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第十三話  「俺に任せて先に装置を」

「まさか、本当に建物が有ったなんてな……」


 僕たちは今、パーシバル役所前を通る、大通りを挟んだ反対側に立っている。


 僕が必死にマリを背負い、途中力尽きそうになった処をたまたま通りかかったジェロウさんに救われ、体中の筋肉が軋んで痛む中、ほうほうの体で帰宅したところに、キョウからの通信が入ったのだ。


『マリから話は聞いた! シン! 今夜装置を止めに行くぞ!』


 あまりの気迫に押され、思わず了承してしまったがために、今現在こんな事になっている。


 目の前には、一般家屋が二十は入る広さを持つ建造物。

 パーシバル都市業務の中枢となる場所なのでこの広さにも頷ける。

 常々、なぜ二階建てにしなかったのかと疑問を持っていたが、周りの誰も気にしていないので口に出した事は無い。


 そんな、普段滅多に来ない都市の中核。その隣に少し茶色くなった外壁の建物が有る。

 周辺と同じ一階建てのその建物は、何年も人の手が加えられて居ないような、そんな老朽感がある。広さは一般家屋の四倍ほどだろうか。


「本当に……見えてなかったんだね」

「ああ。ついこないだ、オヤジの使いで来たばっかりだったんだ。だからまだ覚えてる――たしかに空き地だったよ」


「ねえ、どうしても今日じゃないとダメなの?」

「聞いた話だと早い方がいいんだろ? こんなのチャチャッと済ましてしまえば良いのさ」

「たしかにそうだけどさぁ……」


 たしかに、ソラオはそう言っていた。行くなら早いうちだと。遅くなれば遅くなるほど達成が困難になるとも。

 そう言われたのがほんの数時間前なのだ。帰宅しキョウからの連絡を受け、夕食をとってから外で落ち合うまで四時間ほどしかたっていない。

 来る途中、西の空に月が見えていた。


 こんなに早く行動してるんだから、障害なんて……無いよね?


 一番の警戒はソコである。念のためベルトの背中側には、ソラオから受け取ったマッチを装備しているものの……何らかの妨害が有った場合、今のコンディションでは上手く逃げれるとは思えない。

 未だ四肢の動きに違和感があるのだ、きっと明日か明後日には物凄い筋肉痛に襲われる事だろう。


「さって、じゃあ先ずは入口を探そうか」


 そう言うと、キョウは歩き出した。

 見るからに古そうなこの建物には、入口らしい入口が無いのだ。道の反対側から見た時には一面ただの壁。ドアも無ければ窓も無い。よって、僕とキョウはその建物の入口を探すべく外周を手探りながら歩き回るのだった。


「入口……無いみたいだね……」

「そうだな、ざっと見て回ったが通気口も無いみたいだ」


 建物の外周を粗方調べ終わり、最初の大通りに面した場所まで戻ってきていた。


「さて、どうしたものか。シンはどうしたい?」

「え? 僕は……帰りたいかな」

「うん、却下だ」


 メガネを上げながらニッコリと断られてしまった。


「じゃあ選んでくれ。穴を掘って床を壊すか、壁を壊すか、屋根を壊すか」

「ちょ、ちょ、ちょっとちょっと! それは流石にまずいでしょ!?」

「だが入る手段がないんだ。お勧めは壁だな、楽でいい」


 何を無茶苦茶な事を言う親友なのだろうか。職業見学の日から、頭のどこかおかしくなっているのでは無いだろうか。


 夜の通信でまともになっていたから安心していたのに!


「だ、だめだよ! ほら、大きな音出して誰かに気付かれたりしたら! それに、屋根! そう、屋根まだ見てないよね! 窓も無いんだ、屋根に天窓でも無いと中が暗くて仕方ないじゃないか!」


 そうまくし立て、何とかキョウの壁破壊を阻止しようとする。

 大きな音を出しても、この場所に至っては誰にも気付かれない可能性はあるのだが……。

 もともと人に知覚されていない建物なのだから。

「屋根……か」

「そう、屋根! いゃーでも残念だねー! こんな高い屋根上れないよね、手足を引っかける場所だってないんだし。ほら……また後日さ梯子はしごでも持って来ればさ?」

「梯子か――よし、やってみるか」

「へ?」


 僕がスットンキョウな声を上げるより早く、キョウの周りに黒い霧が集まりだしていた。

 その霧は見る見る内に集まっていき、長い一本の棒となる。

 その棒は、三メートルは有る建物の屋根に立てかけられ、地面にしっかり固定される。その棒から垂直に、ちょうど握れるほどの棒が次々と生えてきた。


「こんなもんかな?」

「キョウ! いつの間にこんなすごい事出来るようになったの!?」


 目の前に現れたのは、いびつな形をした、一見ブドウのふさのようにも見える梯子だった。


「昨日、いや今朝から……かな? 払った代償は大きかったが……」


 俺のコレクションが全てキャストオフになってしまった……と小声で言っている。

 僕にはサッパリ意味が分からなが、詮索するのも悪いかと思い聞かなかった事にしておく……いつか話してくれるだろう。


「さ、梯子が出来たんだこれで登れるだろう? シン先に上がってみてくれ」

「な、なんで僕が先なの!?」

「操作系だけで作ったから硬度に自信がないんだよ。大丈夫、シンが落ちそうになったら俺がキャッチしてやる。それともシンが俺をキャッチしてくれるのか?」

「う……ぐ……それは無理」


 キョウは見かけの通り、かなりの重さがある。本人曰く、体脂肪率はそんなに高くないとのことだが、実際に見たことがないため事実は定かでない。


「って、落ちるかも知れないの!?」

「大丈夫だって。念のためだ、念のため」

「本当に頼むよ!?」


 そう確認すると、僕は枝のような梯子につかまり体重を掛けてみる。

 力のかかり具合でクルリと回転しないかと心配していたが、その辺は地面の方で上手に固定してあるみたいだった。


 一段ずつ、慎重に上る。春の夜風に晒されたせいか、梯子は少し冷い。

 中腹までは何事もなく登れたが、不意に怖くなって梯子の下で待機しているはずの親友に呼びかける。


「キョウ! ちゃんと見てる!?」

「ああ、大丈夫。ちゃんと見てるから早く上がってくれ。維持するのも結構大変なんだ」


 大変と言いながらもその表情にはマダマダ余裕がありそうだった。以前、小枝のサイズを作成する時など顔面汗だくになっていたのだから。


 僕は意を決して梯子を最後まで登り切る。屋根に顔を出した瞬間、突風に煽られ危うく手を放しそうになったがなんとか堪える事ができた。


「うわぁ~……」


 声が出た。


 思えば、こんな時間に屋根に上る事など、今まで無かったのではないだろうか……。


 視界に広がるのは点々と光を灯す白色の家屋、それが何処を向いても均等に、薄霧に消える地平線まで続いているのだ。

 高い建物の無い、この都市特有の風景だろうが……この美しさを見るためだけでも、危険な侵入を試みて良かったと思えるくらいに――。


 気持ち悪いほど美しかった。


「おっと、大丈夫か? シン」


 風景に見とれて平衡感覚を失いかけていたのだろう。僕の後を上って来たキョウが肩を支えてくれる。


「う、うん。有難う……凄いね。奇麗……だね」

「ああ、そうだな。俺も都市のど真ん中から見るのは初めてだ。そうだ、今度いい場所を教えてやるよ。俺の家の近くなんだが、小高い丘があってな。ソコから見る夜景がまた奇麗なんだ」

「へぇ~……良いね。今度教えてもらおうかな」

「ああ、明後日から春休みだ。また泊りに来た時にでも案内する」


 コクリと頷き、本来の目的も忘れ、夜景観賞に視線を戻す。



 どれ位の時が過ぎただろう。ほんの数分だった気もするし、数十分だったような気もする。

 気が付けば、月が西の空を中腹まで登っている処だった。


「シン、そろそろ行かないか?」


 十分に夜景を堪能させてもらったところで、キョウの方から声をかけられ我に帰る。


 そうだった……建物の入口をさがさなきゃいけないんだった。


「わかったよ、じゃあさっき見たいにグルッと一周回ろうか?」

「そうだな、見つからなかったら今度こそ屋根に穴を開けるけどいいよな?」


 良い訳ないだろう! と心の中で叫んだが、その心配は杞憂きゆうに終わった。


 上った屋根の丁度反対側。人一人が通り抜けられる位の穴が開いていたのだ。


 ただ、その穴は建設時に開けられた物とは到底思えない状態だった。

 確実に、何者かによって破壊して開けられた穴だったからだ。

 穴の周辺には瓦礫とも思える残骸が転がっており、不規則に抉られたその穴はとてもいびつな形をしていた。

 月明かりに見えるのは床の一部だけで、周りは闇に埋め尽くされている。


 不意に、先ほどまで涼しく感じていた春風が、とても肌寒く感じた。

 気付くと両手を強く握っており、その中が汗でジットリと濡れているのが分かる。


『ただ、深夜の行動はひかえてくれないだろうか』


 みっちゃんの声が、脳内で再生された。


 なんで今この話を思い出すんだ?


『そのことだが……すまない! 逃げられたんだ……いや、正確には逃がすしかなかった』


 一体、何が引っ掛かっていのだろう。


 この場所は僕とキョウしか知覚できない建物のはずなのに……。


「丁度良い、おあつらえ向きな穴じゃないか。シン、今度は俺が先に入るから」

「う、うん! 分かったよ。気をつけてね」

「ああ」


 そう言うと、上った時と同じような長い棒を作り出し、穴の中に通して固定した。

 その棒を滑るようにつたい下りると、しばらくして穴の中がぼんやり明るくなる。

 キョウが発光性のアルスを集めて光源を作り出したんだろう。


 その後を追うように、僕もその棒を滑り下り、キョウの隣へと降り立った。

 下りた先、視界に入るのはがらんどうな闇の空間。

 背後の壁と足元の床、入ってきた天井以外は何も無い、何も見えない。


「シン、見ろ。装置ってのはあれの事じゃないか?」

「チョットまって、まだよく見えないから」


 月明かりの世界から、急に暗室へと降りてきたのだ。シンの作り出す薄明かりがあるものの、まだ目が慣れず部屋の中腹まで見渡す事が出来ない。


 それに、入る前の嫌な予感が頭の片隅でくすぶり続けていて、一歩をなかなか踏み出す事ができなのだ。


 不安をなかなか言葉に出来ない中、徐々に虹彩が開いていく。シンの指さす先、大木の幹にも見える黒い影が天井まで続いているのが見えてきた。


「あれが……装置なのかな?」

「多分な。あれ以外この建物には何も無いみたいだし……」


 そうだ、この建物には装置しかないだ。


 なら誰が穴を開けたんだ? 誰にも知覚出来ない建物なのに?


『そうか……完璧に〝タガ〟が外れてしまったんだ――なっ!』


 そう、僕の脳はこの言葉を思い出そうとしていたんだ。


 みっちゃんにタガが外れていると言われていた。それはつまり、今のキョウのように――アルス干渉の外にいると言うことなんじゃ……。


 気付いた時、本来動くはずの無い装置の影から、人一人分の影が別れ、足音を立ててコッチへ近づいてきた。


 心臓の鼓動が速くなる。


 キョウの光源により、その影がユックリと色をつけ――。


 そいつは。


 ――まさか。


 その男は。


 ――そんな!


 僕が昨日襲われた黒いフードの男だった。


「クヒッ……キシシシシ……よぅ~、また会えて嬉しいぜ? 俺の獲物ちゃん!」

 

「キョウ! ダメだコイツは! 逃げよう!」

「なんだ? どう言うことだ、ココには俺達しかこれないんじゃなかったのか?」


 キョウの腕をつかみうったえかけるが、現状が理解できないキョウは警戒より、不思議な物を見たといった感じの表情をしている。


「キシシシシ……良いぜ~、そのまま動くなよ~!」


 こちらが動かないと見ると、黒いフードの男が駆けだす。片手には、既に灰色の剣を出現させて振り上げている。


「キョウ!」


 しかしキョウは動こうとしない。かなり強く腕を引いているはずなのにピクリともせず、視線を黒いフードの男へ固定してたままだ。


 男が迫る。残り二メートルといった距離で跳躍し、上空大上段からの振り下ろしを放ってきた。


 狙いは僕だ。


 僕は以前のように横っ跳びで回避するべく両足に力を入た――その時だった。


「キシシシシシャシャーーー! ――へ?」

「え?」


 僕が跳びのくより早く、横合いから振り下ろされる腕をキョウがつかみ取る。変な声を上げる男をタスキ掛けに担ぐと、その勢いのまま壁の方に向けて投げ飛ばしたのだった。


「グッ……ッガハ!」


 男は逆大の字の格好で壁に背中をしこたま打ち、肺の中の空気を絞り出すように呻いた。


「シン、コイツが障害ってやつなのか?」


 キョウが投げの姿勢を戻しながら、手に身長ほどのこんを出現させて聞いてくる。


「わ、分からない……でも、コイツは危険なんだ! 逃げた方が良いよ!」

「そうなのか? 俺にはそうは思えないんだが」


 言葉に余裕を見せているが、潰れたカエルのような格好をして床に転がる男から視線を外そうとはしない。

 男は何が起こったのか理解できないとでも言うように、両目を大きく見開いて天井を凝視している。


「シン、コイツの事は俺に任せて先に装置を止めに行くんだ」

「で……でも! 危ないよ!」


 いくら簡単に投げ飛ばせたからと言って、この男はあのみっちゃんから逃げ切った男なのだ。


「大丈夫、どうやらコイツも操作系みたいだ。シンを守りながら戦うより、少し離れた所にいてもらった方が助かる」


 そう言われたら返す言葉がない……。


 僕にもハルオから受け取ったマッチが有るが、あれを使うとアルスが完全に使えなくなってしまう。

 強化系のマリは完全に無力化されていたけど、操作系がどうなるかはまだ分からないのだ。

 それに、アルスが使えなくなってしまうとこの建物から出る事が出来なくなってしまうのも問題だ。


 マリから、マッチの事も聞いてるはずだよね?


「分かった、でも無理はしないようにね」

「ああ、大丈夫」


 僕が背中を向け、装置に向かおうとしたその時。


「クヒッ、そぅか~、そ~だよな! ココに来れたんだもんな! お前らも干渉回避して来たってことだもんな! なら〝殺しも出来る〟って事か! キシシシシ、ヤツラにしては動きが早いじゃねえか! だがもったいないなぁ~、折角のヤクを! こんなガキ共に使っちまってよぅ!!」


 大の字に倒れていた男が、かかとを支点として立ち上がる。

 それはまるで、動画の巻き戻し再生を見ているかのようだった。

 いつの間に作り出したのか、両手に剣が握られている。


「シン! 行け!」

「うん!」


 僕はそう言い残し、大木の幹のような影に向かって駆けだした。


 きっと、危なくなったらマッチの合図をくれるだろうと信じて。

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