2. パラケルスス号
医療船は基本的に移動するかしないかで分類されている。移動する場合、それを回遊型と呼び、医療船の大半がこちらとなる。移動しない停留型の医療船は、それぞれの海域における医療の中核を成す事になるので、その為、自ずと規模が大きくなる。
回遊型には、連合によって移動する航路を定められているものと、自由な航路を取れるものがあり、前者は停留型程ではないが、医師の数や設備が整っている傾向がある。後者は個人の医院である事が多いが、これが回遊型のほとんどを占めている。
パラケルスス号は回遊型の医療船で、大きさから言うと中の大くらい、航路は連合によって管理されている。
私達を乗せた船は、パラケルスス号に近づき、乗船の許可を求めているところだった。
「患者の名前はレイイチ・キサラギです」
オペレーターは一寸の間をおいて返答した。
「はい、確認できました。乗船はお一人ですか?」
「えっと」
見ると、エディ達の姿は操舵室から消えていた。
どこにいったのだろうか。考えながらどうでも良くなったので、私はオペレーターの返事をそのまま肯定した。
回遊型とは言っても、今は停留している。よほど鈍臭い人でなければ、接舷するのは可能だ。
船を停泊させる場所はATLAS同様、船の一階部分。閉ざされた出入り口が開かれて、澪標代わりのライトが点滅を始めた。
そこへ向かって船をゆっくりと滑らしていくと、そこは多数の船が係留されたちょっとした港だ。
私は慎重に接岸すると、船をロープで固定させる為に外へ出た。
すると、既にロープがパラケルスス号に結び付けられている光景を目にした。
伸びたロープの先ではゲイリーが大きく手を振っている。
「あんな所に……」
呟くと、背後に何者かの、というか誰なのか丸わかりだったが、気配を感じた。
「気が利くだろう?」
私は指先を額に当てながら、振り返った。
「操舵室にいないと思ったら、こんな事していたの?」
「操舵室から出たのはこの為じゃない。ちょっと、この船とは縁があったって言っただろ?」
エディはニヤニヤしながらそう言った。
「良からぬ縁だとは思ってたけど」
「という訳だ。行ってくるといいさ」
エディは私の背中を強く押した。つんのめって二、三歩前に歩いて、止まった。そして、顔だけエディに向けて、ふと湧いた疑問を口にした。
「そう言えば、ハリーは? 姿が見えないけど」
エディは側頭部を人差し指と中指で交互に掻きながら、言い難そうな顔で返した。
「あいつは病院関係が苦手でな。特に、こういう大きめの奴は……あ! あいつの名誉の為に言っておくが、注射とかが苦手とかいうのじゃないからな!」
どういう事だろうか。私は表情でもって心の内を表した。
「俺にもよくわからねーというか……まあ、向こうでゲイリーに聞いてくれよ」
納得のいかない心持ちで、徐々に近づいてくる岸に一足早く飛び乗った。その後、防舷物がキシキシと音を立てて、船は完全に接弦された。
ゲイリーが笑顔で出迎えてくれた。
「ありがとう」
「もったいねーです、姐さん。じゃあ、俺はこの辺で……」
「あ。ねぇ、ハリーが病院苦手なのって、どうしてなの?」
去り行こうとするゲイリーに、尋ねた。
「聞きたいですか? 姐さん」
「えっと」
私は視線を横に外し、右足のつま先で無意識にトントンと床を叩いた。
その態度を頷きと同等の行為だと判断したのか、ゲイリーは両腕を胸の前に持ってきて、手だけを力なく垂らし、言った。
「あいつ、幽霊が見えるんです」
私は、関わりたくない気持ちが満ちあふれていたエディの態度が、その時、やっと理解できた。




