4. 伝わらない気持ち
翌日。目を覚まして部屋を出ると、父が箒を持って廊下を掃除していた。実に珍しい事だった。
「どうしたの、急に。誰かお客さんでも来るの?」
私は父に声を掛けた。
「いや、別に。ただ急に箒と埃が目に付いたからさ」
あまりに意味の通じない理屈だったので、私は疑わしく思った。もう少し突ついてみたら、何か出てくるかもしれない。そう思ったので、さらに声を掛けた。
「手伝おうか?」
「い、いや、必要ないよ」
具体的なものは何も出てこなかったが、どうやら父が嘘を吐いているか、または隠し事をしているらしいという事は、何となくわかった。
レオの部屋の扉が開き、そこへ部屋の主が眠たげな表情で現れた。そして、大あくびを一つして、言った。
「あれ、父さん。珍しい事しているね。誰かお客さんでも来るの?」
父は顔中に玉の汗をみなぎらせ、箒を持つ手を止めた。
「あ、そうだ。今日は一日天気がいいらしいから、二人で出掛けてくるといいよ」
「天気なんて、いつだって晴れてるじゃないの」
そう言って、私はレオに目を向けた。
「うん。今日が特別いい天気だとは思わないけど。それに、出掛けるたって、見渡す限り水平線で、どこに行けって言うの?」
父の顔のみなぎる玉汗は、ポタポタと床にしたたり始めた。
私は、父をこれ以上追い込むのは酷だと判断した。
部屋に戻り、MIDを取ってくると、早速近隣に来ている施設を調べ始めた。
「何かある?」
レオが尋ねた。
「植物園があるみたい」
「へえ。距離は?」
「四十くらいかな」
「ちょっと遠いなー」
「いいじゃない。なんか、高速艇で迎えにきてもらえるみたいだし」
「うん。そうだね」
「そういう訳で、お父さん、出かけてくるからね」
そう私が口にすると、途端に晴れやかな顔になった父が、何度も頷きながら肯定した。
甲板で迎えの高速艇を待っている間、私達二人はほとんど言葉を交わさなかった。
真っ白な高速艇が水平線の向こうからやって来ると、お互いようやく二言、三言を発したが、特に意味のある会話とは到底言えなかった。
高速艇が接舷され、白い船に乗り込む時、父が甲板に出てきて、箒を手の代わりに振って送り出してくれた。
走り出した高速艇。甲板で私は両手を高く伸ばして、背伸びをした。そして、絞り出すような声で、こう叫んだ。
「あー、追い出されたー!」
「えー、そうだったのー!」
レオが叫び返す。
私達が叫んでいた理由は、向かい風で言葉がかき消されないようにする為だ。
「レオって、時々鈍感だよねー!」
「そうかなー!」
それに気付かないのも鈍感だー! ルイが心の中だけで叫ぶ。
レオは自分の鈍感さについて、真剣に考えているのだろうか、腕を組み、難しい顔で足下を見詰めている。
それを見ながら、私は口許をキッと結ぶ。そして、敢えて風に消えそうな声で言い放った。
「ほんとに鈍感」
けれども、そんな時に限って、風は悪戯をしてくれる。レオは腕組みを解いて、泰然とした様子で、「何か言った?」と、尋ね返してきた。
すると今度は、私が俯いて足下を見詰める番だった。
空と海は青々としており、雲と時折立ち上がる波は白い。鮮やかなコントラストの中を行く船。植物園はまだ遠い。




