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第十一話  「ちっ……ダメか」

 翌日、キョウは学校を休んだ。



 職業見学を終えた次の朝、僕とマリのウタ窓にテッサロッサさんから連絡があったのだ。

 僕もかなりの寝不足で、話半分に聞いていたから今ひとつ全貌ぜんぼうをつかみきれないが。簡単に言うと『徹夜して、体が動かなくて、起きられない』との事だった。


 状況を詳しく聞かされてい無いマリは、少し心配そうにしていた。説明してあげたいのはやまやまなのだが、どうしてもキョウの名誉を傷つける話になってしまうため、牛の話とソラオの話以外はうやむやに話している。


 その日の放課後。スメラギさんが僕の席の前までやって来て、珍しく鋭い目つきで僕に話しかけて来た。

「モリイ君、先生が読んでるわ。生徒指導室で待ってるそうよ」

「ぇっ! せっ、先生が?」


 スメラギさんが『先生』と呼ぶのは一人しかいない。みっちゃんだ――それ以外の先生には、名前とその後ろに先生を付けている。


「ぇぇ、昨日の事。何か聞きたい事があるんじゃないかしら?」


 そう言い残すと、スメラギさんは僕の席から離れていった。


 昨日の事……職業見学の事かな? まさかソラオの事黙ってたのがばれたとかだったらどうしよう! それはまずいんじゃない!? 事件の犯人かも知れない人を庇ったんだ、もしかしたら僕も共犯の疑いをかけられてしまうかも!


 そう考えると体の血の気が引いて行くのを感じる。


 でも、昨日の夜。もっと怪しい人物に遭遇した。それをみっちゃんに言えばソラオの潔白を証明出来るんじゃ? 証人もいる、あの綺麗な女の人を探せばキット証言して貰える!


 一縷いちるの望みが出たことで、下がっていた体温が上昇を始め、震えていた両足にようやく力が入るようになる。


 よし! 何とかしてみっちゃんに納得して貰うんだ!


 僕は拳に力を込め、机に掛けた紙袋を持って生徒指導室へと向かうのであった。



「しっ、失礼しま~……す……」

 生徒指導室に付いた僕はゆっくりとドアを開け、中の様子をうかがうように覗き込む。


 部屋の中にはボブカット位の明るい金髪をした女の子が一人。

 デスクに片ひじを付き、ラーメンをすすりながら、目の前のウタ窓を視線だけで操作している。


「うししし、よしよし。今日も順調に利益がでてるな。これで明日、クリスの配当倍率を一気に上げて私がスメラギと呼べば……うししし、笑いが止まらん!」

「ぁ……あの!」

「へっ? わっ、おわっち!!」


 急に声を掛けてしまったのがいけなかったのか、目の前の女の子は持っていた箸を滑り落としてしまい、ラーメンの中に落ちてスープを飛び散らせてしまう。


「ってんめ! 脅かすなよ!?」

「わっ……あの、ご免なさい。脅かせるつもりじゃ」

「って、クニ君じゃないか。今の話……聞いてた?」

「へ?」


 目の前の女の子はどこか見覚えのある顔をしていた。お人形のようなツルリとした肌の女性。ただその記憶にある人物と今目の前にいる人物とは余りにも印象が異なるのだ――


「先生?」

「他に誰が居るって言うんだよ……」


 みっちゃんはそう言うと、目を細めて自分の体に視線を向ける。こんな体の人間が他に居るのかと言いたいのだろう。

 身長だけで言うならココに居ます……って言ったら怒られるだろうか。


「で、でも髪……あとキャラが――」

「ぁ~……ほら、ラーメンって髪じゃまだろ? だから麺類食べる時は基本〝付けて無い〟んだ」


 そう言うと両腕を首の後ろに回し、サッと外へ広げる。その手を追うように、普段見慣れた紫色のメッシュが入った明るい金髪が伸びてきたのだ。

 生まれたての髪のように光沢を放ち、後ろの窓から入り込む光をキラキラと反射している。


「後、キャラとか言うなよ。あれでも先生なりに頑張ってるんだからな? クニ君には昨日見られちゃったから隠す必要が無くなただけだよ」

「え?」

「ん?」


 突然髪が伸びたのも驚きだったが、昨日見られたと言うのが今日一番の驚きだった。

 つまりみっちゃんは、昨日の黒い男から僕を守った女性が自分だと言っているのだ。


 ぃゃ、確かに何と無く可能性は考えていたけど! でも余りにもあり得ないでしょ!? 何で大きくなれるの!? 余りのコンプレックスに何かそういう装置でも発明しちゃったの!?


「ありゃ? もしかして気付いてなかった?」


 僕はコクコクと首を振る。


「あちゃー……よし!」

 パンッとみっちゃんが手を打つ。可愛らしく、手の平の部分だけで。


「あらご免なさい、まちがえちった★」

 テヘペロッっと今にも頭上に見えそうなポーズのみっちゃ――。

「いやいやいやいやいやいや! 流石に無理ですよ!! 今更とりつくろっても!」


「ちっ……ダメか」

「ダメかって……」


 ダメじゃなかったら続けていたのだろうか。あの痛いキャラ。


「生徒達に好評だと思うんだけどな~。将来的に先生と恋仲になる生徒だって居るかも知れないわけだし? 可愛いのって男子は好きなんだろ?」

「何でそう思うんですか……」


「ほら、みんなあれで行くと笑顔なんだよ、優しい笑顔」

 それ苦笑だよ! または呆れだよ! ついでに哀れみだよ!


「ぁ……あはは」

 思っている事は決して口に出せない。僕などが指摘してもみっちゃんはきっと変わらないのだろうから。


「で、昨日。あれからどうだった? あんなのに巻き込まれちゃったんだ、眠れなかったんじゃないかい?」


 この話は終わりと言った感じで、みっちゃんは話の本題に移るようだ。

 声は何時もより少し低くなり。一瞬だけ戻ったキラキラの瞳は、霧のかかった湖の用に、深さと妖艶ようえんさを醸し出している。


「それが……呼び出しの理由……ですか?」

「ん? そうだね、半分はそれだ。」

「半分?」


「そう、半分。クニ君は去年から続いてる家畜変死事件――昨日、メルトンで発見したあれだけど。どこまで知ってるかな?」

「どこまでって……ニュースで放送される事くらいなら……」


「そうか、それならクニ君は本当に巻き込まれただけだったのかもしれないな……。昨日の夜、襲って来たのがその家畜変死事件の犯人な訳だけども、あの男は家畜の脳と筋組織を生のまま食らう異常者でね。だが、人が襲われたなんて話は昨日まで全くなかったんだ。だから君があの男と何らかの関わりが有るんじゃないかと――私の上がうるさくてね。君を任意同行の上拘束して尋問しろと来たもんだ……まったく、私の生徒を何だと思っているのやら。君の体質の事もあるからなおの事なんだろうけどね」


 まず、昨日の黒い男が犯人だと断定されて驚いた。そしてその後にみっちゃんが言ってる事がサッパリ分からない。


 任意同行? 尋問? どうしてそう言う事に? みちゃんの上と言われる人たちって学院長とかそう言う人達なんだろうか? でも、巻き込まれただけの僕が何故?


「先生! それは流石に……あんまりじゃ!」

「その通り、あんまりだ。君はむしろ被害者なんだからね。だから君はこれまで通りの生活を送ってもらって問題ない。私がそれを保障しよう。」


 小さい体には不釣り合いの、威厳いげんに満ちた、迫力のあるソノ言葉に――僕は何も言い返す事が出来ない。

 みっちゃんに任せれば僕は安全なんだとまで思ってしまう。


「ただ、深夜の行動はひかえてくれないだろうか」

「ど、どうしてですか? あの後、先生が追ってったんじゃ」


 あの時、みっちゃんの強さは圧倒的だったのを思い出す。全ての攻撃をいなし、そして武器を破壊していく。その姿から決して敗北はあり得ないと思っていた。


 ソコまで言うとみっちゃんの顔が、苦虫を噛み潰したような表情になる。強く歯をくいしばったのか、固いものが擦れる音が聞こえた。


「そのことだが……すまない! 逃げられたんだ……いや、正確には逃がすしかなかった。詳しい事情は教えてあげられないけど、次出会えば必ず拘束、最低でも無力化してみせる。こんな事を話しても不安にさせるだけだとは分かっている。だからクニ君、十分に注意してほしい。」


 そう言うとみっちゃんは軽く頭を下げた。両手をテーブルにそえ、頭をラーメン器に突っ込みそうな――いや、伸ばした髪がラーメンに浸かっている。


「わっ、分かりました! 分かりましたから! じゃあ、マリを待たせてるんで! 失礼します! 後、助けて頂いて有難う御座いました!」


 そう言い残し、慌てて生徒指導室を後にする。教室を出た時、みっちゃんの僕を呼ぶ声と、ギャーとかアチーとかの声を聞きながら僕は学院の校門へと小走りで向かうのだった。



 それは何故か。



 生徒指導室の窓からはグランドを挟んで校門を見渡す事が出来る。


 みっちゃんが頭を下げた時、グランドに二人の人影が見えたのだ。



 一人は短髪の筋骨隆々の女子、そしてもう一人は――クロム色の髪をした長身の男だった。

今回少なめですが、次回文字数が倍となっていますご注意ください。

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