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第十五話  「――無念でございます」

 草木も眠る闇の中。

 本来は誰も入る事の出来ない建物に、髪の長い女性のシルエットが二つ。

 中央の瓦礫を囲むようにたたずんでいる。


「ミルフィーユ、これは一体どう言う事なのですか?」


 ストレート髪の人影は、ミルフィーユと呼んだ長いウエーブ髪の女性へと強い口調を向けている。


「分かんねえ……私に分かるかよ、何でこんな事になっちまったんだ?」


 二人の足元には薄い鉄板のような瓦礫、四肢を痙攣させながら涎を垂らす人のような物……そしておびただしい量の血痕だった。


「分からないで済むと思ってるのですか!? この施設の重要性はあなたも良く分かっているでしょう!」

「それは……! それは分かる、分かってるよ……でも誰が想像できる? コイツとの遭遇は昨日の事だったんだぜ?」


 コイツと言いながら、足元の痙攣する物体を指さす。


「あなたならどうにか出来たはずです!!」

「出来るかよ! いや、どうにかしたかったよ……でもコイツは完璧にイカレてたんだ。私でも〝しらふ〟じゃ対応できねえ」


「アルス干渉防護剤……」


「ああ……コイツは相当量服用してただろうぜ……。だが知ってるだろ? あれは防護剤なんて優しいもんじゃねぇ。アルスの同化してる脳組織を一時的に機能低下させる薬だ。乱用した結果がコイツな訳だしな……そして――服用しない限りコイツを止める事はできない」


 殺すまで止まらなかったろうからな……。


 蚊の鳴くような声で、そう漏らすミルフィーユにこれ以上の追い打ちはないようだった。


「すみません……私も干渉の影響が抜けた事に戸惑っているようです……感情が上手くセーブできません」

「そうだろうさ……。まだ夜で良かった……寝てる人間は突然の開放感に取り乱す事もないだろうからな」


「しかし、アルスジャンキーは何故この施設の破壊などを?」

「律儀な奴だな……そんな長ったらしい名称使わなくてもコイツでいいじゃねぇか」

「上からの命令ですので」

「相変わらず固いなー」

「あなたがゆる過ぎるんです!」

「ほら、また感情が暴走してる」

「ック!!」


 ストレート髪の人影が、拳を強く握りプルプルと震えている。相手には暗くて見えていないだろうが、その拳は黒い霧に覆われ、腕が少し太さを増したようだった。


「……コイツが破壊したって事はないとおもうぜ?」

「え?」


 ミルフィーユがしゃがみ込み、アルスジャンキーの傍に有る血溜まりを指でなぞる。

 軽くすくい取った血液を、指先でこね回しながら話を続けた。


「見たところ、コイツには外傷らしい外傷がないだろ? 大量の打撲は見られるが、それだけでこんなに出血はしない」

「たしかに……変ですね」

「それに、コイツは私から逃げてココに来たんだ。私が薬を手に入れるまでの間身を隠すために……それなのにワザワザ自分から隠れ家を破壊するのはおかしいだろ?」


 ハッとしたように、何かに気が付いた人影は目の前を一閃、自身の眼前に計十枚ものウタ窓を表示させた。


 ウタ窓の発する光によってストレート髪の顔が薄ボンヤリと浮かび上がる。

 若干の性格のキツさを感じさせるが、とてもととのった顔立ちをしていた。凛とした目元がよく似合っている。


 映し出されたのは今居る建物の周辺――組織によって秘密裏に設置された監視映像だ。建物自体は干渉により記録されていないが周りの風景からこの周辺である事は間違いなかった。


 月の位置は西空の中腹。それはまだ干渉が解除されていない時間を意味している。


 そして――。


「な!!」「なんで二人が!」


 人影は驚愕をあらわにした。

 その映像には見知った人物が映し出されていたからだ。


「ミルフィーユ! これはいったい!」

「まて! ……まだ関係有るとは限らないだろ? もう少し、映像を進めて見てくれ」


 二人の姿がどの映像からも外れ、ただ月だけが徐々に登って行く。


 突如、十ある映像の内、最も近くを映し出していた四つの映像が途切れる。


「なんだ? カメラの故障か?」

「そんなはずは無いです! 今まで一度も報告されていません!」

「じゃあ何なんだよ……お! 誰か来る!」


 ミルフィーユの指さすのは一番端に設置された映像。そこには月明かりを反射する白い髪色をした男が、コチラへ歩いてくるのが映し出されていた。


「この男は……分かりますか?」

「いや、見たこと無い……見たこと無いはずなんだが……なにか引っ掛かりやがる」


「ボケましたか?」


「おい! 言って良い事と悪い事が――」

「あっ! 出てきました!!」


 今度はミルフィーユが拳を作ってプルプルする番だ。してやったり顔がウタ窓の光で浮かび上がっている。


 先ほどの、丸い体躯たいくをした二人組が再び映像に映し出されていた。


 小さな方が大きな方の両足を脇に抱え体の前で両手を組んでいる。固く繋ぐ事で決して離さないと言う意思が見て取れた。


 ただ、不思議な事にその手にはビーチサンダルがひっかけられている。


「痛そうだな」

「痛そうですね」


 二人の視線の先は大きい方。その衣類は所々が破け、切断されていて血が染み出した痕跡がある。

 おそらく、瓦礫の元にあった血痕の持ち主なのだと思われる。


 だが、二人の言いたいところは別にあった――


「なんで引きずられてんだろな」

「さぁ……?」


 そうなのだ、大きな方は小さな方におぶさられている訳では無く、両足を固定された状態でズルズルと引っ張っられていたのだった。


 遠くの方で救急隊のサイレンが鳴り響いているのを聞き、思わず顔を合わせる。


「死んでいるのでしょうか?」

「いや、生きているよ。救急搬送されたがその先で生存が確認された」

「あ! あなたまた通信の傍受を!!」

「悪用しようってんじゃないんだ、そんな目くじらたてるなよ……その証拠に干渉されてないだろ?」

「あの時間は既に無効化されていました!!」

「ぁ~……そぅだった……とにかく! あの二人の事は私に任せてくれないか?」


 ミルフィーユの視線の先には肥満児二人、ゆっくりウタ窓の映像から外れようとしていた。


「また! そんなかってな事を! 一度上に報告して指示を仰ぐべきです!!」

「わかってる、わかってるよ。だが、上に報告した段階で二人の拘束が指示されるのは明白だ。私も次は流石に逆らえない。だが、明日は終業式だ。後一日だけ有余をやってくれないか? 拘束するにしても春休みの合宿とか適当に理由をつけたら家族も納得しやすいだろ?」


「あなたは甘すぎます!! その甘さが今回の事態を招いたかも知れないんですよ!?」

「そうだな……そうかも知れない……でもな」


 ミルフィーユは立ち上がり、少し低い声でウタ窓を操作する影へと訴えかける。


「彼らはまだ子供だ。大人は子供を甘やかすもんだろ? 事態が収拾した時、また何食わぬ顔で学院に通わせてやりたいじゃないか。それに、責任を取るのは大人の仕事だと私は思う」

「あなたのその考えが子供だと何度も――!!」


「頼むよ、一生のお願いだ」


 暗い室内の中、浮かび上がるミルフィーユの瞳には力強さが浮かんでいる。それと同じ位の憂いを感じ取ってしまうくらい、二人の付き合いは長い物なのだった。


「クッ……分かりました。一日だけ様子を見ます、もしもの責任はあなたが取ってください! 正体不明の白い男に関してはこちらで捜索してみますので、二人についてはお任せします。そして……一生のお願いは何度も使うものではありません! いい加減覚えて下さい!」


 そう言うと、ストレート髪な人影はプイッっと背中を向けてしまった。


「ありがとう、恩に着るよ――クリス」



■◇■◇■



 街灯の元、痺れる手足を引きづるように歩いている。

 月はまもなく天辺に到達しよううとしていた。


 何とかキョウを建物から引きずり出し、アルスを使用可能なところまで必死に運んで救急に連絡を入れたのだ。

 まもなくして現れた救急隊員の姿を見て僕は泣き崩れた。

 それまで張りつめていた緊張の糸が切れたのだろう。手足が震え、まともに立っている事すらできなくなってしまった。


 隊員の人達から色々質問されたが、精神も肉体も摩耗してしまった僕は、ただ静かに涙を流すだけで全く答える事が出来なかった。


 とにかくキョウを病院に搬送してくれと、それだけを繰り返す人形だったんじゃ無いかと……その時の自分を思い返す。


 同乗を求められたがかたくなに断った。


 ――怖かった。


 一緒に病院に行くとキョウの家族とも顔を合わせる事になるだろう。


 ――いったい……どの面下げて合えって言うんだ……。

 僕の為に死にかけましたごめんなさいとでも言えば良いのか?

 こんな、普通じゃあり得ない状況を僕に説明できる訳がないだろう!


 だから、僕は逃げたんだ。


 隊員の人達にキョウを任せ、僕は歩いて帰る事を選択した。


 手には一足のビーチサンダルが握られている。

 キョウを運ぶ時に指に引っ掛けていただけなのだが、余りにも力を入れ過ぎたせいか……指の筋肉がこわばって手から離れなくなってしまった。実は呪いのアイテムなのかも知れない。


 ソラオにあげたビーチサンダル。


「お前の持ち主は一体どこに行っちゃったんだい?」


 答えるはずもない、ただ僕の指に引っかかってプラプラ揺れるだけだ。


 ソラオは死んでしまったのだろうか。


 キョウを救急隊員に任せた今、そんなことを考える余裕が出てきた。

 自分の体を使ってキョウを蘇生してくれた――あんなにも体が薄くなっていたのだ……相当量のアルスをキョウへと提供したに違いない。


 まだ出会って二日しかたってないのに……なんでこんなにも胸が締め付けられるんだろう……。


 キョウを助けてくれと頼んだのは僕だ……その結果としてソラオが死んでしまったとしたら? でも、装置の破壊はソラオのお願いだったわけで……。蘇生のお願いはしたけど、やるって決めたのはソラオじゃないか。でも、マッチをさっさと使っておけばキョウはあんな事には――。


 色々な事を考える。自分に正当性を与えるため。目の前の問題から逃げるため。

 考えるたびにあの時の情景が頭に浮かんでは消える。


 気が付けば、歩きながら涙を流していた。

 目の前の視界が歪み、街灯の明かりは大きなフレアを生み出して視界いっぱいに広がっている。


 僕のせいだ……僕のせいでキョウが、ソラオが……。


 自身を正当化できず、逃げる事が出来ないと気付いてしまって……涙の勢いはとどまることを知らない。


「うっ……くっ……ぁぁぁ……ごめん……ごめんなさい」


 絞り出す言葉はただ只管ひたすらに謝罪の言葉。

 自分の足先に、宛先の無いその言葉を延々と送りつける。



 どのくらいそうしていただろう……。


 歪む視界で足先に言葉を送りながらも、その歩みは止めていなかった。

 涙が枯れ、月が真上を少し過ぎた頃。


 顔を上げた僕の目の前には、住み慣れた我が家が。


 涙の後をぬぐい、ドアに右手首をかかげる。カシュッっと乾いた音が後、ユックリとドアを押し開いて中に入った。


「お帰りなさいませクニヒコさん、遅かったですね」

「リイン……」


 帰宅の挨拶もせず静かに入室するも、リインには全く関係の無いようだ。

 いつものように迎えてくれるマン丸い二頭身は知らずと心に安らぎを与えてくれた。


 与えてくれるはずだった……。


「リイン……? 出かける前と格好が違うみたいだけど……」

「はい、現在の状況を分析するに、この格好がもっとも妥当だろうと――無念でございます」


 リインは全身黒いタイツのような衣装で覆われていた。丸っこい体のラインが鮮明に見える。タイツの所々が破れており、手にはサイリウムのような光る棒を持っている。


「そ……そんな衣装もあったんだね。無念って?」

「はい、神話に出て来る光の剣を持つ人の最後をイメージ致しました。今回は既存データが御座いませんでしたので、多少アレンジをして再現しております。の方は最後敗れたそうです。その時の心境、さぞ無念だった事でしょう」

「最後って……」


 とうとう自分で衣装のデータを作るにいたりましたか。

 それにしても……。

 あの神話に続きが有ったなんて初めて聞いた。


 その話を詳しく聞こうかと口を開いた時、リビングから複数の笑い声が聞こえてくる。


「リイン? こんな時間に誰か来てるの?」

「はい、カイトさんのご親戚の方……と〝自称〟される方が来ておられます。各種センサーをもちいまして、その不審性を証明しようと致しましたがことごとく失敗に終わりました――無念でございます」

「――不審?」


 力無くうなだれるリインの側を通り抜け、僕は未だ笑い声の聞こえるリビングのドアを開いたのだった。


「かー! もったいね、もったいねえな~! オジさんほどの技術者、こんな所で燻ぶるにはもったいねえな~!」

「そうかな? いや~ずっと研究漬けだったからね~」

「あなた、良かったわね。研究の話が出来る子で」


「いやマジで、普通ここまでアルスのAIを研究してる人間なんていないって! 構造もかなり研究出来てるしすげーすげー」

「あはは、そんなに褒められても何も出ないよ」

「そうそう、この熱意をもう少し格好に向けてほしいものよねー」


「それは言えてる、髪切りなよオジさん。AIの頭スッキリさせる為には自分の頭もスッキリさせた方がいいんじゃね?」

「これは一本取られたな、あはは」

「笑いごとじゃないでしょ」


 リビングに入ると、上座の父がウタ窓を出して笑っている。

 それを覗き込むようにする一人の少年。背丈は僕よりあたま一つ高いくらいだろうか……白いワイシャツに薄青いジーンズをはいている。


 そして僕は全身に鳥肌がたった――銀と言うよりクロムに近いその髪色を見て。


「よぉ~~! 思ったより早かったじゃね~か! 待ってたぜ? クニヒコ!」


 ハリネズミのようなツンツンヘアーをした少年はそう言った。


「ソラオ?」

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