第十話 「それはこちらのセリフだ!」
結果、どうする事も出来ませんでした!!
凄い剣幕で走って来たみっちゃんは倒れるキョウに低空ドロップキックを食らわし、その上でストンピングを始めてしまい。
遅れてやって来た女子生徒達はキョウの上で跳ぶみっちゃんよりも牛の死体に気付いて悲鳴を上げ。
悲鳴に気付いたみっちゃんの顔色がまた青くなり、急いで何処かに連絡して。
キョウを引きずりながらバスへ戻ったと思ったら、怖いおじさん達と戻ってきて色々取調べを受け。
事件発生により職場見学は中止。
カラキア学院の生徒は半日で『第七都市メルトン』を後にしたのだった。
本当にどうする事も、どうする隙もなかった。
余りにも色んな事が有りすぎて、自宅へ帰ってからも暫く意気消沈な状態が続き。夕食後、自宅から少し離れたコンビニ『トゥエンティーセブン』に向かう道すがら、涼しい夜風に頭が冷やされ、色々考える余裕がやっと出てきたと言う感じである。
一番心配なのはキョウの事だ。あの変貌ぶり、そしてみっちゃんの一撃……生きているのだろうか?
そして精神干渉と五感干渉。言葉の意味そのままだとすると、人の気持ちに関わり、味覚聴覚視覚触覚に関わると言う事。
僕の体質も知っていた。世界に一人だけという事もあり医学会などには知っている人間も居るらしいのだが、関係者だとはとても思えない。
最後に『話の続きはまたな!』と言って消えた事。
また……話の続きをしにくるってことなのかな……。
余りにも突飛で、唐突で、突発な出来事で、考える事が多すぎて頭がパンクしてしまいそうになる。
いったい、何故僕と話の続きをする必要があるんだろう……。
「いーらっしゃいまーせー、カレーいーかがっすかー」
普段使わない頭を使っているせいか、この間延びした独特のアクセントを持つ口調に、多少心が癒される。
「おーや坊ちゃん、今日はいつーもより遅ーいですねー」
来る途中、月の位置は真上より少し西の方角。大体十一時位なんだろう。
「こんばんは、フヨシさん」
「こんばんはでーす、坊ちゃーん」
フヨシさんの深鍋にスッポリはまった姿を見て、日常に返って来たと実感する。
「坊ちゃーん、なんかー疲れーてます?」
「あはは、分かるんだ。うん、チョット色々あってね」
「お聞ーきしてーも、よろしーいでーすか?」
「良いけど、難しくて訳分かんないと思うよ?」
そう、前置きして。今日有った出来事をかいつまんで話す。フヨシさんは相槌のかわりに「おー生乳ー」とか「おー乳ー」とか「オパンティ」とか言っていた。そして最後ソラオとの事を話し終えたところでフヨシさんが聞いてくる。
「どおーして取しらーべで話さーなかったのでーすか?」
ソラオの事を言っていると、すぐに分かった。
「どおして……だろうね。何か、話すと大変な事になりそうな気がしたから、かな?」
「大へーんでーすか?」
嘘をついた。
確かに大変な事に成りかねない、もしかしたら事件の犯人かもしれないのだ。今考えると話さなかったことの方が大変な気がしてくる。
だが、ソラオはあの牛を見て勿体ないと言ったのだ……ニュース番組の情報みたいに、そんな事を何回も続けているように思えない。そして、考えるのは別の事。
ソラオは僕に用が有ると思ったからだ。
こんな小さな体で、アルスも上手く使えない。何の役にも立てない僕に。 誰かの役に立つ事を完全に諦めた僕に、ソラオは光を当ててくれるんじゃないかと……そう思ったのだ。
「たしかーに、大へーんでしょーねー」
今一、しっくり来ていない表情だが納得はしてくれた様子。
「今日もーいつものーを買って帰るのでーすか?」
「うん、そのつもり。それと、今日はこれも貰って帰るよ」
雑誌コーナーを抜け、ドリンクの置いてある冷蔵コーナーへと向かう途中。日用品のコーナーから適当にサンダルを選ぶ。
「うーみ行かれるのでーすか?」
「いや、チョットね」
フヨシさんを軽くあしらい、冷蔵コーナの棚から黒い炭酸飲料の入ったペットボトルを取り出す。
「ふくろーいりますかー? チンしますかー?」
「袋は貰おうかな、チンはしないよ」
「チンいりませんかー……」
太い眉毛がハの字になっている――何故、何時もそんなに残念そうなんだろう。
鼻の下の口ヒゲが伸びて手の形になり、そのヒゲ手をフヨシさんの入る深鍋に突っ込む。中から紙袋を取り出て僕に渡して来た。
うわ……何か温かい……。
初めて袋を要求したが、まさか深鍋から出てくるとは思わなかった。
次からは、黙ってカウンター前に置いてある袋を使おうと心に決める。
サンダルだけを紙袋に入れ、右手首をフヨシさんの顔の前に近づける。するとフヨシさんが両目をつむって唇をつきだし――。
「ぴっ、あーらやっしたー」
「それじゃあね、また来るよフヨシさん」
「坊ちゃんまーたね、カレーいーかがっすかー」
「いりません」
店を出ると赤いキャップに手を掛けた。プシュッっと爽快な音を立て、圧縮されていた容器の空間が解放される。
炭酸飲料を深くあおり、真っ直ぐ食道へと流し込む。
「ん、んっく……っぷふ」
炭酸飲料独特の、喉に与える刺激で両目の視界が潤んでしまう。
潤んだ瞳からこぼれ落ちないよう空を見上げと、来る時に見た月がほぼ真上に近付いていた。思ったより話し込んでしまったみたいだ。今日が、もうすぐ終わる。
早足で家路を急ぐ。
家とコンビニの中腹辺り。
奇麗に舗装された道の脇。
外灯の影に黒い〝何か〟がうごめいていた。
遠目に見るそれは黒いジャーシを着、目深にフードを被った人のようだ。大きなバッグをたすき掛けにしている。
不気味には思ったが、進路を変える必要も感じない。視線を合せないよう正面を向き歩き続ける。黒いフードの人との距離が徐々に近づく――。
クチャクチャと、グチャグチャと水音のような音が……その人影から聞こえてくる。
関わらない用に視線を外し真っすぐ歩いていたが、どうしてもその音が気になってしまう。だから少しだけ――ほんのチラッと流し目を送る感じで――見てしまった。
人影は口の周りを真っ赤に染め――
血の滴る大きな肉の塊を両手で掲げ――
肉に直接歯を立て首の力で引きちぎっていた。
食らいつき、噛みちぎり、咀嚼して飲み下す。
近づいて初めて聞こえる、ブチブチと筋繊維の千切れる音。
足先から頭頂へ駆けるように鳥肌が立った。
一瞬のつもりが、視線を離す事が出来なくなる。
本能的な危機感からか、目を離す事の危険性と全力で逃げろと言う命令を、脳がアラートとしてうったえている。
「クヒッ……キシシシシ……やっと来たかよ。」
目が、合った。不気味に笑う人影は立ち上がり、肉の塊をバッグへとしまう。声はひび割れ聞き取りづらかったが、男のそれだった。
僕を待っていたようだが、恐怖で何も言葉を返せない。
全身が震え、唇すら言う事を聞かない。
「ぁ……ぁぁ……あの」
「クヒッ、美味そうなアルスの匂いがすると思って待ってたが――なんだ、えらい小さいんだな?」
「……ぇ?」
「キシシシシ、いやいい。お前は気にしなくていい。すぐ終わる。光栄に思うんだなぁ~」
男が外灯の元へと出てくる。フードから除く肌は白く、そして赤い。口周りの血と同じ色をした瞳は、強く見開かれ狂気に染まっている。
「俺の人狩り第一号だ! 動くんじゃねぇぞ? 動くと痛いだろうからな~!」
男が迫り両腕を振りかぶったかと思うと、背中に霧が収縮するのが見えた。
なんだか分からないけどヤバイ! 逃げなきゃ!
「っひ! わっわわ!」
とっさだった。とにかく逃げようと体を捩じったが足がついてこない。
バランスを崩し、横に倒れるように跳ぶ――。
ガキィン! と音がし、先ほどまで僕が居た場所には深々と亀裂、そしてソコから生えているのは一メートルほどの灰色の剣だった。
あのまま、立ち止まっていたら脳天から真っ二つになるところだ。
「クヒッ、動くんじゃねーよ! 獲物は俺に黙って食われとけよぉぉおお!」
もう一度振りかぶり、先ほどと同じように振り下ろされる。
横倒しになった体を無理に捻り、体を転がす事で何とか回避した。
だが、二度もかわされた男は縦振りを止め横振りへと切り替え大きく振りかぶる。
もう避けられない。足は緊張と恐怖で震え、立ち上がる事も飛び退く事だってできない。
こんな所で死んでしまうのかと、死を現実として捉えた時、迫り来る剣撃がユックリになって見えた。後、数十センチ、その刃は僕の首から上を跳ね飛ばす事だろう――。
「っひ……っや……ゃだ!」
両目をつむり、情けない声が漏れた。両腕で頭まを抱えるように小さくなり、無意味だと分かりつつも身を守ってしまう。
刃が到達する瞬間を、恐怖で震えて待つ――だが、どうした事だろう。僕の意識は未だ刈り取られていない。
それどころか激しい金属音が聞こえたかと思うと小鳥が鳴くような高音が響いている。
固く閉じだ目を恐る恐る開け、頭を覆っていた腕をのけると――。
「クニ君、大丈夫かい?」
目の前で片膝を付き、男と対峙した――背の大きな女性がそこにいた。
女性は男の剣撃を逆手に持った幅広のナイフで受け、金属の擦れる音を上げながら競り合っている。
「なんだぁ? なんだお前は!? お呼びじゃねーんだよ女ー!」
「クニ君、少しの間動かないで。いいかい?」
「ぇ……はいっ!」
「少年、どこの誰かは知らないが、何のつもりだ?」
「ゴチャゴチャうるせぇ! ソイツを食う邪魔をするなぁぁああ!」
「そうか……完璧に〝タガ〟が外れてしまったんだ――なっ!」
女性は、競り合っていた刃を押しのけると体を起こす。
赤いミニのワンピースを着た、明い金髪の女性だった、髪の先端に紫のメッシュがかかっている。
体のラインが強調されるその格好に一瞬目を逸らしそうになってしまう。こんな状況だと言うのに……僕の視線は、目の前のお尻に奪われそうになってしまった。
「クヒッ、ならお前が獲物一号だぁぁああ!」
「悪いがそのつもりは無い、拘束させてもらうぞ!」
男は叫ぶと後ろ跳びに距離をとり、両手で持っていた剣を片手に持ちかえる。そして空になった手にも灰色の剣を出現させた。
だが、それだけで終わらない。
男を中心とした空間に次々と同形の剣が出現してゆく。
その数八本。
そのどれもが切っ先を女性へと向けている。
「凄い融合率だな。だが、それじゃ私は倒せない」
「ほざけーーーーー!!」
男が駆ける。双剣を大きく振りかぶり助走と共に振り下ろす。
それを、甲高い金属音と共に女性は両手のナイフで受けた。
だがそれだけで終わらない、空中の剣が両手の塞がった女性へと迫る。
「ぁ……ぁぶっ!」
思わず声を上げてしまう。それほど無防備に、まるで空中の剣など見ていないかのように振る舞っていたからだ。
剣が女性の肌を切り裂こうと、山なりに光の軌跡を生む。しかし女性に触れる瞬間、長い髪がフワリと広がったかと思うと、全ての剣撃が硬いものでも叩いた音を上げて停止した。
「ぁぁ? なんだ? なんだその髪ー!?」
「内緒だ、大人しく捕まるなら教えてやろう!」
「クヒッ、キシシシシシャシャーーー!!」
男は、笑い飛ばすと再び剣を振るう。両手の剣が、空中の剣が、がむしゃらに軌跡を描く。
しかし、計十本の刃全てが女性に傷を負わせることが出来ない。両手の剣はナイフでいなされ、空中の剣は八つに分かれた髪束がそれぞれ応戦している。
女性の防戦一方に見えた戦況は、突如動きだす。
髪が迎撃していた剣の内、一本が折れたのだ。良く見れば他の剣も所々刃こぼれをおこしている。
自由になった髪の一束は、他の束に参戦し次々と空中の剣を折って行った。
終始気持ち悪い笑いを上げていた男が、目の前の状況に苦悶の表情を表わす。
「おいおい! おいおいおいおい! 気持ちわりいぞ!」
「それはこちらのセリフだ!」
両手の双剣で女性のナイフを押しながら叫ぶ。
「クヒッ! なら! これ、だぁぁああ!」
髪を警戒した男が飛び退くと、両手を大きく上げ、その手に大量の霧をまとった。
現れたのは巨大な三角錐。人の頭ほどあるその三角錐には斜めに規則正しい溝が彫ってあり、その形が完成すると高速回転を始めた。
「ドリルか……受けて立つ!」
楽しそうな声で返す女性は両手を横に広げ、その腕に長い髪が巻きついていく。
そして手のある部分に出現するのは此方も頭ほどの三角錐。ただ、明るい金髪の面影はなく、その色は夜の闇よりなお黒かった。
「クヒッ! ひき肉になりやがれぇぇぁぁああ!!」
男が両腕を前に突き出し駆ける。
迫り来る男に女性は動かない。
突き出されるドリルを相手に、女性は自身の〝ドリルの腹〟でそれを受け止めた。
ドリル同士が火花を散らす。
辺り一面に金属のこすれる嫌な音が辺りに響いた。
ドリル勝負の決着は直ぐに付く。一向に貫く事が出来ないでいた、男のドリルに更に力を加えた――瞬間。細かい欠片をまき散らしながらドリルの先端部から砕け散っていった。
「は?」
「炭素濃度が足りないんじゃないか?」
自身の砕けたドリルを見つめ、あっけに取られる男。
その男に女性は、鼻で笑うようにアドバイスを飛ばす。
一瞬の静寂が訪れた時……周辺の住居に明かりが灯りだした。
流石にこれだけ騒いでいるのだ、周辺の住民たちが消音装置をも超えて来る騒音に、疑問をもつのも当たり前だ。
「ちっ」
冷めた顔をして舌うち一つ、男は踵を返し夜の闇に跳躍。その服装もあってすぐに視認が困難となる。
「ぁ! コラ、待て! クニ君、真っ直ぐ帰るんだよ? 良いね?」
突然の逃亡に不意を突かれた女性は一言残し、まてー! と叫びながら男の跡を追って行った。
僕は一人、路地の真中に残される。
状況がまったくつかめないが、この場に居るのは都合が悪そうだ。一日に二度も取調べを受けるのなど勘弁してほしい。そう思い駆け足でその場から離れ事にした。
黒い男と、赤い女性。男は僕を獲物だと言った、女性の方は僕をクニ君と呼んだ。
何が何だかさっぱり分からない!
僕は早足に帰ると真っ直ぐ自室のベッドに飛び込み、頭から布団を被って強引に目を閉じた。
今日一日の出来事の多さに思考が全く追いつかない。
眠ろう、眠って楽になろう。
しかし残酷な事に……月が空から消えるまで、僕に眠気による救済はやってこないのだった。




