5. 植物園にて
高速艇で一時間、やっとの事で植物園に到着した。
植物園とはいえ、やはり大海に浮かぶ船である事に変わりは無い。移動する事もあれば、碇を下ろして停泊する事もある。今はというと、停泊して開園している状態にある。
遠い昔の植物園と言えば、珍しい草木花々を展示しているのが一般的ではあったらしい。
現代の場合もそのコンセプトは変わっていないのだが、何せ植物のほとんどが珍しくなっているのだから、おそらく昔の植物園とは、見られる景色が大きく変貌しているのに違いない。
この植物園は、六花すなわち雪の結晶と似た構造をしている。中央には大きなドームがあり、その周囲に少し小さめのドームが六つ並んでいて、それぞれのドームは隣接するドームと橋で繋がれている。中央のドームが隣接するのは当然六つ、それ以外は三つずつ隣接しているので、上空から見ると六角形をしていた。
ちなみに、船として移動する時は、それぞれのドームは橋を収納してそれぞれが独立した一隻となり、船団を形成するのだ。
私とレオは中央ドームへと乗り込んだ。そこには受付と、休憩所、売店、そして小さな子供が遊んでいる遊具の設置された公園があった。
私達は受付で入場料を支払い、ゲートをくぐった。
「ふぅー、暑いなぁ」
「植物園なんてずいぶん久しぶりね」
「そうだなぁ」
レオはきょろきょろと周囲を見回した。
「お、あっちから行こうか」
彼が指差す方には、寒冷地の植物が見られるドームの案内板がぶら下がっていて、微かに揺れている。
「あーなるほど」
「寒いところの植物が見たい」
「ふふっ」
私は微笑し、意気揚々と歩き出したレオの後を追った。
橋を渡って寒冷地の植物が展示されたドームへ入った。
レオの思惑通り、そのドームは空調によりよく冷えていた。
「涼しい……ってか、寒い!」
「汗かいてたからね。私も寒い!」
二人はブルブル震えながら、立て札の矢印を頼りに歩き出した。そうすると、すぐに外へ出たい彼らの足は自ずと速くなり、人の列に行き当たってしまった。しかも、後ろからは既に人が列を成し始めていた。こうなっては、戻る訳にもいかない。
ふと、私は気が付いた。前後の人たちが、同じ赤茶色のジャケットを身に付けている事に。
「ね、ねぇ、ももしかして、どこかでで、じゃジャケット、借りられたんじゃないの?」
声を震わせながらレオに伝えた。
「そそそうかも。ででも、た多分、し知っていても、か借りなかったようなな、気がするよ」
「わた、私も」
私がくしゃみをすると、レオは洟をすすった。
結局、その状態のまま、寒冷地の植物エリアは通り過ぎた。
肝心の植物はほとんど目に入らず、狙い澄ましたように出口ばかりを凝視していた。
次のエリアは、時期によって展示物を変えたり、イベント等を行う特別な部屋になっていた。
部屋の気温はひどく暑く感じられたが、それは単に寒い場所から来た為なのかもしれない。しばらく経つと、丁度良いか少し暑いくらいの室温に感じられるようになった。
食虫植物の特別展示と題されたイベントが、今は開催されていた。
「あ、これ教科書に載ってたー」
そう言って私が指差したのは、ハエトリグサだった。外側が緑色である事を除いて見れば、たくさんの口がこちらを向いているようだった。丁度、毛のようなものが等間隔で生えている為、それが伸びすぎたヒゲに見えなくもない。
「『触らないでください』、かぁ」
レオは注意書きを読んだ。
「残念。捕まえるところ、見てみたかったなぁ」と、私。
そこへ、学芸員らしき男性が歩み寄って来た。
「すみませんね。一度閉じたら、しばらく開かないので。閉じたのばかりだと、もっと残念ですからね。午後三時くらいにこちらのハエトリグサ、実際に虫を捕まえる様子をあちらのステージでお見せしますが、お時間が良ければどうぞおいで下さい」
男性はそれだけ言い終えると、別の人のもとへと行ってしまった。
レオは腕時計を見た。
「今は午前十一時半。どうする?」
「随分先ね。お昼食べに中央ドームに戻ろっか」
「そうしようか」
私達はサラセニアやモウセンゴケなどの脇を、一瞥しながら通り過ぎ、中央ドームへ続く橋へ向かった。
その道中、私は呟いた。
「でも、ハエトリグサって不思議。植物なのに、なんで動けるんだろ」
「浸透圧だと思うな」
「え?」
私は答えが返って来るとは思っていなかったので、少し驚きの目をレオに向けた。
「ほら、オジギソウってあるじゃないか。あれも、浸透圧で水を移動させて動いてるらしいよ。って、なんでそんな目をして……」
レオは苦笑いを浮かべ、私を見返した。
「あ、ごめん。レオが真面目に、それらしい事を言ってるから」
「そんなに意外かなぁ」
頭を掻きながら、レオ。
「だって、レオってあまり勉強とか得意じゃないし」
「それは認めるけど……今は少し……」
彼は言い難そうになりながら足を速め、しばらく進んでから止まった。そして、振り返ろうとした時、私の視線に見知った顔が映った。相手の目にも同様の事が起こったらしく、大きな声が私の名を呼んだ。
「あれー? ルイじゃない!」
そして、声の方にレオも視線を飛ばすと、彼もまた見知った顔を見つけ、その名を呼んだのだった。
「あっ。ウィルバーだ!」




