13. 禁句
「レオ、私ね、お母さんと会ったんだ」
この話題はレオにとって少し無神経過ぎるかもしれないと思いながらも、何故か私は口走ってしまった。言い訳のようになるが、今なら大丈夫のような気がしていたのだ。
実際、レオは嫌な顔一つせず、じっと次の言葉を待っていた。
「でも、私、ひどい事言っちゃったんだ」
「どんな事、言っちゃった?」
「静かにしてって。だってあの人、凄い浮かれてたみたいだったし、本当に、その……うるさかったんだよ?」
「うん。だけどそれって、ルイに会えて嬉しかったんだと思うけどな」
「それは……」
「だって、実の娘だよ? それも、ずっと会っていなかった」
「会いたいものなのかな、やっぱり。うううん、そもそも、私はその母親に捨てられ……あ!」
『捨てられた』。その言葉は、レオにとって正真正銘の禁句だった。
「ご、ごめん」
私は急いで謝った。
レオはうっすらと笑みを口元に浮かべながら、遠くを見つめた。
私は唯々レオの言葉を待つ事しかできず、随分ともどかしい思いをした。
あー、バカバカ、私のバカーー。そんな事を頭で考えていると、不意にレオが口を開いた。
「ルイはお母さんが嫌いなんだな」
私は、苦手なだけと自分に言い聞かせ、母親の事を嫌いだと考えないようにしていた。改めて考えてみると、あまり良い感情を持っていなかった事から、嫌いなのかもしれないと、そう思った。
「そうなのかな? でも……」
「でも?」
でも、きっぱり嫌いだと言い切るには、何か抵抗があった。
「でも、好きとか嫌いとか別として、ただ私は困っていただけなのかもしれない」
それは、嫌いと言い切れない、ただの詭弁かもしれない。
「レオはどうなの?」
「え?」
「実のご両親の事。好き? それとも嫌い?」
普段なら憚られ、絶対口にしないような問いだったが、今は勢いで聞く事ができてしまった。
「おれは別に。だけど、嫌いじゃない」
そう言って、彼はニッと笑って見せた。
下手をしたら、恨んでいてもおかしくない、そんな境遇。それを、彼は軽く笑い飛ばした。
私はそれを受けてひどく驚き、後になって納得した。
あーも、ムカつく。でも、やっぱり。
「そういうとこが、好きなんだなぁ」
それに続く『、私』という言葉だけは胸の内に仕舞っておいた。
「俺、好きなんて言ってないって!」
いつものように鈍感な彼は、『好き』の向けられた方向が理解不能だったらしく、私にとって見当違いな返答をした。
「けど、唯一人の肉親になるかもしれないんだから、嫌いっていうのは哀しい事だよ」
急に真顔でそんな事を言ったレオ。
その言葉の意味を、私はしばらくの間、飲み込むのに時間が掛かってしまった。
「そんな事……たった一人なんて」
「そういう現実もあり得るって事だよ」
「レオは! レオは居てくれないの?」
彼はどこか苦しそうな顔を背け、黙った。
「そっか。そうだよね」
寂しくも、私は納得した。




