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第二十一話 「本当に勘弁してほしいッス」

「手荒な事してすまなかったッスね」


 僕たちを送るエレベーターの中、アンドロイドのカナコさんが軽く謝ってくれた。


 その人はその口調から何を言っても軽く聞こえてしまうから不思議だ。

 きっと、いざ重要な事を言う時でも全く緊張感がないんだろうなと思う。


 脳内で再生される『人類滅亡ッス』や『惑星破壊爆弾起爆ッス』という、言葉の緊張感の無さに思わず頬が緩んでしまう。

 そんな事は決して口に出す事はないだろうけども。


「そうッス! ドクターからこれ預かったッスよ。絶対役に立つからもっとけだそうッス」


 そう言って差し出すのは折りたたまれた薄手の服。その上には手で握るに丁度良い金属質の円柱だった。


「これは?」

「お、懐かしいな~。バーサンこんなのまだ持ってたのか」


 横からソラオが覗き込む。


「ソラオ知ってるの?」

「おお、これはな――」


 カナコから服を受取り、僕に見えるように広げて見せる。

 全体的な灰色に薄い光沢を放つその服は……服と言うより


「全身タイツ……だよね……これ」


 首から下をスッポリ覆うように作られたタイツのような服だった。


「バッカ! これ結構侮れないんだぜ!?」


 手に持った服を両手で引っ張り、ギュンギュンと伸び縮みさせてみせる。


 やっぱりタイツなんじゃないか!


「これの凄さは着てみなきゃ分かんねえって! ほらクニヒコ! 服脱げ! 着ろ! マジスゲーから」

「っちょ! 何で脱がなきゃ――服を引っ張るな!! 自分で脱ぐから!」


 渋々、上とズボンを脱ぎ下着姿となる……さっきトイレは済ませたが、また催してしまいそうなほど寒い。


「下着もだよ!」「パンツもッス」

「本気で!? チョット待って! ココにはカナコさんとみっちゃんも居るし!!」


「大丈夫だ! 先生はこんなだし」「アンドロイドッスから」


 視線を向ける先、みっちゃんはピクリと動いたが、今はエレベーターから外の風景に夢中なようで問題なさそうだった。


「うう~……コッチ見ないでよ!? ソラオも! カナコさんも!」

「みね~よ!」「え~……だめッスか~……残念ッス」


 二人が確り後ろを向いているのを確認し、僕は素早く下着を脱ぎ、タイツの首口に足を通した。

 その収縮性はとんでもないもので、僕の放漫なお腹が何の抵抗も無く首口を通過していったのである。


 少し小さめに感じていたタイツだったか、僕の体にピッタリ吸いつくようだ。

 ちなみに、手先までタイツで覆われているので手袋をしているように見える。


「終わったよ、下着と服も着てよかったんだよね?」

「お、問題ねえ。ただあんまりピッチピチの服は着ない方がいいな。破れるかもしれないからな」


「破れるの?」

「まあ、物は試しだ。ほら、軽く跳んでみろ」


 ジャンプ、ジャンプと僕を急かすソラオ。


 まったく、何だって言うんだ。跳べばいいんだろ? 跳べば――。


 両足に軽く力を入れ、目の前のソラオが跳ねるように軽く直立跳びを行う


 ん? 今ミリミリって音が?


 一瞬革製品の伸びる音が聞こえた気がしたが気にせずエレベーターの床から足を離す。


「っと……って……ええ!? ええええ!?」


 軽く跳んだつもりだったのに、気付けば頭上のすぐソコにエレベーターの天井が。足もとにはソラオとカナコさんのニヤニヤとした視線――。


「わわ……わわわわ!!」


 そして直ぐに訪れる落下感と迫りくる床。

 動揺の為かバランスを崩し、両手両膝で着地するのがやっとだった。


「いっ……! 痛く……無い?」


 床を激しくはたいた手のひらは少しジンジンするが、最も大きな衝撃を受けたはずの膝は何ともないのに驚く。


「な? 凄いだろ?」「ドクターが手を加えた自信作ッスよ!」

「これは、いったい何なの?」


 僕の質問に答えたのは自慢げな顔のカナコさんだった。


「これはッスね、超軽量のパワードスーツッスよ! 生地に強化系アルスに〝良く似た〟ナノマシンを使用してるッス」

「すごい! そんな物が有ったなんて!!」


「ま、融合が進んだ今の時代使う人間はいないだろうけどな」


 それでも、僕にとっては強化系の力を得たような物なのだ、この驚きは二人に決して分からないのだろう。


「あとはこれか。ホレッ」

「わわっ!」


 投げられた金属の円柱を咄嗟に受け取る。

 握った時に、軽くミシッと音がした。


「で、それがプラズマブレードっす」

「あの男が使ってた光の剣ってやつだな」


「光の……剣……」


「今は使えないッスよ、ここじゃアルスが薄すぎるッスからね。それと最後にドクターから伝言ッス『あの子をよろしく』だそうッスよ」


 あの子とは人類保存プログラムの事だろう……。

 まだアルスが薄いようだ――そう言えばもう何分もこのエレベーターに乗っている。

 窓から見える風景は徐々に遠ざかっているから、たしかに上昇しているのだろうけども……


「カナコさん」

「ん? 何ッスか?」

「ココは……一体ドコなんですか?」

「さっきも言ったッスよ~? 忘れちゃったッスか~? 水深九千メートルッス!」


 それだけ言ってドヤァ! と胸を張るのだから中々突っ込みづらい。


「いや、それは覚えてますよ流石に……それって一体ドコなんですか? パーシバルにそんな水深の場所有りましたっけ?」

「ん? シナプス本部……知らないんッスか?」

「しりませんよ!」

「ノットアルス製品の製造元に書いてあるッスよ?」


 何でそんな所に書いちゃってるの!?


「ココは第十五都市メドラー。ヘラス海の上に浮かぶ水上都市ッス」


 え……メドラー?


 メドラーと言えばパーシバルの南東に位置する都市だ。


「おっと……長話してたらもうじき地上ッスよ~」


 そう言うとカナコはドコから取り出しなのか、黒いジャーシの上をはおり、フードを目深に被ってその奇抜な髪色を隠した。


 エレベーターが少し振動したかと思うと、ポーンと軽快な音が響き地上に到着した事を知らせてくれる。


「うを、まっぶし―なー! もう昼回ってたのかよ」


 攫われたのが夜だったから、最低でも半日はたっていることになる……。

 だが、乗り物も使わず、半日でココまで来れるものなのだろうか?


「あの……カナコさん?」

「何ッスか? お別れが寂しいッスか? んふ~、仕方ないッスね~」

「いえ、違います」


 両手を広げ迫ってくるカナコを片手一本で制し話を続ける。


「僕は……一体どれ位眠ってたんですか?」

「あ~……いや~……ふつ……か~……ッスか」

「え!?」

「ゴメンッス! ガスの効果で二日! 正確には一日半眠ってたっす!!」

「ええ!? そんなにたってるんですか!!」


 エレベーター入口で、ゴメンッス! と繰り返すカナコを見つめ唖然としてしまう。


「で、でも大丈夫ッスよ!? 『旅に出ます』って置手紙してきたッスから!!」

「全然大丈夫じゃありませんよ!!」


 リインにモロバレで拉致ってるでしょうが!?


 僕がカナコに詰め寄ろうとしたところを、後ろから服を引く力に止められる。


「プす」


 いつの間にか金髪のメイドさん、ハヤコが僕の後ろに立っていた。


「ハヤコさん!? いつの間に……って、エレベーターに乗ってませんでしたよね!?」

「あ~、ハヤコは特別通路が有るッスよ。その方が早いッスからね。あ、ちなみに今のは『ストップです』って言ったッス」

「分かりますよ!!」


 流石に二回目なのだから。


「おっと……遊ぶのはこの辺でお開きみたいだぜ?」


 僕とアンドロイド二人のやり取りを少し離れて見ていたソラオが、真剣な口調で話の流れを遮った。


 見つめる先は幅広い一本道。


 白く舗装された道が太陽の光を反射し、輝いている。


 その道を歩いてくる一人の女性。


 陽炎で揺れるその姿は女性と言うには余りに可愛げが無かった。


 紺色の詰襟。スソは極端に短く腰のバグルが覗いている。


 腰からは左右に長物が一本ずつ。


 その場にそぐわない異常性より――


 最も目を引くのはその女性の顔――


 ダークブラウンの髪を風になびかせ


 凛とした切れ長の瞳は矢じりのように尖っている。


「スメラギ……さん?」


「モリイ君、アナタを拘束します! そして――」


 二本の長物を抜き放つ。


「ミルフィーユを解放して貰います!!」

「マズッス!!」


 言うが早いか、姿勢を低くし物凄い速度で跳躍したスメラギさん。

 誰よりも早く反応したカナコさんがスメラギさん目がけて跳躍した。


「メタルブレードッス!!」


 激しい金属のぶつかり合う音が響き渡る。


 カナコさんの回転ノコギリが火花をちらしているのだ。


「マズイな……クニ君、彼女を止めるんだ」


 目覚めてからろくに口を開かなかったみっちゃんが初めて口を開いた。


「え!? せ、先生! 戻ったんですか!?」

「意識だけね。力はこれっぽっちも戻ってない。全くとんでも無い事を……」


 ジト目で僕をねめ付ける。何故か頬を少し染めて……


「す、スミマセン……そ、そうだ! カナコさんを止めなきゃ! スメラギさんが危ない!!」


 今も眼前ではスメラギさんとカナコさんが一進一退の攻防を行っている。


 スメラギさんが細く長い刀を振りぬく


 カナコさんがそれをいなして、円盤状のノコギリを飛ばす


 少し短く太い刀でノコギリを弾くと、スメラギさんは距離をグッと詰めてきた


「いや、危ないのはカナコの方だ」

「な、何でですか!? カナコさんはアンドロイドなんですよ!? 操作系の力じゃとても――」

「クリスは操作系じゃない、均等融合者(イコルティーマージ)だ。しかもドウジとヘシまで持って来てやがる」

「イコ、ル?」


「イコルティーマージ。クリスは一流の操作系で有り、一流の強化系――憎き実験の〝被験体一号〟だ」


「そんな……!!」


 たしかに二人の戦闘は拮抗している。

 それはアンドロイドの力にスメラギさんが付いて来ていると言う事なのだろう。


「いいから早く止めるんだ! なんならハヤコに止めさせても良い。クリスが短い方の刀、ヘシでカナコを捕らえたら終わりだぞ!」


 そんなこと言われたって! あの二人をどうやって止めろって言うんだ!

 ハヤコさんも僕の後ろから動く気配がなしし……


 ソラオ……はダメだ……真剣に見てはいるが、戦闘力は無いって自分で言っていた。


 ならマッチで!?


 スメラギさんがアルスの力を使って戦っているのならこれで無力化できはずと、僕は未だ自分の腰に下げている灰色の容器に手をかけた。


 だが……僕の震える手を、小さく柔らかい手がソッと止める。


「止めるんだクニ君。今ここでそれを使うと、もう君は言い逃れ出来なくなってしまう。完璧に世界を敵に回す事になる」


「そんな、僕はただ戦いを止めようと……」

「それがダメなんだ!!」


 今まで聞いたみっちゃんの声で、一番強い口調で言われる。


 そして、こうしている間にも戦況は動く。


 距離を取りながら長い刀をいなしていたカナコさんが、とうとう接近を許したのだ。

 そして振われるのはみっちゃんが言っていたヘシと呼ばれる短い刀。


 カナコさんはそれを今までと同じように受け、流しにかかる。


 だが、異変は起きた。


 ヘシがカナコのノコギリに触れた瞬間、何重にもブレて見えたのだ。


 そして、ブレたと思った次の瞬間には


 カナコさんのノコギリは両断され


 肩を押し切られ


 胴まで抉られる事となった。


 驚愕に染まるカナコさんの顔、勝負はあったと思われた


 だが、スメラギさんは更に長い刀を振りかぶり


 その首を一刀のもと切り落としたのだった。


「な……なんて事を! スメラギさん! あなたは!!」


 緩やかに落ちるカナコさんの首を見、スメラギさんを睨みながら僕は叫ぶ


 その声に反応したのか、スメラギさんがこちらを向いた……その顔には何の表情も感じられない……とても冷たい表情だった。


「すん」

「あ、今のは『すみません』って言ったッス」


「え?」


 スメラギさんを注視していたら後方からカナコさんの声が聞こえて驚く。


 振り向くと、ソコにいたのはカナコさんの首をもったハヤコさんだった。


 もう一度スメラギさんの方を向くと、首が有るはずの空間には黒いジャージのフードが舞っているだけ。


「イヤッハー、油断したッスよ。本当に面目ないッス! おっと――ハヤコ、彼女来るッスよ?」

「クッメラン」


 今までで一番長いセリフを放したと思うと、スメラギさん目がけて幾つものハサミが投擲されていた。

 回転するハサミは功を描き、スメラギさんを取り囲むように飛んで行く。


「って! わー! 私も投げてるッスよー!!」


 ついでにカナコさんの首も舞っていた!!


「すん」

「本当に勘弁してほしいッス」


 そして次の瞬間にはまたカナコさんの首を持ったハヤコさんが後ろにいる。


「ごめんッス! やっぱハヤコじゃダメみたいッス」


 スメラギさんは襲ってくるハサミの対応で足を止められている。

 だが、飛ぶ虫を落とすように簡単にハサミを撃ち落としているだけだ。

 こちらに来る速度は遅くなっているが、決してスメラギさんに傷をおわせる事は出来ないだろう。


「ドクターからは家まで送るように頼まれてたッスけど、どうやら私らじゃ無理みたいッスし……坊ちゃん達に危害は加えないみたいッスから――」


「え?」


「健闘を祈るッスよー!」

「けす」


 次の瞬間にはカナコさんとハヤコさんは消えていた。


 何が起こったのか、直ぐに掴めない……


「逃げ……たの?」

「そうみたいだな」


 僕の裾を強く握るみっちゃんが肯定してくれる。


「ソラオは?」


 振り向いた先――すでにいなかった。


「逃げた?」

「みたいだな」


「モリイ君、アナタを拘束します」


 キョロキョロしている間にスメラギさんが直ぐ側まで来ていた。


 物凄い冷徹な顔で僕を見降ろしてきている。


 ああ、スメラギさん……そんな表情も出来るんですね~……。


 さっきトイレに行っておいて本当に良かったと思った瞬間だった。

あ、ちなみに『クイックブーメラン』×30って言ってるッス

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