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3. 救急外来

 幽霊が見えるというハリーの事は置いておくとして、私は取り敢えず医療船内へと入っていった。

 所々の常夜灯だけが照らす廊下は薄気味悪く、ちょっとした影にも何かが潜んでいるような気を起こさせる。

 ハリーではないが、夜の病院という場所に対して、恐怖を抱いてしまったとしても、誰にも攻めたりする権利は無いだろう。

 やけに響く靴音。他に聞こえる音らしい音はといえば、正体のわからない機械の唸り声、そして遠くに聞こえる波音くらいだった。

 外来用の総合待合室には、当然ながら誰もいない。受付も完全に機能を停止しており、あちこち錆び付いたシャッターが降ろされていた。

 私は壁の案内板に記された文字に誘われるように、救急外来のある十一階へ、階段とエレベーターを経由してやって来た。

 エレベーターの扉が開くと、眩しい明かりが私を迎えた。

 慌ただしく行き来する看護師達に、時に悲鳴のようですらある鋭い医師の指示が飛ぶ。検査機器等のアラームや起動音が、部屋の空気を汚しているようだった。

 まさしく今、そこだけは、この医療船の中で生きていた。

 私は初め、圧倒されながら立ち尽くしていたが、やがて部屋全体の仕組みが見えるようになってきた。

 戸惑いながらではあったが、まずは救急外来の受付で、父の事について聞いてみた。

「先ほど、ここに運ばれてきた、レイイチ・キサラギの家族です。今、父はどこですか?」

自分でも驚く程、声の調子が落ち着いていた。

「レイイチ・キサラギさんですね。少々お待ちください。お調べします」

そう言って、受付の女性は目の前の情報端末を操作し始める。

 答えが返ってくる間、私は窓の方を見た。窓を叩きつける雨風。さっきまで静かだった天候は嘘のように荒れていた。

「わかりました」

私はハッとして正面を向いた。

「現在、キサラギさんは検査中です。検査が終わり次第、お呼び致します。掛けてお待ちください」

無言のまま、私は辛うじて頷いた。

 それからは随分と長い時間が過ぎていくように感じられたが、壁の時計をみるとそうでないという現実に戻される。時計をじっと見ていれば、秒針の進み方がもどかしい。だから、時計を見ないように窓の外に目をやるのだが、先ほどからの風雨に胸をざわつかせるだけ。それで、結局俯いて足元に目をやると、最初に戻される。

 その時、私は自分がそんなループに嵌まり落ちている事に、気が付きもしなかった。そして、時間が経てば経つほど、不安に苛まれるのだった。

 壁掛けの時計を見るのは何度目だろうか、そんな時、足早な足音が聞こえてきた。

 気が付くのが遅かった為か、顔は見えなかったが、後ろで纏められた長めのブロンド髪を揺らした女性の後ろ姿が、受付で止まった。

 自分と同じく、大切な人がここに運ばれてきたのだろうか。そう思うと、同情にも似た奇妙な親近感が生まれた。

 失礼かとは思いながらも、受付での話に耳を傾けていると、何故か私のファミリーネームが聞こえたような気がした。

 耳を澄ましてさらに聞いていると、早口ではあったが、間違いなくその女性の口から『キサラギ』の姓が発せられているようだった。

 私は迷いながらも、立ち上がってその女性の方へ歩み寄った。

 先にこちらの存在に気付いたのは受付の女性で、そんな彼女の視線を追って、ブロンドの女性も振り返ってこちらを見た。

 父の知り合いだろうか。そんな事を思いながら、何か声を掛けようと言葉を探していたところ、その女性の方から口を開いた。

「ルイ?」

「え?」

私は虚を突かれて一歩後ずさると、女性は一歩こちらに歩み寄ってきた。

「ルイなんでしょう?」

頭が混乱してきた私は、何とか短いながらも返事をした。

「そうですけど」

その瞬間、ブロンドの女性は、こちらに襲い掛かってきた。

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