第十九話 「おはよう、原始の子」
天井がとても遠い……。
目覚めて最初の印象はそんな感じだった。
一面が大小のパイプをより集めたような天井。
縦横無尽に走る灰色の円柱は総じて上を目指しているように見える。
「ここは……?」
黒い、大きなソファーの上に寝かされていた。
僕のとなりにはみっちゃんが寄り添うように寝かされている。
ワンピースが少しはだけて、黒い下着が見えてしまって――
ゴクリ……いやいやいや! ダメでしょ! 相手はみっちゃんなんだから!!
そんな事を考えつつも視線は黒いフリルから動かす事が出来ない。
グッ……もし、もしみっちゃんが覚醒した時元の性格だったらどうする!? 有る事無い事言われて絶対責任取らされる!!
結婚しろとか……流石に僕には言わないだろうが……お互い心の傷は無い方が良いと思い、ソッとスカートの裾を戻す。
気を取り直して、頭だけ起こして周囲を見回す。だが何も無い事以外分からなかった。
何も――無いのだ。
壁も見えない、何所までも続く床。
床の続く先は光が届かないのか薄い闇で途切れている。
意識を失う前、シナプスのカナコと名乗るアンドロイドに襲われた事は記憶にある。
ならココは反アルス団体の施設なのだろうか?
「おや、目覚めたかい。やはり体質かね……効きが弱いのは」
僕が頭だけでキョロキョロしているとソファーの背もたれ側から声をかけられ慌てて上体を起こす。
みっちゃんがズリ落ちそうになったが、何とか腕で抱えて阻止した。
ソファーの背もたれより、恐る恐る顔をだすと……ソコには大きなデスクが一つ。
左右を、変わったメイド服の女性に挟まれて、デスクの向こう側、白髪のツインテールを縦ロールにした女の子が座っていた。
「おはよう、原始の子。それに、その子は検体の三番目か――やはり肉体の成長は芳しく無いようじゃな」
原始? 検体?
声は聞こえるのに、女の子の口に動きが感じられない……それが原因か、話の内容に神聖身をおびて感じる。
「あ~……お前も付いて来たのかい。〝久しい〟ねエアーマン」
「おう、クソババー。まだ性懲りも無く生きてやがったか!」
ドコから現れたのか、ソラオの声が突然後ろからして体が飛び跳ねそうになる。
たまに突然現れるのはどう言う理屈なのか、精神衛生上止めてほしいものだ。
「フフッ、生みの親に対してあんまりな挨拶じゃないかい? 生きてるってのとはチョットばっかり違うんじゃがな」
エアーマンの生みの親?
「え? じゃあアルスを作った神様って……君なの?」
僕は白髪の女の子に思ったままの言葉を投げかける。
女の子は一瞬目を見開いたが、直ぐに穏やかな表情へと変化し、口を開かずに返事をしてきた。
「神様……か。アルス神話……あれは半分嘘なのさ。私は神様なんかじゃない」
ババアと呼ばれるには余りにも若々しい、少女の声で否定する。
「自己紹介がまだじゃったな。私は割井・一、アルスの開発者でありこの組織の総帥をやっている者じゃ。組織の人間は私の事をDr.ワリイと呼ぶ。ようこそ、反アルス団体シナプスへ、原始の子」
「開発者って! でもアルスは今から三千年も前に作られたんじゃ? なら、総帥の歳は〝六千歳〟って事に……」
こんな女の子が……まさかそんな長くを生きているだなんて誰が想像できるだろう。
「それに、神様じゃないって……さっきから僕に直接届いているこの声は一体?」
「ああ、これはスピーカーじゃよ」
そう言うと総帥は首を軽く傾げると、その後ろから頭と同じほどのサイズのスピーカーが姿を現した。
「クッハハッ、なんだクニヒコはこのバーさんが神様だと思ってたのか? そんな大層なもんじゃねえよ」
「いや、すまないね。この体の音声出力が今調整中でね」
「クニヒコ、見た目に騙されるなよ? このババアは間違いなく六千歳超えてるからな」
「正確には六千と六十六歳じゃな」
「そんな、人がそんなに生きれるわけ……」
そこまで言って左側に控えるメイドが僕を拉致してきたカナコだと気付いた。
今はジャージを脱ぎ、メイド服を着ているから直ぐには分からなかったが。意識を失う前に、彼女の顔ははっきり見えていたのだから間違えようがない。
つまり総帥も――
「――アンドロイド」
僕がそう言うのを聞いて、少し眼尻をゆるめる。
「察しがいいな、頭のさえる子は好きじゃよ。サイボーグ……と言いたいじゃが~……生体パーツは全て寿命を迎えてしまった。今では脳ですら機械じゃからな……アンドロイド《非生命体》と言っていいかもしれん」
「そんな……完全な機械化なんて! そんな事出来るんですか!?」
「そう難しく無かったぞ? ただ、最終的に自分が生きていると言う実感は失ってしまったんじゃがな。元の自分と今の自分と、根本は本当に同じなのか……私はとっくに死んでおり、今ココに有るのはただの記憶データなんじゃないか……ま、そんな事とうに考えるのを止めたわい」
そう言うとカラカラと笑っていた。
口は開かず後方のスピーカーだけがその楽しげな笑いを伝えて来る。
そんな簡単に割り切れるものなのだろうか……そんな事を思う。
「その……総帥は僕になんの用があって?」
「その呼び方やめんか? ババアは当然却下じゃが、ドクターとかワリイちゃんとか……なんならイッチーと呼んでもかまわんぞ?」
「ぇ……あの……じゃあドクターで……」
「つまらんガキじゃな」
急に不機嫌声になると、ジトッとした目でこちらに訴えかけてきた。
イッチーと呼ばれたかったのだろうか……。
「用というかな――あ~……」
「クニヒコです」
「うむ、クッチー」
クッチーって。
「クッチーがパーシバルのアルス干渉制御装置を破壊した」
背中に氷を落とされたような、そんな驚きに一瞬で背筋が伸びる。
「さて、何故破壊したのか……その理由と、これからどうするつもりなのか。それを聞きたくてね。クッチーは原始の子みたいじゃし? 場合によっては協力しようじゃないか」
「何故……なんて言われても……」
理由なんて、無い……。ソラオにそそのかされて、キョウに引っ張られて、成り行きで破壊しただけなのだ。
その上に自分の意思はなかった……ハズ。
「わかり……ません」
「ほぅ」
先ほどと同じような不機嫌な声がスピーカーから響く。
「自分の行動理由がわからないと言うんじゃな?」
「……はい」
「何と無く行動してたら結果的に装置が壊れたと?」
「はい」
「そこに自分の意思は無く、壊れたのは自然だと?」
「はい――」
「甘えんじゃないよ!!」
突然の大音量に、鼓膜だけでなく腹の底から震動が響きわたる。
「エアーマン、お前〝コンナ〟のに世界を委ねようってのかい」
「いや、コイツも頑張ったんだぜ? 現にほら、装置一個破壊してんじゃねえか」
「それはクッチーの意思じゃないんじゃろ?」
「意思なんてもんは後で幾らでも付いてくんだよ」
「お前……変ったね。前はそんな無鉄砲じゃ無かったろうに」
「うっせー、俺にも色々あんだ」
「ちょ、ちょっと! ちょっと待って下さい!!」
僕を余所に話をする二人に、思わず声を上げてしまう。
二人の視線が集まるだけで、全身から嫌な汗が流れ落ちそうになるが、今は逃げたい気持ちをグッと抑え込む。
「さ、さっきから、原始の子だとか、世界を委ねるとか! 勝手な事ばかり言って、一体僕に何をさせたいんですか!! 勝手に色々期待して、色々させようとして! 僕の気持は考えてくれないんですか!!」
「ほぅ、言うね。甘えココに極まれりじゃな」
「な!!」
僕の心からの叫びに、返ってくるのは呆れにも似た言葉だった。
「良いか? クッチーからしたら巻き込まれただけに感じているかもしれない。じゃがな? すでにキミの周りで物事は動きだしているんじゃよ。それを見ない振りして、無関係に振る舞って、事態は好転するとでも思ってるのかい? 自分が中心だという自覚も持たずに、ただ周りにされるがまま。これを甘えてると言わずに何と言うんじゃ? 無能か? ヘタレか?」
「そんな!! 勝手な!!」
「そう、勝手じゃ。だからどうした? 周りは待ってくれんぞ? 事態を理解し、そして自分で選ぶんじゃ……そうせんと、君の周りはズット嵐の被害を受け続けるじゃろうな。台風の目が流されやすいんじゃから」
「な、なら! その事態を説明して下さいよ!」
「自分で考えろ……と言いたいんじゃが。流石にエアーマンの説明不足も否めないようじゃな。カナコ――地図を」
「ハイッス」
ズット黙ってた赤と黒のメイド服を着たカナコが、ネズミ色の髪を揺らしながらデスクの端へ移動する。
手先で簡単な操作を行ったかと思うと、デスクの前方の床が割れ、機械で出来た巨大な画面が浮上してきた。
画面に映るのはこの星の展開図だ。
よく見なれた世界地図。
広大な海に緑の陸地、そして点々と存在する各都市である。
「クッチー、エアーマンからは何と聞かされておるんじゃ?」
「ほとんど……何も教えてもらってないです」
「それでも幾つかは聞いてるじゃろ? それを教えてくれ」
僕は今までソラオから言われた事実をドクターに話した。
ただ、話せる内容など殆ど無いのだ……人がアルスによって操られている事、人の進化にアルス干渉が邪魔な事。
「なんじゃ、十分事情をしっておるじゃないか」
「そんな、それしか教えてもらわずに何を判断しろって言うんですか!」
「それはクッチーが教えられた事しか考えて無いからじゃろ? なあ? それが原因として考えられる事を少しでも考えたのか?」
「う……想像も付かない事を考える事なんか……!」
「本当にそうか? クッチーは干渉を最初から受けていなかったんだろう? 今までに疑問に思った事は何も無かったと言うのか?」
そんな事を言われても分からない……。
今までこの世界で当たり前に過ごして来たんだ。
この世界のおかしいトコロなんか分かるわけがないじゃないか!
「ならヒントをやろう」
そう言うと赤いレーザーポンタで画像に表示される各都市をなぞる。
「何故、人はこんな小さな都市に納まらなくてはならないのか。クッチー、何故じゃ?」
「何故って言われても……ソコに都市が有るから人が居るんじゃないですか?」
「なら、新しい都市が生まれないのは何故じゃ? 土地は見ての通りこんなにも余っておる」
「それは……何か増やせない理由が有るんでしょう! 大人達の事情が!」
「クッチー、考える事を放棄しちゃいけない。思考停止は逃げじゃ。立ち向かうなら考えるんじゃよ」
「そんな……」
大人の事情なんか分かるわけがない。
まだ、生まれてきて八年しかたっていない僕に一体どれだけの教育がされていると言うんだ。
十六歳までに受ける教育ですらアルスによって情報を統制されていたのだとすると、僕が得ている情報などで異変を感じ取る事が出来る訳がないじゃないか。
だが、明確な理由があるのだと言う。
都市が点々としか存在しない訳。
大人の事情以外の訳。
もし、大人以外の理由が有るとするなら……それはもっと大きな存在……。
そう――たとえば。
「アルスの事情……?」
「ほう」
思案する僕をニヤニヤと眺めていたソラオとドクターが一瞬両目を見開く。
「何故そう思った?」
「何故と言うか……これだけアルス干渉がどうとか言われたので、単純にアルス干渉の範囲にだけ都市が有るのかと」
「間違いでは無い、なら干渉の範囲を広げたり増やしたりすれば良いのじゃないか?」
「それは……広げれない理由があるとか」
「何故じゃと思う?」
またこれだ……僕を半ば強引に――今まで考えないようにしていた事を。考えたら周りから白い目で見られそうだと……深く深く沈めていたそれを掘り起こそうとしてくる。
「アルス干渉の……せい?」
「それで何故増やせないのじゃ?」
両親の会話で再々出てくるアルスの話。
幼心に思った事が有ったのだ。
両親はアルスを研究しているのに……何故、と
だが一度も聞いた事がない。
だって、今まで誰も気にして無かったのだ
「アルスを作る事が出来ないから?」
「正解じゃ!」
ドクターの声に合わせてメイド二人が拍手を始めた。
機械の手がぶつかり合う乾いた音が響く。
ってかソラオも拍手してる、涙を拭うような素振りは絶対わざとだ。
「で、でも! それじゃアルスは減る一方じゃないですか!」
「そうじゃな、ドコかで作らなくてはならないな」
「ドクターが作ってるんでしょ? だって生みの親だって――」
「私が作っているんじゃ無いんじゃよ」
「なら……誰が……」
「ブゥェェエエッッッッ、クッショォォオオイィ!!」
「エアーマン?」
白々しく大きなクシャミをしたソラオをドクターが睨んでいる。恐らく……正解なのだろう。
「わりぃわりぃ、ココ水深幾つだよ? 寒くてかなわねぇ」
「ここッスか? 大体九千メートルっすね。アルス干渉もアルスの斥候も侵入不可能の難攻不落シナプス本拠地ッスから」
エッヘンと自慢げに胸を張っている仕草がやけに可愛らしい。
「きゅ! 九千!?」
僕が驚愕の声を上げると同時、ドクターがカナコに向けてレーザーポインタを投げる。カナコの頭にヒットしカナコがアイテッスと声を上げていた。
アンドロイドなのに、叱られた猫のように少し肩を竦めてる動作が妙に人に近く感じた。
「さて、エアーマンがアルスを作ってるとして……それは何処で……は、まあ良いじゃろう」
「良いんですか」
「うむ、簡単じゃしな」
そう言うとドクター目の前にレーザーポインタが差しだされる。
先ほどまで身動き一つして無かった金髪のメイドさんだ。
いつの間に拾ってきたのだろうか……テーブルの反対側なのに全然気付かなかった。
受け取ったレーザーポインタで画面の左上。第一都市タスシスのさらに左上をクルクルと回している。
僕の記憶にある地図とと少し違う部分。
画面の地図には巨大な山が映し出されていた。
「さて……では次は視点を変えよう」
「視点を……?」
最初は凄く嫌だったが、団々と楽しくなってきた自分に驚いてしまう。
今まで考える事を放棄していた、錆びついた歯車達が油を差されてぎこちなく回り出すイメージを感じる。
「そう、次はこれに付いての何故じゃ」
そう言いながらレーザーポインタで画面全体をクルクルと囲む。
「何故、私達は〝火星〟に住んでいるのか……じゃ」
ありきたりなトコ住んでてすみません!




