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1. ダウト1

 海鳥の鳴き声さえも聞こえなくなり、波音だけが受信機から流れ続けている。

 誰もが生まれた時から聞いている単調な潮騒は、心穏やかにする効果があるらしく、既に俺の後ろでは、ダウンして寝息を立てている者さえいる有様だった。

 外の様子が窺い知れない場所にいる為、今がどういう時間帯なのかわからない。

 もう、外は暗くなってるのかもしれない。

「ギリアム。今、何時くらいなんだ?」

そう言って振り返ると、高らかないびきで返事をするゲイリーと、ウトウトしていたところ急に目覚めて驚いているハリーがいるだけだった。ギリアムはいつの間にかいなくなっていた。

「ハリー、ギリアムは?」

「えっと、わかりません」

周囲をキョロキョロ見回しながら、ハリーは答えた。

「しょうがねー。ハリー、今何時だ?」

ハリーは隣で高いびきをかいているゲイリーを揺すって起こし、小声で時間を聞いた。

 不機嫌そうなゲイリーは腹部をさすりながら、言った。

「ええっと、俺の腹時計的には……」

「そういう面白回答を求めている訳じゃねーよ!」

「わかったわかった。見てくるからそう怒るなって。おい、ハリー行くぞ」

ハリーとゲイリーはゆらゆらと立ち上がり、時間を調べに行った。

 俺等のように普段長距離を移動する者にとって、時間を知るという事は重要な事であると同時に、頭の痛い問題でもある。というのも、時間は経度によって変わる為、通常の時計では場所によって時間を合わせる必要が出てくるからだ。

 電波時計という便利なものがあるのだが、これは七海連合が管理している電波を送受信する事になるので、現在地を知られる可能性が大きくなる。俺達は一応犯罪組織なので、電波時計は船に一つも置く事ができない。

 ハリーとゲイリーが時間を調べに行ったのは、世界時計室だ。そこには、時計士という役割を持った者がおり、常に現在地の時計を計算し続けている。もっとも、最近はこの海域を動いていない為、時計士は久々の休暇という事になるのだろう。

 ちなみに、ミッション中などは、大抵ターゲットの船に潜入している為、参加する全員が電波腕時計を腕に身に付けている。この場合は、位置を特定されても問題がない。ミッション中に使用する電波腕時計を、普段は自動同期されないよう保管しておくのも、時計士の重要な仕事である。

 一人になった俺は、今までよりも集中して受信機から聞こえてくる音に耳を傾ける事ができた。聞こえてくるのは相変わらず波音だけなのだが。

 そんな時、波音以外の音が受信機からこぼれ出した。音は、船のエンジン音だった。甲高い音が徐々に小さくなって、鈍い音が聞こえた。おそらく、接舷された音だ。誰かが来たみたいだ。

 扉が開く音がして、足音が遠くなっていく。やがて、もう一つの足音が遠くから鳴り、一瞬止まった。その後、二つの足音が重なりながら近付き、扉が閉じた。

 エディの頭の中で、音が映像として変換された。何者かの船がやって来た。接舷した衝撃に気づいたルイが船室から出て、やって来た船の方に向かう。そこで、客人と顔を合わせた。そして、客人を連れ立って、船室へ戻っていった。

 音はそれから途切れ、再び波音が支配するようになった。

 ゲイリーとハリーが戻ってきた。

「ヘッド、七時半だ。もうすっかり夜だぜ。女子供はもう外に出たりしないんじゃねーか? これ以上張り付いていても、収穫は無いと思うけどな」

「それがな、さっきあったんだぜ。誰かがやって来たらしい」

 俺は二人に自分の聞いた音像を話した。

「こんな時間に訪ねてくるなんて、誰なんだろうな」

ゲイリーはそう言ってしまうと、大きなあくびをした。

「でも、こんな時間でも船室に招き入れたんですから、親しい間柄なのではないでしょうか?」

と、ハリー。

「なるほど。親しい間柄か」

納得し、想像を巡らそうと目を閉じた瞬間、くぐもった高い声を受信機が吐き出した。

『酷い! そんな哀しい事を知っていながら、さっきまで微笑んだり冗談言ったりしていたんですか!』

『やっぱり、あなたにとって、私のお父さんはもう関係の無い人なんですね!』

『ルイ、私はそんなつもりじゃ……!』

『何が違うんですか? 母親面したいだけじゃないですか! 大体、なんでここにいるんですか? ずっと昔に離婚したんじゃないですか?』

 ルイではない方の女性が、聞き取れない小さな声で何かを言った。

 そして、ルイはとどめと言わんばかりの声量で、このように吐き捨てた。

『よく離婚した人の事を愛してるなんて! 嫌いだから別れたのに。私には、あなたが一度でも父を愛していたとは思えない!』

 その後、少しの沈黙があった。それから、走り去るような足音が一つ遠ざかり、消えた。

 そこへ、姿を消していたギリアムが足早にやって来た。

 唖然とした表情を浮かべる三人を繰り返し見て、ギリアムは言った。

「どうしました?」

 エンジンの音が響いた。客人……ルイの母親の船は、キサラギ艇を去ったらしい。冷たく寂しい、暗い海の闇へ。

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