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第二話   「痛みとして」★

 今日は始業式とホームルームのみの為、みっちゃんの挨拶が終わるとクラスの委員を決めて授業は終了となった。


 約一名失神者が出たので自己紹介は次回へ持ち越し。名前が分からないのにどうやって投票するのだと思ったが、顔写真付き名簿が全員のウタ窓に転送されることで解決した。


 スメラギさんの名前はハジメと言うらしい。

 ケイン・コスギと呼ばれた二人の本名も書いてあったが、今後関わることも余りないだろうと思い、軽く目で流すだけにしておいた。


 みっちゃんが委員の名称を言い、それに対して名簿の誰かを指名する事によって投票できるようだ。

 皆が軽く視線で投票している中、僕だけが短い指先でポチポチとタッチしていた。


 ちなみに、委員長は案の定スメラギさんが推薦され、僕は副委員長に推薦された。


 スメラギさんが居なかったら僕が委員長に推薦されていたのかな……。


 今までの学年ではずっと委員長に推薦されていた。スメラギさんが選ばれたような、人望や信頼による推薦ではなく。面倒な仕事を文句を言わない人間に押し付けるという形で。


 学園生活の重圧が少しでも軽くなって助かった……そんな事を考えながら僕は校門を抜け家路に付いたのだった。


 自分の足先より少し前を見つつ、今日もゴミ一つ無いな~……などと思いながら。



「し~~ぃ~~ちゃ~~ん!!」


 背後から肺の空気を押し出す程の衝撃! 硬い物が左右から挟み込み首筋にはフンワリ柔らかい感覚が……!?


「げふぉ! こっ、こら! マリ!?」


 本当にやめてほしい! 心臓が飛び出すかとおもった! 思春期真っ盛りの男の子になんて事をするんだ、この脳筋女は!! 良い匂いがするじゃないか! 出来れば前後反転で! 違う、何を考えているんだ僕は! マリの怪力を忘れた訳ではないだろう、彼女の怪力はリンゴを握り潰すなどお手の物、現在はハグだけでドラム缶を潰すまで昇華させたと噂に聞く! こんな状態が続けば確実に気持ち良――いや違う、確実に死んでしまう、死線を越えてしまう!


 っていうか現在も進行中! たすけて!


「マリ! この馬鹿力! 放せ! 放して! 痛い!」


「ぶ~……だってしーちゃん、ウチ置いて帰っちゃうしさー? 今朝言ったよねー?」


 さらに力が込められたのか、僕の腕と肩がミシミシと嫌な軋みを上げる――。


「ギャー!」

 痛い! 痛いし苦しい! 痛苦しい!


「クラスが別になったら校門の前で待ち合わせって言ったよね~?」

「ギャー! ギャー!」

「可愛い幼馴染がせ~っかく一緒に帰ろうって誘ったのに!」

「ギャー! ギャー! ギェー!」

「ほら、ごめんなさいは? ご め ん な さ い は?」


 デッドライン! まさに死線! 幾多の戦場を乗り越えて来た者達のみが経験するそんな恐ろしい境界線『一歩踏み出したらお陀仏よ』と、サムズアップしているニコヤカ軍人が立っていそうなそんなライン。


 まったく訳の解らない妄想を走らせつつ、その一歩手前まで追いつめられ、パニック状態の僕は目を白黒させながら叫ぶしかなかった。


「ごめんなさい! ごめんなさい! 置いて行ってごめんなさい! 約束したのにごめんなさい! 生まれて来てごめんなさい! ゲホアッ! マリちゃん! マリさま! 美しいマリさま! 許して! お願い! マジで死んじゃうから! 中身出ぢゃうからぁぁぁぁ!!」


 パッ、と一瞬の浮遊感。


 どうやら少し持ち上げられていたようだ……。両足が地面をとらえ、膝から崩れるように前かがみになると、地面に付きそうなくらい頭を垂れ、両肩を抱きながら荒く呼吸を繰り返す。


 何か常人では見てはいけない境界線を垣間見たような気がするが、今はそれどころではない。


「……ゼハァ……ッグ……ハァ……生きて……る……!?」


「んもぅ~、しーちゃんったら~! キレイなマリ様だな~んて~……エヘヘ」


 呼吸が少し落ち着いた処で首だけ後ろを振り向くと、筋骨隆々な両腕で自分を抱きながら――幼馴染のスドウ・マリがウネウネしていた。大きな二つの膨らみが腕の中で右往左往している。

 当人には決して言えないが、傍から見てかなり危ない人に見える。


 人を殺しかけたとは微塵も思って無いのだろう。何せ普通の人間ならあの位ではここまでダメージを受ける事も無いのだから。


「マリ……ケホッ……僕の体質忘れてない!?」

 呼吸を整え、ようやく立ち上がった僕は、半泣きの顔で幼馴染に訴えかける。


 話す途中で肋骨がきしんで咳き込んでしまった。まだ痛い……。


「そうだぜ? マリ。そんなに圧縮したらシンがスマートになってしまうではないか? ハッハッハー」


 マリは僕に何か言おうと口を開いたが、後ろから呼びかけられそちらに振り向く。


 そこにはサラサラ長髪に四角いメガネ。スマートな八頭身の体をもつ、十人中十人が美男子と判断出来る完璧な男がそこに立っていた――。


「ハッハッハー」


 等身大ウタ窓の中に。


「ハッハッ……ハー?」


 想像していたリアクションと違うのか、等身大ウタ窓の中のイケメンは『あれ? おっかしーなー?』とでも言いたそうな顔をしている。


「……キョーちゃん? ……殴るよ?」


 半開きの目で睨みながら、何故か口は笑顔で。指をポキポキ鳴らし等身大ウタ窓にマリが近づく。

 静電気でも起きているのかボーイッシュなライトブラウンの髪が重力に逆らって上昇していく――。


 あれ? マリは操作系ダメだったと思ったんだけど目の錯覚かな?


「っはっは……はは……は……チョイマチ! チョイマチ!!」


 最初の余裕は何所へ行ったのやら、等身大ウタ窓の中のイケメンは両手を突き出し汗をダラダラ流しながら必死でマリを静止する――と、ウタ窓が上部から消滅し始めた。


 奥から、眼鏡を掛けた小太りの男が歩いて来る。ボサボサブラウンの髪をポリポリとかきながら。


「まったく、マリはほんと堪え性が無いなぁ~……。校門に行ったら誰も居ないし、これ位のおふざけは許されるんじゃないか?」


 と、苦笑い顔の小太り。シバ・キョウイチロウはマリの目をチラリと見上げながら僕に近づく。身長は僕より頭一つ高いがマリよりは低い。僕がどれだけ小さいんだって感じだ。


「ほら、シン。立てるか?」


 キョウイチロウは僕の横に立つと、僕の腕を握って引き上げてくれた。身長もそうだが体もかなりの肉付きのよさのために並ぶと親子の用に見える。

 しかしそれだけの体格差がある中、圧迫感などは微塵も感じない。むしろ暖かな感じさえ受けるのだった。これで汗臭ささえなかったら……。


「ぁ……ありがとうキョウ……」


「ぶー……ウチ悪くないもーん、しーちゃんが悪いんだもーん」


 ふくれっ面で抗議するマリを横目に、キョウは僕の膝を掃いながら言う。


「マリ……忘れた訳じゃないだろ? シンの体質、俺達とちがってシンはアルスの影響を受けれないんだからな?」


「ちょっ、良いよそこまでしなくて! 自分で出来るから!」

 膝を掃っていたキョウの手を止める。

 そうか? と聞き返して来たので僕は頭をコクコクと振った。


「む~……そりゃ忘れてないけど――忘れるわけないけど~。でもウチが校門に着いて、しーちゃんの後ろ姿が遠くに見えた時の気持ちわかる? なんとかして伝えたくなるじゃん? ――痛みとして」


「痛みとして!?」


「まぁ、わかるけども」


「わかるの!?」


「俺も置いて行かれた口だしなぁ~」


 今にも嫌な汗が吹き出しそうだ。さっきまで辛く苦しい思いをしていて、ようやく救われたのに。一度落して、持ち上げて。次はさらに深く落とす。なんという相乗効果! 今度こそ僕は耐えられないのではと、そんな不安が頭を高速回転させる――。父さん、母さん、妹よ、ごめんなさい! 僕は死なないまでも五体満足で帰れないかもしれません! 願わくば家族には明るい未来が待っていますように――。


「……っぷ」「ククッ」

「アハハ」「ハハハハハ」



■◇■◇■



 僕は歩いている。五体満足に。「黙々と」や「淡々と」などがピッタリ合うであろう歩きっぷりに。頬に当たる風も称賛しているようだ。


 ただいかんせん。僕の歩幅は非常に短く、どれほど早歩きをしようとも。競歩さながらの回転力で足を前に進めようとも。それは常人にとっての普通の歩行速度と大差ないのであった。


 だから、どれほど引き離そうと容易に追いつかれてしまう。それが例え女の子だろうと、肥満MAX(マックス)の万年帰宅部だろうと、追いつかれてしまうのである。


「しーちゃんご~め~ん~って~」

「シン、すまん! 機嫌なおしてくれ!」


 あの後笑って、冗談でした~。って流れになるのかと思いきや。二人してしっかり痛い思いをさせられた。ええ、しっかりと。

 まさかあんな方法で攻撃してくるとは思わなかった。肉体的にも精神的にも効果は絶大である。


 だから怒って距離を取る……に見せかけた。戦術的撤退です。あのまま一緒にいたらもっと痛い思いをしかねない。


 ただ、二人の意図が分らない訳じゃない。現に今僕は正面を向いている。足先を見ながら歩いてる訳じゃない。


 僕に……前を向かせるために……即興で一芝居打ったのかもしれない。


 思えばこの二人とも長い付き合いだしな~……。


 この二人としか付き合い出来てないとも言うけれど。


 学園一年生……僕がまだ六歳の時、アルス融合の適正なんて殆ど平坦だった頃からの付き合いだ。


 僕もそんなに太っていたわけじゃなく、正義感の強い、子供番組のヒーローに憧れる普通の子供だった。

 そんな僕が幸か不幸か二人と出会い。事あるごとに一緒に行動して悪さや、ヒーローのマネ事をしていたものである。

 何年の頃か忘れたが古代文字の授業で会意文字かいいもじを習った時「森」の読み方が「しん」だった事から、二人だけは僕の事を今の呼び名で読んでいる。


 マリは強化系の融合早かったっけ……。


 三年生では同年代の男子と同程度、六年生の時には強化系じゃない男子じゃ太刀打ち出来ないほどの強さになっていた。

 今では強化系の男子をも凌駕する怪力と噂されている。

 元々才能が有ったのだろう、両親とも建築の仕事をしているから強化系のサラブレッドなのは間違いない。


 キョウも融合進んでよかった。


 学園生の間は僕と二人で「ブーブーコンビ」や「ダブルデブゴン」など言われよくからかわれたものだが。

 学院生になってから操作系の実力をめきめき付け。今やスメラギさん――程ではないが、同年代でも上位の操作系になったのではないのだろうか。


 二人とは何度もケンカしたけど、そのたびにどちらかがあやまりに行って、翌日には一緒に遊んでいた気がする。

 学院入りたての時、マリとキョウが大喧嘩をしてあわや友情のフィナーレかと思わされた事が有ったが、僕の知らないところで上手に仲直りしたらしく、それ以降は一度も大きな喧嘩をせずにやってきた。


 今だって――。


 強化を解除して四肢が平均男性並みに細くなったマリと、少し小走りしたせいで、汗が止まらなくなっているであろうキョウが――僕を三メートルほど追い越す。


 二人並んで止まると、小さくせ~のっと声が聞こえた。


 二人は同時に振り向いて――。


「ぷにょ~~!」「ぶじゅ~~ん!」


 大きなたれ目を右手で引き下げ、左手では花の頭を上に持ち上げているマリ。

 汗だくの顔を両手ではさみ込み、口をタコのようにして白目をむいているキョウ。


 イヤイヤイヤイヤ!


 笑わせて仲直りって形が見えるだけに多少かまえていた訳ではあるけども! ――かまえていたが為に笑いの沸点が上がっていた可能性がなきにしもあらずだけども!

 百歩譲って。譲りまくったとして。これは面白いとか笑えるとか言うレベルでは断じてないだろう!

 鬼気迫る二人の顔がジリジリと近づいてくるのだからむしろ怖い!


「ぷにょにょ~!」「ぶじゅじゅじゅ~!」


 僕が必死で着地点を探しているにも関わらず、二人は相も変わらず醜態をさらしながら迫ってくる。僕の反応を見てか口元が薄ら笑みの形になっていた。


 何笑ってんの! 何でそんなに自信あるの!?


 こうなってしまったらどうしようもない。


 僕は勇気を持って右手を上げる。


 そして決意を持って左手を上げこう言うのだ。


「ごめんなさい」


 どうか許して下さい。

マリの設定画を書いて頂きました。

挿絵(By みてみん)

作:べり子様


べり子様、有難うございました。

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