7. 望まぬ再会
私は本船から船を離しながら、これで良かったのだろうか、と思っていた。
それは父に着いて行かなくても良かったのか、という疑問だ。
船の留守番を理由に断ったが、その辺はどうとでもなる事だった。それは父にもわかっていた筈だ。それでも追及してこなかったのは、こちらの気持ちを汲んでの事だったのだろう。
このソロン研究海域には、私の母親がいる。ミリーという名前の海洋考古学者だ。
しかし、私はこの母親が少し苦手だった。理由は、ミリーの事を私がほとんど覚えていないからだった。
両親が離婚したのは、私が生まれてから二年後の事だった。結果として、父に引き取られ、育てられた私は、二年間しか母との時間を持っていない。それも、物心付くか付かないかの瀬戸際の二年間。結局、物心は付いていなかったらしい。
後になってから、そんな母と何度か会った事があったが、どうもぴんと来るものが無かった。実の母親を、よそよそしく思ってしまう、そんな自分が嫌いだった。
嫌いな人に会いたくないのと同じ理屈だが、それがたまたま自分だというだけだ。決して、母親の事が嫌いな訳ではない。単に、苦手なのだ。私は、そう自分に言い聞かせ続けてきた。
巨大な船の影を抜け、陽光の中へ滑り出した船を、適当な場所に停泊させると、私は操舵室を去った。そして、自室で音楽を聴きながらベッドに横たわり、引き篭るつもりでいた。
やって来た私の部屋は、一人部屋にしては少し広い。ずっと昔、その部屋には二人の主がいた。主が成長するに従って、部屋が手狭に感じられる頃、それぞれに個室が与えられた。
こうして時々広いと感じると、その気持ちは寂しさを連れてくる。
私はベッドに身を投げ、枕元のプレイヤーを操作し、ランダムで音楽を再生し始めた。
最早そのプレイヤーに保存されている音楽達の中に、知らないものなど存在しない。
いつもは心地よく響いてくる馴染みの旋律達も、今日はどこかよそよそしくて、気持ちが余計に塞ぎ込んできた。
こんな事なら、無理にでもアニーのコンサート、行けば良かった。そう考えながら、私は悶々と過ごした。
そのうち、いつの間にか、私は眠りに落ちていた。
その事に気付いたのは、目覚めてからだった。午睡から覚ましたのは、微かな船の振動だった。波の揺れではない。
「何だろう」
起き上がり、流れ続ける音楽もそのままに、部屋を出て甲板に向かった。
さっきよりも太陽は低い位置にあり、強すぎる光が直接目に差し込んでくる。潮風もどこか疲弊しきっているようだった。
私は甲板の側面を覗き込んだ。そこには一隻の船があった。大きさは私たちの船とほぼ同じで、余り大きなものではなかった。
「どこの船だろう」
辺りを見回してみると、研究船がいくつも波間を漂っていた。あのうちの一つから来たのだろうと、私は勝手に思い込んだ。
そして、一つの不安に突き当たった。
まさか、母さんが?
私は物陰に隠れ、隣接した船の船内へ通じると考えられる扉をじっと覗き始めた。しかし、しばらく待っても動きがない。
恐る恐る、私は物陰から出て行った。一歩一歩を確かめるように、進んだ。
と、その時。
「いいから行けよ!」
大声と共に扉が開き、中から男が転がり出てきた。見覚えがあった。残念な事に。
「なんであんた、こんな所にいるの!」
転がり出てきた男は、ATLASを襲撃した海賊のヘッド、エデュワルト・ファン・デア・アルフォンソ。略称エディだった。




