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プロローグ2

 ピーという確認音と共に、扉が横に開いた。空気がまるで変わってしまった。

 おれ達は無言でその中に入っていく。部屋に入ると、振り返ったトーリーが言った。

「これを手にはめてくれるかい?」

白い手袋だった。

 おれは手触りつるつるの手袋を受け取ると、言われた通り両手に装着した。

 それを満足げに見届けると、彼は両手を腰に当て、尋ねた。

「さて、どういったものを探しているの?」

「あ、えーと、そうだな。連合職員採用試験の筆記試験の過去問を見たいんだけど」

「へえ、レオは連合職員の試験を受けるんだ」

まるで抑揚のない声で彼は言った。

「まあな。ダメもとで受けてみるつもりだよ」

 トーリーはそれに答える事なく、「そういう過去問はこっちだ」と、マイペースに案内を続けた。

 アーカイブスの奥の奥、それはあった。

 それぞれの教科が、過去五年間分。

「スキャンする?」

おれが目的の物を手に取っている時、トーリーは尋ねた。

「ああ、もちろん」

答えると、彼は手招きをして、おれをある場所へと誘った。そこには一脚の机と、それに覆い被さるようにアームで固定された見た事のない機械があった。

「何だ?」

呟きながら覗き込んだ。凸レンズとその周囲に張り巡らすように取り付けられた電灯が見えた。

「これはちょっと特殊なスキャナーだよ」

トーリーは機械のメイン・スイッチを入れると、おれの右腕を引っ張って、機械から離した。彼がまた一つスイッチを入れると、机の上が真っ白になるほど明るく照らされた。

 トーリーは続けて説明をした。

「アーカイブスにある蔵書は貴重だから、極力紙を傷まないようにしないといけない。だから、カメラで撮影するのに留めておく必要があるんだ」

「じゃあ、この機械はカメラなのか?」

「そうだよ。高精細に写す事のできる、唯のカメラだ」

 そう言うと、彼は冊子として綴じられた過去問の束をおれから受け取ると、机の上に置いた。冊子を広げ、もう一度スイッチを切り替えると、アームが微動し初めた。それから、ジージーと乾いた機械音が響き、やがて静かにシャッターの切れるような音がして、止まった。

 間も無くして、俺のMIDからアラーム音がした。画像が送信されてきているらしく、受け取る許可を求めていたのだ。

「一番近くのMIDに自動的に送られる機能付きだ」

トーリーはどこか誇らしげにそう言った。

「なるほど。でも、大げさな機械だなー」

「ああ。それにひたすら手間と時間がかかる。しかし、こういうシンプルで直接的な方法が一番いいんだ」

 その後、機械の操作をある程度教わったおれは、三十分ほど掛けて、目的の物を全てスキャンし終わった。

「さあ、終わった。出よう」

用事が済んだらすぐにでも退出する。それも所蔵されている紙媒体の書籍のコンディション維持の為に必要な事なのだろう。

 先に立って歩き出したトーリーの背を追いながら、おれも歩き出した。

 アーカイブスの出入り口が見えた頃、おれは突然ながら聞いた。

「トーリーはさあ、卒業したらどうするんだ?」

自分でもそう尋ねた理由がわからなかったが、それで何か戸惑ったりという事はなく、立ち止まるトーリーの後頭部をじっと見ていた。

 彼は長い間黙っていた。それでも、根気良く待ち続けていると、やっと口を開いた。

「僕はこの船に残るつもりだ」

「残ってどうするんだ?」

人の話すリズムというのは色々あるのだろう。だとしても、この時のトーリーのそれはどう考えても、他人のそれと比べてあまりにも遅すぎるようだった。

 またしても彼は、暫く黙りこくってしまったものの、振り返り様にこう答えた。

「さっき、司書の先生がいただろう? あの先生の下で勉強して、図書館司書になろうと思う」

「司書かぁ。本、好きなのか?」

「本は好きだ」

 空調の音だけが聞こえる静寂。

 その時、先ほどの司書教諭が出入り口の所に来て、「用事が済んだのなら、早く出なさい」と、無機質な声で呼び掛けた。

 もう話し掛けはしまいと、思いかけて歩を進めようとしたその時だった。意外にも、トーリーの方から話し掛けというか、問い掛けがあった。

「レオはどうして連合職員になろうと思ったんだ?」

 不意を突かれた。それも完全に。

「ど、どうしてそ、そんな事、聞くんだ……よ?」

しどろもどろになりながら、何とか言い返した。

 トーリーは追及の手を緩めずに言った。

「そんなの、僕だけ喋って不公平だからに決まっている。大体、レオの方から聞いてきたんだろう?」

 その通りで言葉も無かった。

 何か尤もらしい言い訳をこれから考えようかと、頭を働かせるも、良案は出てこなかった。

 視線をあちこちに変え、トーリーの視線に重なった時、おれはこう思った。

 こいつには何言っても見透かされるな、と。

 腹を括り、身を固めた。

「こんな事を言うと笑われるかもしれないけど……」

僅かに震える声。だが、眼差しだけは動かさないよう努力しながら、おれは理由を語った。

 言い終わった後、トーリーは表情を変える事なく、溜め息のように長い時を掛けて息を吐いたかと思うと、ゆっくりと吸った。

 馬鹿にされる。おれはそう考えていた。しかし、彼の口から飛び出してきたのは、予想外の言葉だった。

「それだけの想いを抱かせる誰かが、いるんだな」

「ど、どうして、そうなるんだよ? おれは……」

「違うのか?」

俺は黙っていた。トーリーの言葉が図星だったからだ。

 俯き、口を手で塞ぐようにして、トーリーに目を向けた。彼は相変わらずマイペースに言った。

「そろそろここを出よう。先生の目が鋭くなっている」

 無言でアーカイブスの出入り口へ歩き出す二人。

 司書教諭が後ろで扉を閉じ、オートロックの掛かる音が響く。

「誰なんだ?」

 眼鏡の奥でにやついた目がおれを見ている。

「何言ってんだよ! 言わねーよ!」

「認めたな? ハハハッ」

 トーリーはそこで初めて笑顔らしい笑顔を見せた。それに驚いていると、照れ臭そうに顔を背け、彼は足早に前を歩き出した。

 そんなトーリーの後ろ姿に向かって、おれは心の中で誓いを新たにした。

 あの二人を守る為に、独り立ちして、連合職員になる。そして、あいつを……ルイを迎えに行く!

 図書館を去る時、トーリーが言った。

「また来るといい。ここはいつも静かだし、勉強をするにはこれ以上のない環境だ」

おれはその通りにしようと思い、「ああ、また来る」と返事をした。

読んで頂きありがとうございました。

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