第十六話 「ダ、メ、ダ、ゾッ★」
「ソラオ! 一体どういう事なんだ!?」
僕たち二人は、今自室に居る。
両親からソラオの事を紹介された時には度肝を抜かれた。
なぜなら、こう紹介されたからだ。
『親戚のソラオ君だ。今日から数日間我が家にホームステイする事になったから仲良くするんだぞ?』
『ソラオ君は来年タルシスの学院を卒業でね、パーシバルで研究者としてお仕事するのが夢なんだそうよ』
『だから職業見学の延長でこの春休み期間ウチで面倒見る事にしたんだ、クニヒコも小さい頃遊んだ事有るんだぞ?』
『クニちゃんは小さかったものね……覚えてないのも無理ないわね』
と……。
「なんで僕の両親に君と過ごした記憶があるんだ!!」
問い詰める僕に、気まずそうに視線を泳がせ頭を掻いている。
「あ~……その、なんだ。記憶をチョコチョコっと……な?」
「記憶を!?」
「おいおい、睨むなよ。そんな危ない事じゃないんだって! 戻そうと思えばすぐ戻せるからさぁ!」
詰め寄る僕に、降参のポーズで話を続けて来る。
「お前のダチ、助けてやったじゃないかよ。それに俺達マブダチだろ? な?」
「それは……たしかにそうだけど……でもなんで無事なんだ? あの時、ソラオは確かに消えたじゃないか!」
閑散とした建物の中での事を思い出す。
確かにあの時、キョウを救ったソラオは僕に謝り……そして消えたのだ。
「無事なもんかよ、見てみろよこれ! こんなにチッさくなっちまって……男前が台無しだぜ」
「小さくなっただけじゃないか! それなら消えなくても良かっただろ!?」
「無理だったんだって、だから言っただろ? 一緒に運んでやれないって」
「たしかに言ったけど! でも――」
「なんだよ、俺に死んでて欲しかったのかよ」
そう言うとソラオは不機嫌そうな顔で、唇を尖らせてそっぽを向いた。
「そっ、そんな訳ないじゃないか!」
「なら、嬉しかったのか?」
「それは! ……うれし……かった……けど――」
最後の方は声に出たかも定かではない。
が、確かに嬉しかったのだ。自分の責任で死んでしまったと思った人間が生きていてくれた事に、純粋に嬉しさはあった。
「ほらみろ、俺の目は間違いなかった! お前は俺のマブダチだもんな!」
頭をワシャワシャと撫でまわされる。しかも両手で。
「わっ! わわっ! っぷ、っちょっ……ソラオ! やめ!」
撫でまわす手が顔まで進行して来た処でソラオを突き飛ばし、止めさせた。
「それとこれとは別問題だろ!?」
「こまけーやつだなー……ちゃんと戻してやるって言ってるだろ?」
「でも!」
「でもじゃねえ!」
結局その日は月が消え落ちるまで、二人の討論が止む事はなかったのだった。
■◇■◇■
急に視界が白く染まる。
「おはようございます、クニヒコさん。学院に遅刻してしまいますよ?」
重い瞳をジワリ開けると、ソコには我が家のホームプロセッサーが後光を浴びて浮いておられた。
大きな窓の遮光カーテンが全開で開かれている。
「おはよう……リイン。ふっ、んーーぁぁ!! 体中が痛いや……」
普段は苦手意識からほとんど活動をしない僕の筋肉が、昨日は全身フル稼働したのだから仕方のない事だろう。
昨夜は、結局ソラオが何をしたいのか分からなかったなー……。
視線の先には大口を開けてイビキを掻いているソラオの姿。仰向けに床に転がり、涎を垂らしながら気持ちよさそうに眠っている。
何でエアーマンなのに眠る必要があるんだよ!!
見下ろす目線にそんな気持ちを乗せて睨みつけるも、眠るソラオにはどこ吹く風のようだ。
ムニャムニャと口を動かしたかと思うと、白いワイシャツをめくり上げお腹をボリボリと掻き毟っている。
「ぁ……オヘソ、有るんだ」
意外だった。
人じゃないのに、人のような造形をしているエアーマン。
なぜ彼らは人のようで有る必要があるのだろうか……。
「クニヒコさん? 時間がありませんよ?」
「あ! ごめん! 直ぐ準備するよ!」
そう言うとソラオを跨ぎクローゼットへと向かい、今日が終わればまたしばらく着る事のなくなる征服に袖を通す。
リビングに出ると、既に両親は出勤した後だったようだ。
僕の朝食以外は片づけられ、キッチン備え付けの食器洗浄機が稼働している音がする。
今日の朝食は、両面がしっかり焼かれ片面にベーコンが張り付いた目玉焼きとトースト。その傍にボイルされた葉野菜が盛りつけてある。
僕の体質を考えた特別メニューだ。側にマヨネーズが置いてあるのには流石リインと言わざるを得ない。
僕は手早くトーストに目玉焼きを乗せると、その上からマヨネーズを適量落とす。
トーストを真中で折り、目玉焼きとマヨネーズを奇麗に挟み込む。その即席バーガーを大きく口を開けてくわえるとリビングのドアへと体を向けた。
「ふぉふぇひゃあ! ひいん! いっへひあふ!!」
「クニヒコさん! お行儀が悪いです!」
白いワンピース姿のリインに静止される。
流石に昨日の格好は意味不明すぎたのだろう……。
体のアチコチが痛いが動けないほどじゃない。
僕は小走りに玄関まで来ると、その勢いのまま靴を履いて玄関を飛び出した。
学院へ向かう道すがら考える……
昨日、破壊した装置の影響はどんな物なんだろうと。
両親はそんなに変わった様子がなかった、口数の少ない父がソラオ相手に多少ご機嫌だった位だろうか。
もしかしたらニュース番組では何かを取り上げているのかもしれない。帰宅後確認するのを覚えておこう。
「あれ?」
道すがら、いつもマリ達と待ち合わせをしている交差点に女の子の人影が見える。
細長い建材を杖代わりに、全体重を預けてプルプル震えている。
あれは……マリ? ソラオが言うには長くて二日間、アルスがショートしているんじゃなかったっけ?
と言うか、あれは未だショートしてるよね……確実に。全身ガタガタでも根性でココまで来たんだ……凄いなーマリは。
感心してしまう。自分なら確実に学院を休んでいただろうと想像が付くからだ。
今日ですら、歩けない程の筋肉痛なら休む積りでいたのだから。
下を向き、自重と必死に戦うマリに駆け寄る。
「マリ! 大丈夫なの!? 凄い震えてるけど」
場合によってはまたおぶって帰る事を覚悟して声をかけた。
「しーちゃん!? どう言う事!! キョーちゃんが病院にはこばっっ……はわわ! はわわわわ!?」
昨夜の事をドコからか聞きつけたのだろう。僕の声を確認して、勢いよく顔を上げたマリは、その事を聞きたかったはずだ。
だがその質問はマリの顔面が真っ赤に染まる事で中断されてしまう。
耳まで真っ赤にそめたマリが、はわわはわわと繰り返している。
「ま、マリ!? どうしたの! 顔、真赤だよ!? 熱があるんじゃない!?」
何の気なしに側まで近寄り、マリのオデコへと手を伸ばす――
「わっ! ひゃい!! ひゃいきゃひーーー!!」
「っへ!? チョット! マリ!?」
意味不明な悲鳴を上げたマリは、上体を逸らしかなりオーバーに僕の手を避けた。
不思議に思った僕はさらに距離を詰め、更に手を――
「チョット! チョット!! タンマ! ウチ何か変! 変だからチョットタンマーー!!」
「ど、どうしたの! マリが変なのは前からだよ!?」
「んな! ウチ変じゃな――! だから来ない……で、ふあぁ……はぁ……チョット待って……! うっきゃーーーーーーー!!」
「マリーーーー!?」
尚も距離を詰める僕に、顔だけでなく全身真っ赤に染めたマリは――建材無くしては立つ事も危うい体のはずなのに――全力疾走で自宅の有る方へと駆けて行ってしまった。
一人残された僕は、伸ばした手もそのままに唖然と立ち尽くす。
一体……マリに何が有ったんだろう?
やっぱり今日は休むのかな。
でも、元気そうだったから良かった……よね?
背中に当たる柔らかな感覚を思い出し、少し顔を赤くしながら僕は学院へ足を向けたのだった。
■◇■◇■
教室に入ると、いつもと雰囲気が違うのに気付く。
何か……男女に分かれてる?
元々クラス内で何組か、よく集まっているクラスメイト達は居たのだ。
だが、普段は男女混合のグループだった集まりが、今日は男のグループと女のグループで別れてお喋りをしていた。
何か問題が有ったとかでは無いのだろう、重い空気とは違うのが分かる。
ただ、お互いが恥ずかしがっているような……そんな印象を受けた。
双方のグループ共にチラチラと目線を送っている辺り、微妙な距離感を感じてしまう。
何か、お互いを意識しているような……不安がってるような?
「皆席について! HRが始まるわよ!」
後ろから凛とした声が響きわたる。
跳び上がりそうになりながらも、ソチラに振り向き挨拶をする。
「ス、スメラギさん……おはよう……」
「おはよう、モリイ君。早く席に付いた方が良いわよ」
どうやらスメラギさんは、クラスのみんなと違っていつもと同じみたいだ。
キリッとした視線に、他のクラスメイトのような懸念は感じ取れない。
いつもと変わらない委員長の迫力に押され、クラスメイト達もユックリとでは有るが自分の席へと戻っていくのであった。
僕が自分の席についた時、後ろからカツリという固い物のあたる音、そしてお尻で棒状の物を踏んでいる感覚……。
しまったーー! 昨日帰ったままだったからズボンにマッチ装着しっぱなしだった!!
だ……誰かに見られてたらどうしよう……変な物持って来てる危ないヤツって思われたんじゃ!
と、とにかく隠さなきゃ!
と言っても隠す場所などありはしない。ズボンの中に入れるのは大きすぎるし、袋やバッグなど当然持ってきては居ないのだから。
仕方なく、シャツのすそをズボンから出してマッチの上に被せる事にした。
誰にもばれませんように……!!
全員が自分の席へ付いたころ、時間ギリギリになってみっちゃんが教室へと入ってくる。
うわ! なんか凄く元気なさそう!
「おっはよ~……みんな~……は~ぁ~ぁ~……★」
両肩を力なく落とし、腰もお年寄りのように曲がっている。いつも見慣れたピンク色のスーツも、今日は色あせて見えるくらいの落ち込みっぷり。
みっちゃんの周りだけ何か空気が暗い!?
自身の落ち込み具合を、無意識にアルス操作で表現しているのだろうか。みっちゃんの周りだけ光の透過率が落ちているように暗く見えた。
「は~ぁ~ぁ~……え~っと……なんだっけ? あぁ~……たり~……」
キャラまで崩壊しちゃってる!?
「先生! しっかりして下さい! 学院長の挨拶が始まってしまいます!」
「あ~……? 挨拶~? あ~~……ハイハイ」
スメラギさんの声に少しは正気を取り戻したのか、言われるがままに特大ウタ窓を展開し、院内放送ようのチャンネルへとあわせていた。
間もなくして、画面に映し出されたのは白い髭を長く伸ばした好々爺。
殆ど目にする事の無いスメラギ学院の学院長だ。
『おはようございます。あ~……みなさん、一学期もいよいよ終わり、春休みを迎えようとしています。一学期のみなさんはいかがだったでしょうか――』
毎度お決まりの挨拶をニコニコ顔で述べている。
この後、来期の簡単な説明や格言を基にした連休時の心構えなどの話に移行するはずだ。
前回の終業式に述べられたのは〝日々の努力と失敗を恐れず普段出来ない貴重な体験を〟だったか……。
その時の言葉を聞いて、僕も頑張って成長しよう! と思ったものだ――帰宅するまでの間で忘れてしまったが。
今回はどんな話をするんだろ。
『今日はみなさんにお願いがあります』
学院長の顔から笑顔が消え、表情に真剣味をおびる。
『みなさんの持つ力……アルスとは、時に人を傷付けてしまう物だと改めて認識してほしいのです。私たちの力は一度間違った事に使うと取り返しの付かない事があります。決して、その力を人に振るおうなどと考えないようにしてください』
いつもの挨拶に比べ、余りに後ろ向きな内容で教室の中がざわつきだす。
『人は感情を制御できる生き物です。一時の気持ちに流されず、自身の行動の結果として、何が起こるのか……一度立ち止まり、良く考えた行動を心がけてください』
まるで学園の低学年にでも言い聞かせるようなお説教だ。
『最後に……自分の幸福の為に、人の不幸を望まないで下さい。節度ある生活を送り、楽しい春休み生活を送ってくれると信じています。二学期に、皆さんの笑顔をまた見せて下さい』
最後は、元の好々爺としての笑顔で締めくくった。
ウタ窓が閉じられ、教台のみっちゃんが視界に入る。
――こっちを見てる?
みっちゃんと視線がぶつかり合う。やる気のない表情をしているが、その瞳には何か力強さを感じられた。
また呼び出しを食らうのかと一瞬背筋に寒気が走ったが、少しして視線は逸らされ、いつものみっちゃんに近い状態でみんなに向けて話し出す。
「は~ぃ! みんな院長の話わかったかな~? 自分がされて嫌な事はしない! いいですか~? 忘れちゃダ、メ、ダ、ゾッ★」
ウインクから星が跳び出し、スメラギさんの頭の上でワンバウンドしていった。
「じゃぁ今日はココまで! みんな気を付けて帰ってね! 先生と遊びたい子はいつでも連絡してね★」
教室の隅で「誰がするかよ!」と声が上がったと思うとスグに静かになった。
何も無い。何も起きてない。うん。ケイン馬鹿だな~……
そう、締めくくって今期最後の授業は終了となった。
最後の方には何かオドロオドロシイ物を感じずにはいられなかったけども……。
「モリイ……君?」
「っへ?」
うわっ! ビックリした! たしか……サトウさんだっけ?
突如声を掛けてきたのは隣の席の女子だった。オカッパ頭が特徴的な、大人しめの女の子。
今まで一度も会話した事のない相手から突然名前を呼ばれビックリしない方が異常だろう。
「ど、どうしたの? ごめん、僕なにか迷惑かけちゃった?」
「ううん! 違うの……あの、モリイ君って春休み……暇?」
「へ?」
「ごめんね! 迷惑だったら良いの、良かったら今度遊びに行かないかなって思って」
「サトウさんと?」
「そう! エヘヘ……名前、覚えてくれてるんだ」
えーっと……何かの陰謀だろうか……可愛いじゃないか!
とりあえず周りを見回してしまう。
どこか遠くで笑ってる人間はいないか?
僕を罠にはめようとしている人間がいるんじゃないか!?
周りをキョロキョロしていると前の方の席からポニーテールの女子が早足で迫ってきた。
「ちょっと! キョウコ、抜けがけしないって言ったでしょ!?」
「ちっ、違うよ! 呼び止めなきゃモリイ君帰っちゃうところだったんだよ?」
「それでもよ! 聞こえたんだから、遊びに誘うところ!」
ポニーテールの子はススキさんと言って、サトウさんといつも一緒にいる女の子だ。
大人しめのサトウさんと違ってススキさんは積極的な印象を受ける。
「あ、あの! ススキさん、サトウさん! ぼ、僕――」
「お! クニクニ、アタシの名前も覚えてくれてんの? 嬉しいね~! 憎いねこいつ~!」
「チョット、スッチー! モリイ君困ってるよぅ……」
本当に困ってます、いったいどおうしたら良いんですか。
オロオロする僕の事などどこ吹く風の二人は、目の前に自身のウタ窓を出現させてこう言うのだった。
「モリイ君……あの、もしよかったら……連絡先交換してもらってもいい……かな?」
「アタシもアタシも~! ほら、クニクニも早くウタ窓だして!」
「あ、あの、でも僕チョット直ぐには」
「ん? 分かってるよ、声に出さなきゃ窓出せないんでしょ? 今更誰も気にしてないって! ほら、早く早く!」
「ぁ……あの、でも……」
余りの勢いに、しどろもどろとなる僕をススキさんが急かしてくる。
一体なんの冗談なのか、突然連絡先を聞かれて取り乱しているのにお構いなしだ。
「おや? クニクニ、背中に何隠してんの?」
僕がいつまでたってもウタ窓を出さないのに痺れを切らしたススキさんが、ズイッと体を乗り出した際、僕の腰にあるマッチの膨らみに気が付いた。
マズイ!! こんなのが見つかったら何言われるか!!
「こっ! これは、あの……何でもないんだ!! ごめん、今日は急いでるから! そう、急いでるから!! また……またね!!」
慌てて席を立ち走り出す。
「ぁ、モリイ君!?」「チョッ! クニクニ!?」
後ろから声がするが振り返る勇気が僕には無かった。




