第十二話 「古代文明の礎とか」
「マリ!」
「あ! しーちゃん! 聞いてよ! この人変なの!」
「おいおい、言うに事欠いて変とはなんだ! 俺は普通に話しかけただけだろうが!」
慌てて校門にたどり着くと、ソコではマリとソラオが睨みあっていた。
ソラオは昨日見た時と同じワイシャツにジーンズ姿で、左手をジーンズのポケットに突っ込み正面で激怒するマリを睨みつけている。
対するマリは既に臨戦体勢へと入っている。全身の筋肉は二回りほど膨張し、髪の毛がサワサワと上昇し始めている。
背中に回した左手に、金属製の得物を握っているのは見なかったことにしよう……。
「チョット、チョット落ち着いて! 何が有ったの!?」
「聞いてよしーちゃん! この変な人ね! 校門でウチがしーちゃん待ってたら『ゲヘヘ、お譲ちゃん、お兄さんとお話しようよ』って言って迫ってきたのよ!」
「いってねーよ! 譲ちゃんにチョット聞きたい事があるって言ったんだろ!?」
「一緒よ! ウチが怯えたウサギみたいに震えながら『何ですか』って言ったら『オパンティー見せろ』って言ったのよ!!」
「何でそうなるんだよ!? オパンティーって叫ぶ奴知らないかって聞いただけだろ!? 後ウサギってなんだよどう見てもゴリラだろ!」
「誰がゴリラよ!! ウチが『そんなの見せれません』って言ったら『なら小さくて丸いの見せろ』って! 私の体を舐めまわすように!!」
「どぅ~してそうなんだよ!? なら小さくて丸い奴知らないかって言っただけだろ! 後お前のは小さく――」
「ストーーーーーーーーーーーップ!!」
二人の話が全くかみ合わずにドンドン変な方向に向かっていると感じた僕は二人の間に割って入り、両手を広げて二人の間に立った。
「分かった、分かったから。二人ともチョット黙って!」
二人を下から睨み上げ、ようやく静かになってもらう。普段引っ込み思案な僕でも、何故かソラオには普通に接する事が出来た。出会いのインパクトが強いのか、それともソラオ自体が何故か話しやすい存在と感じているのか……。
まだ言いたい事が沢山あるようで、二人とも口をつむっては居るが隙間から「うぅ……」とか「むくっ……」とか言葉にならない息が漏れている。
要約すると、ソラオは僕とキョウに会いに来て、校門でマリと出会い、色々やりとりする間に話が変な方向に向かったと言う事のようだ。
「で、ソラオ……さん。一体何の用ですか?」
僕の後ろでマリが唸りを上げているが、それを左腕で制してソラオの本題を聞こうと話を向ける。
「ソラオでいい。昨日もそう呼んでたじゃねえか」
呼んだ時にはアナタ居なかったじゃないか!?
と思っても口には出さない。
「そうですか? ならソラオって呼ばせてもらいます」
と軽く流すだけにしておく。
「ああ、それでたのむ。後、片っ苦しいのも無しだ。用っつうか昨日の続きなんだが、ココじゃ人目に付くから場所をかえないか?」
そう言うと、サムズアップを自身の後方へ向け、僕たちの返事などお構いなしに歩き出した。
たしかに、校門の前でいつまでも話していては、他の生徒や教職員の目が有る。一体誰が聞いているか分かったものではない。
僕たち二人は特に反論するでもなく、黙ってソラオの後ろを付いて行く事に決めた。
「ココでいいだろう」
そう言って立ち止まったのは、学院から少し離れた所にある公園だった。
茜色に染まる空を背景に、公園の遊具達が物悲しそうに影を落としている。
もうすぐ日没、公園で遊ぶような子供たちは既に帰宅した後なのだろう。
「さて、どっから話たら良いんだろうな……こう言うのは苦手なもんでな」
ソラオはそう言うと頭を掻きながら周りをキョロキョロしている。
視線を一点、公園を囲む植木に向けたかと思うと、先ほどまで頭を掻いていた手をスッと肩まで上げ、上げた時と同じように少しだけ下げた。
すると植木の方で固く重いものが落ちる大きな音。
「へ?」
何をしたのか分らなかった。音のした方に視線を向けると、ソコには僕の腕程は有りそうな植木の枝が、切断され地面に落ちていたのだから。
驚いている間にもソラオは作業を続けている。
切り落とした枝の小枝を落とし、三十センチほどの丸材にすると、器用に皮を剥ぎ縦に三等分した。
その一連の作業を、丸材が植木からコチラにやって来るまでに成したのだから驚きだ。よどほの操作系の使い手なんだと思われる。
「さって……後は水分を抜かなきゃいけないのか」
「一体なにをしてるんで――してるんだ?」
「チョット準備をな、話の前にこれを終わらせといた方が良い」
そう言うと、奇麗に三等分された木材を扇風機の羽の用に並べ、ソレを上空へ上げて高速回転させ始めた。
「よっし、じゃあ本題に入ろう」
こんな凄い物を見せられた後だ、一体何を話されるのか……僕は意識せずに唾を飲み、ソラオが話を続けるのを待った。
「昨日俺の事をエアーマンって教えたよな?」
「うん『呼ばれてた事があった』って言ってた」
「そうだな。で、エアーマンってのはアルス集合生命体の俗称の事だ」
「へ?」
今、何と言った? アルス集合生命体?
「つまり、俺は人間じゃねぇ。俺の体は〝アルスで出来ている〟って言えばわかるか?」
「なっ!」「は?」
公園にきて大人しかったマリが初めて声を出した。よほど理解に苦しむ話だったのだろう。または全く理解できていないか。
ソラオは人間じゃないと言っている事に。
「まあ、アルス集合生命体って言っても空気中のアルスみたく大量に居るわけじゃねえ。チャントそれぞれの目的を持って存在してる訳だが――俺の存在理由って言うか、俺の存在名って言うか……。俺は創造主に『人類進化推進プログラム』って呼ばれて作られた」
「人類進化推進プログラム……」
オウム返しのように繰り返す。そんな存在が居たこと自体初耳なのだ。人の形をとり、人の用に接する事の出来る、アルスで作られた人型。
「俺は人の進化を推し進める為に作られた。だが、三千年……人は進化どころか衰退の道を進んでる。だから、チョットお前に協力して貰いたいわけだ」
「ぜ、全然言ってる意味が分からないよ!」
率直な感想だった。人の進化を推し進めると言われて、ソレに協力してくれと言われて――僕に何が出来るとも思えないのだから。
「なあに、難しく考えることなんてねえ。俺が言う施設っつーか装置っつーか。ソレを止めて来てくれるだけで良い。無償とわ言わねえ、成功したら何でも一つ、願いを叶えてやる」
「な、何で僕なんだ? 僕なんかよりもっと優秀な人が――」
「お前じゃなきゃダメなんだよ! ……お前じゃなきゃダメなんだ。昨日言ったアルス精神干渉と五感干渉、覚えてるか?」
昨日キョウの頭に手を突っ込んでオフにしたと言っていたあれだ。
「うん、覚えてる。あれは一体……」
「そのまんまの意味だがな……長ったらしいからアルス干渉ってまとめるが。人類はアルスとの融合率がある一定のラインに達するとアルス干渉を受けるようになる。たしか大脳皮質と一部前頭葉だったと思うが――それのせいで五感と感情をアルスに制御されちまうってわけだな」
「っな、なんでそんな酷い事!?」
「そう……だな、俺としては進化の邪魔だと感じだした〝だけ〟だがな。で、だ、そのアルス干渉ってのを止める方法がある」
「どうやって?」
「さっき言った装置を止める事だな。アルス干渉を受けた人間には〝見えない〟建物の中にある。ほら、お前らが役所って言ってる建物の隣だ。お前ならソコに建物がある事位しってるだろ?」
「たしかに……でもあれは倉庫か何かだと思って……」
「え? ウチが見た時は〝空き地〟だったよ!?」
「え? 空き地?」
「当然だ。アルス干渉を受けてる奴には見えないし、関心も持てないだろうよ。見えちゃ困るもんなんだからな」
ソラオの説明は続く。
僕たちがウタ窓を出せる頃には五感干渉が既に完了されている事。
そして、精神干渉に至っても十八歳までには完全に完了していると言う事を。
装置は各都市の中心地に一つずつ、その装置の有効範囲にだけ都市が作られているのだと言う。
「だからクニヒコ、お前じゃなきゃダメなんだ。アルス干渉を受けないお前じゃなきゃな?」
「で、でも! それならキョウが居るじゃないか! キョウみたいな人を沢山作れば全ての装置を――」
僕の話を遮るように、終始ポケットに入れたままだった左手を、僕の眼前に広げて見せる。ソレを見て、僕は驚きの声を上げてしまう。
「なっ!?……小指……どうして」
ソラオの左手には――小指が付け根から無くなっていたのだった。
「そのキョウって奴の頭の中に置いてきた。アルス干渉ってのはな、そんな簡単に無効化出来るもんじゃねえんだよ。俺の指揮下に有る俺の体を使って初めてオフに出来るんだ。もしそんな事複数人にやってみろ、俺の体が無くなっちまう」
「なら、キョウに頼めば――」
僕が一向に引き受けない為だろう、ソラオの顔が徐々に苛立ちを見せている。眉間には皺がより口を開けば今にも牙が出てきそうなほど。
「ウジウジウジウジしやがって! 俺はお前が必要だって言ってんのが分んねえのか!? お前にしか出来ないんだよ!」
その迫力に押され僕は一歩下がる。それと同時にマリが僕の前に立ち、両手に得物を構えてソラオと対峙した。
「まって! マリ!」
「でも、しーちゃん! コイツやっぱり変だよ! コイツの言う通りにしたらしーちゃんが危ない気がする!」
「まって! 落ち着いて。ソラオは僕に危害は加えないよ――そんな気がするんだ」
「でも!」
「ソラオ、君の話は分かった。でも、少し考えさせてくれないか?」
「このごにおよんでそれかよ! はぁ~……しゃあねぇ! お前の性格は分かっちゃ居たからな」
まあこれも想定内だと言う。その顔には先ほどまでの怒気は無く、諦めにもにた表情を浮かべている。
「ならお前の判断に任せるとするさ。ただ、行くなら早いうちだ、遅くなれば遅くなるほど達成し辛くなるだろうぜ。もし達成出来たら、お前の願いを何でも一つ叶えてやる」
「さ、さっきも言ってたけど何でもってどう言う事なんだ?」
「そのまんまだ。金、名誉、女、この星の支配者にだってしてやる。後、お前にアルスが使えるようにする事だって出来るぞ?」
「そんな……それじゃまるで――」
「まるで神様みたいだろ?」
そう、まるで神の技じゃないか!
達成したらアルスを使えるように出来る……僕の頭の中で何度も何度もその言葉がこだまする。僕が一番に望むものがソコに有るのだ。ソラオのお願いを達成できたら……僕は普通の人間に近付ける!
「僕は……」
ソレでも即決出来ない自分が情けなくもある。怖いのだ。ソラオは時間がたつと達成し辛くなると言った。それはつまり、何らかの障害があると言う事。
僕は無力だ、肉体的にも貧弱だしアルスだって使えない。そんな僕が誰かに邪魔された時、願いを達成出来る確率はゼロと言って過言ではない。
「そろそろ、乾いたか? チョット待ってろ、今準備する」
僕が決断を口にする事が出来ず悩んでいると、上空で高速回転していた棒切れがソラオの手元へと引き寄せられる。
「えーっと……なんだったっけか『塩素酸カリウム』『硫黄』『炭素』だっけか」
そう口にすると、ソラオの周辺にキラキラした煙や黄色い粉煙が舞う。
それらの煙は、胸の高さほどに並べられた棒切れの先端に集まると人の頭の様にプックリとした膨らみを完成させた。
「一体……何を?」
「ん? ぁぁ~……なんて説明すりゃ良いんだろうな。今は無き古代文明の礎とか、人の原点とか……」
色々難しい言葉を並べるソラオ。だが格好よく伝える術を思いつかなかったのか、諦めたようにこう言った。
「〝マッチ〟――昔はそう呼ばれてたもんだ。上手く説明出来ねえから試しに一本擦ってみろ」
「擦る?」
「あー、そっからか……しゃあねぇ、チョット待ってろ」
そう言うとマッチと呼ばれた棒を黒い霧が覆って行く。棒が半分ほど隠れた処でその霧が晴れ、マッチは筒状の容器によって覆われたようになっていた。
「これで簡単だ、容器からマッチを引っこ抜きゃあ勝手に着火する。まぁ着火剤に俺の一部を使ってるから無駄使いすんなよ? 試すのもこの小さいヤツをつかえ」
いつのまに作ったのか。三本のマッチ以外に、僕の小指より小さなマッチも目の前を漂っていた。
「乾燥させてない小枝だから直ぐ消えちまうだろうが、試すだけならこれで十分だろ。さ、勢いよく引っこ抜け」
僕は警戒するでもなく、言われるがまま。中空の小さなマッチを、その筒から勢いよく引っこ抜ぬく。
――竜巻が起こった。
僕の耳は確かにそう知覚している、ただ肌には何も感じない。まるで竜巻の中心に立っているかのような、自分を中心として波が一斉に引いて行くようなそんな音を感じた。
でもソレだけじゃない……。
空気が――とても軽いのだ。
日が傾き、夜の帳が下り始めた公園。少しヒンヤリとした空気が僕の肺を満たす。今まで感じたことのない感覚……とても楽に呼吸が出来る……そんな感覚。
目を閉じ深く息を吸った時、鼻先にツンっとした刺激臭を感じ視線を先ほど引き抜いたマッチへと向ける。
そこには、儚げに揺れる暖かな光の束が有った。
「〝火〟って言うんだ。もう使われない、使う事の出来ない代物だ」
「火? ――なんだろ……とても……あったかい」
「ふぇ!? え! 何で!? キャ!」
「マリ!?」
目の前でソラオを警戒していたマリが突然崩れ落ちたのだ。
当人も何が起こったのか全く理解出来ていないようで、女の子座りに両腕をダランと垂らし、僕の方に助けを求めるように視線を送ってくる。
「ウチ、どうしたんだろ。体……全然動かなくなっちゃった!」
驚愕に染まるマリの体には異変が起きていた。
ソラオを警戒していたマリの四肢は二回りほど膨張していたはずなのだ、ソレが今は平時と同じ――いや、それより一回りほど細くなったようにさえ見えた。
「おちついてマリ! ソラオ! どう言うことなんだ!」
マッチを投げ捨て、イヤイヤと首を振りパニックを起こしそうになっている、マリの肩をつかんでなんとか落ち着かせる。
この事態を理解しているのはソラオしかいない。そう踏んで、正面の意地の悪いニヤけ顔を問い詰める。
「おいおい、そんな目で見るなよ。どう言うことも何も、さっき自分で言ってたじゃねえか『あったかい』って。火はあったかいんだよ、その表面温度は約千度だ。お前なら分かるだろ? 自分が食える物は熱を加えた加工品だけだって分かってるんだろうからな?」
「それとこれとどう言う関係が――」
そう言いかけて、気付いてしまった。確かに僕は、体質上アルスを摂取する事が出来ない。でも肉や野菜のような食材にも当然アルスが融合している訳で、それらを食べる為には加熱処理してアルスを無効化しているのだ。
僕の表情の変化が見て取れたのだろう、想像が当たっている事をソラオが説明し始める。
「気付いたみたいだな? アルスは加熱すると無効化される。食材なんかのは直接熱を加えた時に、壊れて消滅しちまうのさ。それは空気中のアルスだって同じだ。だが、空気中のアルスを無駄に破壊される訳にはいかねえ。だからアルス達は自主的に避難するのさ、熱の届かない所にな。そして避難圏内の全ての融合型は機能を停止する――自己保存と融合状態の板挟みでショートしちまうんだ」
「そんな! ならマリはずっとこのままなの!?」
「いや、そうじゃねえ。長くて二日だな、そうしたら回復する。ショートしてもアルスが壊れちまう訳じゃないからな」
だから心配するなと、そう告げるソラオを僕は信じるしかなかった。
「そのチッポケな火で大体半径三メートル、この大型で半径十メートルはアルスを無効化出来るはずだ。持って行け」
僕の目の前に三本のマッチが置かれる。筒状の容器は横につながっており、ベルトなどに固定できるよう簡単なフックが付いていた。
「さって、渡すもんも渡したし――話す事も話したし。俺はもう行くぜ、後はお前が決めるんだな」
「まっ、まって!」
「あ? まだ何か聞きたい事があるのか?」
聞きたい事は山ほどあった。何せソラオは自分の言いたい事だけを話して、こちらの質問にはほとんど答えてないのだから。
なぜアルス干渉が有るのか、なぜ僕じゃなきゃダメなのか、なぜ神のような事を可能とするのか、そして――
なぜマリを無力化する必要があったのか……。
しかし、今のマリの状態を見ると、さらに追及するする訳にはいかない。自身の両肩を抱き、プルプルと震える様はまるで生まれたての小鹿のようだ。
早く安静に出来る場所に行かなくては……。
「いや、今は……良い。それよりこれ使えよ」
そう言うと持ってきた紙袋をハルオへ投げた。紙袋はクルクルと周り、ソラオの胸の前でキャッチされる。
「なんだ? これ」
「サンダルだよ、ズット裸足って訳にはいかないだろ」
そう、ソラオはずっと裸足だった。昨日出会った時もそうだったが、まるで履物を持つ習慣が無いかのように振る舞っていたのだ。どこかずれたこの男は指摘しなければ何時までも裸足でい続けかねない。
「裸足? へぇ~……へへっ! ありがとよ!」
渡された物の意味が最初分からなかったのか、自身の足元と僕たちの足元を見比べ、こちらの言いたい事を察知したのだろう。
嬉しそうに笑うと、そのビーチサンダルに両足を通し、跳んだり歩いたりしている。
シャペタン、シャペタン
ソラオが歩くたび、そんな音が公園に響く。
その辺を歩き回るソラオを放置して、僕はマリの腕を肩にかつぎ、立ち上がろうとする。身長差もあって全然上がる気配がない。
「マリ、大丈夫? 歩ける?」
「ウチ……だめかも。手は少し動くけど足は全然みたい……」
ソラオを睨みつけるも、すでに公園の端の方まで歩いて行ってしまっていた。
「しかたない。マリ、僕の首に腕を回せる?」
「ぇ、無理だよしーちゃん。ウチ重いよ!?」
「大丈夫だよ多分、今のマリは凄い細いから」
「もぅ!『今の』だけ余分!」
普段なら鉄拳制裁も覚悟する冗談だったが、今のマリにはそんな力残されていないようだ。
僕は恥ずかしがるマリを背中に抱え、勢いよく立ちあがる。マリの両足を脇の下に通し、それを包み込むように腕を回してお腹の前で手を固く組んだ。決して離さないように。
「さ、帰ろうか」
「うん。しーちゃん……ありがとう」
背中に聞こえるマリの声に明るさが戻る。
その声を聞き、一歩一歩踏みしめるように公園の外へ向かう。
「エヘヘ――しーちゃん、何か……懐かしいね。こうしておぶってもらうの」
遠い日の事を言っているのだろう。確かに一度、こんな風におぶって帰った事があった……あれは学園に入りたての頃だったか。
「ウチ、足くじいちゃって。歩けなくて。泣いて。しーちゃんにおぶって帰ってもらったんだっけ」
そんな事もあったかも知れない。よく公園で遊んではマリに怪我させられていたから、きっと色々危ない事もやったんだろう。
「ウチね、あの時も本当に嬉しくって――しーちゃんと出会えて……本当に良かったと思ってる」
そんな、しおらしい態度を見せるマリに……僕は返す言葉が見つからない。
っと言うか! 言葉を返す余裕が無い! 少しでも気を抜いたら後ろ向きに倒れちゃぅぅうう!
マリには見えないだろうが。顔面汗だくで、顎から雫となって滴り落ちている。
記憶に有るあの頃とは違うのだ、正直調子に乗っていた……背中にオッパイ! と思わなかったと言えば嘘になる……だが、こんなに細くなったマリがこんなに重いだなんて誰が考えようか。
僕は荒い息をつき、意識を手放さないようにだけ気をつけて、一歩また一歩とマリの家のある住宅街へ向かうのであった。
ほんっと! ソラオのばかぁぁぁーーーーーあああ!!




