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第九話   「どうしよう……俺」

『本日はリニアエクスプレス、ロケットスレッド第七都市メルトン行き、ご利用いただき誠にありがとうございました』


『第七都市メルトン』リニアエクスプレスターミナルと言うアナウンスが繰り返される。


 ターミナルにつくと甲高い機械音を鳴り響かせ、カラキア学院三年生を乗せた車両のドアが一斉に開く。


「いやー、凄かったなー! 時速千キロは伊達じゃない!」「ほんとほんと景色何か見る余裕全然なかったな!」「オ゛レ゛……ギモジワルイ」「マジかよ!? コッチくんな!」


 今話題のロケットスレッドだけあって、生徒全般のテンションがやたら高くなっている。

 余りの速度に乗り物酔いを起こした生徒も居るようだ。


「ハイハイハーイ! ちゅ~うも~く★ 皆~忘れ物ないかな~?」


 それとは関係なく、常時テンションが振りきれてるみっちゃん。何時ものピンク色スーツでは無く、バスガイドが着る大きなリボンを首元にあしらった服を着て、頭に帽子、手には旗を持って居る。

 とても可愛らしい格好なのだが、全てがどぎついピンク色のためにキャバクラのお姉さんのような印象を受けてしまう。


「シン、大丈夫だったか?」

「大丈夫、それにしてもよく学院がチケット取れたね? ロケットスレッドってついこないだ走り出したばかりなんじゃないの?」


 別の車両から出てきたキョウがクラスを抜け出して僕の側までよってくる。

 基本班行動だが、今回キョウのクラスとの合同見学となって居るので多少クラスから離れてもとがめられる事はないようだ。


 ちなみに、マリは今朝『第四都市ヴィルヘイム』へと旅立った。前もって打ち合わせしていた訳では無いのだから別々になる事も当然しかたない。昨夜、ウタ窓通話で『側を離れないって言ったじゃないかー! 裏切り者ー! しーちゃんのアホー!』としこたまののしられたせいで少し眠い。


「ああ、本当はまだ正式稼働してないんだよ。今回学院の生徒たちを使ってアピールしてMC3000集客力を上げようって魂胆なんじゃないかな? 後、学院に貸しを作っておけば優秀な人材が手に入るし――」

「へ……へー。そんなところまで考えられてるんだー」


 社会のドロドロした部分を垣間見た気分になってしまった……。百パーセントの善意なんて中々ないんだね……。


 シンの『大丈夫だったか?』にはおそらく、僕がクラスで変なあだ名で呼ばれて無いか……と言う意図もあったのだろう。

 ニジハタコンビは僕のあだ名を言いふらさなかったようだ。そのお陰か、僕は以前と同じように〝腫れ物〟としてクラスに席を置いている。


「さーカラキア学院生徒の皆さ~ん! こっちらで~す★」


 みっちゃんは今日もノリノリで人生を桜花して、飛んだり跳ねたりクルクル回ったり旗を振り回したり――。


 今はこんな日常が何時までも続くんだと、疑うことなく信じていた。



■◇■◇■



 見渡す限りの草原。草原。チョット建物。草原。チョット牛。


 ターミナルから貸切バスに乗り、メルトン郊外にある牧草地へと移動してきた、薄霧にぼやけ地平線まで続く広大な敷地に、誰もが思わず息をのむ。


 正直甘く見ていた。


 映像を見、今まで想像していた牧草地とは、余りにもかけ離れた風景が眼前に広がっている。


 少し広めの建物に牛舎があったり、養鶏所があったり。そんな狭い空間を走り回って仕事をするものだと想像していた……目の前の現実に、今後の人生設計がガラスが割れる音を立てて崩れるのを感じる。


「はーい! 生徒の皆さーん! 下りて下さーい★」


 バスが停止したのは、一風変わった雰囲気の建物。作りは他と何も変わらないのだが、周りに立ち並ぶ金属製のタンクが異様な威圧感を放ってっている。

 高さ二十メートル以上、幅も同じくらいの円柱状タンクが立ち並ぶ。


 ここは牛乳工場なのだそうだ。広大な牧草地に点在する搾乳所から、地下のパイプを伝ってこの工場に集められるのだという。

 この工場では生乳から牛乳にする為の均質化きんしつかと言うのを行っているそうだ。

 この立ち並ぶ巨大タンクの中で、メルトンで作られる牛乳の四分の一を加工していると言うのだから、見えている以上のタンクが並んでいると想像できる。


「ここでは生乳の試飲をさせてもらえま~す。生徒の皆さんも希望者は係りの方に言って下さいね~★ 先生は先に頂いちゃいます――んっく、んっく、っぷっひ~! 何これ! 超ウマ……ぁ……ッテヘ★」


 腰に手を当てて、大ジョッキ一杯に入った生乳を一気飲みしたみっちゃん。キャラを一瞬忘れる程の美味さに、生徒全員が関心を持ち係りの人に群がっていく。


 僕は絶対お腹壊すから飲めないけど……どんな味なんだろ? 帰りにキョウに聞いてみよう。って言うかみっちゃん、二杯目行っちゃった! あぁ~あ……口からミルクこぼして……余りの美味しさに目が逝っちゃってる。


 その後更に四杯を飲み終えたみっちゃんは、搾乳施設や養鶏場などを見学している間姿を消した。今は牧草地のど真ん中にバスを止め、青い顔をして戻ってきたみっちゃんとお昼休憩を取る運びとなった。


 各自好きなように、好きな人間とこの広大な草原で食事を取る。ココに来る前に寄った売店で、産地直販品を色々売っていたから皆のお昼はとても豪華なものとなっているだろう。


 僕もお土産として、ベーコンと卵を買っている。


「さて、キョウはどこかな~……?」


 一緒にお昼を食べる人間が他に居ないため、此方からキョウのクラスの方、乗ってきたバスの後方へと足を運ぶ。前もってお昼を約束していたから向こうも此方に向かって来るはずだ。


 なんか――ん?


 何か呼ばれたような――引っ張られるような感覚。その感覚が気になって、視線の向いた先。学院の生徒達が集まるバス後方とは逆の方向。バスの前方に広がる草原へと足を踏み出す。


 何か――居るのかな?


 視界には何も無い。ただ広大な草原が広がるだけなのだが……


 でも――何かある


 歩数にして数十歩、バスの右前方……黒と白と――赤の物体が転がっていた。


「ぇ? ……わ! ひっ!」


 最初何が有るのか分らなくて、さらに接近してしまったのが失敗だった。それを足元に、完全に視界に納めた時。驚きの声を上げ、自分で驚いた声にさらに驚いて尻もちを付く。


 一部長めに牧草が生い茂る中。その体を隠されるように横たわる〝牛の死体〟を見つけてしまった。

 寝ているなんて事はない。確実に死んでいる。何故ならその牛には――頭の一部と太ももが無くなっていたのだから。


「わっ! わっ! わっ!」


 余りの混乱に言葉が出てこない。自分では大きな声を出して居るつもりなのに、耳に届く自分の声は蚊の鳴くほどの音量になっている。


「かー! もったいね、もったいねえなぁ~……」


 今まで気配が全く無かった後方から声がする。驚きの連続に既に声は出ない。声のする方に首だけを向けソコに立つ人物と視線があった。


「なぁ? お前ももったいねえって思わねえか?」


 そう呼びかけて来るのは身長百八十以上有りそうな大男。僕から見れば皆大男なのだが、その男は線が細い分より大きく見えた。

 銀と言うよりクロムに近い色の髪はハリネズミのようなツンツンヘアー。白い長袖のワイシャツを着、薄い青色のジーンズをはいている。パット見清潔感のある格好だが、何故か裸足で僕の後ろに立っていた。


「あ……あの……どういう?」

「どういう? この牛に決まってるだろ!? せっかく生まれてきて、生まれてきた目的も遂げられず、こんな形で生涯を閉じちまった。もったいねえと思わねえか?」


「それって……可哀想ってことなんじゃ……」

「ん? 可哀想? そうなのか?」


 聞き返されてしまった。この人は牛の境遇に同情している訳ではないのだろう。このにくの運命を純粋にもったいないと思ったのかもしれない。


 この人は何なんだろう。


 牛の死体を前にして話す事では無いのは分かっているが、どうしても気になって。今聞かなくてはこれから先、もう聞けないのではないかという思いから――


「あなたは誰なんですか?」


 聞かずにはいられなかった。

 この周辺には学院の人間しか居なかったのだ。こんな大きな人が居たらそれだけで目につくはず。それなのに、この人は誰にも気付かれずにココに居る。


「俺か? 俺はー……。エアーマンって呼ばれてた事があったかな?」

「エアーマンさん、ですか? それが名前?」


「名前? 名前ってのとは違うのか、そうだなぁ……う~ん」


 突如悩みだすエアーマンと呼ばれていた人物。自身の手をニギニギしてみたり、空を眺めたり。


「ソラオだな、俺の名前はソラオだ」


 今決めました! と言う雰囲気をプンプンさせながら、ソラオと名乗った男が僕へと手を差し伸べる。


「ぁ、ありがとうございます。僕はモリイ・クニヒコです」


 その手を握りながら僕も自己紹介をした。


 ドスンッと言う尻もちの音。握ったソラオの手に力を入れ、立ち上がろうとした途端。つかんでいた手を放され、僕は立ちかけた体制のまま、後ろへ倒れてお尻をしたたか打ってしまった。


「あいった……たたた」

「お? どうしたクニヒコ、大丈夫か?」


 引き上げてくれる訳じゃなかったの!?


 ただの握手だったらしい。


「いえ、いたた。なんでもないです!」

 お尻をさすりながら自分の足で立ち上がった。牛の死体の近くに何時までも居る訳にはいかない。こんな人ほっといて早くみっちゃんにでも伝えないと。


「シン! こんな所ににいた! 探したんだぞ? ん、その人は? って、げぇ! 牛! 死んでる!」


 キョウの表情が目まぐるしく、まるで七変化の如く変化していく。


「おう! 俺はソラオだ」

「あ、はい、どうも。シン、こんな所にいちゃダメだ」


 明らかに放置されてムッとするソラオ。

 僕の腕をつかみ、そのまま引っ張って行こうとするキョウに、ソラオは左手を伸ばした。


「おいおい待てよ、話はこれからだぜ?」


 ズブリっと、音が鳴らなかったのが不思議な位。


 キョウの後頭部――ソラオの〝指が深々と埋まって〟いた。


「んっはぁ!?」

「な、何をするんですか!」


 突然の事に全く頭が回らない。キョウの口からは普段聞く事のないような高い声が漏れだしている。


「別に痛くしてる訳じゃねーよ。コイツ操作系だろ? 丁度良いからチョーット協力して貰おうと思ってな――えーっと……ココをこーして、ココをこう……っと」

「あっあっあはっ! …ぁっ、ダメ、ダメダメ、ふかっいっ……ソコ……ソンナにしちゃ、ひっ、ひぎっ、らめっなの……にぃっ……ああっはぁぁああぁぁああ!」


 キョウの口から次々に危ない声がこぼれ出す。髪の毛で見えないがソラオの指が頭の中で動き回っているのだろう。団々と高揚した表情に変り、口からはヨダレが垂れ、生まれたての小鹿のように手足がガクガクと震えだしている。


「よっし、こんなもんだろ」

「あっっっっっはーーーーーー!」


 刺した時と逆にズルリと指を引き抜き、軽く振ってからジーンズのポケットへと納めた。


 解放されたキョウは両手を地に付いて、顔に沢山の汗をかきながら荒い息を上げている。時々ビクンッと体が跳ねていて怖い。


「キョウ! 大丈夫?」


 無事なのは見て分かっていた……だがさっきまでの情景が余りにも気持ち悪かったために駆け寄る事が出来ない。


 心配だけど何か出来ない。


「シン……どうしよう……俺」

「キョウ! どうしたの! どこか痛いの!?」

「俺……俺!」

 

 ガバッと立ち上がり、真剣な顔でこちらを見つめてくる。その間も顔の上では汗が滴となって流れ落ちている。


「俺……パンティーが見たい!」

「え?」

「パンティーが見たいんだ!!」

「ええ?」


「オッパーーンティーーーー!!」


 キョウが叫んびながら跳んで行ってしまった! 足の裏にバネのような物を出現させてピョンピョン跳ねながらバスの方へ遠ざかっていく。


「おー、跳んでったなー!」

「ちょっと! キョウに何したの!?」


 楽しそうに笑うソラオに詰め寄り、そのワイシャツに手をかけて強く引き寄せる。


「なに、アルスの精神干渉と五感干渉をオフにしただけだ。よほどぶっ飛んだ精神構造してたみたいだな! 解放されてあんなになるとは思わなかったぜ?」

「へ? 精神……なに?」


 聞きなれない言葉に耳を疑い、聞き返してしまう。


「アルス精神干渉と五感干渉。まぁ、アルスと融合出来ないお前には関係無い話だがな。お前以外の人間は全員、アルスの操り人形って事だ」


 そう言うと、また豪快にがっはっはと笑い飛ばす。


「やべっ、なんかゾロゾロ引き連れてきやがった! あんま人目に付くのは不味いから話の続きはまたな!」


 ソラオの視線の先。ピョンピョン跳ねながら笑うキョウの後ろ、強化系女子生徒とみっちゃんが青筋立てて追っかけてきていた。


「オッ……ッパーーーーン、ティーーーーー! ゲアハォァア!」


 キョウが草原の土を抉りながら僕の目の前に墜落、その側には頭と同じサイズの塊が灰色の煙を吐いている。


「キョウ!? ソラオ! どうするのこれ!?」


 思わず呼び捨てにした自分に驚くも、視線を戻した先。先ほどまでソラオが居た場所には、もう誰も居なかったのだった。


「えーー!?」


 迫りくるみっちゃん、泡を吹いて動かないキョウ、消えたソラオ、色んな事が有りすぎてそれどころじゃ無くなったが、先ずは牛の死体の事をつたえないと!



「どーーーするのこれーーーー!?」



 叫ばずには居られなかった。

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