11. 夜の帳が降りる時
「おー、夕日がきれいだなー」
エディは窓から外を覗きながら、どこか取り繕ったように言った。
私は何度目かわからない溜息を吐いた。心の底から深々と。
キサラギ家のリビングを俯瞰すれば、四人が一つの部屋に集まり、テーブルを囲んで座っているように見えるだろう。しかも、そのうちの三人は海賊。その上妙な事に、テーブルの上にはお茶が出されているのだ。
何故、こんな事になったのだろう。私は胸の内で小首を傾げていた。ちなみに、お茶を入れたのは海賊の一人、ハリーだった。
ハリーはお茶に詳しいのか、戸棚の茶筒を見つけるや否や、ふたを開けて匂いを嗅いだ。そして、「玉露ですね! 珍しい」と、一人興奮していた。
まあ、ここに居座っている三人の中で、もし友達にならなければならないとしたら、このハリーだろうと、私はぼんやり考えていた。三人の中では群を抜いて大人しく、最も海賊に見えないという理由からだ。
ついでに言うと、二位はゲイリー。単に、最下位が不動であるというだけの事だが。
「あれは確か、数ヶ月前の事だった」
最下位が突然口を開いた。
「ちょっと待って! どうしていきなり思い出口調? 私は話を聞くなんて一言も言ってないでしょう!」
「テーブル囲んで、お茶まで入れられているんだ。この状況は、話を聞く体勢だろう?」
「何一つ私の意志じゃないんだけど」
反論すると、ゲイリーが口を挟んだ。
「姐さんさぁ、止める事もできた筈だよな。でも、実際は受け入れたんだぜ」
そこを突いてこられると、自分でも理由がわからず、黙り込んでしまわざるを得なかった。
「じゃあ、続けていいか?」と、エディ。
私は真剣に考え、答えを出した。
「それって、さっき言っていた、あなたの話?」
「ああ、そうさ」
「先に言っておくけど、考えは変わらないからね」
「うっ……。いいぜ」
「わかった。話は聞く。だから、話し終えたら直ちに帰ってくれる?」
「ああ、ああ。帰る、帰る」
「ホントなの? まあ、帰らなかったら、追い出せばいいし……」
「姐さん、結構キツいっすね」
ゲイリーが口を挟んだ。
「その姐さんっていうの、やめてくれる?」
「そうはいきません! ヘッドのお嫁さん候補の候補の候補ですから」
ゲイリーは急に立ち上がり、敬礼をしながら言った。
「縁起でもないわ。候補っていうの、あと三十くらい付け加えておいて」
「ううっ、ちょっと船酔いしたみたいです」
口を抑えつつ立ち上がって右往左往するのは、ハリー。
「え? ここで戻したりしないでね!」
私はハリーを出口へと誘導した。
エディは涙ぐんだような声で、呟くように言った。
「お前ら、アレだろ。嫌がらせだろ、俺に喋らせないようにする」
その言葉さえ、まともに聞いている人はいなかった。
始まりはともかくとして、エディの話は終わった。
外はすっかり暗くなり、遠くの船舶から光が漏れ出して、さながら海中を漂う夜光虫のようできれいだった。
エディの語る物語はいわゆる武勇伝のようなもので、話し方如何では自慢話になってしまい兼ねない。
ところが、彼の話し方は誠実で、一生懸命だった。時に淡々と、時に熱っぽく語る彼の言葉の一つ一つは、私をストーリーの中へ引き込んだ。
何故、彼はこうも真剣に話したのだろうか。そんな疑問が浮かんできた。答えはすぐに見つかった。エディは自分がどういう人間かという事を、不器用な方法だけれども、何とか伝えようとした。その強い意思が、私に伝わっただけの事なのだ。
誰かを想って、一生懸命になる。私にはわかる。
私の脳裏にある男が浮かび上がってきた。
強い日差しを受けると真っ白に輝くブロンドの髪。海と空の色を映し出すかのように青い瞳。精悍だけど、親しみ深い顔立ち。
レオ。
私が頭の中で様々思いを巡らせている間に、現実の世界ではしんしんと時間が積もっていた。
きょろきょろと無作為に部屋の中を見回しているゲイリー、三人の顔をおどおどした様子で窺っているハリー。そして、最後の審判でも待っているかのように、神妙な表情を浮かべてこちらを一心に見つめ続けるエディ。
何かここで言う事を求められているような気がした私は、脳内の言語野をフル稼働した。そして、「海賊もいろいろあるのね」と、素っ気なく言うだけに留まった。
部屋の中は薄暗くなっていた。私は思い出したように立ち上がって、明かりを灯した。
再び無言で席につくと、俯き加減で固まった。もう互いに用など無い筈だったが、無下に帰れと言い辛くなっていた。
「俺の話、どう思った?」
不意に、エディがそう尋ねてきた。
「どうって言われても、答え辛いんだけどなぁ。まあ、面白かったよ」
「そうか。面白かったか」
エディの顔が少し明るくなった。
「じゃあ、今日は取り敢えず帰る事にする」
「そう」
三人はばらばらと立ち、部屋を出て行こうとした。その時、部屋の通信機が受信を確認した事を知らせた。
私は回線を開いた。
「こちら、ルイ・キサラギです」
『ルイさんですか? こちら、ドミトリー。君のお父さん、レイイチの友人だ』
「お父さんの?」
気配で、背後のエディたちの足が止まった事を感じていたので、声のトーンは少し押さえ気味だった。
『ルイさん。落ち着いてよく聞いてくれ』
私はどうしようもなく胸騒ぎを感じ、足が地面から離れて、宙に浮かんでいくような気分を覚え始めた。
『レイイチが倒れた』
その言葉がスピーカーから放たれた瞬間、私の頭の中は真っ白になった。
後ろで当然エディたちが聞いている。だけど、そんな事は意識の端にも残らなかった。




