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第一章 抜け殻の中身

 静かな法廷に乾いた木槌の音が鳴り響く。

「被告人、リヴィア・ブラッド。此度の戦にて指揮下の第魔術師、メリッサ・ヴントを戦死させた。相違ありませんか?」

 両腕に魔封じの枷をはめられた私は答えた。

「間違いありません。」

 何もかもがどうでもよかった。

「ならば、リヴィア・ブラッド、あなたに第六軍副軍隊長への移動を命じます。よろしいですね。」

 無表情な裁判官が威厳という仮面を被って冷たく言い放つ。

「わかりました。」

 表情など作れ無いまま何も考えず答えた。

「待ってください、裁判長。彼女は英雄だ、なぜ六軍なのです、彼女を殺す気か!?」

 懐かしい声だ。

「発言は手を挙げて行うように、王国魔術師元帥ベルタ・カモフ殿。」

 裁判長の発言を受けて再度ベルタが手を挙げて発言する。

「裁判長。彼女は旧第六軍を壊滅に追いやったフロスガー軍を退けた英雄です。また、鋼鉄のアラムを斃した英霊メリッサは彼女の親友です。彼女が一番辛いはず。それを責めるなど死ねと言っているようにしか思えません。」

 そこまで言うと裁判長は憤慨する。

「黙れ!軍を退けた功績など国の宝たる大魔術師を死なせた罪の方がよほど重いわ!」

 しかし、ベルタも引かない。

「しかし!」

「いいんです。六軍への転属、謹んでお受けします。」

 私がベルタを遮りそう言うと、木槌の音が二回鳴り響く。

「これにて閉廷とする。」

 裁判長がいうと裁判所の外まで護送された後、枷を解かれた。


 何をするかと迷い、途方に暮れているところに先ほどの女性、ベルタが駆け寄ってくる。

「この後暇か?」

「ベルタ殿……。」

 彼女なりの気遣いだろう。ベルタは私以上に不器用な女だ。

「はい、暇ですが……。」

 そう言うと腕を掴まれそのままどこかへ連れてかれる。

「なら付き合え!」

 なされるがままについていくとたどり着いたのは町外れの場末のバーだった。

「らっしゃい!、おっ、今日は嬢ちゃんも一緒じゃねーか。もうそんなになるんだな。」

 バーのマスターと思わしき白髪の初老の男性が言う。

「ベルタ殿……これは……。」

 私がベルタに言うとベルタが笑う。

「ここでは二人の時と同じだ、随分昔に何度か来たことがあるんだぞ。」

 そう言われると急に肩の力が抜けた。

「そっか、んでなんでここに連れてきたんだよ。」

 ベルタと私は親しい関係だ。

「おいおい、愛娘がこんな下品な言葉使うようになっちゃってお母さん悲しいぞ。」

 わかりやすく言うなら、ベルタは私の育ての親だ。お母さんなんて呼んでた時もあったな。そういえば。

「うるさい、誰に似たと思ってるんだ、誰に!」

 そう怒鳴りつけて目を合わせてやるとなんだかバカバカしくなってきた。だから二人で笑った。

「にゃはははは!!、あんたやっぱあたしの子だ。最高にあたしの子だ。」

 そうやってバカをやってると放置していた店主が声をかけてきた。

「とりあえず高貴なるバカ親子諸君!座れ、そしてここはバーだ、酒頼め!!」

 ベルタは国宝と言われる大魔術師その中でも最も魔力、魔法種別、指揮能力に優れるとされていて魔術師史上最強と言われる最古の魔女だ。見た目的には25~26歳なのだが。実年齢は80歳を超えているらしい。母さんというか婆さんな年である。そんなベルタにこの態度が取れるということは馴染みの店なのは間違いが無いだろう。

「ブランデー持ってこぉい!一番うまい奴ね!」

 ベルタが上機嫌に叫ぶ。

「おし、来た!独断と偏見で一番うまい奴だ。」

 実はもう、ついであったんじゃないかと思うほど早く出てきた、しかも二杯。マスターはというと心なしかにやけていた。

「お嬢ちゃんも飲んでみろ。うまいぞ、香りがいいぞ、最高だぞ!」

 飲んで見るとする。

「娘よ、口をつける前に母ちゃんと乾杯は?あとあんたも飲んでいいからねー。」

 マスターに酒を勧めながらこっちにグラスを掲げてくる。

「言うと思って実は用意してある。」

 同じブランデーと思われる三杯目が出てきた。

「嬢ちゃんもグラス上げろ。そんでちょこっとぶつけるんだ。チョンってな感じでな。」

 言われるがまま、乾杯を合わせる。知ってはいたんだが貴族は乾杯をしない、グラスを掲げるだけだ。が、どうやらここは貴族の店ではないらしい。

「乾杯!!!」

 威勢のいい三つの声が響いた。

 それから馬鹿話をしながら三人大いに飲んだ気が付けばからのボトルが二本並んでいる。ベルタも私も大いによっている。ベロベロだ。

「らからぁ、娘をぉ、危ない場所に喜んで送る母親がどこにいるかってんですかい!!こんちくしょう……。」

 ろれつの回らないベルタが言う。

「私はぁ、もうどうだっていいんだよ、メリッサも死んじゃったし……。」

 人のこと言えないな。この時は私もろれつなんて回ってなかった。だいたい私のほうがひどい。泣いてたんだ。

「おまえ……ヒック……あたしの娘のことどーでもいいって言ったな。」

 本人に言う言葉ではないが励まそうとしてるのは今考えればわかるよ。

「だってメリッサが、メリッサがぁ」

 この時私はついに大泣きしてしまった。

 そして少しして、落ち着いて思い出したようにメリッサの心臓と葉巻とライターを取り出した。

「あんた、それ心臓だね?」

 はっとしたようにベルタが言う。

「そうらよ。メリッサの形見ぃ……。」

 そう言いながらそっと胸に抱きしめる。

「あんたそれ使いな。メリッサのこと好きならそれ使ってやりなよ。」

 ベルタの酔はメリッサの心臓を見た時から覚めているよう。

「どうやってぇ?」

 あぁ、この時のことを書くのは気が引けるな。実を言うとろれつなんて寝て起きるまで回らなかった。

「そのままそれに魔力を送るだけでいい。」

 そう言えば私はあれから一度も魔法を使ったことがなかった。

「やってみるぅ。」

 酔ったままそうやって彼女の心臓を使った。メリッサの心臓は私の胸に溶けて消えてしまったけどなぜだか寂しくなかった。

 少しして心の中にメリッサの声が響く。

『いつ使ってくれるのかなぁって思ってたけど酔っ払ったまま使うなんてひどいよ。』

 ただ声が聞こえたのが嬉しかった。

「メリッサぁ。」

 この時のメリッサの声は私以外には聞こえていなかったようでとても心配されたがベルタが説明をしてくれたおかげで事なきを得た。

『今日はタイミングが悪いみたいだからまた今度話そ、あと、リヴィ、声に出さなくても聞こえるからね。私に話したい時は話したいこと思い浮かべて。そんじゃあね、明日いっぱい話そ。』

 そう言ってメリッサは黙ってしまった。

「メリッサ、まってよぉ。」

 ベルタは全てを悟っていた。全部わかってくれたんだ。

「メリッサ、なんて言ってた?」

 朦朧とする意識の中で答えた。

「明日いっぱい話そうって……。」

 それでいてベルタはやはり私の母だった。

「そっか……帰ろう?寝て起きて、メリッサといっぱい話してやんな。」

 そう言いながらベルタは私を担ごうとした。

 私は頷いて自分で立とうとするがどうやら無理みたいだった。だから大人しく担がれて、家まで運ばれる。

 そういえば道中こんな話をしてた。

「なぁ、ベルタ。私、どうやって生きていったらいいかな?」

 思えば友達と呼べるのはメリッサだけだった。そして、そのメリッサはもういないんだ。

「あんたは誰かのために生きてるのか?」

 ベルタが言うから、私は否定した。だけど二の句が継げないのだ。

「違うけど……。」

 なんのために生きてるのだろう。

「じゃあしばらくは私のために生きな。そんで生きる意味見つけたら今度はそれのために生きてやるんだよ。意地でも生きてやるんだよ。」

 ベルタがいい母親してるのが気に食わなかった。

「それじゃあまるでマザコンじゃん。」

 しかし、ベルタは私の母だ。ジョークも笑い方も、魔術も全部ベルタから教わった。だから叶うわけなんてないんだ。

「マザコンの何が悪いって?家族大事にする女はモテるぞ。ついでにレズビアンよりマシだと思うけどね。」

 レズではない。ただ私の今の状態はまるで恋人に先立たれたばかりの女々しい男のようでもあったから否定できなかったんだ。

 そんな話をしていると家に着いた。

「さ、寝なさい。明日は久々に愛しのメリッサちゃんとお話できるんだから。寝て酔いを覚ませ。」

 微睡みの中で思った"敵わないな"って。だから久々に甘えてみたくなった。

「おやすみ、お母さん……。」

 それを最後に私の意識はぷっつりと途切れた。

 後から知ったのだが、私は久々に母に口付けをされたらしい。


 朝が来たいつもよりは少し遅い朝。日差しが眩しい、がそれ以上に脳内が騒がしい。

『おはよー!リヴィ、朝だよー!起きないと身体中まさぐるぞ〜〜!って今私体ないんだった。』

 メリッサだ、いつもの起こし方だ。実際にまさぐられたことも何度かあって、その度に胸の発育をチェックされる。成長を望める年でもないが。

「おはよう、メリッサいつも通りだな。」

 そう言いながらメリッサの遺品から私宛に届けられた葉巻に火をつけた。

 うん、甘い、が苦しい。この前のようにむせないようにゆっくりと少しづつ吸う。

 むせなければ案外といいもので、やめられなくなりそうだ。

 しばらく満喫すると、火を消し、歯を磨き魔術師の正装へと着替えた。そして顔を洗い、ほおを二度叩くと王城へと向かう。


 少し歩いて午前10時過ぎ王城へと到着した。そこには苦虫を噛み潰したような顔をしたベルタと軍事に関連する役人が何人かいた。いくつかの書類に署名をして、王国にのみある第四軍砦への転移魔法陣の上へ行く。

「気をつけて、絶対死ぬんじゃないよ。」

 ベルタが柄にもなく真面目な顔で言う。

「ベルタ殿こそご壮健で……。」

 娘として、部下として精一杯のお前もなを叩きつけて転移魔法陣を起動させる。


 転移魔法陣の行き先は第四軍砦、ウィザードエンド砦までだ。私はそこで寄り道をした。砦に残した服と、メリッサの隠した私へのプレゼントを取りにだ。

 それは指輪だった。メリッサは魔術師でありながら趣味で錬金術士もやっていた、その一つの成果"魔晶の指輪"。おそらく多くの魔術師にとっては秘宝となるだろう。一種類の魔力を無制限に保存できる宝石がついた指輪だ。

「お前、すごいやつだったんだな……。」

 独り言のつもりで呟いた。私の中にメリッサがいることを忘れて。

『それ程でも〜。あるけど。』

 この声で思い出した。彼女はこの時も、今も私のここに、心臓に居ることを。

『でも、偶然の産物だし、本当は魔力を無限に生み出す魔力炉を作りたかったんだけどね。これは失敗作、だけど最高の傑作だよ。これを使うのがリヴィだといいなぁって思ったの。』

 アラムとの戦いで使えばよかったのではないかと思った。忘れてた、心の声はメリッサに筒抜けなんだ。

『アラムの来た時はまだ完成したばかりでこの指輪の中が空っぽだったんだ。それに、私の魔力を入れたらその指輪が黒くくすんじゃう。だからリヴィの魔力がいいなぁ。きっと赤くてルビーみたいに輝いてとっても綺麗だと思うから。』

 しかし、筒抜けな相手がメリッサならまぁいいかと思いながら言った。

「わかったよ。お前の発明誰よりも上手く使ってやる。」

 結論から言おう。この魔晶の指輪は私の魔術との相性はこの上なくよかった。私の魔力は血であり、血とは私の魔力になり得る。どんな大きな血の池でも最低限の魔力を込めればまずは一部を自分の魔力にして、さらに多くの血に込める。そうして連鎖的に池は私の魔力になるのだ。だがしかし、これではまるで吸血鬼のようだと思った。

 一連の回収を終えると戦装束。私の場合渇いた血に染まったような赤黒いローブだ。元はリネンの色をそのままの茶色だったがいつしか私の魔力に染まってこんな色になっている。背中の部分は空いており、翼を広げられるが何かを羽織らないと少し寒い。話が逸れたが閑話休題、そのローブに着替えると血の翼を広げて第六軍駐屯地ホワイトロック渓谷入り口へと向かった。


 ホワイトロック渓谷入り口に着くと幾人か見知った顔がある。一般兵の転属に裁判など必要ない。大方人員不足のこちらに転属させられたのだろう。

 一人が話しかけてきた。

「軍団長殿!まさかこちらにおいで下さるとは。軍団長殿が居れば千人力、心強い限りです。」

 まるで私が自ら来たような言い草だ。まるで私が軍団長のような言い方だ。きっと気を使ったのだろう、私の軍に嫌味なやつはいない。

「軍団長はよせ、いまは副軍団長だ。しかしお前ら、私が来たからには1人として死なせないぞ。」

 そんなやりとりをしてると一際大きな声が駐屯地に木霊する。

「傾注!」

 私を含めすべてのものが声の主を見る。

「これより第六軍指揮官となるエンツォ・カモフだ。元は第五軍副軍団長をしていた。諸君の中には既に私を知るものもいるだろう、知らぬものもいるだろう。だが私が来たからには1人として死なせるつもりはない。」

 石のエンツォ、結晶魔道、金剛石のエンツォ。他にも幾つか異名を持つ大魔術師だ。彼が殺した敵兵の数、実に100万、一個の戦場に匹敵するとされた人間だ。

 本来であるなら前線ではなく一軍、王族近衛隊に居るべき人間だが、正確に難あり。

「副軍団長、前へ出ろ。」

 言われた通り一歩前へでる。

「ふんっ!」

 殴られた。自らより体格の勝る相手に殴られ私はその場に倒れた。意味がわからなかった。

「この者は罪人だ!先のウィザードエンド砦での戦いでこの者は大魔術師メリッサ殿を見殺しにした。我々から一人の英雄を奪ったのだ。」

 あぁ、この男は指揮官には向いているクズだ。

「なぁ、軍団長殿、それで私をどうしたい?私を殺したいのか?それとも除け者にするか?慰み者にするか?」

 そこまで言うと再び殴られた。

「なんだその反抗的な目は。」

 反抗的にもなろう。こんな理不尽。

「如何するにせよ私自身構わないのだが、私の軍が黙ってないぞ。」

 そう言うとほくそ笑む。

「貴様らも同罪であろう、聞いたぞ貴様らは砦壁の上にいたそうだな。貴様らが降りて戦っていればメリッサ殿は死ななかったのではないか?」

 あぁ、この男は如何あっても私を。私の軍を、私の仲間を罪人にしたいのだ。そして兵士の憂さ晴らしの的にして士気を上げるつもりだ。そんなことしなくても士気などいくらでも上がるというのに。

「親善試合を申し込む。その言葉聞き捨てならん。」

 私が負ければ私は、元第四軍はより酷い環境に置かれるだろう。しかし、ことこいつを相手にこの状況で、魔術を行使できる状態で負ける気がしない。


 数分で親善試合の準備は整い、私とエンツォは舞台の上で向き合った。

「では、これより……。」

 試合を取り仕切る為に選抜された兵士の言葉を遮る。

「待ってもらいたい。親善試合自体には命はかけられない。だが戦場とはいつも命がけだ。故に罰ゲームを用意した。負けた者はわたし特製のこの骨の処女の抱擁を受けてもらう。」

 私が恐怖を武器にするときに使うものだ。血から作った骨で出来た鉄の処女、とはいえ私の持っている私の魔力をすべて使ってもこんなものは作りきれない。さしずめ今回のは爆笑魔法、骨粗鬆症の処女といったところか。

「いいだろう。ただし貴様が負けた場合もあれの抱擁を受けてもらうぞ。」

 少しだけ口角を上げながら答える。

「いいだろう。命ぐらいかけてやろうではないか。」

 命をかけていることを強調するとさすがにエンツォもさすがに冷や汗をかいている。私はというと笑いを堪えるのに必死で暑い汗をかいていた。

「ではこれより親善試合を行います。両者向かい合ってください。」

 これは予想以上にエンツォに効いた。少し腰が引けている。

「では開始!」

 開始の号令とともにエンツォは攻撃を仕掛けた。愚策の極みだ、私は同じタイミングでエンツォの攻撃を予想し攻撃をするふりをして躱していたのだから。

 しかし、さすがは石の魔術師、とっさに反応して背中に金剛石の盾を背負っている。

 物理系の魔法ならほぼ全て防げただろう。しかし、メリッサの魔法は別だ。物理ではなく精神に影響する魔法。

 既に私の歯牙は届いている。恐怖を紛らわす為に自らの全身を使った一撃躱したあと、私はエンツォの後ろでメリッサの魔法のほんの端っこをエンツォにかすらせた。

 次の瞬間絶叫が木霊する。

「うがああああ!痛い!痛いいいいい!」

 情け無くもエンツォは悲鳴ていた。しかし仕方がないのだ。気を違える寸前の恐怖と痛みを与える魔法。物理防御不可能の理不尽なこの魔法を食らって悲鳴の一つもあげない方がどうかしてる。そしてエンツォは倒れ伏し戦闘不能と判断される。

 同時に元第四軍が流れ込みエンツォを私の骨粗鬆症の処女へと運んでいく。笑いがこみ上げてくる。第四軍も私のやり方は知ってるはずだ。エンツォごときを殺さないことを。しかし、元四軍の兵たちも笑いを堪えるのが大変だろう。なんたってエンツォは腰を抜かして立てない上に。

「嫌だ、死にたくない!やめろ、やめろ!」

 なんて泣き叫んでるんだから。そして、ついに骨粗鬆症の処女がエンツォを抱擁する。グシャッという音が聞こえた。

「うわああああ!」

 偽物の断末魔が木霊する。もうだめだ。堪えられなかった。

「あははははははは、あーおっかし。」

 先ほど罪人と言われた私に多くの兵が槍を向けた。

「何がおかしい!戦士の死を馬鹿にするな!」

 そんなことを言いながら

「よく見なよ。死んでないからさ。」

 とうのエンツォは失禁して呆然としていた。

 さて、ネタばらしだ。

「こいつは骨の処女をかなり荒く作ったものだ。私の魔力をじゃしっかりこれを作るのは無理でなぁ。一応私の魔力は全部込めたがこんなものさ。名ずけて、爆笑魔法、骨粗鬆症の処女だ!」

 そう言いながら部様にも失禁してしまった無能指揮官を見下しながら思った。メリッサのいなくなった私は抜け殻だと思っていたがまだこんなに中身があったんだって。ともに戦った仲間がいた、私を思う母がいた、私の為に残された宝があった。本当の抜け殻はこんな奴のことだって。こんな奴に私の軍を任せたくないって。

「さて、死の恐怖に怯え無様にも失禁した臆病な指揮官さん。私たち元第四軍は決して逃げない、死を恐れない。それ以前に死なない。そんな我が軍はお漏らし坊ちゃんに従うのはごめんこうむります。なので、あなたが世界地図を作らなくなるまで私たち第四軍はあなたの指揮には従いません。軍律違反と申すならその分功績を積んで見せましょう。」

 そう叩きつけると、顔を上げこえ高らかに叫んだ。

「さてさて、この屁っ放り腰将軍に着くか、それをコテンパンにした私に着くか諸君らに任せる。明日は私の指揮下の兵は出撃だ。よく休め。私に続くならもう明日まで寝ろ。日の出前に夜襲だ!」

 そう言うと、頭をかきむしりあくびをしながら自室へと向かった。我ながらあの時は格好をつけすぎたな。


 次の日陽炎の月15日未明、私に続く愚か者たちは砦の全兵力の9割程。作戦決行には十分ずきる。

 概要はこうだ。太陽をメリッサの魔法で覆い隠し夜を伸ばし、夜陰に紛れての奇襲。兵数の差がものをいう長期戦を避け電撃的な混戦を仕掛ける。その切り込み役は私だ。まずは空から砦壁内に侵入し砦壁を開ける。そこへ全軍で突撃し一気に叩く。電撃戦だ、それ以外での攻略は不可能だ。

 一時間後砦に到着、作戦決行だ。合図の闇の月が太陽を覆い隠す。私は血の翼を広げ空から侵入しそれを目撃した守兵五人を殺害しホワイトロック砦南門の裏にたどり着く。閂を開け三度ノック、砦壁の外にいた兵が扉を開けなだれ込んでいく。

 しかし、敵もさすがといったところか、すぐさま砦じゅうに敵襲を知らせ内部の建物を利用して遠距離から炎弾による狙撃をしてくる。

 しかし、その体制が整った頃には勝敗は決したも同然。私の元に十分な血が集まり砦全体に血管のように張り巡らせることに成功した。つまりは砦全体が私のキリングフィールドだ。

 ここで撤退命令を出し砦壁の外に出す。出しながらそれを阻害するものを傷つけ血を吸い出しさらなる魔力を経て戦力を拡大していく。

 ちょうど兵数が逆転した頃だ。一切の攻撃がやんだ。

「ルーフェンの血の魔女、リヴィア殿に一騎打ちを申し出たい!」

 そんな声が聞こえた。

 そして次に瞬きをした頃には一人の若い男が目の前にいた。病弱そうな雰囲気と多大な魔力。間違いなく魔術師だろう。

「その勝負こちらになんの利がある?」

 懐を探ってはみたが。

「受けないのてあればあなたの兵を今この場所で一人残らず私が殺してもいい。受けてはいただけませんか?」

 魔法の質は見えないが何かしら一瞬で大量の人間を殺す手段を持つらしい。また、十分な血がある今私は全力で戦える。

「わかった受けよう。」

 もしも、ここにいる全員が彼の魔法の範囲内なのであれば私の軍は彼に全滅させられ彼の軍は私に全滅させられて結局は一騎打ちに成る。

「ご理解ありがたい。場所を移そう、ここでは兵を巻き込まない自信はない。」


 場所は変わって、ホワイトロック渓谷内。道半ば。あたりには山しかない。砦には数人の兵士のみを残し他は山の上からこの一騎打ちを見届けるためについてきた。

「そういえばまだなのってなかった。私はボリス・ソコロフ。現南征軍指揮官だ。」

 話は聞いたことがあった、無色のボリス。一つの戦場を敵も味方も関係なくただ真っ白な雪の平原に変えたことがある。

「改めて、私は、リヴィア・ブラッド。現第六軍副軍団長だ。」

 ボリスはそれを聞き意外そうな顔をした。

「軍団長ではないんだな。しかし、関係ない。一騎打ちの目的は互いに無駄な血を流したくないだけだ。いくぞ。」

 ボリスがそう言うと雪が降り始めた。舞い降りて、炸裂する。あたりに冷気の爆発が起きる。

『リヴィ、これちょっとやばいよ。この雪とんでもない魔力を帯びてる。』

 心の中でメリッサがそう叫んだ。凍えそうなほど寒い。魔力に対する加護を貫いて体温をものすごい勢いで奪っていく。

「どうした?血の魔女、この程度で動けなくなってしまうのか?」

 ボリスがほくそ笑む。それが癪に触るんだ。

「冗談よせよ、まだ私は何もしちゃいないぜ。」

 そう言いながら先の戦いで貯めた血を一気に開放する。思ってた以上に多く貯めていた。

『このままじゃ奴の冷気止められない。リヴィも自分で防御して!』

 頭の中でメリッサが言う。そういえば防御魔法はメリッサのほうがずっとうまかった。だからメリッサの記憶通り、魔力だけを自分のに取り替えて使ってみる。

 すると私の周りに血の奔流が起こり冷気を捻じ曲げ軽減していく。

『あー、私の魔法真似したー!』

 心の中で、うるせ、借りたんだよと言いながら血の領域を広げていき、ついにはボリスの足元までたどり着いた。そしてそのままそこから骨の剣山を生み出して足を捉えた、ように思えた。

 作った骨が砕けた。

『リヴィ、あの時と同じだ……。魔法のかごが強すぎるよ。普通の魔法じゃ通じない。』

 次の瞬間の話だ。真っ直ぐと鋭利な氷塊が眼前に迫っていた。咄嗟に、血でつくりなれた羽を作り出して代わりに貫かせ、防いだ。

 地上は彼の雪の白に染まっていく。それゆえ私は上空へ逃げた。開放した血もできるだけかき集めて。

 ブラッド・クラウド。自らの魔力たる血で作り上げた魔法の雲を作り出す。そしてそれを傘にする。

『だめ、こんなに魔力薄くしちゃ。』

 メリッサの声が怒号のように響いた

 次の瞬間、冷たい塊が肩を貫く。

「はずしたか」

 ボリスの舌打ちが聞こえた。

『防御にあなたの魔法を、攻撃に私の魔法を使って!』

 メリッサが心の中で叫ぶからすべての血を自分の周りに集め巨大な血の乱気流を起こす。完全な再現は出来てないがメリッサの防御魔法に限りなく近づけたつもりだ。

『ちょっとだけ魔力借りるね。』

 メリッサが数滴の血を私から切り離して球にして浮遊させる。

「いつまでそこに居るつもりだ?こんなことでは決着の前に日が暮れてしまうぞ。」

 ボリスが攻めあぐね負け惜しみを言ってきた。

「もうちょっとだけ居させてもらうさ。直ぐにおまえを殺す準備が出来るからなぁ。」

 そう言い終わるとメリッサが話しかけてきた。

『ねぇリヴィ手を出して。』

 言われるがままに手を差し出すとその上に黒くて暗い魔法の剣がをメリッサが作ってくれた。

『はい。これが私がアラムを殺した魔法。苦悶の剣。これならきっとボリスにも届く。』

「ありがとう、メリッサ。」

 小さく呟くと私は風を切って垂直に降下する。地面すれすれで直角に折れそのままの速度で雪を巻き上げながら血の奔流を纏いながら真っ直ぐボリスの心臓めがけて飛び込む。

「はっ、そう来ると思ったぞ。」

 そう言いながらボリスは何かを突き出してきた。氷の剣だ、それもこれまでの粗製の氷塊とはわけが違う。彼の魔術のひとつの極致、かすっただけでも身が凍るほどの冷気をはらんでいる。

 このまま突っ込めばあの剣に触れてしまう。しかしそれを避けるのには私は早く飛びすぎた。だから覚悟を決めて私も苦悶の剣を真っ直ぐ彼に向け突き出した。

 苦悶の剣がボリスを貫くより先に彼の氷の剣が私を貫くのはわかっていた。私の血の奔流をメリッサの心臓が与えてくれた耐性も突き破ってくるのがわかった。

 次の瞬間凄まじい轟音がして、目をつぶった。


 目を開けた時には苦悶の剣はボリスを貫いていて、彼の氷の剣は私のすぐ後ろ雪の上に立っていた。

「お前にも、友があったのだな……。」

 そう言い残すとボリスは崩れ落ち眠るように死んでいった。それを見届けると私は血を指輪に戻して葉巻に火をつけた。

「私さぁ、お前の首切りたくないよ。おまえいいやつだったんだもん。」

 煙を吐き出しながらもう答えるわけもない死体に話しかけた。

「おい、誰かこいつを運ぶのを手伝ってくれ!」

 そう叫ぶと真っ先に駆け寄ったのは元第四軍の兵士、ついで敵軍の兵士、と先着四人はあっという間に埋まり私はこの男の死体を運ぶ役から降板させられてしまった。

 帰る途中に敵国の兵士と話をしてみた。

「すまんな。お前らの隊長を殺してしまって。」

 そう言うと彼は涙を流しながらも笑っていた。

「謝らないでください。あなたは隊長の敵です。でもそれ以上に隊長が認めたお方です。」

 これが敵に見せる顔なのだろうか。いや違う、これは戦友に向ける顔だ。

「あなたのことはほんの少し憎いです。でも、それ以上にあなたはいい人だった。」

 彼の首を切らなかったこと、彼の話を聞いたこと、彼と戦ったこと、良かったと少しだけ思えた。

「お前らの軍の物資はお前らが持って帰れ。必要なら荷車も貸そう。戦士者たちの遺体は故郷へ送り届けてやってくれ。」

 殺したのは私たちなのにな、と思いながら言った。

「それはありがたい。」

 大の男が大粒の涙を流しながら無理やり平静を装って言う。


 その日のうちに砦内の敵兵は撤収した。

 そして、私は再度王国の法廷へと出頭を命じられた。

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