10. 幸せな目覚め
私は夢の中にいた。それが一体どんな夢だったか、幸せな夢だったのか、悲しい夢だったのか、それさえ思い出す事はできなかったけれど。
夢の欠片を見失った理由は、目覚めた現実こそが夢なのではないかと疑うようなものだったからだ。
眠た眼で見たのは、本来ここにいる筈の無い人だった。
窓から入る光で真っ白に輝く髪、そして、海のような深い碧の瞳。
見慣れたその顔立ちは、一瞬のうちに感情の堰を砕いて、私を即時行動に移させた。
「レオ!」
名を叫び、私は大樹のように盤石な青年に抱き付いた。
今、不安に押し潰され、心の均衡を崩してしまいそうだった私が、最も必要とした人。
レオは泣きじゃくる私を優しく包み込み、全ての悲しみや不条理へ対する怒り、流れ続ける涙と叫び、それから嗚咽を受け止めてくれた。
ひとしきり泣くだけ泣いて落ち着きを取り戻した私は、目を擦りながらレオに尋ねた。最も根本的な疑問を。
「どうしてここにいるの?」
「父さんが倒れたって聞いたからだよ。当たり前だろ」
「あ、そうか。そうだよね。当たり前だよね」
そう口にしながら、私は微かな暖かみを心の奥に感じていた。
離れていても、法的にはもう他人だけど、家族。まだ、そう思ってくれていたのだ。
「そんな事より、大丈夫なのか? 父さんは」
当然そう聞かれるのは予想されていた事ではあったのだが、私は自分の世界に浸っていた為準備ができておらず、思わず『大丈夫』と言ってしまうところだった。そして、再び現実に直面して、哀しさに黙り込んだ。その表情は、言葉よりも正確に語り、レオに答えを伝えた。
「そうか」
彼も多くは語らず、そう呟くにとどまった。
沈痛な面持ちのレオ。私は少しでも元気を取り戻してもらおうと、作り笑顔の空元気で話を変えた。
「レオ、お腹空かない? 何か作るよ。何がいい?」
「ん? そうだなぁ、お好み焼きがいいな」
レオも私に感化されたのか、やけに清々しい笑顔をしていた。けれど、それもやっぱり作り笑顔である事は、私の知るところだった。
「わかった。お好み焼きね? いっぱい食べてもらうからね、覚悟しておいてよ」
互いが互いの為に作られた笑みを浮かべ、必死にその場を何とかして明るくしようとしている。
「好物だからどれだけでも食べられるよ。覚悟するのはそっちかもよ」
空虚な努力で、虚しい思いしかなかったが、歯止めは効かなくなっていた。
バカな事を言いながらも、私達はキッチンに移動する。
私は早速材料を探し始めた。
「えっと、キャベツ有るけど、豚バラ肉は無い。代わりにイカは……無い。タコが有るけど、これだとタコ焼きになっちゃわないかなぁ」
「この際、何でもいいよ。お好み、焼きなんだから」
「でも、タコ焼きにはタコ焼きのアイデンティティがあると思うの。粉ものでタコが入ったら、やっぱりタコ焼なんじゃぁ」
「タコ焼きにアイデンティティ? むしろ、形が丸いっていのうがアイデンティティの一つになるんじゃないか?」
「でも、口に入ったら同んなじじゃない」
くだらない事を語り合っていると、それはそれで少しばかり心を軽くするくらいの効果はあるらしく、私達二人はいつの間にか、本心から笑う事ができるようになっていた。
言い合いながらも、調理は続いて行く。
レオがホットプレートを探している間に、私はお好み焼きの生地を作る。本来なら、だしを入れたり摩り下ろした山芋を加えたりと色々手間がかかるのだが、ここは市販の『お好み焼き粉』を使った。ちなみに、アニーとマイクがいた頃に、ATLASで購入したものだ。
水と卵で粉を解き、そこへ刻んだキャベツを入れて混ぜる。
「ホットプレート、温まってきたよ」
「オッケー」
私はお好み焼きの生地をホットプレートの中央に全部流し込み、円盤形なるようにおたまで形を整えた。そして、豚バラ、薄くスライスしたタコを載せた。
やがて、白い生地の部分に小さな泡が出現し、割れてクレーターとなった。
「そろそろいいかな」
「おっ、腕の見せ所だ」
「よっく見ててよ」
私は両手にフライ返しを装備し、お好み焼きになろうとしているモノに立ち向かった。




