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第五.五話 「むむむ……」

「むむむ……うむむむむ……うぬぬむむむむぅ!」


 陽光の差しこむ暖かな日曜日。


 金属の主柱に両手をかざし唸りを上げている少年がいる。



 主柱は十センチほどの円形プレートから垂直に生えており、上部では灰色の粉が舞っている。


 まさに乱舞と言う表現が正しい、灰色の粉は時にクルクルと円を描き、時には波打つように動いている。

 球状に広がったかと思うと中心に集まり小さな塊となり、それがまた縦に伸びたかと思えば円になって、捻じれて編まれてそれは三つ網のような形をとった。

 主柱の先端。人の頭部を模して造られた物の上に、お団子の形で収まる。


「ふぃ~……あっちー! やっぱ集中すると汗かくな! テッサ~?」


「お呼びでしょうか、坊ちゃま」


 先ほどまで何もなかった空間にメイド服を着た二頭身ほどのアバターが現れる。ややピンク色をした丸い頭にはヘッドドレスが乗り、切れ長の目には長い睫毛と泣き黒子。顔の前には細長いオーバルタイプのメガネがかけられていた。

 丸っこい両手をロングスカートの前で軽く合わせると自分を呼んだ主――キョウイチロウの返答を待つ。


「テッサ、良く冷えた飲み物を。甘くてシュワシュワしてたら尚良し!」


「かしこまりました」


 テッサと呼ばれた、シバ家のホームプロセッサであるテッサロッサは深々とお辞儀をしてその姿を消滅させた。


 テッサロッサの消えた後、極度の集中で凝り固まった肩周りを緩めるために、椅子の背もたれを大きく軋ませて後方に伸びをする。


「んっ……ん~~~~~! あぁ~!」


 余りの痛みと気持ちよさに変な声が出てしまった。


「後一か月切っちまったからなー……そろそろ本腰いれなきゃな~……ぁ~っとメガネメガネ」


 テーブルの隅に置いておいた眼鏡を掛けると先ほどまでのボヤケていた室内がクリアになる。


 目の前には幅二メートルを超えるベージュ色の作業机。その机の上には様々な箱や缶が。作業スペースを圧迫しないように棚に収納されてはいる。棚に入りそこなった物たちは机の隅や奥の方にうずたかく積まれ、開封すらされていない。


 ほとんどが粉状の素材や接着剤だ。使用用途に合わせてその素材の重さ、柔軟性、強度を調整するために多種多様の物をそろえる必要があるのだが……若干やりすぎた感はある。開封されていない物が圧倒的に多いのが証明だ。


 机から視線を外し、目的も無く視線をさまよわせる。


 十二畳有る部屋の殆どは身長を超えるほどのガラスケースで埋まっている。そのガラスケースの中には様々な造形のフィギュア。最近見たアニメのキャラクターだったり、空想の乗り物だったり、時には日用品なども有る。


 今まで思い付きや、その時々のお気に入りを作成しているので統一感は無い。一番手前にある、まだ隙間の多いガラスケースには最近売出し中のコモモちゃんフィギアが並んでいる。


 自分でも非常に飽きっぽい性格をしていると思っているんだけどな~……このコモモちゃんに関してだけは一年以上たって未だ俺の心を締め付ける!


 コモモちゃんが好き過ぎて、出演番組は全て録画し最低五回は見る。ライブにも当然全て参加してライブ映像も何度も見る。見るだけでは飽き足らず音声だけで何度も聞く。一人の時、特に作業中などは番組の流れを覚えてしまっているからコモモちゃんに話しかけるMCと同じセリフを同じタイミングで話し、エア会話をする事まで可能となっている。


「今日は人気絶頂中アイドル、コモモちゅぁんに来てもらいました~!『こんにちはー!』こんにちは! 今日も可愛いね~『え~、そですかぁ? ありがとう御座います! コモモ嬉しいですの!』いやーホント可愛いね~、ほら男の子とかにモテて困るんじゃない?『そんなこと無いですよ~? コモモは皆のコモモですの!』でも好きな人位いるんでしょ?『ないしょで~すの♪』あらら、あしらわれちゃった。それじゃあスタンバイお願いできるかな?『はーい! がんばります!』はい、それではお聞きください、コモモ・スピミローさんでオリンポスで捕まえて――」


「お坊ちゃま、お待たせしました」


「おわっとはっひっへ? あ、あぁぁテッサか」


「はい、申し訳ございません。集中されておられるようでしたのでお声をかけるタイミングを計りかねておりました」


「いや、いや。むしろナイスタイミングだよ……テッサありがとう」


「恐縮です」


 もう少し声賭けが遅かったらテンションマックスで『ラブラブラブリーコ・モ・モ!』とか叫んでいるところだったよ……。


 テッサの横には黒い炭酸飲料の入ったガラスコップが浮いている。


 ホームプロセッサ全般に言えることだが、彼女(又は彼)達は操作系の能力を人並み以上にもっている。そしてアバター自体がホームプロセッサの本体とは異なるため、物の移動などはアバターをかいするより、その能力のみで運んでくる方が負担が少ないんだという。


 その空飛ぶコップを受取りながら。奇麗にお辞儀しているテッサに話しかける。


「テッサ、今日のオヤジと兄貴のスケジュールは?」


「はい。お二方とも、午後はロケットスレッド開発祝賀会。夜にタルシス首脳会談にご列席。その後、MC3000の打ち合わせを名目とした酒宴かと予想されます」


 今夜も、オヤジの帰りは遅くなるようだ。最近オヤジの会社に就職した兄貴も、今は腰巾着(こしぎんちゃく)のようにそばに付いて回っているのだろう。


 ならゆっくり作成に取り掛かれる……か。


 などと考えながら黒色の炭酸飲料を軽くあおる。


「ありがとう、テッサ。下がっていいぞ」


「かしこまりました、トレーニングのお時間にまた呼びにまいります」


 軽くお辞儀をしたテッサのアバターが頭頂部から徐々に消滅していき、完全に消滅した事を確認する。


「さって、もうひと頑張りしますか……っと、その前に~!」



 第八都市パーシバル郊外

 周辺を自然に囲まれた、この都市には珍しい二階建ての豪邸がある。


 外観は巨大な箱を思わせる建物。

 その所有者は、シバコーポレーション会長。


 シバ・キョウイチロウの父である。



 野鳥がさえずる祝日の午後、シバ邸に響き渡る奇声を耳にする者はまだいない――。


「ラブ! ラブ! ラブリー! コ・モ・モ! おぉ~っ、はいっ! コ・モ・モ!」 



■◇■◇■



「むむむ……うむむむむ……ふんぬぬむむむむぅ!」


 陽光の差しこむ暖かな日曜日。


 建築資材などが置かれた倉庫の一角。


 持ち手まで金属製のノミを両手に握り、唸りを上げている少女がいる。


 ノミには、長さ二十ミリほどの平らな刃が付いており、今までに幾木いくぼくもの命を奪い去ったと言わんばかりの、年季の入った代物だ。

 少女の正面には赤ん坊程の大きさの木材。樹皮も剥いで無い丸木には細かい年輪が刻まれ、寒い地方で育った固い素材だと見てとれる。


 暫く唸りを上げていた少女の目の色が変わる――


 フッ、と細く短い息を吐いたかと思うと両手の殺木兵器さつぼくへいきが目にもとまらぬ速さで振り下ろされた。


 まさに乱舞という表現が正しい。銀色に輝く金属の刃は、体を中心にクルクルと円を描き、時に波打つように木材を削りとる。

 一つの場所にはけっして留まらず。体全体を使い、標的の周りを縦に横にと跳び回る。時に薄く、時に荒く削られた木材は、まるで花吹雪のように宙を舞う。

 球状に削ったかと思うと中心に一撃を浴びせ、突起を作ったかと思うと、根元から見事に刈り取っていった。削りに削られ、それは潰れた饅頭のような、人の頭のような形をとった。


「ふぇ~……あっちーなーおい! 七月っていやぁ春ど真ん中じゃねぇのかよ、なんでまたこんなに――おや? お嬢、なんだいスランプなんじゃねぇか?」


 お嬢と呼びかけられた少女――スドウ・マリは目の前に転がる廃材を両手に抱え、照れくさそうに声のした方へと振り向いた。


 そこには(とび)服のパンツにタンクトップ、首からはタオルをぶら下げたよわい五十にもなるであろう筋骨隆々の益荒男(ますらお)が立っていた。



「あはは……見られちゃったか」


「そりゃおめぇ、あんだけガッツンガッツン振り回してたら誰だって気づくだろうよ」


「でも、ジェロウさん。ウチが――なんでスランプだって思ったの?」


 自分が振ったはずの話題なのにジェロウは「あ~」とか「う~」とか言って上手く言葉を選べないようであった。


「いや、上手く言えねえんだけどな? オーラっつうか何つうか……お嬢の筋肉が泣いてるって言うか……なぁ?」


 なぁ? などと言われても全く想像がつかなよ! よりにもよって筋肉が泣いているなどと乙女に対してなんたる侮辱! こちとら好きで強化系やってんじゃねーぞーー!!


「おい、お嬢! 腕、腕!」


 気付くと抱えていた廃材が中心の大きな亀裂から真っ二つに割れていた。余りの腹立たしさについ力が入ってしまった。腕も通常時より二回りほど膨張している。


「もぅ! ジェロウさんのせいでプレゼント壊れちゃったじゃない!」


「わっり、〝あれ〟いつもの〝あれ〟だったのかい。いや、すまねえ、すまねえ! 老害はとっとと退散するぜ、くわばらくわばら~っと」


「ジェロウさん!!」


 意識していたよりも大きな声が出てしまった。自身を老害だと言った益荒男は、首に掛けたタオルを頭にかぶり腰を曲げ、ヒョッコヒョッコと倉庫の出入り口へ逃げていく。


「だがな、お嬢」


 出入口まで行くと、先ほどまでのふざけた雰囲気を取り去り真面目な表情でマリへと振り向いた。

 少しいかついその顔には、無数の皺が刻まれているが。その中でも一番深い眉間のしわがその真剣さを物語っている。


「思いつめちゃいけねえ。悩んだって仕方ねえ。行動に移さなきゃあ何にも変わらねぇぜ?」


 余りの真剣さに息が詰まる。


 でもそれって……やっぱり何の事で悩んでるのか分ってて言ってるって事じゃない!


「バカ! ジェロウさんの大バカ! どっか行っちゃえ!」


 ひぇ~っはっはっは、と笑いながら立ち去るジェロウ。その背中が見えなくなるまで睨みたおすと、手元で真っ二つに割れた廃材に視線を落とす。


 まったく、ジェロウさんはいつも〝ああ〟だ。乙女心なんか分かりっこないのに分かった風な事をいうんだから。

 ウチがどれだけ真剣に悩んでるのかなんか、脳筋のジェロウさんには分んないんだ!


 自身が脳筋で有ることを棚に上げて、同じ脳筋を罵っている事に当人は気付かない。


「今回も本命は見送りかなぁ~……」


 独りごちりながら手の中の廃材を倉庫の隅へと放り投げる。

 カランカラン、と乾いた音を立てながら投げられた先には廃材の山。そのどれも似たような形をしており、全て同じ意図の元作られたのが分かる。


 大量のつぶれ饅頭(クニヒコの頭)の山だった。



 これが完成したらウチ、しーちゃんに告白するんだ!



 まだ自分が、ほんの小さな少女だった頃の決意。

 そう心に決めてから何度も試行錯誤し、納得のいく物が出来ないまま何年もたってしまった。

 学園二年生の時からだから結構な期間になる。いい加減完成させないとしーちゃんを誰かに取られてしまう。そんな気持ちに焦りもしたが、幸か不幸かライバルは今まで出現したことが無かった。


 何時までたっても告白できない。それも当然悩んでは居るのだが、現在それよりももっと重大な事で悩まされているのだ。



 しーちゃんへの気持ちが日に日に薄れて行くような気がする……。



 初めて気付いたのは学院に上がりたての頃だ。


 それまでは事有る毎にしーちゃんしーちゃんで、しーちゃんの事意外全く考えてないとまで言えたほどである。


 話をしていて恥ずかしく無くなったのは何時からだろう?


 目を合わしても顔が赤くならなかったのは何時からだろう?


 手が触れてもドキリとしなくなったのは何時からだろう?


 自分に起こる異変に鈍感だった自分は、これが大人に成ることなのだと言い聞かせて、あまり考えないようにしてきた。


 しかし、日に日に強くなるこの喪失感にこれ以上目を離す事が出来なくなってしまった。



 はじめは、針で突いたような小さな心の穴だったのに。



 なのに、一日一日とその穴は広がり――今では拳がはいってしまいそう……。



 イメージするのは大きなハート。

 自身の中にある立体的なそれは、中心に大きな穴が空いている。


 その穴を埋めるように、スキンシップが過剰になっていく自分を笑いながら。

 しかし、そのスキンシップにすら何も感じなくなる――その度、鈍い痛みの錯覚と、穴がまた少し広がるイメージに泣きながら。


 今までにも、この問題で悩んだ事がある。そのつど、どうしようもない思いが溢れ。表情が歪み。仮想の痛みに胸を抑え。眼に涙を浮かべて。がむしゃらにノミを振り回したのである。


 そしていつも……荒れ狂う渦潮のようになった心が――荒波に防波堤が決壊する寸前……。


 辛い思いに霧がかかり、何故か前向きに考えられるようになるのである。


 ――そして今回も。


「よ~っし! 悩んでてもしかたない! 今の気持ちを表現してしーちゃんに伝えればいいんだ!」


 そうだ、そうしようと新たな木材ぎせいしゃを目の前に置く。

 左右の二刀ノミを逆手に持ち直し、両の腕を首の前で交差させると、薄く眼を閉じ大きく息を吸う。



 力強く見開いた双眸に――もはや迷いはなかった。



「っふ――ぉぉぉぉおおおおぁぁぁぁああああ!!」



 職人達が集まる昼下がりの住宅街――。


 今では聞きなれた、削岩機が岩を砕くような音が響き渡る。

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