私は少女の頭を撫で、テントを出た。

「はい……。」

 後ろから乗り気には聞こえない返事が聞こえる。それもそのはずだ、あんなもの夢だと思いたかったのだろう。

「皆んな、今日はフロスガーに行くぞ。交戦の予定はなしだ。鎧はつけず礼装で行こう。」

 そう言うと、兵士たちがささやかな返事の合唱を返してきた。私も礼装に着替えると軍を率いて、フロスガーの砦に向かう。山賊たちはヴィクトルを除いて酔い潰れて寝ている。放っておいてもキャンプを護る護衛になるだけだ。

「情けねーなこいつら。」

 ヴィクトルが言う。

「お前が強すぎるんだ。」

 そう言いながら眠った山賊をほったらかしにしてキャンプを後にした。


 フロスガーに行く途中、ずっとそばに居た少女にきまぐれで話しかけてみた。

「リヴィア・ブラッド、私の名前だ。お前はなんていうんだ?」

 少女は少しうつむいて答えた。

「ユリヤです……。」

 何となく寂しく感じた。メリッサによく似た声で顔で敬語を使われるのが少し辛かった。

「なぁ、ユリヤ、私のことはリヴィって呼べ。もしくはリヴィアおねーちゃんでもいいぞ。」

 メリッサが割り込んできた。

『リヴィアおねーちゃん!』

 今日ほどメリッサにゲンコツを入れてやりたかった日はない。

「……。」

 少女は答えなかった。

「なぁ、ユリヤ、聞かせてくれよ。昨日、私が気絶してる間何があった?」

 少女は、うつむきながら静かに語り出す。

「ただ、死んでほしくないって思って。お父さんも、お母さんも死んじゃって助けてくれたリヴィアさんまで死んじゃうのはどうしても嫌で……。そしたら何かが強く光って、リヴィアさんの傷が塞がってて。」

 やはり予想通りだ。そして私の予想が正しければ。

「メリッサ、どう思う?」

『どうもこうも、この子魔術師だよ?それも私とは真逆に近い魔力を持った優しい魔術師。』

 この答えが返ってくる。つまり大方私の予想通りなのだ。

「その光とやら俺も見ました。」

 兵士の一人が口を挟む。皆、口々に「俺も、俺も」と言った。

「ところで、メリッサさんて、誰ですか?」

 ユリヤが初めて自分から口を開いた。

「私の親友で、お前によく似ていたんだ。今でも私の心臓にいる。」

 初めてだから私もしっかりと答えようと努めた。

『確かにちっちゃい頃の自分見てるみたいなんだよね。』

 メリッサがつぶやく。

「じゃあ、メリッサさんは……。」

 ユリヤはどことなく寂しそうだった。

「死んだよ。かなり前にね……。」

 私はそう言って苦笑いをする。

「寂しくないんですか?」

 ユリヤは少し怒ったように言う。

「実感がないんだよ。死ぬときに賢者の石になった魔術師は話しかけてくるやつもいるからね。」

 私がそう言うとユリヤは安心したような顔をして、それから笑った。

「メリッサさんて、どんな人ですか?」

 私は面食らって、それから葉巻を渡して鏡を取り出した。

「こんなやつだ。」

 そっくりだ、葉巻をふかすメリッサもこんな感じだった。

「あはは、何これ。全然似合わない。」

 よかったユリヤが初めて普通に笑った。

『似合わないかなぁ?』

 メリッサは首を傾げたような声でつぶやく。

「なぁ、ユリヤ。お前も似合わないと思うだろ?」

 私はほくそ笑みながらユリヤに尋ねる。

「葉巻なんて、男の人かリヴィアさんみたいな人が吸うものです。私なんかが吸ったら馬鹿みたい。」

 ユリヤの笑い声が少し響くと前の方で兵士たちも笑っている。

「馬鹿みたいだってよ。小さい副軍団長がいってるぜ。」

「確かにあれは似合ってなかったな。」

「にしてもあの子副軍団長そっくりだぜ。長生きして大人になった副軍団長見てみようぜ。きっといい女だ。」

「その頃には俺らじじいだけどな、あはっはっは。」

 あぁ、よかった。ユリヤのおかげたな。昨日は泣いてた兵士たちも笑ってくれている。少しばかりユリヤをフロスガーに引き渡すのが惜しくなった。

『もう、みんなで馬鹿にするんだから!』

 若干一名拗ねたが、問題はないだろう。どうせ一時間もすれば機嫌も治る。


 そんな会話をして一時間ほどメリッサの機嫌もだいぶ戻った頃私たちはフロスガーの領地にたどり着いた。

 たどり着いた途端に最低限の武装すら解除する。

「ルーフェンの第六軍御一行と見受けられる。本日は何用でお越しになられた?」

 武装解除した私たちに気づいたフロスガーの守兵が一人出てきて言った。

「お届けものだ。アリンゴスとの前線にいた民だ。それから、我々はルーフェンの民ではない。今は亡命者だ。」

 それを聞いたフロスガー兵が言った。

「わかりました、では確認をとってまいりますのでお待ちいただきたい。」

 しばらくして、砦の城門が開く。中には槍兵が道を作るかのように二列に整列しているのが見える。

「お入りください、リヴィア様。おかえりなさい、我が同志諸君。」

 槍兵たちが叫んだ。フロスガーは身分の格差が少ない国と聞いていたが生きて戻った領民を歓迎するというのは素直に好感が持てる。

 そこから少し歩いて、領主のいる建物へと着いた。領主は少し豪華な服を着て部屋を飾っているものの程度をわきまえていて上品な紳士といった印象を受けた。

「この度は我が領民を救っていただき、誠にありがとうございます。私たちはこれから生還を祝し宴を開きますのでよろしければリヴィア殿と、お連れの方々にも参加していただきたい。」

 それから程なくして、宴が始まる。豪華な食事が並び、帰還した領民たちには幾つか洋服なども贈られた。領民と貴族、兵士に領主までもが同じテーブルにつき同じ料理を囲む。

 しばらくして、領主が私の隣に座った。

「リヴィア殿は何故ここまでお越しになったです?望みがあるならお聞かせ願いたい。」

 領主が言った。

「フロスガーの民が途中で殺されたら寝覚めが悪い。それだけのこと、どうか気にしないでいただけるか?」

 私は素直に答えた。

「フロスガーに志願するわけでもなく、単に護衛のためですか。失礼いたした、亡命者と聞いていたため変に勘ぐってしまいました。」

 領主は詫びを入れそして向き直る。

「これからどうされるおつもりですか?身を寄せる国もないのでしょう?」

 私は真剣な目に報いるため極めて真面目に答える。

「それが勧誘なら、現時点ではお断りさせていただく。」

 領主は笑いながら続けた。

「そう言うと思っておりました故、勧誘ではございませぬ。一つ頼まれてくださいませんか?」

 領主の顔から笑みが消える。

「アリンゴスで何か良くないことが起こってる気がいたします。よろしければ探ってくださらぬか?報酬も弾みましょう。」

 願われるまでもなかった。初めから気になっていたのだ。

「引き受けよう。私も気になっていることがある。」

 領主は再び笑顔へと戻り、一言残して宴の席に戻る。

「では、頼みましたぞ。」

 さて、宴も酣。宴は宵の酔いまで続くだろう。ここでの酣は最も盛り上がっているという意味で記している。

 そんな最中に盛り上がらない、非常につまらなそうな、不安そうな面持ちの少女1人。ユリヤだ。

 私は彼女がきになる。親友の顔で、そんな顔をされたら気にならない人間がいるのだろうか、答えは是、非道な人間なら気にもならない。しかし私は残念なことに非道な人間ではなかったようだ。声をかけてしまったのだから。

「どうした?つまらないのか?」

 ユリヤは答えた。

「私、どうしたらいいのかな?この宴が終わっても帰るところもなくて、ごめんなさい、少し寂しくなっちゃいました。」

 そう言いながら涙を溜めた顔で笑うユリヤが悲しかった。

「お前はどうしたいんだ?」

 こんな少女に決断をさせるのは酷だとわかりながら尋ねてみた。

「私は、リヴィアさんと居たいです。助けてくれて、優しくしてくれて、おぶってくれて……。」

 どうやら私は間違ってはいなかったらしい。

「私もそうしたい。親友とそっくりで、それに優しいお前が私の手の届かないところに居るというのは少し不安だ。」

 ユリヤの顔が明るくなる。

「じゃあ!」

 しかし、今すぐに答えは出ないのだ。いや、直後には出せたのだが。

「少し待ってくれ。領主の了解も得ずに領民を連れて行くわけにはいかない。それに今のお前は魔術師なんだ、きっと兵として徴用されることになる。」

 しかし、これを地獄耳な領主は聞いていた。

「いいですか?リヴィア殿。私たちはそこのユリヤというお嬢さんがそれから魔術師だということにも気付かなかった。それから、安否も確認できなかった。」

 一瞬曇ったユリヤの顔が再び笑顔を取り戻す。

「いいのか?」

 私は領主に尋ねた。

「兵士にするのが嫌なのです。それに、あなたがこの子を無下に扱うような人間なら先ほどのような言葉はかけないでしょう。どうか、よろしくお願いします。」

 それにしてもこの領主は民の一人までよく見ている。

「だそうだから、ついてきてくれるか?」

 ユリヤの目を見ていった。

「領主様、ありがとうございます。」

 ユリヤは領主に頭を下げた。

「こちらからも礼を言わせてもらう。ありがとう。」

 領主は笑っていた。

「いいですか?ユリヤさん、幸せになるのですよ。それからリヴィア殿、我が領民の娘は私の娘も同然に思っておりますゆえ失礼を承知で言わせていただきます。不幸にしたら容赦いたしませんよ。」

 ここまで言われては責任重大。だが、もとよりユリヤに不幸な思いをさせるつもりはない。

「約束しよう。」

 領主は笑顔で「娘を嫁に出すというのはこんな気持ちなでしょうかねぇ」とおどけて見せながら宴の席に戻る。

「リヴィアさん。」

 ユリヤが私の裾を引っ張る。

「なんだ?」

 ユリヤは少し恥ずかしそうにしている。

「お母さんって呼んでもいいですか?リヴィアさん、私のお母さんそっくりで……。」

 思わず笑った。

「あははは、可愛い奴め。良いぞ。」

 ユリヤは満足そうな顔をしている。

「ところでお前のお母さんに似ているというのは顔か?性格か?」

 以前親友には父親に似ていると言われた性格がこの子の母親似なら良いなと淡い期待を抱きながら尋ねてみた。

「顔です。」

 ユリヤは自信満々に答えた。どうやら自分の母も私のことも美人だと思ってくれているらしい。が、少し残念だ。

「そうか、顔か。まぁ良い、お前は今日から私の娘だ、よろしくなユリヤ。」

 そう言うとユリヤも笑っていた。太陽みたいな少女だ。

「はい、よろしくです。お母さん!」

 こうして私は母に。ベルタはおばあちゃんになったのだった。


 その日から3日後のことである。私たちはアリンゴスへと向かっていた。連れてくる気は無かったがユリヤもしっかりついてきている。と、言うのも出発前しがみついては泣きながら「死んじゃったら嫌だ」と泣きついてきたのだ。今はそれを恥じて押し黙ってしまっている。こちらとしては嬉しいことを言ってくれると思っただけなのだが。

 しかし、酷い。途中には虚を見つめブツブツと何やらつぶやいている人や、その成れの果てであろう屍が転がっている。ユリヤには見せぬよう、ユリヤを馬車に乗せ適当に話をしながらようやくアリンゴスの砦についた。

 我々の到着に気づいたアリンゴスの兵はかまわず襲ってきた。それも訳のわからないことを呟きながら。私は、最前線で真っ先に魔法を展開しながら兵たちに指示を出す。

「敵に対し必ず二人一組で当たれ。一対一には決してなるな。」

 今回は我が軍の全戦力大鳶山賊団と元4軍兵総数38人が同行している。無論ヴィクトルもだ。

「てめぇら死にたく無かったら一切手加減するな!殺される前に殺せ!」

 ヴィクトルが私の指揮を補佐している。

 私はとりあえず襲ってくる兵士も目標に魔法で致死量ギリギリの血を吸い取って行く。一応、出来るだけ生かしておく。途中兵士が何人か怪我を負った、いずれも軽傷で戦闘に影響を及ぼすものでは無かった。

 全て上手くいったのだ。かなりの多勢に対し5分間、たったの5分間圧倒的優勢を保った。するとアリンゴスの兵が急に遠退いた。否、間に空間ができたのだ。

「こんにちは、黄昏の魔女殿。無作法者共が迷惑をおかけいたしました。」

 闇から長身長髪、不気味なほどに整った顔の女が出てきた。しかし、アリンゴスの兵も何人かは死んでいる。それなのに元から交戦など無かったかのように平然と立ち振舞う。

「不気味なやつだ。何故戦わぬ?先に手を出したのはそちらといえ私達は貴様の兵を殺したのだぞ?」

 私が言うと、女は不気味ににたりと笑った。

「私の兵?ああ、そこに転がっている役立たずですか?」

 腹が立った。どんな者であれ、そんな扱いを受けるのは腹が立った。

「役立たずだと?」

 女は嗤っていた。

「ええ、役立たずです。自らの命を売りに出し、魔術師にもなれ無かった役立たず。」

 違和感を感じた。

「魔術師になれ無かったというのはどういうことか?」

 魔術師とは目指す物ではない。悲しみ、憎しみ、怒りそんな感情が産んだ願い、それが人を魔術師へと変える。本来悲しい物なのだ、魔術師とは。

「我が軍の軍人には賞味期限があります。そこの役立たず共はは賞味期限切れ、もはや人の心などありません。」

 まともではない。この魔術師ですら人の心など持ち合わせていない。

「どういうことだ?」

 女は口に指を当て、片目をつぶって答えた。

「秘密、ですよ。話してしまったら口封じをしなくてはならないですからね?それとも、私にあなたを殺す口実を作らせて下さるんですか?」

 脳内でメリッサが言う。

『聞いちゃダメ。勝てる確率なんてほんの少ししか無いから。この女、すごく強い。』

 それはわかる。でもこの女には拳の一つも入れてやりたい。

「わかった、諦めよう。」

 そう言って反転した時だった。腹を何かがえぐる。何もないのに何かがえぐる。

「諦めるなんて言わないでください、どうぞ聞いて行って?それで、死ねよお前。」

 目の端で女の表情が笑顔から怒りへと反転する様を見た。

「ぐ……がふっ……。」

 血を吐くのは二回目だ。だからわかる。この程度ならギリギリ死なない。だけど、きっと私は秘密を聞かされて殺される。誰も守っては戦えないだろう。自分すらも。

「逃げろ!絶対に振り向くな!」

 無我夢中で叫んだ。兵士たちは逃げてはくれ無かった。

「おい馬鹿野郎共、軍団長さんは足手まといだって言ってるんだよ。わかったらさっさと逃げろ。あいつなら大丈夫だ生きて帰ってくる。」

 ヴィクトルが叫ぶ。

 兵士たちは、皆口々に「ご武運をと言いながら去っていく。」最後まで残っていたのはヴィクトルだ。

「すまねえ、姉御。」

 兵士たちには聞こえぬようそう言って身を翻し走っていく。

 残ったのは得体の知れぬ女と私のたった二人だけ。

「待ってくれたのか?」

 女に問うた。

「ええ、私はあなたを殺したいだけですから。それも極めて個人的な理由でね。惨たらしく、時間をかけて、苦しませながら。邪魔をされたくありませんもの。」

 女は答えた。

「ユリヤ、ごめん、帰れそうにないかもな……。」

 そう呟くと前に向き直る。

「メリッサ、やつの正体を見てくれ。」

 先ほども、攻撃されたことすらわから無かった。見え無かった、刃も、何もかも。

『わかった。リヴィはとりあえず最大限魔法を展開して!』

 メリッサは私に言った。

「あらあら、仲がいいんですね。羨ましい限りです。」

 女がそう言ってる間にもまっすぐと女に向けて血の領域も、闇の領域も広げていく。しかし、一切届かない。近いのに遠い。女より遥か遠くまで、すでに展開されているはずなのに。

 音もなく、左腕に穴が開く。小さな穴が。

「気に食わないのですよ、人に愛されて、人を愛することができるあなたが。」

 鋭い痛みが走る。血が滴る。骨にも穴が開いて、中の神経も全て断たれている。思わず絶叫した。

「ああああ!」

 女は私を愉快そうに見ている。

「あぁ、そういえば秘密を話さないと殺せないんでした。麻薬ですよ、感情を昂らせる麻薬。それを使って戦で死にかける兵を魔術師として覚醒させるんですよ。この麻薬はある一定まではなんら影響はないんですけど、それを越えると精神が崩壊しちゃうんです。わかりましたか?もうあそこの役立たずたちには心なんてないんですよ。」

 愉快そうに笑いながら答える。

「ははは、なかなかに外道なことをする。」

 私も負けじと笑ってやる。あまりの痛みに嫌な汗が流れるのがわかる。

「外道ですね、でもそうでもしないとアリンゴスは滅びちゃうんですよ。」

 そう言って笑いながら左肩に穴を穿つ。もう、完全に左手は使い物にならない。指の一つすら動かない。断裂した神経が痛みを発している。腕全体が細切れにされたかのようなそんな痛みを。

『リヴィ、見えたよ。あの女は空間を操る魔術師。あの攻撃は、リヴィの体に何もない空間を上書きしてるの。』

 防ぐ手立てはなしか……。

「見えたぜあんたの攻撃。」

 女は未だに愉快そうだ。どうにかしてもっと心を、気持ちを乱さねば。

「お友達からの忠告ですか?無駄ですよ?見えたところでどうやって避けるんですか?」

 確かにそうなのだ。避けるしかないし防ぐなんてできない。全く、走るのは苦手なんだがな。

「メリッサ、私は走り回ってやつに狙いを定めさせられないようにする。攻撃は任せたぞ。」

 そう言ってほとんどの魔力をメリッサに預ける。

『わかった。』

 メリッサは魔力を細くまっすぐ伸ばすが届かない。

「ずいぶん信頼し合ってるみたいですね。非常に目障りです。だからゆっくり殺してあげますね?」

 女は相変わらず愉快そうに笑っている。殺さないためか低い狙いで何回も攻撃が飛んできているのがわかる。地面に穴が開く。何発も何発も避けた。血も流れていって目が霞む。何発も何発も体に受けた。足も穴だらけだ。足がもつれて、転びそうになって、止まって右足の感覚がなくなる。

 足がなかった。

「綺麗な足でしたのに残念。飛ばしてしまいました。」

 生きて帰りたい、またあのどうしようもなく愛おしい仲間たちと。どうしようもなく愛おしいユリヤと一緒に笑って過ごしたい。あぁ、帰るのが大変になる。

 最後の賭けだ。声に出さずメリッサに語りかける。

『メリッサ、こいつにはどうやったって正面からじゃ勝てない。だからもう魔法も全部引っ込めてくれ。』

 メリッサは泣いていた。

『リヴィ、死ぬつもりなの?嫌だよ!絶対嫌、私の親友は死なないの!』

 いつかこんなこと私も言ったな。でも、そん時とは別の答えを返してやるよ。

『死んでやるつもりはないね、メリッサの親友だからな。最後の賭けだよ。何があっても絶対に何もしないでくれ。私が死ぬその瞬間までただ私の賭けがうまくいくことだけ祈ってくれ。』

 本当は呼吸するので精一杯だった。片足がなくて片手もない。生き延びても帰れるかなんて考えてた。

「もう終わりですか?」

 遠のいてく意識の中でその声だけは、私を殺そうとしてる女の声だけは聞き逃さなかった。

 残った腕も足も飛んだ。両目も抉られた。もう、呼吸するので精一杯だった。それでも生きて帰りたい、それだけ思ってほんの少しの魔力を自分の血に潜ませる。

「あっけないものですね。でもまだ殺しませんよ?傷口を焼いて止血してあげましょう。そしたらもっともっと苦しませて喉が裂けるまで殺してくれと許しを請うようになるまでありとあらゆる方法で苦しませてあげましょう。」

 喉の奥から血が上ってくる。口の中は鉄の味でいっぱいだ。痛みなんてもう、感じない。ただただ遠のいていく。全ての感覚が遠のいて消えていく。寒い。頼むから生きさせてくれよ、神様なんてものがいるなら生きたい理由、見つけた瞬間に命を奪わないでくれよ。そんな風にただただ祈りながらできるのはある一瞬を待つことだけ。メリッサはきっと泣いている、鳴き声が聞こえる。

「にしても、綺麗な顔をしてますね?殺したら蝋人形にして飾ってあげましょうか。」

 女の声が聞こえて、次に顔に温かいものが触れる。そうだ私に触れろ、願わくば私の上に居てくれ。そう思いながら肋骨を支えにまっすぐ私の血から作った骨を伸ばす。何かに当たって、肋骨が圧迫される。そして、貫いた感触があった。

「なぜそうまでして生きようとするんだ!?」

 恨めしそうな苦しそうな声が聞こえる、半分は絶叫で半分は死んでいく人の力ない言葉。

 次に顔に生ぬるい液がかかる。そして、目の前で誰かが死ぬ気配。どうやら勝ったみたいだ。

 メリッサはまだ泣いている。

「幽霊が泣くなよ。童にでも追われたか?」

 あぁ、悔しい。もう足がない、手がない。なんだよ、私の願いは私の手で、殺してやりたいだぞ。手がなくなったら生やすくらいできてもいいじゃないか。

『だってリヴィ、もうどうやったって助からないよ。そんな体で。どうやったって死んじゃうんだよ、馬鹿、嘘つき。』

 悔しいなぁ、悔しい。すごく悔しい、メリッサにだけは言われたくない。帰りたい、ユリヤも仲間たちも待ってる。馬鹿野郎、頼むよ。奇跡なんてこんな時に起きなきゃどうしょうもないんだからさ。

 しかし、奇跡なんてあるはずもなかった。それでも私は生きていた。起きたのは奇跡じゃなくて必然だ。

「こんなとこ、親に見せるなよ。」

 懐かしい声だベルタだ。

 手が、足が、目が、再生していくのがわかった。私の上に乗っかった死体がどかされるのもわかった。破壊と再生、命の略奪と贈与、そして、観測と把握。これがベルタの魔法。

 その再生術の途中、私はベルタの魔法で眠らされた。

 目が覚めたのはキャンプのテントだった。

 隣にはすっかり目を腫らしたユリヤが寝ていた。

 帰ってこれたのか。にしても母は偉大だ。とりわけ私の母は偉大すぎるくらいだな、そう思いながらユリヤを起こさないようにテントを出る。

「よっ!起きたな。具合はどうだ?」

 朝一番このキャンプに似つかわしくない人物がいる。

「ベルタ殿……。」

 一応、兵士もいる。だから、体面は保たねばと思った。

「やめろ、私はもうルーフェンの魔術師長じゃないんだ。」

 混乱した。

「それはどういう……。」

 ベルタは微笑むような表情で行った。

「言っただろ?やること全部終わったらあんたのとこ行くって。もともと、ルーフェンにいたのは単なるきまぐれだからね。引き継いで辞めて、ついでにあんたの真似して逃亡してきた。ついでに、食料かっぱらってね。」

 頭を抱えたい。

「ベルタ、お前な。」

 そこまで行って遮られた。

「あんたのそばで寝てたあの子が起きた。すぐ顔見せてやんな。じゃないと泣くぞ。」

 そう言われてテントを覗き込むとユリヤが起き上がって抱きついてきた。

「お母さんの馬鹿!私を幸せにしてくれるって言ったのに!死んじゃうつもりだったんでしょ!」

 途中まではそうだった。

「ごめんな。もう、二度とそんな馬鹿な真似しない。馬鹿な母さんを許してくれ。」

 そう言って抱きしめると、泣きながら頷いた。

「今回だけだよ……。」

 そういえば何か違和感を感じる。いつもより思いっきり甘えてきてるからだろうか。いや、もっとわかりやすい何か。

「そういえばお前敬語使わなくなったな?」

 ユリヤは赤面していた。勢いで怒って敬語を忘れたのだろう。

「あ……う……。」

 どうやら言い訳を思いつかなかったようだ。

「そっちのほうが可愛いし、親として認めてもらった気がして嬉しいぞ!」

 そう言って撫でると、不安そうな顔でこちらを見る。

「じゃあ、怒らない?」

 あぁ、愛しくて仕方ない。

「怒るわけないだろ?」

 思わず微笑んでいた。それを見て嬉しそうにしていたユリヤだが急に怒った顔に戻ってしまった。

「でも今回のこと本当に怒ってるんだからね!」

 ユリヤはそう言ってそっぽを向いてしまった。

 意外にも助け舟を出してくれたのはベルタだった。

「なぁ、お嬢ちゃん。リヴィアを許してやってくれないか?こいつ、お嬢ちゃんとまた会いたいがためだけに化け物みたいな魔術師倒してきたんよ。」

 ユリヤはまた満面の笑みを浮かべる。

「本当?お母さんすごい!ところでお姉さん誰ですか?」

 ここは母親たる私の出番だろう、出しゃばらせてもらう。

「ユリヤ、お姉さんじゃないぞ。こいつはベルタ、私の母親だ。つまりお前のおばーちゃんだ。」

 ベルタは笑っている。

「言いよるわ、こいつめ。娘の分際で!」

 ユリヤは不思議そうな顔をしてる。

「おばーちゃんなのにお姉さん。変なの……。」

 そんな話をしているとテントからヴィクトルが出てきた。

「あ、姉御!」

 私を見つけて駆け寄ってきて抱きついてくる。

「お、おい、よせ。大の男が恥ずかしいだろうが、離れろ、馬鹿!」

 ベルタはニヤニヤと嫌な笑を浮かべている。

「ほう?まさか、娘だけじゃ飽き足らず弟まで作っているとはね……?」

 そしてユリヤはというとヴィクトルに負けじとしがみついてくる。

「くそっ、少しは私の体をいたわれ。こっぴどくやられて死ぬ寸前だったっていうのに。それからベルタはからかうな。」

 ベルタは相変わらずニヤニヤと笑っている。

「私の回復魔法なめてもらっちゃ困るね。怪我は完治してるし遠慮なくやりたまえ諸君。」

 そう言いながら愉快そうに眺めている。


 しばらくして。

「ふぅ……少しは落ち着いたかお前ら。」

 ヴィクトルとベルタの脳天にはたんこぶが出来ていてユリヤはとりあえず私が抱いている。メリッサは脳内でぶつぶつと『恥ずかしい』を連呼している。

「すまねぇ、柄にもなく取り乱しちまって。」

 ヴィクトルはとりあえず素直だった。

「ちょっとからかっただけじゃないか、殴ることはないだろう?」

 ベルタがいるとどうも締まらない。こいつの言動は楽観的すぎる。

「まぁいい。とりあえず全員呼べ!今日は宴だ。私が生きて帰れたことを祝ってくれよ?」

 そういうや否や、ヴィクトルが叫ぶ。

「野郎ども!宴だ!今日はリヴィア軍団長殿の生還を祝って潰れるまで飲むぞ!!」

 そういうと、さっきまで寝てたであろう兵士たちも全員が起きてきて「おー!」と叫んでいる。いつからうちは山賊になったのだろうか?そんな疑問が浮かぶような勢いだった。だがまぁ、これもなかなか悪くない。山賊のような、いや、山族のような宴は次の日の朝まで続く。

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