7. プラン3
階段の方から足音がして、誰かが駆け上がってくるのがわかった。
壁には非常階段という文字を伴った赤い矢印があり、階段を指し示している。普段は使用されない階段で、黄色と黒の縞模様の鎖が張られていた。
その階段を上がってきているのは、一般客ではない筈だ。
俺の視線が階段の下方をじっと捉えた。
足音は次第に大きくなり、やがて駆け上ってくる人物の黒髪と麦茶色に日焼けした顔が見えた。ゲイリーだ。
安堵して、これから行う事を忘れたように、声も出さず笑った。
ゲイリーは階段を上りきって、呼吸を整えながら言った。
「エディ、ハリーは上手くやったのか?」
「無事IDを奪ったらしいぞ」
「そうか。よし」
満足げに頷いたゲイリーに、ギリアムが言った。
「全てが順調という訳ではありません。予定より五分二十秒程、遅れています」
「そのくらい誤差だよ、誤差」
お気楽な言葉を吐いた俺に、ギリアムは眉根を寄せたが、すぐに気持ちを切り替えた。
「それじゃ、俺たちも定位置に移動するか」
俺達三人は、ゲイリーがさっき上ってきた非常階段を、さらに上を目指しながら駆け上がった。
どんなに巨大な船であっても、必ず非常階段は存在していて、そこからどの部屋にだって行く事ができる。そもそも、非常階段というものの性質上、その逆ができなければならないからだ。
俺達は非常階段で一階分上ると、立ち止まった。そして、さらに上の階段を上ろうとする俺と、現在のフロアへ入っていこうとするギリアム、ゲイリーとに分かれ、相対した。
「じゃ、そっちは任せた」
手を軽く上げ、言う。
それにギリアムが、一見関係のなさそうな応えをした。
「私はこの件に関しては納得していませんよ」
「まだそんな事言ってるのか?」
「エディ一人で理事長室に乗り込むなんて、危険過ぎます」
「そんな事言って、ゲイリー一人で操舵室を押さえるなんて、それこそ危険だろ」
「オレもそんな自信はないぜ」とゲイリー。
「それはそうですが……」
「時間が遅れてるんだろう? もう後戻りはできないんだ」
「わかりました。エディ、お気を付けて」
「ああ、心配するな。俺の相手は、ただの腹黒ジジイだ」
これ以上の遅れは本当に、計画を台無しにしてしまう恐れがあった。
俺はそのまま踵を返すと、階段を一気に駆けた。
権力者という輩は、古来より、高い場所を好む。その轍に従うかのように、この船で最も力を持った男も、やはり最も高いフロアに居を構えていた。
操舵室のある一つ下のフロアもそうなのだが、このフロアに入るには、IDが必要となる。
本当なら、初めから偽造IDでも作って、何食わぬ顔をしながら侵入していくのが最も安全な策なのだが、今回は技術的に不可能だった。
さすがは天下の最新型商業船ATLAS。
そこで今回の計画となる。
つい時計を見るが、既に計画とは異なったタイム・スケジュールによって計画は進行していた為に、既にその行為から意味は失われていた。
頭上から煌々と照らされている照明。俺はちらちらとそれを見ていた。
やがて、その時はやって来た。明かりがふっと消えたのだ。