第三話 「かしヘタレました」★
二人と別れた僕は、先ほどまでの早歩きとは反比例するかの如く、普段よりもゆっくりと帰っていた。
正直少し疲れたのだ。クラスが完全に別になったからだろうか、二人のパワーが有り余っていて……終始、僕は圧倒されるばかりだった。
四角い平屋を何件も超える。それはすべて白い壁で塗り固められており、角の取れた六面体の建物が庭を挟んで何件も続いていた。
この街には基本平屋しか無い、大都市に行くと二階建て三階建てなどあるが、この街ではわずが数件が二階建てになっている位で民家はほぼ全て平屋である。
僕の住む『第八都市パーシバル』はアルス研究者や技術者、建築関係者が多く住む都市で、他のエリアと比べて農地や牧草地に面積を取られない分、十分な住居スペースを取れるのである。
緑が無いという訳ではなく、町には美しい街路樹も、子供たちが伸び伸びと遊ぶことが出来る公園もある。また、郊外へ足を伸ばすと湖や森といった自然環境も整っており、そこには野生動物なども生息している。
もうすぐお昼か~……。
見上げると太陽と僕の間に月がある。この都市から見た月はだいたい午前九時に上りだし午後三時に沈んでいるから、自分の真上にある時は十二時前後だろう……。実は、普通ウタ窓で時間を見るのだが、僕はそれが恥ずかしくて出来ない。それゆえに、こんな変わった時間の確認方法が身についてしまったという訳だ。
ミクはお昼もう食べたかな……。
色々あったせいかお腹がすいた。お昼だと思ったらなおのことだ。空腹に押され、自然と歩調が速くなり――瞬く間に自宅の前に到着する。
自宅につくと、右手の白いブレスレット状端末を木製のドアにかかげる。カシュッと乾いた音が聞こえてドアのロックが外れたのを確認してから、僕はドアを押し開いた。
「ただいま~」
「お帰りなさいませクニヒコさん」
玄関を開けると同時に目の前にテルテル坊主のような物が現れた。頭は真ん丸で、二頭身の体は首から足先まで布で覆われており、何故か頭には丸坊主のカツラが乗っている。その布から丸っこい両手を出して体の前で合わせ、軽くお辞儀していた。
「ただいまリイン、その格好……なに?」
僕は聞くか聞くまいか多少躊躇したが、思い切って聞いた。
「ミクさんたってのご要望でして、明日見る番組が雨天の場合放送されないということで。何とかして明日、雨を降らさない方法を~……とミクさんが考えた結果――」
「こうなったのか……」
「はい」
テルテル坊主のようなと言うか、テルテル坊主だったらしい。だがそのカツラは無いんじゃないかと思うが……何所に有ったんだそんなデータ。
リインは我が家のホームプロセッサだ。建築する際の建材に特定のアルスをまぜこみ専用端末を設置する事により、家全体に疑似人格を持たせ、空調管理やセキュリティー、子守や勉強や番組の録画まで可能とする。何でもござれの一家に一台、万能家政婦プロセッサである。
高度な操作系の力を持っているので、自分のアバターを実体化させたり、専用端末にデータを入れると着せ替えまで出来る。
僕が靴を脱ぎながら、リインに事情を聞いているとリビングの方からトッタッタッタッタッと小動物が駆けてくるような音が近づいて来る。正面に突き抜けた通路の、右側にあるリビングのドアが勢いよく開かれた。
「にーちゃん! おかえりー! にーちゃん!」
「はぁぃ、ただいまーミクー。あんまり走るとまた転ぶぞー。後にーちゃんは一回で良いからなー」
走ってきたのは我が家の末っ子、暴れたい盛りの三歳児、もう直ぐ四歳の僕の妹ミクだった。僕が十五歳だから年の差十二歳か……うちの親凄いな!
たけの少し短い、ピンクのチェック柄のワンピースを着て両手を前に出して駆けてくる。
ヒザとオデコにはパッと見わからない肌色のテープが貼ってある。昨日転んですりむいたばかりだが、今はあらかた治っている頃だろう。
明るいブラウンの髪をボブで切りそろえ一箇所左上で結んでいる。その結んだ髪が走りながらピコピコ動くのが、犬の尻尾を思わせてたまらなく可愛いと思う。
「うん! ちゃん!」
「今度は誰を呼んでいるか分からなくなったぞ~」
「えへへぇ!」
嬉しそうだ。
玄関にたどり着いたミクが僕の豊満なお腹へ突進するように飛び込んでくると、僕の顔を見上げてニカッと笑った。太陽のような笑顔に僕の心が洗われる。
「ミクー、いい子にしてたかー?」
「うん! いいこにしてらよ! ね、リイン?」
「はい、ミクさんはとてもいい子で遊んでおられました」
「ほら! ね!?」
僕から手を離すとエッヘン、と両腕を腰にあてて胸をはった。そんなミクの頭を撫でているとリインが僕の耳元までフヨフヨ飛んでくる。
「冷蔵庫からジュースを取る際、落下した麦茶は作りなおしておきました。イオリさんの化粧品を触っておりましたから、口紅の表面を硬質化させて付かなくしておきましたが、今は元通りにしております。クニヒコさんのお部屋に侵入されて棚の上を触っておられましたので元に戻しておきました」
いつものように色々やらかしてくれたらしい。今のところ、どんなイタズラをしてもリインがほぼ元に戻してしまうため、めったにその後の惨状を目の当たりにすることは無い。両親が何も言わない限りは僕からミクに言う事では無いと思っている。
だから、感謝の意を込めてリインの坊主頭をなでた。
……ジョリジョリだ……。
「ミク、お昼はもう食べた?」
「ん? まーだーよ!」
「冷凍ピザの賞味期限が迫っております」
我が家のホームプロセッサは本当に優秀だ。
■◇■◇■
リインにピザを温めてもらい、八枚カットの二枚をミクが、残りを僕が食べ終えた。リインが淹れてくれた新しい麦茶を飲みながら今はまどろんでいる。
うん、濃くておいしい。この深みのある苦味と香ばしさを出すには水出しで出来るものじゃない。
アルス自体が熱に弱いためお湯を沸かしたりするのは苦手なはずだが、リインはその辺上手くやったのだろう。
十二畳ほどのリビングには八人掛けの大きな長方形のテーブルが鎮座している。お客さんを招いた時に不便が無いよう、わざわざ大きめのテーブルを探してきたんだそうだ。
結果としてセットとなる椅子の数が足りず、両サイドに三組づつ置かれた椅子は統一感のあるモダンな木造チェアーなのに対して、上座と下座には少しポップなデザインの斬新な椅子が置かれている。卵をくり抜いたようなJ型の椅子に天窓の光がさし、ひときわ異彩を放つ。
今はそのモダンな椅子の真ん中に、二人向かい合わせで座っている。僕はもう食べ終わったが、正面に座るミクはピザのトッピングに入っていたコーンをフォークで突き刺すのに必死だ。
「ミク」
「あーとーで!」
「ミク、直ぐ終わるから」
「あーとーで! っていってるれしょー!」
ふぅ……。
リインの格好をテルテル坊主から直してやりたいんだが――勝手に直したら絶対怒るだろうしなあ……。
これはしばらくリインに我慢してもらうしかないか。
そう思って視線を送ると、リインが軽くおじぎしている。気持ちだけは伝わったようだ――。
伝わったよね? このヘタレが! とか思ってないよね?
「ウタム――。リイン、ちょっとウタ窓を壁までもってってくれない?」
「かしヘタレました」
――いま何て!?
「リイン、今ヘタレっていった?」
「何やらそのような期待をセンサーが察知しましたので」
流石リイン。恐ろしい子!
ウタ窓を出した後、画面の角をつかんで大きさを調整し、キーボードが出たのを確認した上でリインにウタ窓の移動をお願いする。
リインはウタ窓に触れることなく、ただ軽く目線を送るだけで――本当なら目線の動作すら必要では無いみたいだけど――ミクの真後ろの壁、両親の部屋と脱衣場の有るドアの間に固定させてくれた。
僕は軽くお礼を言うと手元のキーボードで画面を切り替える。
『はい! 私は今第一都市タルシスに来ています! 御覧下さい! 間もなくMC3000を迎えるにあたり、大々的なカーニバルが行われる準備が着々と進んでおります!』
画面を民間放送番組に切り替えると、丁度お昼のニュースが映し出される。画面のなかのリポーターが暗い倉庫の中なのか、大きなハリボテを組み立てている現場に潜入し案内していた。
『見てください! 大ーきいですねー! これが当日空を飛び交うと言うのですから今から心躍りますねー!』
来年で有史より三千年を迎えるお祝いに、最も大きな都市であるタルシスにて大々的なカーニバルが予定されているらしい。
ウタ窓にはファンタジー世界にしか存在しないドラゴンのようなハリボテや、カエルと人型を足したような不思議なデザインのハリボテも映し出される。
当日はこれらがアルスの力で空中を飛びまわるのだろう。
凄いお祭りになりそうだな~……。マリとキョウの予定が合えば一緒にいきたいな。
『次のニュースです。昨年から続いております家畜の変死事件ですが、昨日四件目の被害が発見されました。場所は第六都市スキアパレッリの牧場で、いずれも脳と太もも筋組織のみ摘出された状態で発見されている事から、同一犯の犯行ということで当局は捜査を進めていく方針です。なお反アルス団体シナプ――』
お昼時にグロテスクな物を見てしまった……。映像に出ていた牛の変死体にはモザイクがかかっているとは言え先ほど食べたサラミが思い出されてしかたない。
別段グロテスクな内容が苦手と言うわけではないが、妹には教育上良くないだろう。
『あなたの旅を快適にサポート! 時速千キロはだてじゃない! さぁ! あなたもロケットスレッドでMC3000を見に行こう!』
適当に番組を回すが……この時間はニュースかサングラス司会者の長寿番組しかない。ミクに視線を戻すとちょうど最後のコーンを口に入れるところだった。
「にーちゃん! ゲーム! にーちゃん!」
「はぁぃ、その前にごちそうさまだろー。後にーちゃんは一回で良いからなー」
と言ったか言わなかったか分からない間に、すでにミクは僕の後ろでウタ窓の展開を終えているようだ。手元にはキーボードを少し小さくしたようなゲーム用パッドが浮かんでいる。
親の方針で『画面からは三メートル離れなきゃゲームしちゃだめ!』と散々注意されてきたので、我が家のゲーム風景はお互い向かい合わせ。
相手の頭越しにウタ窓を見ながらのプレイとなる。
「うん! ごちそうにーちゃん!」
「作ったのはリインだし、にーちゃんは食べれないぞ~」
「えへへぇ!」
嬉しそうだ。
案外食べれるのかもしれない……ミクなら隙を見て僕のお腹にかぶり付いてくるんじゃないか。など考えて自分のお腹をつかんでしまう。
ぷにぷにしていた。
「ミク、今日は何のゲームするの?」
「んとね! スマロゼ!」
「スマロゼ?……ああ、スマロボかー、なつかしいなー」
スマロゼは『大激闘スマッシュロボティック・エグゼ』の略で。もともと一人用アクションゲームだったロボティックマンを、多人数対戦用にリメイクされた作品だ。近年エグゼにヴァージョンアップして、使用可能キャラクターが倍以上になった事で情報番組などによく取り上げられた。
当然、僕やキョウなどは前作のスマロボからかなりやり込んで――やりつくしていて、本気を出したら……その後のことは言わずもがな。かなり手加減をして、いい勝負の演技しなきゃへそを曲げちゃうかもしれないなぁ…。
「ミク、僕のほうが勝った回数が多かったら、リインの格好を戻してもいい?」
僕が、簡単に一勝するのは目に見えている。なので、少しでもミクの気持ちが傷つかないようにという兄の配慮である。
「ん~……いいよ!」
「よし、じゃあ僕はこの青ヘルの少年を選ぶよ」
やはり乗ってきた。交換条件を言わないのが可愛い三歳児。
それならば、僕は様子見として機体性能が平均な万能型と言えるキャラを選んでミクの実力を計るとしよう。
「ミクはこれね!」
「ぇ!? そいつでいいの?」
「いいの!」
「そいつはミクに難しいんじゃないかなー」
「いいのったらいいのー!」
「そうか……分かった、操作が難しかったって負けた理由にするなよ?」
ミクが選んだのは一言で言うとトリッキーなキャラだった。機体性能もそうだが操作性が他のキャラと異なり、独自のアルゴリズムによって動くので、慣れるまでは使いこなすのが難しいと悪評のキャラだ。
「それでは、僭越ながらスコアラーを務めさせていただきます」
リインが空気を読んで対戦の進行を務めてくれる。勝敗によって自分の容姿が変わってくるのだ。黙って眺めているのはホームプロセッサのプライドが許さないのだろう。
ミクと僕の顔を交互に見て、準備が完了したことを確認すると。その丸っこい手を高々と掲げ――勢いよく振り切った。
「ゲーム――スタートです!」
僕のキャラが画面を走る。雲の上をモチーフとしたステージで、どういう理屈か雲の上を走っている。似たような風景がいくつも続くが、画面右上の簡単なレーダーが相手の方向だけを映し出しているので迷う事はない。
一つ段差を軽いジャンプで乗り越えると前方に、カエルと人型を足したような不思議なデザイの青いキャラ――ミクの選んだキャラが視界に入る。操作が分からないのかミクのキャラはピクリとも動かない。
まずは、足元から!
様子見と、僕のキャラがスライディングの体制に入ったその時――
ミクのキャラに装備された、胴体の半分以上を占める超巨大ファンが高速回転を始めた。




