8.地属性門番
『鬼』
この名は人種に限らず、知的生命体にとっては『天敵』『災害』の代名詞とされ、忌み嫌われ存在である。
共通するのは角を生やし、本能的に同種以外の知的生命体を殺戮する能力を持っている事である。
低位の鬼である小鬼や狗頭鬼は知能が低く単体での戦闘力は決して高くない。
中位の鬼の代表格である豚鬼や食屍鬼も膂力は高く強力な魔物だが『天敵』という程の脅威は無い。
中位までなら人間でも十分討伐が可能な存在であり、唯の魔物の域を出ないからだ。
しかし高位の鬼、通称高鬼ともなると脅威度が跳ね上がる。
先ず、高鬼は人語を操り、高い知能と身体能力、殺戮能力を有する。
そして最も脅威なのが角を収納し、人に化け、人間社会に溶け込む習性を持っているのだ。
中でも食人鬼と吸血鬼はそれが顕著であり、角意外見分けが付かず、その鬼の証である角も本性を現す時にしか出さない。
加えて食人の本能、いわば業を持ち、小鬼、豚鬼以上の精力を持つ食人鬼。
血を吸った相手を同属・眷属に変えるという繁殖体系を持つ吸血鬼。
これらを一度、街中に入れたが最後、早ければ一月も掛からない内に住民は食い殺され、死に絶えるか鬼で満ち溢れ、生者のいない街、死都ができあがる。
そうして、高鬼は人類の領域を侵食して来た。
加えて高鬼は皆、一鬼当千の戦闘力を持ち人間社会に溶け込み為、討伐難度が極めて高い。
故に人間以上の殺戮本能を有する高位の鬼『ジンガイ』の怪物であり、『天敵』『災害』なのである。
◆◆◆◆◆◆
ロサヴェルト王国の王女とその従者は当然、鬼の存在を知っている。
敵国であるヒースワルドにも角を持つ亜人、獣人はいるが、目の前の門番には角以外、獣人特有の体毛や獣耳、尻尾などの獣人の特徴が見当たらない。
鎧の巨漢はいざ知らず、仮面の女は角以外、人と変わらぬ容姿だ。
少なくとも女性は鬼、それも人語を操った事から高鬼である事が分かる。
普通の女子供なら、高鬼を目の前にすれば、恐怖で悲鳴を上げ、腰を抜かし、己が運命を呪うだろう。
普通ならば……
「高鬼が角を隠さずに、わらわの前に現れるとは……死に来たか?」
「流石、姫様。 普通の女子には出来ない対応を平然とやってのける、そこに痺れる、憧れる~♪」
生憎、彼女達は普通ではない。
片や、一騎当千どころか、一国を相手に個人で喧嘩を売れる戦闘力を持つロサヴェルト最大戦力の雷王。
片や、その雷王を弄って遊ぶ不届きなキッチンメイドだ。
高鬼が出迎えた事に多少、面食らったがそれだけだ。
鬼を見て、怯え、泣き叫ぶような精神力など持ち合わせていない。
それに、話に聞いた地震を起こし、山を切り裂く様な大剣を作り出した地属性使いの二人組みに比べれば鬼の存在など霞むというのもあった。
その彼女達の反応に『ほう』と巨漢の鎧騎士は呟き、仮面の女は感心したかの様に頷いた。
「来訪者よ、我等を高鬼と死って尚、逃げぬその心力は見事です。」
「………故に、我等の門番としての仕事に移る。貴殿らのこの地に来た目的をお聞かせ願いたい。」
やはり、門番らしい。
ローズが思ったとおり、この高鬼は件の地属性使い、ユーストマ王か、自称王妃の配下……いや使い魔だろう。
しかし、仮に使い魔とはいえ、人、獣人にとって共通の天敵たる高鬼を門番にするとは各国の心象を悪化させるのではないかと思う一方、人類の天敵たる高鬼を配下に置く程の国力を見せ付ける為か?
そう思考しつつもローズは高鬼の問いに答える。
普段なら鬼は見つけ次第、始末する。
しかし鬼とは言え相手側、それも国主の使い魔だ。
曲がりなりにも王女であるローズはこういう場の対応は心得ている。
「わらわは、ロサヴェルト王国が王女 ローズ・T・ロサヴェルト王女である。本日は親善大使として参った。畏まって門を開けるがよい!!」
当然、嘘である。
彼女を知る者なら誰一人、この言葉を信じないだろう。
知らぬ者でも、高鬼相手に死にに来たか?といった女が親善大使とはとても信じられる筈が無い。
しかし、彼女は相手が鬼と分かった上で敢えて本名を名乗った。
「ローズ・T・ロサヴェルト王女……!!」
「ほう……貴殿が噂に名高き『雷王』か!!」
高鬼は高い知能と戦闘力、そして強い本能を隠して人間社会に溶け込む……故に知っている。
自分達を倒しえる猛者を、自分の本能をぶつける事が出来る英雄の名を知っている。
鬼が持つ人間に対する殺戮本能、戦闘本能を満たせる最上級の存在を前に仮面と兜では隠し切れない鬼の本性が現れだす。
ローズの目論見どおり鬼が興奮し、殺気を放ちだす。
鬼以上に好戦的な彼女はそれでいて、鬼より理知的だ。
これで、鬼が襲ってきても大義名分の下、戦える。
正当防衛だ。
猟犬どもの所為でロサヴェルトが先に手を出した結果になったが、これで門番が一国の王女に襲い掛かかれば戦争だ。
そうなれば、思う存分暴れられる。
名誉の機会を兵士に与えろと煩い奴等が吠え出す前に今日中に地属性使いの下にいける。
後ろで親友が『やっぱり、戦争じゃん』と呆れ声で呟いているが知らん。
先手必勝、電撃作戦、電光石火、動くこと雷霆の如しだ。
「鬼の中でも雷鳴の如く轟くその名を名乗った以上、引く事も叶わぬと心得なさい。」
「そして、往く事も侭ならぬと心得よ!! この門を通りたくば我等を倒して行くがいい!!」
相手もノリノリだ。
高鬼、それも恐らく使い魔とはいえ、長い間、退屈な門番という仕事に相当、鬱憤が溜まっている筈だ。
私という極上の餌を前に、忠実な門番が二匹の鬼へと変わる。
「この左門のサキ!!」
「右門のユウキがいる限り、いかに雷王とて決して開く事は―――!!」
――――ぎぃ
「あ? お客さんですか?」
「「「「…………………」」」」
「3秒と断たず開きましたね。」
「「あ、アキラ様―――!?」」
「……えぇ~。」
つっこむメイド。
号泣する門番二人
再度、あっけに取られる王女
目標の一人である、地属性使いの片割れ、自称ユーストマ王妃によって門は容易く開かれた。
予約投稿ミスしました。
鬼と地属性は勿論、関連性アリです。