8. 連合警察
明らかに波の所為ではない揺れが一度あった。突発的な横揺れだ。私も当然気が付いていたのだが、漂流物か何かにぶつかっただけだと無理に自分を納得させて、確かめる事もせずに引き篭った。
それからしばらく経ってから、同じような横揺れがあった時は、さすがに自分を欺く事に限界を感じ、ベッドから起き上がった。
立ち上がると、軽い頭痛と立ち眩みがあり、血流が重力に従って下に向かっていくのを感じた。
頭を片手で押さえながら、フラフラと部屋を出る。足下が少々おぼつかないので、俯いた形になっていた。
そこへ、勢いよくドアが開けられた。
私は、エディかハリーが廊下にやって来たのだと思い、苛立ちを覚えた。
しかし、入ってきたのは見知らぬ男が二人。一人は手にスタンロッドを、もう一人は拳銃で武装していた。
私は一瞬ぽかんとし、海賊が入ってきたと思ってしまったが、よく考えれば、エディかハリーこそが海賊で、それ以外に今の時代海賊などという人々に、そうそう出会えるものではないのだと気が付くに至った。
誰なのだろうか。あまり働こうとしない頭脳でそう考えた時、男の一人が銃を下ろし、溜息を吐いた。
「どうやら、逃げられてしまったのかな」
もう一人がスタンロッドを、腰に吊るされたケースに収めた。
「お嬢さん、大丈夫だったかい?」
一体何がなんだかわからないまま固まっている私を他所に、二人の男達の間では快調に状況が進行しつつあった。
「いやぁ、災難だったね」
「本当に」
「あの、一体これは……」
私は言葉を挟んだ。
「さっきまで海賊がいただろう?」
「俺たちはそいつらを捕縛に来たんだけど、もういないようだ」
私はようやく理解した。彼らは連合の警察で、エディらを捕縛に来たのだ。
スタンロッドの方は、拳銃の方に耳打ちをして、出てきた扉の向こうへ戻っていった。
「ちょっと幾つか聞きたい事があるんだけど、いいかな」
「はい」
頭の働きは少しずつ普段通りに戻ってきていた。
「まず、君は? この船は他に誰もいないようだけど、君がこの船の船長?」
「私はルイ・キサラギです。この船では副船長になります。船長は父ですが、今は……いません」
「いない? どうして? まさか海賊に?」
「いいえ。ちょっと……病気で、入院中です」
語気が少し強くなってしまったのを気にして、俯いた。
「そうかい。一人のところを、海賊に船ごと乗っ取られてしまったんだね」
事実とは若干異なっている。私は少し迷いながらも、微かに肯定と取れそうな作り笑いを口元に浮かべて、その場をごまかした。
その後は、海賊達がどの方に逃げたのか、またはどういう輩であったのかなどを尋ねられたが、知らぬ存ぜぬ忘れたで対応して、早々に立ち去って頂いた。実際に、彼らがどこへ消えたのかは知らなかったのだから、嘘を吐いた罪悪感は半分だった。
警察官二人が去って再び一人になると、私はさっきよりも気分がマシになっている事を不思議に思った。
それで、意味もなく船内を歩き回り、洗濯でもしようと思い立った。洗濯物の数は少なかったが、私は洗濯機を回した。
それが済むと、甲板へ出た。
遠くの洋上に巨大な船影が見えた。パラケルスス号だ。もう黒い雲を纏ってはいない。
もう一度父親の様子を確認する為、行ってみようかどうか、私は迷った。だが、行っても面会謝絶だし、ミリーと出会ってしまったら気まずいし、何より、前より父の症状が悪くなっていたらと思うと不安に押し潰されてしまいそうだった。
結局、私は部屋に戻ってしまった。相変わらず、窓から入ってくる陽光は眩しく、全く恨めしいくらいだった。
ベッドに横になり、寝返りを打つと、小さい頃に描いた絵が目に入った。
なんというか、青い絵だった。
何を描いたのだろうか。
画用紙の上は薄い青色、そして下部は濃い青色。画材はクレヨンだろうか、色を塗る過程が太い線として如実に残っていた。
「ああ。考えてみたら、描くものなんて、海と空くらいしかないんだなぁ」
ルイは大きなあくびを一つした。
確か、もう一枚、描いた事があった。薄っすらと立ち上がりつつある記憶の中、私は目を閉じて眠りに入っていった。




