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第二十三話 「お帰りなさい」

 端的に言うと――僕たちはオリンポスに着いた。



「かー! なっっがい旅になっちまったなー!!」

「ちょっ、誰のせいだと思ってるんだよ!?」

「あ? 俺が何かしたか?」

「シン、無事に付けたんだ。良いじゃないか?」

「でも!」

「まあまあ~、無事に付けたんッスから~」

「カナコさんは黙っててください!」

「すん」

「あ、今のは――」

「分かってます!!」


 ほんと……後半の道中はずっとこんな感じだったのだ。


 本来、引っ込み思案な僕も暴走するソラオやカナコさんに振り回されっぱなしだ。



 ライトウにシンを紹介され、二人でオリンポスに行く事を決めた後。

 パーシバルに着いたらロックの面々はリニアから降り、僕たちの二人旅になると思っていたのに……。


「そう言えば何でパーシバルにいたんだよ!」

「仕方ねえだろ! サンダル置いて来ちまってたんだから!」

「そんなの置いとけば良いじゃないか!?」

「お前が履いとけっつったんだろうが!」


 なぜかロックと入れ違いでソラオが乗っていたのには驚いた。


 そして、タルシスでのメンテナンスを終え、西に有る『第二都市アマゾニス』に向かう途中、何故かカナコさんとハヤコさんが乗っていたのだった。

 ドクターに、ちゃんと家まで送るまで帰ってくるなと言われたらしい。


「ところで、これどっから入るッスか? 入口らしい入口見当たらないんッスけど」

「入口? あー……人間用ってまだ有ったのか?」


 僕に聞かれても分からないよ!?


「さす」

「あ、今のは『探してきます』って言ったッス」


 カナコさんが通訳するが早いか、ハヤコさんの姿は既に消え失せていた。


 ホント、この人の力量は未だに謎に包まれている。

 基本非力で、暴走するカナコさんのお守担当のようになっているのだが、いざと言う時の行動力とその功績は他の追随を許さない。


「なあシン……帰りもアマゾニスを通過しなきゃならないのか?」

「う……どうだろ……リニアで帰るならどうしても通らなきゃいけない……かな」


 アマゾニスでは大変な思いをした……主にキョウが。


「こなす」

「あ、今のは『こっちに穴が有ります』って言ったッス」


 黒と赤のスカートを揺らしながら、いつの間にか帰って来ていたハヤコさんが入口を見つけてきてくれたようだ。

 指の差す方へと向けて全員で移動する。


「なあシン、前みたいな自動機械(ドロイド)はもう出てこないよな?」

「どうだろ……ソラオ、流石にオリンポスにはいないよね?」

「お? おお、その辺は大丈夫だ。エリアゼロとは違う」


 エリアゼロ。

 アマゾニスの北、リニアでオリンポスを目指すならどうしても通らなくてはいけなかった無人都市。


 前時代の遺産と言うか、アルス干渉によって完全に隔離された都市となっており、その市街地には単純な指令(A・I)で動くドロイドと呼ばれる自動殺人兵器がかっぽしていたのだ。


 一気に通り抜ければ良かったのだが、ソラオがモタモタしている間に嗅ぎつけられ、何の準備も無しに戦闘状態へと移行したのだった。


 だが、驚いたのは一番活躍したのがキョウだったことだ。


 ソラオのせいで均等融合者(イコルティーマージ)になっていたキョウは、古代兵器で武装するドロイドたちを千切っては投げ千切っては投げ……カナコさんと力を合わせてあっという間に掃討してしまったのだった。


「着いたッスね。ここの穴が丁度中に通じてるそうッスよ?」

「おお! ここか! そうだった、ここが有ったな」

「ソラオ……しっかりしてよ……」

「お前が言うなよ!?」

 

 徐々に視界に入ってくるのはゴツゴツとした岩肌に不釣り合いな機械的外壁。

 そこに人一人が裕に入れそうな大穴が空いていた。

 外壁にはなにやら文字が書いてある。


「……アルス(ars)プロジェクト(project)?」

「いや、どうやら違うみたいだ。ほら、あの穴のところにも文字があったように見える……あれは……M?」


 マールスプロジェクト……壁にはそう書かれていたようだ。


「なるほど。昔はもっとシンみたいな人が居たんだったよな?」

「うん、そう聞いてる」

「なら、その人たちが広めたのかもな……アルスって名前」


 そう言うと、キョウは山の頂きを見上げていた。


 その視線の先――まるで噴水のようにキラキラと光る粒子が流れ出している。


 それは風に流され、そして各都市へと向かうのだろう。


「アルス生産工場で……間違いないんだね」


 ついに……きてしまった。


 ドクターにとっての敵の本丸。


 ライトウにとっての治安の基盤。


 そして、僕にとっての――。


「初めて来たッスけど……そうとうボロボロッスね~」

「そりゃな~、マジ容赦なかったんだぜ? 人間の軍隊!」


 そうだ、人はここに攻め入ったのだった。

 見るからに焦げている外装や小さな穴が無数に残されている。


「ソラオは……その時いたの?」

「ん? あー……いたなー、たしかにいた」


 首が痛くなるほど遠くの山頂を眺め……なにやら物想いに耽っている。


 ここに来て、ソラオは何故か上の空でいることが多くなった。

 何か遠い昔の事でも思い出しているのかもしれない。

 穴だらけになる前の……オリンポスの風景を。


「こないッスか~? 先に行くッスよ~?」


 大穴から顔を出しカナコさんが手を振っている。


「ちょっと! 何で先に行くんですか!!」

「遅いッスよ~、観光に来てる訳じゃ無いんッスからね~?」


 アナタだけには言われたくない!!

 道中、色んな事に首を突っ込んでは皆に迷惑をかけたくせに!


「待って下さいよ! 何が有るか分からないんですから!!」

「何もねーっつってんだろうが! 信じろよ!」

「いや、それは無理なじゃないか? 色々有りすぎただろ?」


 最初、ソラオに警戒していたキョウも今では普通に会話出来るようになっている。


 裸の付き合いと言うのは人との距離を本当に縮めるのだなと……うん……いい経験になった。


「おっさきッス~~」

「すん」


「まってよ!」


 こんなやり取りを延々続けてここまで来たのだった。



 穴を抜けた先はガランドウの大部屋だ。

「何か拍子ぬけッスね」

「何か有った方が困りますよ……」


 薄っすらと明かりが灯るシンと静まり返った室内に、僕たちの声と足音だけが響いている。


 遠く離れた部屋の端、僕たちの正面に小さくドアが見えているので、先ずはそこを目指す事にした。


「ソラオ、人類保存プログラムは一体どこに居るの?」


 僕達がここに来た目的。

 それはアルスの主に会うためなのだ。


 オリンポスの中は広大だ、やみくもに動いてはいつまでたっても会う事が出来ないだろう。


「大体中央だな。ま、心配すんなって! 向こうには俺達が侵入したのはもうバレてるだろうからな!」

「それって大丈夫なの!?」


 何か軽く言ってるけども!!


「何か面白そうッスね! 罠ッスか!?」

「いや、違うと思いますよ?」


 カナコはカナコで、その軽い調子に突っ込まれている。


 取りあえずはドアの向こう側がどうなっているのか……そこの心配から始めた方が良いみたいだ。


 だが、心配をよそにカナコはズカズカと進んで行き、その後ろをソラオが何食わぬ顔でついていっている。


 ドアの前に立つと、人の存在を感知したのか自動で横にスライドした。

 そのドアをカナコが何も考えずにくぐっていく……そしてソラオがくぐって――


「おっっにぃぃいいさっまぁぁああ~~~~♪」

「っぐおっふ!?」


 ソラオが消えた!!


 いや、正確にはドアを抜けたばかりのソラオに、横合いから何者かが突撃してきたのだが。


 カナコさんなんかポカーンとしている。


 いやカナコさん! そこは助けてあげなきゃ!?


 と言うか……ソラオに物理干渉ってどうやるの?


「ソラオ!! 大丈夫!?」


 僕も慌ててドアくぐり、吹き飛んだソラオの行き先を追った。


「女……の子?」


「おにいさま! おにいさま! おにいさま! おひさしですの! おかえりですの! こんなに小さくなってしまって! こんなに小さくなってしまって!」


 押し倒されるソラオの上に抱きつき、モモ色の頭をグリグリと押し付ける少女がそこに居た。


 あれ? ……あのモモ色の髪……どこかで見たような……?


「コ……コ、コ、コ、コ、ここここ、ここここ!!」


「キョウ? ニワトリ?」


 僕の隣に立つキョウが今まで一度も見せたことのない驚愕の表情をしている。

 鳴き声はニワトリなのに目はハトが豆鉄砲を食らったようになって。


「コ、コ、コモモちゅぅぅぁぁああぁぁんん!!」

「え? 何ですの? 殺気!? ギャァーー!! 何か来ますの!! 気持ち悪くて太くてネバネバしたのが来るですのーー!!」


 駆けるキョウ。


 逃げる女の子。


 あ~……今人気のアイドル、コモモちゃんか~……ん?


「何でこんな所に? お兄さまって何?」


「フッヒッ! ブッヒッ! コモ! コモ! コモモモモちゅぅぅううああああ――」


「ギッッッッ、ヤァァァァーーーー!! 何なんですのーー!? チョット! あなた達! 何で止めないんですのーー!?」


 跳ねるキョウ。


 壁を駆けて避けるコモモ。


 追うキョウ。


 迫るコモモ。


「ってこっち来た―ー!!」

「任せるッス!!」


 そう言って僕の前に立ちはだかるカナコさん。


 コモモがその脇をすり抜け僕の後ろへと抜けていく。


「ドーーーーン!!」

「――グッゲ、ブボバハアアァァ!!」


 コミカルな掛け声の通り、キョウを止めたのはカナコさんの両手突き出しだった。


 ただ、アンドロイドの全力で――しかも壁に向けて飛ばしたその威力は想像出来ない。


「コモ……コモ……ッグフ」


 シバ・キョウイチロウ、遠くオリンポスの大地にて眠る。

 とでも言えば良いのだろうか……。


 何故かとてもいい笑顔で気絶していた。

 カナコさんが本当に加減して無かったようで、壁にはキョウの形に窪みが出来ている。


「この! ブタ! 肉ダルマ! なんなんですの! この! この!」


 キョウが止まるのを見て、戻ってきたコモモがキョウの上でストンピングしている。


 正直見てられない状況だけど……でも、キョウがとても嬉しそうだから止めるに止められない。


「あの……コモモ……さん? なんでこんな所に?」

「この! この! っへ? この! この! 何ですの!? この! この! 今忙しいんですの!! 後にしてください!! これでもか!!」


 忙しいらしい。

 キョウへのご褒美はしばらく続くのかもしれない。


 本当に……嬉しそうな顔してるな~……キョウ。


「ソラオ? 大丈夫?」


 とりあえず放っておいて、ソラオに事情を聴く事にした。


「ック、ハハ。いや、すまねえ。まさかコモモが戻って来てるとは思わなくってよ」

「じゃあ、ヤッパリ?」

「ああ――コモモも俺と同じエアーマンだ」


「おんにぅぃ~さま~~!!」

「オブッフ!!」


「お兄さま! 怖かったですの! 私怖かったですの! 何なんですの!? あのド畜生は!!」

「そう言ってやるな。あれでもクニヒコの親友なんだ」

「ちょっとクニヒコ! もう少し友達は選んだ方がいいですの!」


「あはは……」


 いやぁ~……こんなんじゃ無かったんだけどね~……とは言えない。


「お兄さまの反応を察知して急いで来てみれば……とんだ災難だったですの!」

「いや……面目ないです」


「ところでアナタ達、何しに来たんですの?」


 ソラオの胸に顔を埋めたまま聞いてくる。


 せめてこっち向いて話してくれませんか……。


「僕たちは人類保存プログラムに会いに来たんだ」


 その返事を聞いて、始めてコモモが僕の顔を瞳にとらえる。


「あれ? クニヒコじゃないですか……来るのが早すぎるんじゃないんですの?」

「え?」

「おいコモモ、良いから案内しろ」

「ん? お兄さまがそう言うんでしたら……」


 凄く残念そうな顔をして、コモモがソラオから体を離す。


 何か意味深な事を言われた気がしたが、全く僕には想像が付かないことだった。


「こっちですの。人間なんてめったに来ないですからまだ稼働するか自信ありませんが――」


 そう言うと、コモモが元来た通路へと小走りに駆けて行く。


 ボロ雑巾のようになったキョウはカナコさんに持ってもらい。

 僕たちはコモモの後を追うのだった。



 案内された先に有ったのは巨大なエレベーターだ。

 ただ、大きな都市にあるそれのように上下移動するものでは無い。

 僕達の居るオリンポス最下層をクモの巣状にレールが走っており、その上をリニアの力で移動するそうなのだ。


 上には行かないのかと聞いたところ。


「上は殆どがナノマシン製造工場ですの」


 と、説明をしてくれた……つまり人は行けないらしい。


 全員がエレベーターに乗ると、コモモは迷うことなく壁に張り付く円盤の中央を押した。

 この、円盤にクモの巣が張りついたような物が操作盤となっているのだろう……僕たちはオリンポスの中央へと向かうに違いない。


 ――そこに……アルスの主がいる。


 そう思うと、自然と拳に力を込めてしまう。

 パワードスーツの中、手の平がじっとりと濡れていた……。



「さ、ついたですの」

「ここは……」


 通された先は、又もがらんどうの大部屋だった。

 ただ違うのは、壁が緩やかな曲線を描いている円柱状の部屋だと言う事。


 そして、部屋の中央には畳が六畳敷いて有り、その上にコタツが置かれていた。

 畳の端にはなぜか食器棚も。


「なんか……変なところッスね~」

「失礼ですの! 私達エアーマンには元々生活環境なんか必要無いんですから仕方ないんですの!」


 ドクターに通された部屋もここに劣らず変なところだったからね?

 決して口には出さないけども。


「さ、お茶でも入れるので、少しくつろいで下さいですの」

「あ、有難うございます……あの……」

「何ですの? 菓子とか贅沢言ったらぶっ飛ばしますのよ?」

「いや、そうじゃなくて……」


 全員がコタツを囲み、畳に腰を下したので本題を振ろうとしたのだ。


「心配いらねえよ。ほれ、そこ見てみな?」


 手足を完全にコタツに入れて、完璧にリラックスしたソラオが顎で上を指す。

 本来、ルームライトなどが存在するであろう天井の中央。


 そこには水色に見えるドーム状の物がはめ込まれていた。

 電灯とは違う……薄らと中が透けており……その中には薄らと――。


「人影?」


『お帰りなさいエアーマン達』

「おう、帰って来たぜ」「ですの」


 ドコからとも無く声が響き渡る。

 エアーマンと呼ばれた二人が見つめる先が、先ほどのドーム状の物なので、声の主は恐らくその中の人影なのだろう……。


『それにお客人方、オリンポスへようこそいらっしゃいました』

「おじゃまします」「こんにちはッス」「は」


『クニヒコさんも――お帰りなさい』

「え?」



 え?

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