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第二十二話 「待たせたな!」

「すまないな、強引で。まあ座りたまえ」


 高級そうな調度品の並ぶ応接間に通された僕は、ライオンのよな顔をしたごつい声のおじさんにソファーを進められていた。


 ダークグレーの髪は顎髭と融合し、まさに(たてがみ)のていだ。

 横広の大きな鼻の上には肉食獣なのではないかと思われんばかりの鋭い瞳が乗っている。


 眼尻のシワや、その落ち着きから結構な年齢なのだと思われるが、全身から溢れる野生はその人物の年齢をぼやかせてしまう。


「まずは自己紹介をさせてもらおう。私は第八都市パーシバル統括理事会理事長兼、人類治安機構ロックの総司令をしているライトウ・ヒロシと言う」


「理事長……!?」


「ああ、肩書きだけの飾りの様な物さ。ごらんの通り私は現場主義者でね、頭を使う仕事は主に秘書に任せてるよ。そんな事より、機内食はどうだった? 口に合えばと用意させたんだが――」


 スメラギさんに連れてこられた先はターミナルだった。

 現在、僕はそこに停泊していたロック専用リニアに乗せられている。


 入って一番に食事を与えられ、出された料理に嗅覚を刺激された僕は急激な空腹に襲われ一気に完食してしまった。

 味なんて分からない。

 だって、スメラギさんと同じ詰襟の男たちが幾人も僕を取り囲んでいたのだから。


 それでも食欲を失わなかった僕の胃袋は見かけの通り図太く出来ているのだろう。


「口に、合わなかったかな?」


 僕の返事が遅いのを、食事への不服と受け取ったようだ。


「い、いえ……とても、美味しかったです」

「それは良かった! 私の自慢のシェフを連れて来たんだ! キミには出来るだけリラックスして欲しくてね!」


 出来るわけがない。


 きっと建前なのだろう……。


 自分は相手に誠意を見せているという。形にだけ拘った結果のように感じた。


「あ、あの! みっちゃん……先生は今?」


 料理を褒められて嬉しそうにしていたライトウが、みっちゃんの名前を聞いて眉根を寄せた。

 さっきまでの楽しそうな声が一段低くなって、満腹になった僕の胃に緩い振動を伝えて来る。


「アイツか……ミルフィーユは今独房で反省してもらっているよ」

「そんな! 先生は何も悪い事をして無いじゃないですか!?」

「いいや、アイツは重大な命令違反を何度も犯した」

「先生は僕に巻き込まれただけです!」


 僕の反論にライトウは軽い溜息で返してきた。


「キミ、組織ってのはな一つの事例を許しては次々と問題が生まれてしまうものなんだ。だから今回の件も簡単に許してしまっては他の職員の示しがつかなくなる」

「先生に責任が無かったとしてもですか!? よく調べもせずに!?」


「キミは知らないだけだ、我々は良く調べたさ。ミルフィーユの犯した罪は独断行動、報告義務違反、要警戒者への無断接触、他にもまだあるぞ? 聞きたいか?」

「う……ぃぇ……」

「そうか、分かってくれると助かる。コチラとしても罰したくて罰してる訳ではないのだからな」


「先生は……どうなるんですか?」

「キミ、やけに気にかけるな? 心配しなくてもアイツは組織にとっても貴重な人材だ、手荒いマネはせんさ」


 そう聞いて……張りつめていた糸がようやく緩んだ気がした。

 僕に巻き込まれたせいでみっちゃんが酷い目にあうのだけは避けたかった。


 僕は決めたんだ〝人が傷つかないように〟すると。


「大分落ち着いたようだね。自分も大変なのに人の事を一番に心配するとは……キミはとても優しいみたいだ」


 獣じみた瞳を細め、顔に横皺が薄らと刻まれる。

 いつの間にか声音も少し明るいものへと変わっていた。


「それで、僕に……用があるんですよね? 一体何をさせたいんですか?」


「ほほぅ、話が早いな。だが待ちたまえ……もう少しだ」


 そう言うと、ライトウは応接間のドアを凝視する。いずれ訪れる誰かの来訪を待ちわびるように。


 すると直ぐにドアがノックされた。

 入ってくるのはスメラギさんだ。


「失礼します。司令、干渉範囲から離脱しました」

「ん、報告御苦労。クリスは少しソコで待機せよ」

「はっ!」


 短い返事で姿勢をただし、スメラギさんはその場で直立不動となった。

 まるで美術品か何かのような美しい姿勢に、思わず見とれてしまう。


「さて、干渉の範囲を抜けたので本題に入らせてもらおうか」

「アルス干渉を、知ってるんですか?」

「ああ、知っているとも。ただ干渉内で意識する事は出来んがね?」

「ならどうして……」

「キミももう知っているだろう? 干渉は薬で抑制できる。私達の組織ロックはね、昔からシナプスとの繋がりが有ったんだよ」


 そう言えばドクターも共同開発を行っていたとか言っていたのを思い出す。


「繋がりがあるのにあんな乱暴なやり方を!?」


 カナコさんが切り刻まれるのを思い出し、つい口調が強くなる。


「言ったろ? 繋がりが〝有った〟と。今は提携を切り全く別の信念で動いているのだよ。まあそんな事は良いじゃないか、君は話を逸らすのが上手いな? それは本能的に危険から逃げるためなのか?」

「え……」


 突然そんな事を言われても、意識すらした事がなかった。


「キミは相手のプレッシャーから本能的に逃げてしまっているようだ。今だってほら、私の正面には座っていない。君は自分に重圧のかかる事象から意識せずに逃げてしまうのかもしれんな」


 そんな、確かに気の強い方ではないが……人と距離を取る事に慣れてしまってはいるが……僕は自分から逃げていたのか?


「なに、気にする事はない。私には通用しないからな! 安心して逃げてくれていい! その方が燃える!」


 ガッハッハッハと、口から除く歯は肉食獣のようにとがっている。

 自分でも気付かない深層を言い当てられ、僕のプレッシャーは

すでにピークに達していた。


 帰りたい……! ここから離れたい……!


「さあ、早々に本題だ。逃げたければ逃げろ。キミにはこのままオリンポスへ向かって貰う」

「え! どうして……ロックも、アルス干渉を止めたいんですか?」


「ほう、キミはアルス干渉を止めたいのかね?」

「それは……だって人間を操ってるんですよ!?」

「そうだな――それはいけない事なのかね?」

「え?」


 僕の呆けた顔を見て、ライトウがニヤリと笑う。


「人は何かしらに操られているものだよ。それは仕事であり、家族であり、人と言う器だったりするがね。それがもっと細かいところで操られていたとして、一体なにか困る事があるのかね?」


「で、でも! ドクターはアルス干渉が人の種を淘汰したと!!」


「だからそれはいけない事なのかね?」

「な!? いけないに決まってるじゃないですか!? だって――」


「だって人が死んでいる……か? それはシナプスの老害が言った事だろう? 都合良く言ってはいるが実際には寿命を全うしただけだ。そして淘汰といっても自然界には普通に存在することだろ? 劣る者が廃れ、優秀な者が栄えるいたって普通のな」


 そうは思わんか? と……ズイッと顔を寄せられ、僕はソファーの背もたれに埋もれるように後ずさる。


「おっと……また逃がすところだった! 君は逃げるのが上手いな!」


 またもガハハと笑いながら膝を叩いて楽しそうにしている。

 だが、不意に真面目な顔となり、声のトーンを一つ落として強い眼差しで言ってきた。


「キミにはオリンポスに行き、パーシバルのアルス干渉を回復させるよう頼みに行って貰う」


「か、回復? そんな事が!?」

「さあな。だが私はパーシバルの治安を与る者として、現在の状態を放置できないだけなのだよ」

「現在の……状態?」


「クリス、説明を。キミも聞きたい事が有るだろう、私は少し席を外させてもらうよ」

「はっ!」


 そう言うと、ライトウは席を立った。

 部屋から出て行く際、チラリとこちらに向けた視線がまたも肉食獣のそれだったので僕の背中に冷たい汗が流れる。


「では、説明いたします」

「よ、よろしくお願いします」


 ライトウとはまた違った威圧感をもつスメラギさんを前に、ついつい敬語になってしまう。


「五十件です、モリイ君」

「五十件?」


 なんの数だろう……?


「アナタがパーシバルのアルス干渉装置を破壊してからの二日。その期間に通報の有った暴行、強盗、殺人未遂の件数です」


 殺人……未遂?


 僕がいつまでも言葉の意味を理解せず、反応を示さなかったからだろう。スメラギさんから歯を食いしばるような音がした次の瞬間――


 パァァン!! と、乾いた音が室内に響き渡る。


 遅れてやって来るのは頬の熱だ。


「いっ……あっつ!! イッッ!? スメラギさん!?」


 操作系で頬を張られたのだと分かった。


 赤く染まる頬をおさえ、涙目の僕により一層冷やかな見線で見下すスメラギさん。


 続く言葉は、少し震えていた。


「目が……覚めましたか? 自分のしでかした事の重さすら分らず呆けた顔をして! あなたの軽率な行動の為に一体どれ程の無関係な人が被害に……ック!」


 自身の感情を抑え込むように、手が白くなるほど拳を握り、目をきつくつむって耐える――渦巻く感情を吐き出すように大きくため息を一つついて話を続けた。


「ふぅ~……アナタが干渉を解除してから……心のかせを外された一部の市民は欲望のままに行動する者が現れました」


 目の前で腕を一閃、幾つものウタ窓を展開させると起こった事件の概要を簡単に説明しはじめる。


「現在死者こそ出ていませんが、被害者はみな深刻な心の傷を負った事でしょう」


「そんな……」


 そんな! そんな事になるなんて誰も教えてくれなかったじゃないか!!


 しかし、心の叫びはけして口から出る事はない。そんな言い訳、今のスメラギさんには全くの無意味なのだろう。


「私達人類は、すでに力を持ちすぎているのです。その力はアルスの制御下で無くては暴走してしまう……その結果がこれです」


「け、警察は? それとロックがいるじゃないですか!」

「ええ、即日対応をしていますよ。干渉の消えた夜からです。都市全域に警戒網をしき即対応出来るようにしました」


「なのに……!?」

「なのに、です。家庭内、職場内の事件などにはどうしても後手になり、路上でも事前に阻止できるのは希なのです。現在は夜間の出歩きに注意を促し、各環境下でカウンセリングを装った職員が市民の心理変化をマークする事でこれ以上の被害拡大を阻止しています」


 僕の……マッチ一本でこんなにも沢山の人達に迷惑をかけていただなんて……


「僕は……どうすれば……」


 うなだれ、責任の重さに潰されそうになり……絨毯を移す視界がゆがみボヤケ出した時――応接室のドアが開きゴツイ声が響き渡った。


「オリンポスに行くしかないだろう?」


「理事長……」


「キミがオリンポスに行き、アルスの主と交渉するんだ。パーシバルに干渉を戻してくれとな」


 そうしないと被害はまだまだ続くだろう、と。


 頭では、分かっている。だが、ライトウの話を本当に信じていいのか……僕はまだ決めかねていた。


 それでは、余りにもキョウが報われないではないかと――


 キョウと二人、危険を冒してまで成し遂げたそれを……こんなにも簡単に終わらせてしまって良いのだろうかと。


 それにドクターの話だってある。


 僕は――選ばなくてはならないのだろう。


「僕は――!!」

「そう、キミに同行者がいるんだ、紹介しよう。おい、入りたまえ!」


 僕の言葉を遮り、ライトウは先ほど自分が入ってきたドアに合図を飛ばす。


 そこから入ってきたのは詰襟を着た少し身長の低い男。


 ボサボサなブラウン髪に黒フチのメガネを掛けた――


「よう! シン! 待たせたな!」



 僕の親友がそこにいた。



「キョウ!?」

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