1. ヘリを追って
バタバタとけたたましい音を立てながらヘリが一機、水平線の向こうを目指して飛んでいくのを私は見送り、どうしようもない不安に襲われていた。
頭の中では幾本もの糸が絡み合い、こんがらがって、今自分が何をすべきなのかわからず、その場に立ち尽くしていた。端から見れば、呆然と。
周囲で誰かが騒いでいるが、それさえどうでもいい事のように思われた。その、騒いでいる誰かが、両方の肩を強く掴んで揺すってくる。
私はそこで我に返った。
「おい、しっかりしろ!」
叫んだのはエディという男。
それを認識すると、急に両肩の痛みに気が付いた。
「い、痛い!」
「あ、悪ぃ」
エディは手を離すと、照れ隠しのつもりか後ろを向きながら、部下達を意味もなく睨んだが、そのような事をしている時でないと思い出した彼は、もう一度こちらに向き直り、咳払いをして言った。
「ルイ。とにかく、船を出す準備をするんだ。ヘリだからすぐに見えなくなるけど、今のうちに追っていれば、向かった病院の方角が大体わかるだろ。大丈夫だ!」
大丈夫。とても無責任な言葉を放つものだと、私はその男を非難したかったが、その時間さえ今は惜しい。
私はいつものような冷静さを取り戻す事はできなかったが、何とか動かない足を動かせるようになっていた。
それから、操舵室へ向かい、船のエンジンをかけた。
既に小さくなり、見えなくなりつつあるヘリの発する光を視認すると、そちらへ向けて船を走らせた。
遅れて、アルフォンソ一家の面々も操舵室へ入った。
急加速。舵を掴んでいなかったら、私は後ろへ投げ出されていたに違いなかった。実際、エディ達は壁や床へ叩き付けられていた。
だが、そんな事に構っていられる余裕が、今の私には無かった。
やがて、ヘリの光は見えなくなり、星等の光と区別が付かなくなった。その頃には、一隻の医療船の位置が掴めるようになっていたので、そちらに向かうだけだった。
医療船は、医療法人ワンダリング・ドクターズが運営する『パラケルスス号』と、チャートの備考欄にそう書かれていた。
「パラケルスス号か」
いつの間にか後ろにいたエディが、チャートを覗きながら、そう呟いた。
「いきなり背後から……びっくりするじゃない!」
「ああ、悪ぃ悪ぃ」
「んで、あんた知っているの? この医療船」
「まあ、少し縁があってな」
「まさか、襲撃した事があるとか言わないでよ」
「いや、そうじゃないんだけどな。この話は長くなるから、後で暇な時にでも聞かしてやるよ」
「長くなるならやめとく」
「はは、もういつも通りだな」
私は、ほんの僅かながら心が軽くなっているのを認めざるを得なかった。それが、エディのお陰である事も含めて。
少しして、未だ遠い水平線上に、光源をいくつも持った船影が浮かび上がった。
「あれがパラケルスス号だ」
エディがまるで自分の船であるかのように自慢げな口ぶりで、そう言った。それを、指摘すると、ゲイリーが便乗した。
「へぇー、あなたの船みたいな口ぶり」
「姐さんの言う通りだぜ。全く恥ずかしいったら……」
いつものように大声を上げてエディがゲイリーを叱りつける。そんな光景を簡単に予想できたのだが、今回は少し様子が違っていた。
「なあ、ゲイリー。後で、俺の弁当でも食うか?」
エディは不穏な笑みを口元に浮かべて、静かな口調で意味のわからない事をゲイリーに言った。
すると、ゲイリーは両膝を折り、何故か急に見た事もないくらい低姿勢になり、エディに謝罪の言葉を述べた。
「すみません、ヘッド。どうかそれだけはご勘弁を!」
「弁当って、どういう事?」
私の視線は、エディからゲイリーへと遷移し、最後にハリーで止まった。
「ああ、姐さんにはわからないですよね。実は、ヘッドが外出する時は必ず、ギリアムさんがお弁当を作ってくれるんです」
「ギリアムさんって、確か……銀髪の?」
「はい。うちの副長なんです。何でもできてほぼ完璧なんですけど、唯一料理だけは……」
「ああ、壊滅的な料理音痴だ。しかも、厄介なのは自覚が無いって事だ」
エディがそう締め括った。
「ああ、そうなんだ。完璧な人ってなかなかいないよねー」
私は哀れみの目を三人に向けた。




