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第二十四話 「どうぞ、お好きな質問を」

『クニヒコさんも――お帰りなさい』

「え?」


 え? 僕は何で『お帰りなさい』って言われたんだろう?


「す、すみません。僕は今日初めてオリンポスに来たんですが……どう言う意味なんですか?」


『そのままの意味ですよ。アナタはオリンポスに帰ってきた。だからお帰りなさいと言いました』


「おい、コイツの言う事なんか気にすんな。記憶にないんだソレでいいじゃねーか」

「う、うん……でも……」


 何故――と考えてしまうのだ。

 まるで、ドクターによって僕の思考回路が改造されてしまったんじゃないかと思うほどに。


 気を逸らそうとしてきたソラオを見る。

 今はジッと天井を睨めつけている……。


「そんなことよりどうするッスか? やっちゃうッスか?」

「イキナリぶっそうですのね!? でもアンドロイド? 止めといた方が良いと思うですの」

「ほぅ~……なんでッスか?」


 カナコさんがコモモの言葉に初めて不快をしめした。


 両目を細め、猫がつまらない物でも見るような……そんな視線をコモモへ送る。


「ココをドコだと思ってるんですの? ナノマシンの生産工場ですのよ? たかだかアンドロイドの力では、あのドームにすら傷を付けれないと思います」


「試して良いッスか?」


 嬉しそうにドームの人影へと呼びかける。その顔は本当にうれしそうで、獲物を前にしてウズウズする猫のようだった。


 もしかしたら……このアンドロイド二人はあわよくば人類保存プログラムの消滅を指示されて来たのかもしれない。


「ストップ! カナコさんストップ! 僕は話を聞きに来たんです!! だからカナコさんも落ち着いてください!」


「ちぇッス」

「すん」


「すみません、人類保存プログラム。いくつか質問させて貰っていいですか?」

『かまいません、どうぞう好きな質問をしてください』


「僕は〝いつからいつまで〟ココにいたんですか?」


 ズット天井を睨んでいたソラオがピクリと体を揺らすのが分かる。

 その反応が、僕の質問が的外れでは無かった事を教えてくれた。


 ハハッ、今の僕はまるでリインみたいだな……。


 ドクターが言っていた三原則に基づく人工知能(A・I)には人の質問に対して嘘をつくことが出来ない。


 ならば、問題はその質問の仕方だ。


 何でも答えてくれる。だが聞きたい事を答えてくれるとは限らない。


 自分の考える答えに、ある程度あたりを付けて質問しなければならないだろう。


 まず、僕は間違いなく〝ココにいた〟のだ。


『お答えします。クニヒコさんはオリンポスに――MC30年からMC2991年までおられました』


「わッス! ドクター位おじいちゃんだったッスね!?」

「すん」


 ハヤコさんが先回りして謝ってくれる。

 カナコさんにとってはその位のことなのかも知れない。


 ただ、僕にとっては――。


「ソラオは……知ってたんだよね?」

「ん? あ~……そうだな。知ってた」


 ハリネズミのような頭をボリボリと掻き、まるで人間のようにバツの悪そうな顔をしている。


 ソラオは……教えたく無かったんだね……。


 僕がオリンポスにいた事を。


 僕が父さん達と本当の親子じゃ無かった事を。


 いったいどんな意図があっておこなった事なのかは分からない。

 きっと今聞いても答えてくれないだろう。そんな気がする。


 それにしても――。


 思ったより……驚かなかったなぁ~……。


 むしろヤッパリ。と言う感覚に近かった。

 だっておかしいだろう? 僕は家族の誰にも似ていない。髪も黒いし、体も丸い。アルスも使えない……。


 人類保存プログラムによって絶滅させられたアルス拒絶体質が、そんな都合良く産まれるわけがない。

 ドクターが『原始の子』と言ってたじゃないか。

 そう、僕は遥か原始から――すでに生まれていたんだ。


 ただの妄想が今、形を帯びてハッキリとした現実となっていく。


「本当に、僕は台風の目だったんだね」


 ソラオによって用意された台風の目。

 この世界を壊すための。ソラオの臨む進化のための。


「ドーーーーン!!」


 突如、カナコさんの声と共にコタツが宙を舞う。


「か、カナコさん!?」

「なに一人悟ったような顔してるッスか?」


 全員が唖然とする中、一人コタツを吹き飛ばし立ち上がったカナコさん。

 僕へと歩みよると襟首をつかんでグイッと顔を寄せてきた。


「なに僕なら大丈夫~って顔してるッスか?」

「そ、そんな訳じゃ」


 顔が……顔が近い!


 思わず息を止めてしまう。


「なら何で怒んないんッスか? 俺の人生なんだと思ってんだ―って言わないッスか?」

「そんな、だって怒ったって今更どうにも――」


「どうにもならないから怒るんじゃないッスか!! そんなに我を殺して、我を殺し続けて! 自分が可哀相じゃないッスか!」

「だって……そんな! そんな我儘を言って! 皆に迷惑かけるだけだろ!?」


「迷惑かけたら良いじゃないッスか! 坊ちゃんは周りの顔色ばっかり見すぎなんッスよ! もっと我儘になったって良いんッスよ!」

「もっと……我儘に……」


「そうッス! 私はバカだから難しい事は分からないッスけど、ドクターが言ってたッス。人は自分のやりたい事をやっている時が一番輝いているって! だから坊ちゃんも、もっと自分のやりたいように、自分の思うようにしなきゃダメッスよ!」

「自分の……思うように……」


「そして私と一緒にバカするッスよ!」

「いや、ソレは違うでしょ!?」


 今までのバカな行動も、全部ワザトだったのかと疑いたくなる発言に思わず突っ込んでしまった。


「あれ? 顔近いッスね、チューするッスか?」

「しません!!」


 カナコさんを強引に引き離す。パワードスーツの出番がこんな所で訪れるなんて……ドクターは想像もしていなかっただろう。


「ちぇッス」

「すん」


 本当に……カナコさんは何を考えているんだか。


 ただ、今の僕の心は腫物が落ちたような爽やかさが訪れていた。


 思うようにやれ……か。


 なんか……さんざん言われてき気がするなぁ~。


『ソレを考えるのがクッチーの仕事じゃ』

『お前は今まで何をしてきたんだ?』

『お前が何をしたいか何だがな~……』


 思い返すとソラオが良く言っていたっけ。

 僕は最初から……僕の好きにする事を望まれていたのか。


 自然と口角が上がるのを感じる。


 今はソッポを向いているソラオ。

 カナコに言われた通り、怒るとでも思ってるのかな?

 それとも、その背中を蹴飛ばせとでも言っているのだろうか……。


 今から僕がする決断は……はたしてソラオの望みに適ったものだろうか?


 はたして、ドクターの望みに適ったものだろうか?


 ライトウの望みは……良く分からないや。

 干渉の回復を望んでいながら僕からマッチを取り上げなかった。

 キットあのオジさんの本音は……もっと別の所にある気がする。


「人類保存プログラム! 答えてください!」

『どうぞ、お好きな質問を』


「僕がキミに消えてくれと願ったら、キミは消えるんですか?」

「んな!?」「ですの!?」「うはッス!」


 三者三様のリアクションで僕に視線が集まったのを感じる。

 ハヤコさんの驚いた顔は初めて見た。


『御望みで有れば可能です』

「もし、キミが消えたとして。その後はどうなりますか?」


『想定されるのは、ナノマシンの生産停止、干渉の停止、環境保持の停止、いずれこの星からナノマシンと人類が消滅すると予測されます』


「キミの仕事をソラオに移譲する事は?」

『私の持つ権限では不可能です。より上位の権限によってのみ移譲コードの使用が可能となっております』


「カナコさん。そう言う事だから、今人類保存プログラムを止めるのは諦めてもらえるかな?」

「ぐぬぬッス! 坊ちゃんはドコまで知ってるッスか」


 いや、実際は何も知りません。


「人類保存プログラム! 現在パーシバルの干渉装置が僕のせいで止まっているんですが。直すのにどれ位の時間が必要ですか?」

『現在の生産速度から算出するに、約十年も有れば可能です』


 思ったよりも時間がかかる事に驚いた。

 エアーマン達にとってはほんの一瞬なのかも知れないが、僕たち人間にとっては二十歳も年を取ってしまう事になる。


 よし、これで気持ちが固まった。


 後は行動に移すだけだ。


「じゃあ、直す準備だけお願いします」

『了解しました』


「何で準備だけッスか?」

「ってか直すのかよ! あんだけ苦労したのに!?」


 ソラオもソレだけは納得できなかったらしい。


「うん、準備だけ。直すかもしれないし、直さないかもしれないから」

「さっぱり訳がわかんねぇ」


「良いんだ。さあ! 皆帰ろう! 僕はやりたい事を見つけたから!」

「おい、マジかよ……」

「マジッスか! ところで、またエリアゼロを抜けるッスか?」


「何ですの? もう帰るんですの? お兄さまを差し出すならヘリをおかししますですの!」

「よしのった!」

「おい! マジかよ!?」


 こおして僕たちは、ソラオを生贄にしてパーシバルへと帰るのであった。


 ちなみに、キョウはパーシバルに着いても暫く目覚めなかった。

 凄く良い笑顔だったのは言うまでもない。



■◇■◇■



 第八都市パーシバル、役所地下一階、人類治安機構ロック本部会議室。


 ソコには普段画面の中でしか見ないような顔ぶれが揃っていた。


 各都市の重鎮やアルス研究所の教授。

 その中でも一番存在感を放つのはロックの総司令でもあるライトウだろう。

 彼だけがやたらデカく、異常なほどの威圧感を放っている。


 そんな会議室の中心で、僕は一人立っている。


 帰りたい。

 お腹痛い。


 でも、やらなきゃいけない! 僕が決めた僕がやりたい事!

「ほ、本日は、お集まりいた、頂き! 誠に有難うございます!」


「おい、ライトウ。これは何の冗談だ?」

「ん? いや? ワシはいたって真面目だが?」

「ふざけるな! こんな子供の発表会の為に我々を集めたと言うのか!」

「そうだ! 今パーシバルの治安は最悪だと聞くぞ!? ライトウ、また何か企んでいるのではあるまいな!?」


「大の大人が雁首揃えてピーチクパーチク!! だまりな!! クッチーの話が聞こえないじゃないか!!」


 場にそぐわない少女の声が響き渡り会議室が騒然となる中、視線が集まるのはいつの間にか現れたハヤコさんだ。

 そして、その手には機械で出来た画面が抱えられていた。


「ドクターワリイー!?」「シナプスの魔女!!」「メドラーの老害だと!?」


「何か失礼な事を言うガキ共じゃな……」

 画面に映るのは白髪をタテロールにまとめた可愛らしい少女だった。


「ドクター! 来てくれたんですね!」

「通信だけじゃがな。すまないね、歩行用パーツが調整中でね。だがクッチーの出した答えを聞きたくて、ココまでやってきたよ」

「有難う御座います!」


「ライトウも久しいな、相変わらずライオンにしか見えんな貴様は」

「お前はいい加減向こう(あの世)に行ってはどうだ?」

「言うようになった! じゃが今日は止めておくよ。クッチーの話の方が面白そうじゃからな」

「フンッ!」


 巨大な図体がうでをくみ、その巨大な鼻から凄い勢いで息を吐き出した。

 鼻息に煽られて、前に座る人のズラがズレた。


「ブフッ! し、失礼しました! 今日集まって頂いたのはほかでも有りません」


 ここまで来たら後戻りは出来ない。シッカリと顔を上げ、集まってくれた人たちの顔をしっかりと見てこう言った。


「僕を、地球に送りだして下さい!」


 僕の出した答えはこうだった。


 干渉を無効化すると争いが起きる。

 しかし、アルスのある世界に僕の仕事は無い。

 ならアルスの使えない〝個性〟が必須となる仕事を作ろう。


「僕を宇宙飛行士にしてください!」


 後は、ソレが世界に必要なのだとどう理解してもらうか……。


「何を言っているのだこの子供は、頭は大丈夫なのかね?」

「冗談で我々を和まそうとしているのではないか?」

「余りにも笑えんだろう、地球進出など……ん? 地球進出?」


「お気付きの方もおられると思いますが、この都市は現在アルスによる干渉を受けておりません。それは今まで制限されていた思考が解放されていると言う事になります」


 ざわつく会議室の一瞬の隙をみて一気にまくしたてる。


「皆さんはご存じでしょうか? 私達人類がもとは地球に住んでいたことを! そしてご存じでしょうか? 私達は今、進化の危機に瀕していると言うことを!」


 誰もが、僕の話を聞く姿勢となっている。

 余りに突飛な内容では有るが、干渉の切れた思考回路が、この聞きなれない話に関心を示したのだろう。


「現在、私達の生活を支えるアルスは全てエアーマンと呼ばれるアルス集合生命体によって生産されています。その自給率は既に限界に達しているのです。私達人類は、アルスへの依存を続ける限り、これ以上の生活環境拡大が不可能になっているのです」


「ソレと宇宙進出と何の関係があるのかね?」


 ライトウだ。肉食獣の相貌は僕を値踏みするかのように細められている。


「私達人類がこれ以上増えるのは、これ以上の繁栄を手に入れるのは……地球に帰るしかないと思うからです。現在干渉が切れているパーシバルなら、宇宙船の開発に着手できるのです! 干渉下ではソレが出来ない……今しか無いと……僕は思います」


「キミ。私はパーシバルの干渉を回復させて欲しいと頼んだはずだが?」


「はい。しかし、回復には時間がかかります。その間ロックにはこの都市を守って頂かなくてはなりません。そして、その期間だからこそ出来る事を提案させて頂きたいんです」


「なぜキミじゃなくてはならないのかね」


「干渉の無い世界では何が起こるか分かりません。そして、僕以外の人間は条件がそろった時完全に無力となってしまうのです。訓練をする事で、僕で無くとも可能とはなりますが、ソレには沢山の時間が必要となるでしょう。それまでに干渉が回復していまうのです」


「なるほど……クッチーは地球が人の住める星に戻っておるか……その実験台になろうと言うんじゃな? それが人の未来の為だと」


「――はい」


 ドクターが僕の補足をしてくれる。

 ライトウはその鋭い瞳を今は閉じ、思案を巡らせているようだ。


 他の都市の重鎮もライトウの反応を待っているようだ。

 もし開発を進める場合、それは干渉の無いパーシバルで行う事になるのだろうから。


 とても……とても沈黙が長く感じる。


「フンッ!!」


 ライトウの鼻息で前に座るズラが飛んだ。


「ようかろう! キミを地球へ送りだそう!」

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