第?話 「プロローグ」
陽光に暖かな小高い丘の上。春空の下、一人の少年が目の前に広がる都市を見下ろしていた。
白い箱のように見える建物は、庭で囲まれ等間隔に並んでいる。碁盤の目のように完成された街並みに、遠い日の懐かしい日々が思い出される。
――激動の春休みから一年の時が過ぎていた。
一年前、将来の不安に脅え、自分の不甲斐無さに嘆いた頃が今は懐かしくさえ感じる。
様々な思いがひしめき合い、小さなため息が漏れてしまう。そのため息に呼ばれたのか……周辺の草花がざわめき、風が吹いたかと思うと――突如、声をかけられた。
「なんだ? 何してんだ? こんな所で物思いにふけちまってよー。ホームシックか? ヤッパ止めるか? 行くの」
今まで気配が全く無かった後方から声がする。しかし、特に驚くでも無く、声の方へとゆっくり振り向いて口を開いた。
「そうじゃ無いよ、ただ……思うんだ。こうなる事まで、ソラオの予想通りだったんじゃないかって」
「何を言い出すかと思えば……馬鹿な事言ってんじゃねえよ」
俺がソコまで器用に見えるかよと言い放つと、銀より更に白い、クロムに近い髪色をした小柄な男が、丘へ吹き抜ける風でボサボサになった髪のままおどけて見せる。
白い長袖のワイシャツに、薄青いジーンズ。そして足元には何故かビーチサンダル。
そのサンダルだけが、やけにボロボロになっている。
「そうかな? 今ここに至るまでのお膳立てを、ソラオがしたのには違いないんだろ?」
「まぁな――だがそれは責任転嫁だぜ? 確かに色々したが……選んだのはお前だ。今、目の前に在る現実はお前が選び、求め、捨ててきた残りの現実だ」
そう言うと、短く切りそろえたクロム色の髪を両手で後ろへ流すと、ソラオの性格と同じように、積極性を感じさせるハリネズミのような髪型となった。
「お前が選んだから、もうじき〝あれ〟が完成するんだろ?」
先ほどから見下ろしている都市から離れた森の中に、山のように大きな、金属製の建造物が、嫌でも視界の中へ映ってくる。
直径二キロ、高さ二キロあるその巨大な建造物は、色が違えば火山に見紛う外観をしていた。実際のところ、火山のように作られているのだからそう見えるのは当たり前である。
その中心には半径六百メートルにも及ぶ円柱状の空洞が作られ、火山口は天へと向いているそうだ。
電磁加速射出砲アーティクル・セカンドと呼ばれるこの砲台は、リニアエクスプレス社とアルス技術開発部が反アルス団体であるシナプス監修の元作り上げたロケット発射台である。
「そうだね、今更『ごめん乗るの辞めます』なんて言えないよ」
「俺としては、別に言ってくれても良いんだけどな? 協力するぜ?」
どこまで本気なのか――結局、ソラオの考える事などほんの一握りも理解する事が出来なかった気がする。
「さぁ、帰ろうぜ? 今夜最終テストしたら出発だ。家族との団らんは今夜が最後になるんだろ?」
「最後とか言わないでよ、ちゃんと帰ってくる。帰ってくる為にこの星を飛び出すんだから」
「そうだな……大丈夫だ。たぶん上手く行く。エアーマン代表として俺が保障してやる!」
代表でも無いくせに、と返しながら。ソラオの横を通り過ぎ、懐かしい街並みを背に春風が舞う小高い丘を下りて行く。そのとき――。
「キョウを巻き込んだのも計算だったの?」
ソラオの顔も見ず、空気中のアルスに溶け込むような小さな声で呟いた。
「――さぁな」
それ以上、何も言わず。二人はゆっくりと丘を下りて行く。
今までの出来事を思い返すように、後悔を残さないように。
――。
明日、僕は――。
一人この星を飛び出す。
SF=science fantasy