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第二章 小さな人

 いつか見た風景だ。いつか聞いた音だ。そしてわかってたことだ。

「被告人、リヴィア・ブラッド。あなたはこの度軍団長の命令に逆らい、陽炎の月15日にホワイトロック砦へと侵攻を開始し、同日夕方これを不法占拠した。間違いありませんか」

 間違いだらけだ。だがどうでもいい。私はいい気持ちだ。あの屁っ放り腰に一泡吹かせてやれたし、私は砦を取り返したのだ。それを不当占拠と言うあたりこの国にも愛想が尽きた。

「間違いなしで結構!もうこの国には愛想が尽きたんでね。」

 そう言って口笛を鳴らすと第四軍の亡命する私にでも付いて来たいといった愚か者達が法廷の戸を開ける。

 私は愚か者達の援護を受けながら法廷を駆け抜けた。途中で襲い来る兵士の剣で手錠を砕き。叩きつけたかった三行半も叩きつけたのだ思い残すことはない。そのまま城下町をジグザグに抜け王城の門を抜けた。

 そしてしばらく走った後の話だ木陰に見慣れた顔がある。

「ベルタ……。何しに来たんだ?」

 そう言うと笑いながら木陰から出てきた。

「そう、殺気立つな。可愛い顔が台無しだぞ?忘れ物届けに来ただけさ。」

 左手には何か持っている。

「必要だろ?あんたのローブとその他もろもろ一番重要そうな荷物、集めといた。私はまだこの国にいないといけないけどさ、終わったらあんたのとこいくからちょっと待っててよ。」

 そう言いながら渡された荷物にはローブと金、それから変装用の服など必要になりそうなものが大体揃っていた。

「お……あ……ありがと……。」

 あまりに普通にありがたい内容で驚いた。

「あと、おかーさんに別れのキス忘れてるぞ。にゃははは!」

 そんな冗談を言って笑った。またしても何か癪だったんでそのままジリジリと歩み寄る。

「へ?あ、いやその、冗談だって。」

 笑顔が崩れてきた。そこでさらに一歩寄って後ろの木に手を付いて閉じ込めてやった。

「あのさ、リヴィア。これはちょっと絵面的にまずいんじゃないかなぁ。」

 いい調子だった。ベルタが焦っていた。

「あのね、リヴィ、んっ……。」

 ついでだ久しぶりに唇奪ってやった。

「ありがとね、母さん……。」

 キスが終わったあと、息がかかるほど近く、耳のそばで囁くと振り返らずまっすぐと歩く。笑わないように気をつけながら。

「おかーさん、ちょっと油断したわ……。知らないうちにキスが上手くなっちゃって……。」

 そう言いながらベルタは背後で腰を抜かしていた。


 しばらく歩いて王国領の外で休息をとった。

「あははは、いや〜傑作だった。あの、ベルタがあんなに焦るなんて……。」

 ようやく笑えた。この日は気持ちのいい日だった。木漏れ日が差し込んで微風が吹き抜ける。南に抜けたため多少は暑いものの、森の中は涼しい。

『リヴィ、大胆だったね〜〜。舌まで入れちゃってさ。』

 メリッサの声が楽しそうに響く。

「舌は入れてないぞ、舌は!」

 うそ、実は入れてみた。そっちの方が驚いてくれそうだったから。

『でもあんな熱いキス私ともしたこと無いじゃん!』

 実にどうでもいい。それに……。

「私がベルタにあんなこと言われるようになったのは誰のせいだと思ってる。大体おまえは自分から何度もしてきただろ!?」

 ちなみに絵面的には完全にアウトなのだ。メリッサは12〜13歳くらいにしか見えない。それと普通に大人の女がディープキスしているんだ。間違いなく逮捕される。

『リヴィ、これからどうするの?』

 急に真面目な話になった。後ろでは愚か者達が昼食の支度をしている。だから落ち着くために葉巻に火をつけ、一息大きめに吸い込む。

「まずはここから西へ向かう、西へ西へだ。」

 そう言うとメリッサが不思議そうな顔をする。

『そこはアリンゴスとフロスガーの最前線だよ。』

 そのとおり。三国はずっと三つ巴の戦いを続けている。ルーフェンは東側に位置する国で西にはアリンゴスとフロスガーの領地が接する場所がある。

「知ってるさ、だからこそ行くんだ。私の国に攻めてきたフロスガーの将達は敵ながらいい奴だった。だから私が見たことのなかった戦争を見にいく。その上で二つの国を見て回りたいんだ。」

 メリッサは不思議そうな顔をしていた。

『兵士やめたのにまた危険なとこ行くなんて変なの。』

 そのとおりなのだが、私には意図があった。

「何にせよいつかは物資も尽きる。いつかはどちらかの国へ身を寄せなくてはなら無い。傭兵稼業にしても依頼主は選ばなくてはなら無い。だからこそ見なくてはなら無いんだ。」

 そう言うとメリッサは暗い顔をした。

『リヴィ、また人を殺すんだね……。』

 その言葉は私の心に深く刺さった。

「そんな生き方しか知ら無いから。」

 そう言うと、私もメリッサも何を言っていいのかすらわからなくなった。


「軍団長!飯できましたよー!」

 少しだけ気まずい沈黙の後に能天気な兵士の声が聞こえる。

「今行く!それから軍団長はやめろ。」

 そう言いながら、焚火を囲む兵士たちの輪に私も加わった。

「じゃあなんと呼べばいいんで?」

 兵士が言う。

「私は軍団長でもなければ、お前たちの指揮官でもない。ただ、私について来てくれたお前たちを仲間だと思ってるぞ。だから好きに呼べ。」

 柔らかに微笑みながら言う。

「じゃあやっぱり軍団長で!」

 焦った。

「やめろって言っただろうが!」

 兵士たちは能天気に笑っている。

「俺たちにとってはたとえどんなことになろうと軍団長は軍団長です。」

 なんだか悪い気がしなかった。

「勝手にしろ。」

 そう言いながら顔を隠した。もう少し素直になっても良かったかもしれ無い。

「勝手に地獄までついていきますよ!」

 兵士がそう言うと、兵士たちの間で私と、今は亡きメリッサの武勇談義が始まった。

 各々が"俺はあの時ついていこうと決意した"というような話を語る。

『リヴィ、良かったね。私たち二人ぼっちじゃなかった。』

 いつだったか。日記をつける前の話だったので忘れたがメリッサも私もいつか二人だけになってしまうのかもという話を聞かされた。

「あぁ、しょうがなく馬鹿で単純でそれで最高な私の仲間だ。」

 独り言のようにつぶやいた。

『そうだね。……ねぇ、みんなで国を作るのはどうかな?私の魔法で森を拓いて、リヴィの魔法で砦を作るの。』

 悪くない提案だった。

「でもそのためにはたくさん血を集めなきゃな。」

 砦を作るにはどれほどの血が必要だろうか。

『なら、もうちょっとだけ戦おう?もうちょっとだけ、人を殺そう?』

 そう言うメリッサの声はとても寂しそうだった。

「そうだな、私たちはそうやってしか生きることができない。だから死ぬまでずっとそうなんだ。」

 メリッサはきっと悲しそうな顔をするだろうな。その証拠に、返事は返ってこなかった。


 それからしばらくして、兵士たちは食事を終えた。

「軍団長、これからどうするんです?」

 一人の兵士が問いかけできた。

「まずはここにテントを張ろう。しばらくはここが拠点だ。力自慢の者たちは木を倒して退けてくれ。」

 そう、どの国でもなく誰も住んでいないこの場所が私の国の領地だ。

「じゃあいっちょやったりますかね!」

 兵士はそう言うと振り返って大声で叫ぶ。

「野郎共!ここをキャンプ地とするぞ!テント張れ!木を切れ!」

 その残響も終わらぬうちに雄々しい叫び声が聞こえる。

「おぉー!」

 何人もの大合唱だ。その後は、夜の帳が下りるまで設営の掛け声が至る所から聞こえていた。テントや設備はその日のうちに完成した。

 出来上がったのはテントが10件あまり並ぶ小さなキャンプ村とでも言いたくなるものだった。

 設営が終わったのを見計らい私は全員に声をかけた。

「そのままでいい聞いてくれ!」

 全員が私に目を向けた。

「明日は昼過ぎから西へ向かう。そしてアリンゴスとフロスガーの前線を目指すのだ。私たちはルーフェンしか知らない、だから他の国を知ろう。良い国があればそこに傭兵として加わることも考えよう。」

 そこまで言うと聡い兵士たちはわかっていた。

「つまり明日からは情報収集ですね。」

 戦ではない、兵士たちはそれを喜んでいた。

「その通りだ、だから今日はゆっくり休んでくれ。山賊などの夜襲に対しては私が備えよう。」

 私一人いれば十分だ、山賊の10や20どうにでもなる。

「わかりました、交代で番をするんでいざという時は軍団長を起こしに上がります。」

 そう言うわけじゃない。

「違うぞ、私が番をするんだ!」

 しかし、兵士の忠誠心は頑固だ。

「そんなこと、させられるわけないでしょ?それに戦に比べたらちっとも疲れやしない、だからやらせてください!」

 それでも休んでもらいたい私がいるのだ。

「しかし……」

 最後まで聞き終わる前に呼びかけられる。

「軍団長、任せてください。」

 私も観念した。

「わかった。言葉に甘えさせてもらうよ……。」

 そう言うと私はテントの中で眠りについた。他兵士も見張りを残してすぐに眠りについた。


 夜明けが近くなってきた真夜中のことである。兵士の叫び声が静寂を切り裂く。

「敵襲!!」

 山賊の夜襲だった。私は着の身着のまま飛び出した。そこにはすでに戦闘を始めている見張りたちの姿があった。

 しかし、こんなものを制圧するのはたやすい。目視した山賊を全員に纏めて血の領域で囲い骨の剣で殺そうとした。山賊にしてもなかなかの手練れだ、骨の剣を払いのけてみせた。しかし、無数の兵を高々数人で相手取るようなものジリジリとそのまま押していき、しまいには山賊を追い詰める。中でも目立った一人の男がいた。仲間を数人守りながら幾度か骨の剣の刺突をその身に受けながらも戦った男だ。追い詰めた彼に私は思わず話しかけた。

「貴様、名は?」

 男は肩で息をしながら答えた。

「ヴィクトルだ。なぁ、この魔法、あんたのだろ?だとしたら少しお願いがあるんだ。」

 私はこの男に興味があった。かつて魔法も使えないただの兵士でここまで魔法に抗ったものはいなかったから。

「言ってみろ。」

 しかしあくまでも冷たく、山賊相手というのを念頭に答える。

「俺はこいつらの長だ。俺のことは殺してくれても構わねえから、こいつらだけは助けてくれないか?」

 命乞いをするでもない、仲間のために命をなげうとうと言う。山賊ながら天晴れな男だ。

 魔法を収めながら、答える。

「それは出来ない相談だ。私はお前に興味が出てしまった。だから、お前も含め全員命はとらんよ。代わりに一つお願いだ。」

 そう言うと男は食いついた。

「なんでも言ってくれ。俺にできることならなんでもする。」

 荒々しいがまずまず悪くない男だ。

「私と一緒に来てみないか?」

 男は目を丸くしていた。

「正気か?」

 私は短く答える。

「無論。」

 そう言うと、男は笑い出した。

「ははは、変な女だ。それで済むなら文句ないよな、野郎共!」

 男は後ろの山賊たちに言った。

「親分はそれでいいんですかい?」

 山賊の一人が聞いた。

「この酔狂な女に興味が出た。ちょっとばかし身を寄せるのも悪くないと思ってな。」

 男は答えた。

「親分が言うなら。」

 部下がそれを了承し男がこちらを向き直る。

「よし決まりだ、これからは俺たち大鳶山賊団があんたの傘下に入る。俺らのキャンプは山の頂上だ、用があったらいつでも来てくれ。」

 そういい去ろうとする男を呼び止めた。

「早速で悪いがこれから西へ行く、もし気が向いたら付いてきてほしいのだ。」

 そう言うと男は振り返り不思議そうな顔をする。

「気は確かか?あそこはアリンゴスとフロスガーの最前線だぞ。なんの用がある?」

 私は笑いながら答えた。

「私は、ルーフェンの元第4軍指揮官だ。だがルーフェンしか知らんからこの目でほかの国を見てみたい。」

 男も笑った。

「コイツはおもしれぇ、まるで子供みたいなこと言ってやがる。んで、あんたのことだなんか企んでるんだろ?俺にも教えてくれねぇか?」

 頷きながら私は答える。

「傭兵稼業をやろうって話だ。それで、雇われ先を吟味しに行く。」

 しかし、この男なかなか鋭いな。意外なお妙を返してきたのだ。

「その先もあるだろう?」

 その通りだ、傭兵など戦争に参加する口実だ。

「鋭い男は嫌いだよ。」

 そう言うと少しの間私を睨んできたが、すぐに観念した。

「ま、いいやその先はこの目で見よう。」

 隠している理由もないが聞かせれば馬鹿どもがはしゃいでしまいそうだ。

「改めて、ヴィクトルだ、ファミリーネームは捨てた。」

 そう言いながら男は手を差し伸べてきた。私はその手を握り返しながら。

「リヴィア・ブラッドだよろしく頼む。」

 握手を交わすとヴィクトルが問を投げる。

「出発はいつだ?」

 私は即座に応えた。

「今日の昼だ。」

 ヴィクトルが問う。

「それまでここに泊まってもいいか?」

 私は答えた。

「私の隣のテントが空いている。」

 男は大きなあくびをしながら私の指差す方へ歩き出す。

「了解、俺は行く、お前らは今回は帰れ。お前らの仕事は次回からだ。」

 これはおそらく、自らを人質にしてこれ以上交戦の意図がないことを知らしめるためだろう。

「おやすみ、リヴィア隊長殿。」

 そう言うとテントに入り既に寝息を立てている。

「山賊なんて信用していいんですか?」

 兵の一人が不満そうに話しかけてきた。

「山賊は信用ならないが、あいつとあいつの仲間は問題ないだろうさ。とりあえず寝ろ。」

 そう言うと再び昼過ぎまでの眠りに就いた。


 昼過ぎ、空は快晴。北方の前線にいた私たちには茹だるような暑さだ。

「よし、出立だ。」

 私の号令で準備を整えた全員が出発する。森は険しく行軍速度は速いとは言えない。しかし、前線は遠くはなかった。3キロほど歩くと剣戟の音が聞こえる。どちらかの兵が何かを叫んでいる。

「男と老人は殺せ!女は連れ帰って慰みものにしてやろう。」

 下衆な笑いがこだまする。

「胸糞悪いな。行ってもいいか?」

 ヴィクトルが小さくそう言った。

「同感だ、全軍進撃。反戦者を救助せよ!」

 私が叫ぶと同時に後ろに隊列を組んでいた兵士たちが飛び出す。それを追い越すように私は血の翼を広げ前線へと急行する。

 到着してみると煙の立ち込める焼けた小さな村があった。フロスガーの村だ。女たちは逃げ惑い、男たちは農具を持って命の限り抗っていた。

「アリンゴスの兵よ!矛を収めろ!戦はとうに終わっている。なおも戦い足りぬと言うなら私が相手になろう!」

 アリンゴス軍の兵たちは明らかに異様だった、目が血走っている。嫌な予感に全身が粟立つのを感じた。

「女だ、しかもなかなか上物じゃねえか。決めた、お前はこの俺様が直々に可愛がってやろう。」

 男の吐く息からは微かに甘ったるい花のような匂いがする。

「それは私に対する挑戦状と受け取って良いのだな?」

 そう言い終わる前に男は斬りかかってきた。明らかに早かった、何かが壊れたかのように地面を踏みしめ常人ではありえない速度で突進してくる。咄嗟に鋭い骨を形成し走ってくる勢いを利用して胸に突き刺す。

「貴様、魔術師……か……。」

 男はそう言うと血を吐き出し、地面に転げ、動かなくなった。

「なんだこいつら、何かやってやがる。」

 いたるところから兵士たちの声が聞こえる。早く助けなくては。

 全方位に血を這わせ赤の領域を広げていく。何人も何人も殺すがついに聴き慣れた声が悲鳴に変わった。私の兵だ、私がこんなところに連れてきたばかりに死んでしまったのだ。もう、死んで欲しくない、誰も死んで欲しくない。焦っていたのか、気が動転していたのか。二つ目の悲鳴が聞こえる。まただ、またひとり死んだ。

『リヴィ。落ち着いて……。』

 そうだ、落ち着いて、殺す。そう思った瞬間に赤が走った、そして走った先で白に変わる。気が付くとそこには白い骨に串刺しにされたアリンゴスの兵がいたるところに立って、息絶えていた。

『リヴィどうしちゃったの?大丈夫?』

 息を整えようとしていた。

 目の前で何かが弾けた。

 強烈な音が響いた。

 視界が鮮明になるとヴィクトルが居た。

「大丈夫か?軍団長殿。」

 弾けたのではない。ヴィクトルが目の前で手を打ち合わせたんだ。

「あ、あぁ……。」

 思わず気の抜けた返事をしてしまった。

「怖いよな、お前にとってはきっとみんな友達みたいなものだろ?それが死んじまうっていうのは怖いよな?」

 そう言いながらヴィクトルは腰を下ろした。

「村人連中で生きてる奴はおおかた向こうにいる。俺は疲れたからちょい休む。探しにいけよ。どっかで泣き声が聞こえるぜ。」

 言われてみれば聞こえる。生き残った兵士は7人、皆手当や自分自身の怪我で精一杯だ。だから誰にも気づかれないようにそっと声のする方へ歩いていく。

 声の主は村のはずれの家にひとり座り込んで泣いていた。俵には二つ死体、男と女の死体が転がっていた。私は、座り込んだ少女に目を合わせると着ていたマントを脱ぎそっと少女にかけた。

「大丈夫だ、助けに来たぞ。」

 少女は泣き止まなかった、泣き止まないまま私に抱きついてきた。

「メリッサ!!??」

 驚嘆した、少女はかつての親友メリッサにそっくりだったのだ。

『失礼な私はそんなに子供じゃありません!!』

 頭の中でメリッサが抗議する。

「しかし、そっくりだぞ。」

 思わず声に出した。少女の鳴き声は大きく幸い聞こえていないようだ。

「さあ、行こう。できるだけ安全なところに。」

 抱きついていた少女を抱えようとした時だった。後ろで動く影が見えた。

 鋭く光る銀の短剣が真っ直ぐ少女に向かっていく。

 咄嗟に少女をかばった。

 鋭い痛みが体に入ってくる。

「馬鹿な女だぜ。」

 起き上がった男が下衆な笑みを浮かべている。朦朧とした意識の中で私の手が黒い刃を貫く。

 無我夢中で、貫いた。

 二つ一緒に崩れていく。私と男と一緒に崩れていく。

 熱が消えていく。

 少女の声が聞こえる。

「嫌だ」と何度も叫んでいる。

 頬に暑い雫が落ちてくる。

 ひときわ強く「嫌だ」と少女が叫んだとき、目の前が真っ白な光に溢れる。次の瞬間私の視界は緑一色に染まって、端から真っ黒に暗転していく。


 どれほど眠っていたのだろう。目が覚めると私を覗き込む少女の顔が見えた。

「泣くなよ、生きてるみたいだ。」

 思わず手を伸ばし言った。

 少女は泣いていた。

 傷は塞がっていて、緑一色のまるで草の繭に包まれたかのような光景が眼前に広がる。

「だって……、だって……。」

 少女は未だに泣きじゃくっている。

 私は体を起こして葉巻に火をつける。そして一つ大きく息を吸うと、少女に目線を合わせ笑いながら言う。

「逃げちまおう、話はそれからだ。」

 そう言い向き直ると、眼前のツタを魔法で切り裂いた。

 繭の外には兵士たちがいた。

「軍団長、ご無事でしたか。生存者はキャンプまで移送しました。後は軍団長だけです。」

 少しだけ、ほんの少しだけでも守れたんだ。そう思って安堵した。今ならもう一度指揮官に戻れる、そんな気がした。

「ちょっと待て、最後の生存者を連れてくる。」

 そう言いながら、繭の中で泣き止みつつある少女に背を向けてしゃがみこむ。

「捕まんな。おぶってやるからさ。」

 そう言うと、背後で小さく頷く気配がして肩に手が回ってくる。私は少女の足を掴み背負うとそのまま繭を出た。

 兵士の一人が私の服を見て言う。

「何があったんですか?」

 私にも分からないが分かる範囲で答えた。

「いや、死んだと思ったんだけどな。ここ、穴あいてるだろ?刺されたと思ったんだが、傷もないしどうなってんのかさっぱり。気がついたらこの繭みたいな草の中にいた。」

 察しはつくが、確認はこの少女が起きてからにしよう。そう思いながら帰路を急いだ。


 キャンプに戻ると20人を超える生存者と僅か7人の私の兵、それからヴィクトルが居た。

 私は思わずなきそうなって、涙を押し殺して少女を寝かせるとキャンプ全体に響く声で言った。

「傾注!此度の戦、本当に済まなかった。私はお前たちを守りきれなかった。それでも、これからも付いてきてくれる奴だけ聞いてくれ。我々は明日、北へ向けて生存者を護送する。目指すはフロスガーの砦だ。それまで皆、休んでくれ。お前らの仲間、守ってやれなくて済まない。」

 気がつくと頬が熱い。あぁ、泣いてしまっていたんだな。

 兵士の一人がなみだをながしながら無理に笑顔を作っている。

「攻め込んだのは俺たちの意思でもあります。軍団長はなく必要なんでありませんよ、ずいぶん減っちまったけど生きてるのは軍団長のおかげなんです。」

 そう言われて私も泣いていた。

「ずいぶん優しい軍団長殿だな、お前らのとこの軍団長は。まるで自分の友達が死んじまったみたいに泣くんだからな。」

 ヴィクトルが呟いた。

「軍団長を愚弄するのか?」

 兵士は怒りをあらわにした。

「馬鹿野郎、褒めてるんだよ。こんな軍団長なら、俺も軍人でも良かったなって。」

 ヴィクトルはいいものでも見つけたかのように語った。

「そうなのか。」

 兵士は一度出した怒りの収まりどころに困ってしまった。

「そうなんだよ、だからお前ら寝ろ。夜の警備は俺たちが受け持つ。仲間を呼んできてやる。破格の待遇だぞ。」

 ようやく山賊も兵士も打ち解けられる気がした。

「言葉に甘えさせてもらおう。」

 兵士はそう言うと、仲間にも声をかけ一斉に眠りについた。

 私はそれを見ながら、少女をテントの中に下ろした。

 ヴィクトルは指笛を鳴らしている。だから、近寄ってみた。

「何をしているんだ?」

 ヴィクトルに尋ねてみたんだ。

「見てればわかるさ。」

 そう言ってヴィクトルは空を見上げてた。

 しばらくするとヴィクトルの腕に一羽の大きな鳶が止まった。

「こいつは俺らが世話してる鳶でね、なかなかの忠義ものだ。こいつに手紙を渡すと……。」

 そう言いながらヴィクトルは鳶を飛ばした。

「俺の仲間に届けてくれるってこった。」

 それからすぐの出来事だった。大鳶山賊団が幾つか樽を抱えてやってきた。ヴィクトルはその樽を一つ開けると、杯に注ぎこっちに渡してきた。

「コンドル・ブランデー。俺らの自慢の酒だ。」

 そう言いながら、自分の杯ににも注ぐ。

「一つ、乾杯といこうぜリヴィア。俺と義兄弟にならないか?」

 思ってもない提案だった。

「望むところよ。」

 杯をぶつける乾いた音が響く。と、同時に山賊たちがこちらに向かって小さく拍手をする。

 静かな夜の宴が始まった。

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