10. 別れても家族
連合法によると、孤児は十八歳になった時、初めて自立を認められる。
この場合の自立とは、つまり一人の人間として生きていく事を認められる事を意味している。一つの船、一つの家族を、個人の責任によって持つ事も可能となる。
孤児でない、普通に血の繋がった親子であれば、そのような制度的な独り立ちの年齢制限など無く、社会通念上の常識のみに縛られる事となる。何故、このような制度があるのか知らないが、唯一つ私にも言える事は、血の繋がりの有無がこのような差を生むという事だけだ。
もちろん、独り立ちは十八歳で初めて許されるのであるから、独り立ちして船を出るかどうかは、孤児と育ての親の間での問題である。船を出て行かなければならない訳ではない。あくまでも、選択肢が加わるという意味である。
レオの場合は明白だった。
レオは外の世界を求め、キサラギ家の船を去る事を望んだ。
「それが……それが、ここのところどこか思い詰めているように見えていた理由なの?」
震える私の問いに、レオは少し驚いたように見せ、やがてこっくりと大きく頷いた。
「心配かけてたみたいだね、ルイ」
確かに私は大いに心配をしていた。そして、その理由を知りたいと願った。だけど、こんな結果だったのなら、知りたくはなかった。
レオはさらに続けた。
「今が幸せであればある程、おれは前に進めないような気がしたんだ」
「レ、レオ。別に、僕達は構わないんだよ」
父が雨にも負けないような大声で言った。
「そうよ。私達はむしろ、残って欲しいくらいなんだからね」
と言ったのは、私。
「二人はそう言ってくれると思ってたよ。でも、おれはおれでやりたい事ができたんだ」
「やりたい事って、何?」
レオは少し遠くのほうに視線を移して、言った。
「この海の平和を護る仕事がしたい」
「という事は、連合の職員になるという事かい?」
父が返した。
レオは無言で頷いた。
「連合職員になる為には、それ相応の実力、そして努力が必要だと聞くよ。決して、簡単になれるものなんかじゃない。それをわかっているのかい?」
「もちろん、わかってるつもりだよ。その為に、今も試験に向けて勉強中なんだ」
部屋の中がしんと静まり返った。実際には雨音だけが流れている状態だが、それは誰の鼓膜も振動させなかった。
父とレオはじっと視線を合わせたまま、微動だにしなかった。レオの視線には持ち得るだけの信念が、父の視線にはその信念を窺おうとする想いがそれぞれ含まれていた。
やがて、父の方が視線を外した。
「わかったよ、レオ。僕は君を応援しよう。ルイはどうする?」
二人が私の方を向いた。
私は、レオが出て行くつもりだという事実が、現実として認識できないでいた。
無感情。限りなくそれに近いものだった。
だが、彼の旅立ちを応援するという内容の言葉が、喉の奥で引っかかっている事もまた、事実だった。
結局、私は何も言えないまま、逃げるようにその場を走り去った。
いや、当にそれは『逃避』だった。認めるのが怖かった。例えそれが一年先の話だったとしても。
自分の部屋の戸に鍵を掛けて籠もると、部屋の中央に立ち尽くしたまま、俯いた。
頭の中には、形を成さないもやもやが渦を巻いていた。自分が今何を考え、感じ、想っているのか。そんな事さえわからなかった。
少し経って、戸を叩く音がしたが、私は答えなかった。
「ルイ、聞いているんだろう?」
その声はレオのものだった。
「この戸を開けてくれとは言わない。せめて聞いて欲しい。おれは本気なんだ。おれは……海も、その海で暮らす人も、そして……全部好きだから、それを護る仕事がしたいんだ。絶対に、二人から離れたい訳じゃない。父さんも、ルイも、血の繋がらないおれにとても良くしてくれた。その恩は一生忘れない」
「そんな事言ってもらいたいんじゃないの!」
私は、扉に背を向けたまま、叫んだ。
「ルイ」
扉の向こうで、小さく私の名を呟く声がした。
私は振り返り、扉の前に立った。
「恩を売ろうなんて思った事、一度も無いよ。ただ、レオは家族だから……家族として接していただけ」
そう言った後、少ししてからレオの小さな笑い声があった。
「はは、そうか。そうだよな。おれたちは家族だ」
「うん、家族。家族がいなくなるなんて、考えられない」
「おれ達は家族として出会い、家族として別れる。つまりさ、別れても家族なんだ。その繋がりは、消えない」
「うん」
私の目にする暗い闇が、微かに歪み始めた。
「ルイ。おれの事、後押ししてくれるか? いつもみたいに」
「……うん」
歪みはさらに大きくなり、瞳から粒となった涙が零れ落ちた。
一年後、レオはキサラギ艇を出て、外の世界へと向かっていった。




