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第四話   「改めてご了承ください」

 ドアを開けると正面にはベッド。

 その先に有る大きな窓には遮光カーテンがかかっており、いまだ夕方前の部屋を薄暗いものとしていた。


 年頃の男子の部屋にしては物が少なく。

 学生に必要な学習机とクローゼット以外に大きな家具は部屋の隅にあるメタルラック位だ。


 学習机と同じ大きさほどのメタルラックには、統一感の無い複数の置物が等間隔に並んでいる。二段有る棚の上段には列車や建物のフィギュアが並ぶなか、一つだけ人の形をとった物が飾られていた。


 近年アイドルデビューしたコモモちゃんのフィギュアらしいのだが、作った人間の思い入れ具合がよく分かる出来栄えで、右腕を大きく上げだ可愛らしいポーズに今にも飛び上りそうなほどの動きを感じる。


 薄い桃色の髪一本一本、スカートのフリル一つ一つに強いこだわりと執念を感じる一体だ。

 ミニスカートなのに太モモの付け根までフリルが続いてる。〝たまたま〟見てしまった。


 上段だけでもカオスな棚の上だが、下段はもっと悲惨な事になっている。


 まず置いてある物の半数近くが一体何なのかパット見分らないのだ。作者ですら分らないのだから、どうしようもない。


 残り半数は何とか木製の動物のように見える。なぜ動物と言い切れないのかと言うと……それらの一つは長い鼻を見るに象の様なのだが――耳が無い。

 小さいとか隠れてるとかでは無くスッパリと無い、しかも両耳。


 となりの物は犬なのか猫なのか、お座りの格好をしているが――後ろ足が一本無い。

 片足のために崩れたバランスは尻尾でカバーされているため、置いた時の安定感だけは抜群だと作者が言っていた。


 他にも、イルカだと言われれば見えなくも無い、なだらか曲線を描いている物が有るが、それには――背ビレが無い。

 むしろ腹ヒレの付いたバナナだと言われた方がしっくりくる。


 そんなアニマルホラー劇場のなかで唯一、半年前に貰った――四肢がそろっているという意味で――まともな物が、前足を大きく上げて直立する熊だ。お腹にクマだクマー! と彫ってある。


 熊は喋るらしい。


 そんな、一部異様なオーラを放つ部屋の持ち主である僕は、激戦の上に激戦を繰り広げた疲労を癒しに、自室へと休憩に来たのであった。


「ふぅ~……ん~~……!」

 ベッドに仰向けで倒れこみ、凝り固まった肩周りを思いきり伸びをしてねぎらってやる。


 流石に二時間も同じ体制で集中していたら体も精神も擦り減ってしまう。

 ミクにいたっても、最後の一戦をしている時には既に船をこいでいた。今は卵型の奇妙な椅子に体をうずめて寝息を立てている。


 いくらアルスの融合が進んでいるからといっても体はやはり三歳児。アルスの操作だけでも多少の精神力を使ううえ、格闘ゲームは一瞬で勝敗が分かれる事が有るため常に集中力を保たなくてはならない。ミクにしてみれば二時間もっただけで上々と言えるのではないだろうか。


 しかし、そんな激戦の事よりも……思い出されるのはゲームを始める前。僕の後ろにウタ窓が出現した時の風景。


 ミクにも――先を越されちゃったなー……。


 ほんの数日前まで、ミクも僕と同じように口に出してウタ窓を呼び出していた。それが昨日、口に出さなくてもウタ窓を出せたり出せなかったりするようになり。そして今日、確実に意識下でウタ窓の操作が出来るようになっていた。


 ウタム


 心で念じる。しかし何も現れない。


「ウタム」


 瞬時、A4サイズの画面が目の前に展開、画面には「ようこそクニヒコ」の文字――。


「……ックソォ!」


 僕はウタ窓をつかむと腕だけの力で思いっきり振り投げた。


 ウタ窓は何処かに当たるでも、バウンドするでもなく。ただ投げられた方向に一メートルほどスライドするだけだ。

 手元にはキーボードが現れ画面は水色半透明の無地へと切り替わる。


 キーボード操作でウタ窓を消す。


 ウタム!


 また心で念じる。今度はさっきよりも強く、イメージの中の自分が大声で叫んでいるように。


 しかし……何も現れない。


 ウタム! ウタム!! ウタム!! ウタムウタムウタムウタム!! ウーーーターーームーーー!!


「はぁ~……」


 腹の奥の重い物を吐きだすように、深いため息をつく。

 だが全然心は晴れない。

 事態は好転しない。

 よくなる見込みもない。


「どうして……僕だけ……ッ」


 心で思っただけのつもりだった、だが声が出た。そしてその声は自分で思っていたよりも……とてもひしゃげていて……絞り出すかのようで……とても哀れで……みっともなくて……泣いているようだった……。



 アルス拒絶体質



 僕を最後に見た医師はそう診断した。

 なぜならアルスを使った診察が出来ないから。


 医師は高度な操作系の力を持った人がなる。体調不良の原因や、人体へ悪影響を与えている個所を〝アルスを使って〟診察するのだ。


 だが、僕にはそれを使用出来なかった。


 放射線や超音波によって体の内部を観察する事はできる、でもアルスを使った体内観察は全く出来ない。


 世界に一人のアルス拒絶体質。


 僕の体にアルスは入れない。


 つまりそれは、融合型アルスも完璧に拒絶してしまうと言う事だった。



■◇■◇■



 頬に何か触れる感覚、遠い意識の外で声が聞こえる


「……コさん、起きてください。クニヒコさん」

「ん……うぅ~……う?」

「クニヒコさん、起きてください」

「あれ、リイン? 僕……そっか、寝ちゃったんだ」


 色々思い悩んでいたら眠ってしまったらしい。


「おはようございます。カイトさんとイオリさんが帰宅され夕食の準備が出来ております」

「え!? もうそんな時間なの?」

「皆さんリビングで待っておられますのでお早くおこしください」


 リインはそう言うと軽く頭を下げた。


 丸坊主のカツラを乗せたまま。


「ぁ……あの! リイン!」

「はい、なんでございましょう」

「その……ごめん、格好戻してあげれなくて」


 リインは一瞬目を見開き、そして今の自分の格好を確認するような動作をする。

 いまだ丸坊主のカツラを被って、首から足先までを布で覆った我が家のプロセッサがおっしゃった。


「素晴らしい負けっぷりでございましたね」

「ぃゃ――ははは……面目ない」

「しかも三歳児のミクさんに全敗とは」

「ぁ、はは、は」

「何でしたか、操作が難しくて負けた理由にするなよ。でしたか。」

「ごめんなさい、カンベンしてください」


 リインは胸の前で腕を組み、ベッドに座る僕を見下すように『フンスッ』と鼻息を立てる。鼻なんてないのに。


「まあ、あれだけ特訓して一敗でもされては堪りませんが」

「ぇ……?」


 リインの顔がウジムシを見るような見下す顔から、愛らしいペットを見下すような顔に変わる。どっちみち見下すんだ……


「ミクさんは何日も前から特訓なさっておられたのです」

「特訓? 何のために?」


 さっぱり分らない、ゲームの特訓をして僕をコテンパンにしてどうしたかったのだろうか。コテンパンにするだけが目的ならわかるが、勝った時に何も要求して来ないのに違和感がのこる。


「特訓と言ってもゲームの特訓ではございません、操作系の特訓でした」


 操作系の? 


「ミクさんはウタ窓の使い方を、ウタ窓の〝出し方を〟習得するために。ゲームをしながらでは有りますが、頑張っておられたのです。」


 なるほど、だからこの数日でミクの操作系はこんなにも上達したのか。


「そっか、ミク頑張ったんだな」

「何か勘違いしておられるようですが」

「勘違い?」


 リインさん、目が怖いです。


「ミクさんは、クニヒコさんのために特訓をされていました」


 僕のため?


「ミクさんは、ウタ窓が出せないクニヒコさんを思い。クニヒコさんにウタ窓の出し方を教える為に――まずは自分が出せるようになり。そのやり方をクニヒコさんに伝えようと……毎日特訓をしていたのです」


 まだ、三歳のミクは僕の体質を知らない。


 だから、僕がウタ窓を出すのにコンプレックスを持っていることを感じて、それを取り除こうとリインに相談したんだろう。操作系の特訓をしてくれと。


「まぁ、結果として。ミクさんも自覚のないままウタ窓が出せるようになってしまい、伝えたくても伝えれない。ただのゲーム特訓になってしまいましたが」

「あ、ははは……」


 ある意味――良かったのかな……その方が。


 ミクが出し方を理解した時――理解してしまった時。すぐ、僕に伝えようとするだろう。そして何を伝えても駄目なことを理解してしまうのだ。


 うん、良かったんだ。


 僕はまだ少し、この体質の事をミクに黙って居る事が出来るのだから。


「ミクさんは泣いておられました」

「……え!?」


 リインの顔が――表情が。さっきまでの見下すような表情から。憐れむような。悲しむような。そんな表情にかわる。


「ミクさんは泣いておられました。分らないまま使えるようになってしまった。にーちゃんに教える事が出来ない。これじゃあにーちゃんを一人ぼっちにしてしまう。大好きなのに、にーちゃんを置いていってしまう。こんなつもりじゃなかった、にーちゃんと一緒にウタ窓を出したいだけだった。にーちゃんごめんなさい、ごめんなさい……と」


 僕は……なんて勘違いをしていたのだろう。


 まだミクは三歳なのだ。

 三歳なのに……ダメな兄のために三歳なりに考えて一生懸命頑張ったのだ。その努力が実らなかった時の感情に……三歳のミクが絶えられるはずがないじゃないか。

 それなのに、僕は自分の保身を考えてしまった。


「僕は……最低だな」

「ぃぇ、クニヒコさんは間違っていませんよ」

「そんなことない! 大切な妹を……泣かせてしまった……」

「ミクさんが勝手に初めて、勝手に失敗して、勝手に泣いただけです」

「でも!――」


 リインが僕の目の前。

 鼻の先に触れそうな程の急接近に……僕は言葉を切られてしまった。


「ミクさんは、笑っておられたでしょう?」


 僕は、言い返す事が出来ない。

 思い出したのだ――帰宅してからのミクは終始、楽しそうだった。玄関に居た時も、ピザを食べていた時も、ゲームしていた時も。一つも悲しい顔なんかしていなかった。


「でしたら――ミクさんの気持ちを少しでも理解出来るのでしたら。クニヒコさんも笑っていてください」


 そう、そうするしか無いのだろう。

 僕にアルスは使えない。教えてもらっても結果が出せない。

 ならせめて、ミクが笑っているなら僕も笑うべきなのだろう。


「分かったよ、今回の事はミクに秘密にする。僕は――何時もの僕でいればいいんだね」


 リインが静かに離れていく。その顔は穏やかだった。まるで聖母のような微笑みだ。テルテル坊主じゃなかったら。


「分かって頂き何よりです。なにせ、ミクさんそうとう泣きじゃくって居ましたから……言っていることの内容など殆どが推測です。三歳児の言語能力であんなにハッキリ言えるわけ無いじゃないですか。これで安心してミクさんの前に出られます」


 口止めだったんだ!? 僕へのお説教かとおもってたのに! 自分がうっかり口滑らせちゃったから、それの口止めしてた〝だけ〟だったんだ!


「リイン!?」


 逃げるように、フワフワ遠ざかっていく我が家のプロセッサに疑惑の視線を向ける。


「さあ、リビングで皆さんがお待ちです。今日はカレーですよ、お早く」

「リイン!」


 部屋の真ん中まで逃げると、リインの体が頭から緩やかに消えていく。リビングに移動するのだろう。去り際に一言


「願わくば――早めに打ち明ける事をお勧めします、ミクさんに無駄な努力をさせたのがその体質のせいなのは変わりませんから」


 リインには敵わないな……。


「わかったよ、出来るだけ――出来るだけ早めに伝える」


 消えていくリインの首が少しだけ頷いたように感じた。


「そう、涙の跡は拭っておきましたのでそのままリビングに出てもらって大丈夫です」


 ほんと――。


 我が家のリインは優秀で困る。



 リインの姿が消え僕の部屋に静寂が戻る。

 寝る前までの空気がまるで嘘のようだ。あんなに重かった空気が今は清々しい。

 僕は勢いを付けてベッドから立ち上がる、リビングで皆がまっている。

 

「よぅ~し!」


「言い忘れておりました」


 勢いを付けていただけに、突然の声に驚いて転びそうになってしまった。どこからともなくリインの声が聞こえる。


「ミクさん貞操は渡しませんので改めてご了承ください」


「どういうこと!?」

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