1. 来客
多少傾いたとはいえ、照りつける太陽の光は、私の肌をヒリヒリさせるのに十分な威力を持っていた。
私は疼くような傷みを抑える為に、絶えず手のひらで反対の腕を擦るようにして、傷みを紛らわせていた。
「やけに遅かったじゃないか」の父の一言で、私は午後の日差しの中を甲板で、遅れた理由を説明させられていた。
手短に話すつもりでいたが、起こった事が非日常的過ぎて、どう説明しても長尺となってしまわざるを得ない。
屋根のある所で話せばいいのでは? というのはもっともな事だが、残念ながら、「海賊」という単語を出したところで、父の中では急激に心配さの度合いがいや増し、質問に次ぐ質問を浴びせ、娘への気遣いさえ地平線の彼方に消えてしまったのだった。
まあ人の親、増して年頃の娘の父親ともなれば、そうなってもおかしなところは見当たらない。
結局、三十分ほど直射日光の中、解放してもらえなかった。そのような経験は、スクールでの体育祭以来で、その時の事を思い出していた。今頃の時間帯はちょうど、閉会式くらいに相当するだろう、などと。
「という訳だったんだ」
私はそう言って強引に話を締め括った。
父の礼一も、ようやく理解してくれたらしい。
「そうかそうか。海賊というから、昔、本で読んだバイキングのような暴虐の極みのようなものを想像してしまっていた。うん、良かった良かった」
「なーにー? 良かったって。自分の娘が海賊に襲われたっていうのにぃ……」
「いやいや、すまない」
慌てた様子で、父は謝罪の言葉を口にした。
「襲われたのはATLASで、しかも海賊はアルフォンソ一家だったんだろう? 彼らは自分らが義賊だという事に、誇りを持っているというじゃないか。実際、危害は加えられなかったんだろう?」
「それはそうだけど」
私はそこで言葉を詰まらせた。脳裏には海賊のヘッド、エディの事が浮かんできていた。
エディからいきなり求婚された事は、私にとって個人的に襲われたも等しいような気がしていた。ちなみに、この事は父に打ち明けていなかった。
黙っていると、父は話す順番が回ってきたと判断したらしく、口を開いた。
「それよりも、面白いものを入手したんだよ。エディット・ピアフのLP。聞くかい?」
こんな時にまで父は、嬉々として音楽の話だ。私は気分が乗らなかったので、「いいよ……今は」と言った。『今は』と、思わず付け加える当たり、少し悔しくもあった。
私は船室に向かった。扉に手を掛けようとした時、奥の方から物音がした。驚き、飛び上がると共に身を固めた。
振り返り、父の方を見て尋ねた。
「誰かいるの?」
「ああ、言ったじゃないか。来客があるって」
「でも、今日だなんて聞いてないわよぉ!」
父も船内に向かった。
「紹介しておくよ」
船内に入ると、そこはリビングルームになっている。そこから、操舵室やキッチン、個室などへの廊下に通じていた。
リビングのソファに、一人の小作りな女性が腰を下ろしていた。
二人が入ってきた時点で、彼女の意識はこちらに向いていた。しかし、立ち上がろうともせずに、軽く会釈だけをした。
「こちら、アニー」
女性の方に手先を向けながら、父は私に紹介した。その後は、相手に私の紹介が行われた。
アニーは眠たげな目をこちらに向け、やはり座ったままの状態から右手を差し出した。
私とアニーは、互いに握手と、「よろしく」という言葉を交わした。
何者だろうかと疑問が胸中を満たしたが、同時にアニーという名前に引っかかるものを感じていた。




