8. そばの食べ方
日の光が眩しい甲板を、私とブルーは並んで歩いていた。
甲板には陸地をイメージしてあるのか、土が敷き詰められ、木々も植えられている。公園だ。子供たちは無邪気に駆け回り、大人たちは木陰で談笑している。
私はと言うと、全ての買い物を済ませたが、電灯他購入した全てのものはデリバリー・サービスを利用して、船まで運んでもらう事となっていたので、その手には何も残されていなかった。
「非番だって言うのに、悪かったね」
「気にしないでよ。いつもやってる事なんだから。それより、これから何もなければ、ちょっとランチでも一緒に食べない?」
「え? あ、うん。大丈夫」
脳裏に父親の顔が浮かんだが、別に心配はしないだろうと思った。なんと言っても、音源探しに忙しいだろうから、たった一人の血の繋がった娘の存在など、彼の頭からは消え去ってしまっているに違いない、と。
「私が奢るね」
「そんな、それじゃ悪いよ」
「今日のお礼させてよ」
などと話しているうちに、公園エリアに隣接したレストラン街に到着した。
様々な海域の料理を食べさせる店舗が、見渡す限りの通りにひしめき合っている。
それぞれの店々から流れ出す香気は、そこら一帯で複雑に絡み合って、表現するのが難しい匂いになっているが、不快ではなく、むしろ空腹を思い出させた。
私達は一軒のそば屋に入った。鰹出汁の香ばしい匂いは、他の料理に比べると少し控えめだったが、店内に入るとその匂い一色となった。
私と彼は窓側の向かい合った席に着いた。
昼食時にはやや早い所為か、人はまばらだった。
オーダーしたものが運ばれてくるまでは、他愛もない話をして愉しんだ。
やがて、運ばれてきたそばを食べ始める。
ブルーは、つるつると、静かな音を立てて麺を啜っていた。
「ブルー。そばって食べた事ある?」
「あるよ。何度か」
「そばとかうどんは、音を立てて食べなくちゃだめ。いい?」
ずるずるずる。
私は同じ事を父に言われ、麺類の食べ方を指導された経験があった。
「こ、こうかな」
ブルーはもう一度啜ったが、相変わらずだった。
「違う違う、重要なのは麺と口の隙間だよ。もっと口を広くして、空気と一緒に思いっきり吸うの。わかった?」
ぎこちなくだったが、音は出た。
「そうそう、その調子」
私は一仕事終わったかのような安らかな気持ちになって、自分でもそばを口元に運ぼうとした。
その時だった。
控えめに流れていた店内の音楽が、ぷっつりと途切れた。見ると、店内の照明が消えていた。
「停電だ」
私は間の抜けたように呟いた。