第九章
同日夕刻。
翼から提案があり、四人で食事に出掛ける事になる。
あの、忌まわしい過去があるバーで。
胸騒ぎの発端となったバーで。
今度は以前とは全く違う雰囲気で。
重々しい心持は一人もいない。
それでも、違う脈略の四人。
深層心理は相容れることのない四人。
相当性の感じられる笑顔で、
同道性を思わせる空気で、
背面性が飛び交う冷笑されるべき晩餐。
愛し愛される者。
包容しようとする者。
陥れようとする者。
統合出来る思いは唯一つのみ。
───アナタヲテニイレタイ───
少しずつ少しずつ、望みに近づいてゆく。
わたしの想いは彼女に向かって進んでゆく。
届いて欲しい、届けてみせる。
振り向いて欲しい、振り向かせてみせる。
今までそうして来たんだもの。
わたしが誰を好きになろうと、わたしが誰を愛そうと。
今夜はたっぷり巴華を持ち上げてあげよう。
元山くんが今以上巴華を愛し募るように。
まるで惚気話のようにたくさん話して聞かせよう。
それがわたしと翼の糧となるのだから。
いつか自分の欲する者を手に入れるために・・・・・・。
「元山くんが居ない間、巴華が落ち込んじゃって大変だったの。」
「え!?そうなんですか?」
「もう真琴ちゃん恥ずかしいからあんまり言わないで。」
「ほんと!俺らがお守りしてたんだぞ。」
「翼さんまで・・・・・・。」
巴華は本当に恥じた様子で俯く。
それを見た元山くんも顔を赤らめて笑みを漏らす。
本当に純な二人だと思う。
最近の若い人達には珍しいタイプではある。
正直、元山くんだってれっきとした男性で、わたしの知る限りでは女性を好きなはずだし、淫欲がないわけがない。
巴華だってかなり純だけど、純だから嫌いだという法則もない。
そろそろ色事めいた話に発展してもいいんじゃないかと思う。
勿論わたしは巴華と元山くんがそうなる事を心から望んでいるわけではないが。
翼も然りだろう。
しかし、二人を結婚まで結びつけるのはその過程を経てもらわないといけない。
願わくば性急に。
「さあ、そろそろ若い二人だけにしますか!」
以心伝心とでも言いたい。
同胞はわたしの気持ちを察知したのか、それとも同じ事を思っていたのか、翼が言わなければわたしが言おうと思った言葉を言った。
「そうね!邪魔者は退散、退散!」
わたしと翼はよくお見合いの席で使われるような事を言って、二人きりにされて戸惑う素振りもない二人をおいて先に店を出た。
「わたしもそろそろ二人きりにって思ったのよ。」
「そうだろうな。急に口数が減ったから。」
「だって若いんだし、もうそんな関係になってもいいと思うから。」
「君も俺も不本意ながらね。」
翼はそう言うと探るようにわたしを一瞥した。
不本意でも、わたしたちが彼らに触れるのはまだ先でもいいと思う。
焦る気持ちもあるけど、急いては事を仕損じる。
今転んでしまえば、わたしたちの望みは空から目薬を落とすようなものになってしまう。
ゆっくりと綿密に、確実にしていかなければ。
今夜の二人に期待するとこである。
その晩わたしたちは真っ直ぐに互いの家路へ就いた。
「巴華。昨日あれからどうだった?」
わたしはお決まりの台詞を吐いた。
「あれから?もう一軒だけ行って送ってもらったよ。」
「えっ?そうなの?なーんだ。つまんない。てっきりホテルにでもしけこんだのかと思った。」
「ええ?そんな。まだ早いってば・・・。」
こういう話になるとすぐに言葉を濁らせる巴華。
今も俯いた顔が紅潮している。
この純さが時々羨ましくなる。
きっと、様々な意見をある程度は偏見なく取り入れる事が出来るだろう。
白というのは何色にも染める事が出来るのだろうから。
だからこそ、わたしは巴華が欲しいのだ。
彼女を自分色に染めたい、自分の理想にもっと近づけたい。
「巴華は元山くんをどう思うの?返事はちゃんとしたの?」
「返事はしたよ。ちゃんと、結婚を前提に付き合う事にね。だから、勿論ゆうくんの事は好きだし、一緒には居たいって思うし・・・。」
「愛しているの?彼の事。」
「愛しているかって聞かれると判んない。」
わたしは内心ホッとしていた。
流石に愛しているとはっきり聞かされると、やはり尋常でいられない。
しかし、男と女なんて肌を合わせてしまえば更に想いは深まるのは必至。
心の準備をしておかなければならない。
いずれ、巴華の口から元山くんを愛していると聞く日が来るのだろうから。
「もし、昨日元山くんからホテルに誘われたらどうしてた?」
わたしは核心には迫りたくないくせに、質問を止める事は出来なかった。
巴華の出方も知ってみたいというのもあったし。
「もし誘われてたら、うーん、どうだろう。断らなかったかも。」
「でも、あんたの中では”まだ早い”って思ってるんでしょ?」
「うん。でも、断れないと思う。」
「断れない?」
「断れない。」
「いやいやって言う様に聞こえるんだけど?」
「本当に嫌なら断るよ。ただ、断る理由もないんだけど、何と無くまだそういう感じにはなりたくないって思うんだ。だけど、断って気まずくなって会えなくなるのも嫌だから。」
「だから、断れない?」
「うん。」
ふと思った。
───わたしが誘ったらどうするんだろう?───