5. ダウト4
三十分。それがこのプランの時間制限だった。その間にルイを見つける事ができなければ、俺はおろかここまで着いてきてくれた仲間達をも危険に晒す事となる。だからこそ俺達は、早急にプランをスタートさせなければならなかった。
船をギリアムが操作し、ゲイリーが医療船の二階部分のテラスに向かって鉤付きロープを投げ込む。手摺りにしっかり巻き付いたのを確認して、ハリーが最初にロープにしがみついて登り始めた。その後はゲイリーだ。二人が登り終えると、ロープは切断された。
それから、ギリアムはパラケルスス号の背に周って、次なるアクトを待った。
一方、二階テラスに登り立った二人は、階段を降りて停泊場へと向かい、警備員室を急襲する。その目的は、停泊場の出入り扉を開ける為と、もう一つは警備員達に敵の侵入を認識させる為だ。
扉を開くスイッチを作動させた彼らは、それぞれ別々の方向へ向かって逃げ出す。それを追う数名の警備員。彼らの出てきた警備員室では警報が鳴り響き、別のフロアから応援を呼び出そうとする。
その動きと平行して、出入り扉がゆっくりとその口を開けると、透かさずギリアムの操る小型艇がもの凄い勢いで突っ込む。
すると、まだ数の少ない警備員達は、三手に分かれて事件の一件あたりの人員をさらに減らさねばならない。ハリーを追う者、ゲイリーを追う者。そして、突っ込んできた船を調べる者。
突っ込んできた船から、ギリアムが飛び出すと、ハリーやゲイリーと同じように、警備員を引きつける囮役に徹するのだ。
三人の曲者を追いかける為に警備員は数を割かれ、誰もいなくなった船着場。俺は安全にルイを探しに行ける。実を言うと、プランという程のプランではないが、こういった単純明快な方が失敗が少ない事を、長い海賊家業を送ってきて知っている。
ところが五分後、早くも俺は全力で走っていた。予想よりも早くやって来た警備員と、鉢合わせしたのだ。
読みが若干甘かったようだ。
廊下を曲がりくねって進み、交差点を右折。その先の階段を上っていく。
一度この船内を駆けずり回った事のある経験が、今は役に立っていた。しかし、その事が、船の警備員を予想以上に増やすに至ったのと関係しているのであれば、身から出た錆とも言える。
俺は一つ上のフロアにやって来ると、一旦立ち止まって見回し、自分のいる場所がどこなのかを確認した。眼科の待合室とある。
「眼科は関係ないよな。このフロアは飛ばしていくか」
そう呟くと時計を見て、再び階段を上り始める。あと二十分弱。
館内放送が流れる。不審者が船内にいるという事を、回り諄くかつ丁寧に、繰り返し伝えていた。また、この船の上層部は侵入者が誰なのか、そろそろ特定が済んでいる事だろう。
ルイがいそうな場所といえば、親父さんの病状から脳外科辺りだと絞り込んでいたが、いったい何階にあるのやら、それがわからない。前回訪れた時には、何階が何科なのかなど、考える事も無かったのだ。
走りながらも、階段に響く靴音が多くなっているような気がしていた。
「挟み撃ちになったらシャレにならねー。そろそろ、別の階段を使うか」
次のフロア。産科・婦人科。
「ここにはいねーだろ。飛ばしたいけど……」
俺は階段の上の方から追っ手が来る事を警戒し、産科・婦人科フロアを突っ切っていく決心を固めた。
ただ、そこは義賊を名乗っているだけあって、大勢いるであろう女性、中でも妊娠中の患者を突き飛ばさないよう、走る速度を落とした。
フロアに入ってきた警備員達も同様の事を考えてか、道を開けるよう呼び掛けながら、慎重に進んでいる。
俺は少しほっとして、前を向いた。その時、恐れていた事態が起きた。目を後ろに逸らしていた所為で、前からやって来た人に気が付かず、ぶつかってしまったのだ。
俺は慌てふためき、突き倒してしまった女性を見下ろした。
「すまない、余所見していたんだ!」
「痛たた、ごめんなさい。私も余所見してて……」
「ん?」
声に聞き覚えがあるような気がしていながら、起き上がろうとするその女性の手を取った。
立ち上がった彼女は、俺の肩の少し下くらいの所にブロンドの頭のてっぺんがくる、小柄な人だった。
腰の辺りまである長い髪は後ろで纏めてあり、北の海で見た事のある雪のように白い肌が印象的だ。思い出を遡っては眼前の女性の事を思い出そうとしている俺を、彼女はアクアマリンのような瞳でを見上げている。
その時、女性は口を開いた。
「もしかして、さっきから放送で言ってる侵入者さん?」
ハッとして、振り返った。もうすぐそこに警備員が束のように固まって、迫ってきていた。
捕まる……! 一瞬のうちに覚悟を決めた。
しかし、意外な事に、先ほどの女性が動いた。
彼女は自身の細い首に、俺の左腕巻き付けるようにすると、突如悲鳴を上げた。
「キャー、助けてー!」
「???」
俺は何故、彼女が悲鳴を上げているのかわからず、唯あたふたとするだけだった。
すると、警備員衆は俺と女性を少し遠巻きにして立ち止まった。
やがて、何が起こっているのか、俺は追っ手達のブーイングで知る事となった。
「なんて卑劣な!」
「義賊とは名ばかりだな!」
「人質を解放しろ!」
「人質?」
俺は、左腕に掴まって悲鳴を上げ続けている女性を見て、自分の置かれている立場を知った。いつの間にか、俺は人質を取った凶悪犯として周囲から見られていたのだった。
これは……まさか、この人が俺を逃がす為に? しかし、これではこの人に迷惑が掛かるし、そもそも俺の信条からかけ離れている。やはり、すぐにでも解放すべきだ。
ふと、脳裏に、今この瞬間にも、自分と同じように追っ手から逃げ続けている仲間の姿が浮かび上がった。
ここで捕まっては、あいつらにも迷惑が掛かってしまう。
悩みながらも、彼女の機転と厚意に感謝しつつ、俺は護身用の小さなナイフを右手に取った。




