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第二十話  「昔話みたいな物じゃよ」

「何故、私達は〝火星〟に住んでいるのか……じゃ」


 何故も何も……人間はこの星で生まれたんだからこの星に住むのは当然なんじゃないのか?


 僕の呆けた顔で考えを読まれたのか、ドクターは軽い溜息を一つつき、話を続けた。


「クッチー、キミ達が呼ぶ〝月〟の正式名称を知っておるか?」

「え……っと。たしかアサフ・ワンだと教わりました」


「ああ、縁起が悪いから改名させたんじゃった……元々はフォボス(狼狽)と呼ばれる衛星じゃったんじゃよ」

「フォボス……ですか。それが何故月って呼ばれて?」


「月と言う衛星は他にも有るじゃろ?」

「たしか……地球の衛星がムーン()だと教わりました」


「そう、つまり人間は元々地球に住んでおったのじゃよ」


「は?」


 そんな、ただ衛星の呼び方が似てるだけで、そこまで飛躍した考えが通るなど想像も出来ない。

 だがドクターはいたって真面目に話している。

 この事実が真実なのだと、その顔が物語っているのだ。


 そして次々と生まれてくる何故


 何故、地球じゃなく火星に住んでいるのか

 何故、アフサ・ワンを月と呼ぶのか

 何故、アルスはその事を隠すのか


「さて、ここからはクッチーの判断材料を提供する事にしようかね。まぁ昔話みたいな物じゃよ、軽い気持ちで聞いておくれ」


 そう言うと、巨大画面が地球を映し出す。

 学園で習った赤い星では無い、火星のように青い星だった。



■◇■◇■



 遠い昔、日本と言う国に一人の少女がおった。

 その少女は超天才で超可愛かったそうじゃ。


 少女は十六歳の若さにしてノーベル化学賞に輝く、バイオ化学の権威となった。

 少女の発明した超小型バイオチップは、今まで不可能とされていた自立型ナノマシン実現への兆しとなった。


 そして生まれたナノマシンの実験の場として選ばれたのが火星じゃった。


 マールス・テラホーミングプロジェクト。


 数回に渡り火星に渡り、ついにナノマシン生産工場を作り出すまでは良かったんじゃが……。

 まだ火星の環境は人間に厳し過ぎた……じゃから人間は自分達がいない間、ナノマシンを管理する人工知能(A・I)としてエアーマンを作り出した。


 それが一番初めに生まれたエアーマン――少女の作った『人類保存プログラム』の原型じゃ。


 クッチー、ロボット三原則を知っておるか?


 一.ロボットは人間に危害を加えてはならない、また危険を放置して危害を加えてはならない。

 二.ロボットは人間の命令に従わなくてはならない。だが一.に反する場合は従えない。

 三.ロボットは一.二.に反さない限り自己を守らなくてはならない。


 この原則で縛る事により、通常能力の劣る人間がエアーマンを使役する事を可能とした……言わば保険じゃな。


 さて、火星はエアーマンによって生活環境が著しく改善していった。


 大気の密度が安定し、気温は上がり、海が生まれ、緑が生まれた。


 この辺は神話通りじゃろ?


 じゃが、人が生まれる事はない。


 少女が六十を過ぎた頃。

 今までの過酷な仕打ちに耐えてきた地球が、とうとう悲鳴を上げたんじゃ。

 大地は裂け、海に追われ、火に追われ……気が付けば人類は絶滅寸前のところまで追い込まれておった。


 地球は既に人の住めるような星では無くなっていた。

 仕方なく生き残った人間は宇宙船を作り、生き残った生物たちと共に火星に渡ったのじゃ。


 エアーマンの働きは素晴らしものじゃった。

 たった半世紀で人の住める環境に作り上げたんじゃからな。


 第二の故郷を得た人間は各地に散らばり、各都市を作り繁栄を取り戻すために必死となった。


 少女も必死じゃった。人が増える事によって失われる資源のバランスを取らなくてはならんからの?

 ナノマシン製造工場の補強、それを管理するエアーマンの創造。


 必死の努力の末、人々はもう一度繁栄を手にする事が出来た。

 だが、既に体の半分以上を機械化していた少女は更に頑張っておったんじゃ。

 そのころじゃったかな、フォボスを月と呼ぶ人間が増えてきたのは……。


 人々が歌い、踊る中。

 イズレ訪れる時の為に、少女は様々なエアーマンを作った。

『人類進化推進プログラム』や『人類感情学習プログラム』など作り、最後に『完全超悪プログラム』を作った。


『完全超悪プログラム』大それた名前を付けたが……フフッ……この子は一番バカに作ったんじゃよ。

 人と同じ考えをする機械(A・I)を作るためにな。


 さて問題じゃ、機械と人の思考の違いをクッチーには分かるか?

 そうじゃな……難しいじゃろうな。一番身近なホームプロセッサが非常に優秀なようじゃからな。


 人と機械の違い。それは可能性の取捨選択じゃな。


 機械はその優秀な演算能力から、人が本来考慮すべき事象以外も選択の内に入れてしまうのじゃよ。


 クッチー。『一』と来て次に『二』と来たら次は何じゃと思う?


 そう『三』じゃな。


 じゃが機械はこう考えるんじゃよ。

 一、二、一、二の可能性。一、二、四、八の可能性。

 既にそれだけで人と同じ考えは出来なくなっておる。


 じゃから人と同じ思考を持たせるために、自己学習型のスーパーバカエアーマンを作ったんじゃ。


 彼女は良く育ったよ。ナノマシンの体を持ちながら、何の力も持たない、バカで可愛い娘に育った。

 とでも楽しい日々じゃったな――人間みたいに恋に憧れておったのには笑ったもんじゃ。


 じゃが、そんな時間も長くは続かんかった。


 一部の都市が他の都市の資源を求めて侵攻を開始したんじゃ。

 最初は小さないざこざだったはずじゃ。じゃが小さな摩擦が重なり、ナノマシンの力によって自身の力を過信し始めた人間を、誰も止める事は出来なくなっておったよ。


 戦火は見る見る拡大し『絶対超悪プログラム』の知るところとなった……。


 彼女の役目はその名の通り、完全なる悪になる為のプログラムじゃ。


 人と同じ高さで物を見、人と同じ考えを持ち、人が持ちうる価値観で〝人を裁く〟プログラムじゃ。


 彼女には限定的な力を設定しておってな。


 自身が戦争を知覚した際に、その戦争を鎮圧する。

 その際に全ナノマシンを指揮下に置く事が出来る。


 彼女は駆けたよ、世界中を。

 何故か人間の男を連れてな。


 既に文明の大半をナノマシンに依存していた人間達にとって彼女は驚異じゃったろう。

 彼女を止める事が出来るものは誰もおらず。争いはいつしか沈静化しておった。


 じゃが戦場を駆ける彼女への憎しみは消えはしない。


 人間は連合を組み、ナノマシンの工場へ攻め入ってきたんじゃ。


 戦争を終えた彼女の力は失われているのにな……。



■◇■◇■



「ドクターは……どうしたんですか?」

「私か? 逃げたさ。元よりそのつもりじゃったんじゃ」


「それじゃあ彼女が……」

「彼女にも逃げるように言ったさ、じゃが彼女は残ると言った……全く、こんな所で人間らしさが仇になるとは思わなかったよ」


「そんな……」

「悲しいが仕方ない、彼女の決めた事だったからね。じゃが――そう思えなかった物がいたんじゃよ」


「え?」

「人類保存プログラムにはそれが許せなかったのかもしれんなぁ」


 ドクターの遠くを見る目線。その先には何もない、ただ大小のパイプが寄り集まっている天井が有るだけだ。


「あの子は型物じゃったからな。このままでは人が滅んでしまうと判断したんじゃろう。人は自己実現の為、簡単に争うからの。水面下で着々と計画を進めておったよ」

「それが……アルス干渉?」


「そう、そのころアルスと呼ばれ出したナノマシンは人間との融合を進めていてね。それはより便利にアルスを使う為だったんじゃが、あの子はそれを逆手に取ったのさ」

「で、でも! 三原則から人間に危害を加えれないんじゃ?」


「危害なんか加えてないじゃないか? 人を傷つけない様に感情を制御し、自身を守るために自分たちを知覚されないようにしただけじゃ」

「そんな……!」


「じゃが、穴も有ったんじゃよ? クッチーみたいな原始の子が当時は結構おったんじゃ。アルスの融合には個人差が有ったからな」

「結構いたって……どうして?」


 どうして今は僕一人になってしまったんだ?


「ソコがあの子の根気強いところじゃな……アルスの融合は遺伝性の物がほとんどじゃった。じゃからあの子は〝アルスの融合出来ない人間に子孫を残させなくした〟んじゃ」

「それこそ危害じゃないか!!」


「そうじゃな、字面だけ見ると危害じゃ。殺人じゃ。種の根絶と言うな。じゃが、こうは考えられんか? より優秀な遺伝子を残させるために感情を誘導していると」

「そ……そんな横暴な!」


「じゃが成立した。三原則に縛られながらも、長い年月をかけ成立させてしまったんじゃよ……あの子にとってのユートピアを」

「そんなの間違ってる!」


「そう、それがクッチーの答えじゃな」


 そう言うと画面の映像が切り替わる。先ほどまで幾度と意識を向けていたとても大きな山の映像だ。


「オリンポス山――アルスの生産工場がココに有る」


「ちょ、ちょっと待って! 僕の答えって!?」

「何じゃ、また頭の歯車が錆びついたのか? 今間違ってると言ったじゃろ? アルス干渉が間違っていると」


「たしかに言ったけど……それと工場とどんなつながりが?」


「別に、敵の本丸を教えただけじゃよ」

「敵って……それが分かってるならドクターが行けば良いじゃないですか!」


「ほら、私はアンドロイドじゃし? 近づいただけで殺される自信が有るぞ?」

「ふざけないで下さい!」


 ふざけておらんよ、と。おどけた様子でこちらに示してくる。


 確かに、完全に機械化したドクターが原則上守られるとは思えない。


 でも、僕だって無事な保障がないじゃないか!

 湾曲した解釈で、アルス融合出来ない人間は人類じゃないって言われたらどうするんだ?


「さ、これで大体の話はしまいじゃ。何か聞きたい事はあるかね?」

「僕は……どうすれば良いんですか?」


「それを考えるのがクッチーの仕事じゃ」


 全く嫌味のない綺麗な笑顔で言われてしまった。

 口調は年寄りなのに、見た目と声が可愛い分たちが悪い。


 僕が返答に困っていると、膝の上で動きが有った。


「うぅ……ぅう?」

「みっちゃん……起きたんだね」


 僕のお腹にズット埋まっていたみっちゃんが目を覚ました事で、話の初めにドクターが言っていた事を思い出す。


「みちゃんの事を検体と呼んだのは何故ですか?」

「みっちゃんと言うのか、この子は。そうか……」


 どこか安心したような声音がスピーカーから流れ出して来た。


「この子はね、少し前にロックとの共同開発で産まれたのさ。三番目にね」


 今……何と言った? 共同開発で……産まれた?


「アルス〝完全融合体〟開発実験だったか……結局頓挫した研究だったがね」


 融合体の開発事件!?


 動揺から唇が震える。だが意識ぜずともその口調は強くなる。

「そ、それは人体実験じゃないですか!!」

「そうじゃな、間違い無く人体実験じゃった」


 ドクターの表情から感情は読み取れない、ただ真剣な瞳で、僕がどう動くのか観察しているようでもあった。


「そんな事が……! アルス干渉の中で出来るんですか!? それに三番目って」

「アルス干渉は薬で無効化できるんじゃよ。三番目は三番目じゃ。三度行われた実験の三番目の被験体――」


「ちょ、ちょっと待って下さい! 干渉は薬で無効化出来るんですか!?」

「なんじゃ、それもしらんかったのか。作ったのは私じゃがな? アルスと融合する脳組織を麻痺させる薬じゃよ」


「それは……危なくないんですか」

「服用する頻度を間違わなければ大丈夫には作ったさ。じゃがね、服用時の開放感にとらわれて摂取が常習化した物も居る」


「それって……パーシバルで会った……」

「ああ、報告は受けているよ。君たちを襲ったのは間違いなく私の薬の服用者じゃろうな」


「何故! 何故そんな物を!! ドクターのせいでキョウが! キョウが大変な事になったんだぞ!!」


 僕はソファーから身を乗り出し、跳び出そうとした。

 だがそれはかなわなかった。金髪のメイドが僕の目の前に突然現れ、肩を力強く抑えつけたからだ。


「プす」

「ぷす?」


「ああ、ごめんッス。この子はチョット変わってるッスよ。早口すぎて何言ってるか分かんないと思うッスけど『ストップです』って言ったッス」


 僕の肩を抑えつける金髪のメイドはそれ以降何も話さなくなった。

 ただ、僕の肩は離さず、決して前に乗り出す事が出来ない状態となっている。


「クッチーすまないね。こらハヤコ、客人に失礼じゃないか。その手を放して戻ってくるんじゃ!」


「わわっ!」


 目の前のメイドが突然消えたかと思うと、僕の体を静止する物が無くなり僕はソファーから転げ落ちそうになってしまう。


 なんて早さなんだ……目で追う事が全く出来なかった。


「どミた」

「ちなみに『どうもスミマセンでした』って言ったッス」


 分かるわけがない。


「キミたちを襲ったあの男はね――」


 僕が落ち着いたのを確認したのかドクターが話を再開しだす。

 手を口の前で組み、顎を乗せる仕草が、物憂ものうげに見える。


「元々シナプスの構成員だったんじゃよ――じゃが一年前から消息不明となった……そして昨年末、家畜変死事件じゃ。もしやとは思ったんじゃがな、念のため各都市に構成員を派遣して警戒させてはおったんじゃが……クッチーの友達には本当に悪い事をしたと思っておる――すまんかった」


 そう言うと、ドクターは白髪の縦ロールを揺らし、深く頭を下げた。


 僕もそんなドクターを見ていて頭が冷えてきた……この人は薬を開発しただけなんだ……それなのにこうして頭を下げてくれている。

 そんな人にこれ以上問い詰める事なんか出来るわけがない。


 気まずい空気の中、僕はみっちゃんをもう一度見る。

 僕の剣幕におびえたのか、僕の服を両手でしっかりとつかみ、僕のお腹に顔を埋めてプルプルと震えている。


 みっちゃんの事も気になるけど……本人を前にこれ以上聞いて良いか分からず、僕は別の事を聞く事にした。とても重要な問題だ。


「あの……」


「なんじゃ? 協力出来る事なら言って良いんじゃぞ? シナプスはクッチーを全面的にサポートするんじゃからな」


「いえ……そんな事じゃなくて」


 何とも言いづらい……。


「僕の答えは分かったんですよね?」


「そうじゃな、当初の目的の半分は達したな。残り半分にはまだ少し時間が必要なようじゃが」


 なら――


「なら……帰ってもいいですか?」


 またはトイレに行かせてください!! ココ本当に寒い!!

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