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束縛  作者: ロゼ
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第八章

わたしは翼の部屋の前で立ち止まった。

思えばここに来る事なんて、アレ以来初めてだった。

最後にこの部屋に訪れたときは修羅場になったなあ。

今度はもう大丈夫、誰が居てもわたしは気にする筋合いもないし、来る前に確認もしたし。

そんな事を思いながら、翼の部屋へ入った。


「久しぶりだな、真琴がこの部屋に来たの。」

「うん。アレ以来ね。」

わたしは丁度さっき部屋の前で、同じ事を考えたのを思い出して妙に可笑しくなった。

あの頃はこんな風になるなんて夢にも思わなかった。


「このベッドも久し振り。最後に来た時、あなたは男の人と横たわってた。わたしは目を疑ったわ、今までそんな事有り得ないと思っていたもの。男と男が、だなんて。」

「凄い見幕だったもんな。まあ、普通みんなそうなんだろうけど。」

「ねえ、普通って何?」

「普通って普通だよ。ごく一般的な事。」

「そうなのかな?じゃあ、悪い事でも一般的であれば普通なのかな?」

「さあ、どうだろうね。俺は評論家でもないし、心理カウンセラーでもないから旨く説明出来ないけど。」

「わたしはどうかしら?」

「・・・・・・普通じゃないのか?」

「さあ?果たしてそうかしら?翼が言うようにごく一般的な事が普通なら、わたしは決して普通じゃないわ。翼が以前このベッドで男の人といた事をわたしは普通とは思わなかった。けど今は何の抵抗も感じないもの。」

「俺のせいで可笑しな事に慣れちゃったんだな。ごめんな。」

「そういう事を言いたかったんじゃないの。もうわたしにはそんなあなたを罵る権利なんて無いって事。」

「・・・・・・・・・」

一気呵成にしゃべった所為か、動悸が激しい、心音が部屋中に響いている気がする。


「やっぱりそういう事か。  何かこの前から様子がおかしいような感じがしたんだよな。俺の考え過ぎだって言われそうだから、言わなかったけど。」

「・・・・・・本当に理解ったの?」

「ああ、巴華ちゃんを好きなんだろ?勿論友達としてではなくて。」

「・・・そうみたい。」

「気付いたのはいつ?」

「昨日よ、多分。」

「何だ、それですぐに話してくれたのか?嬉しいね!」

「そりゃあ、翼の事は人間として尊敬してるし、信用もしてるからね。」

「・・・俺があんな事をしたというのに。大変身に余るお言葉です。」

「もう今となってはとっくにふっ切れてるわよ。」

「ああ、そっか。  それで?これからどうするつもり?」

「これからって?」

「巴華ちゃんの事に決まってるだろ?」

「それならもう決まってるじゃない!これからも策を練るわ。」

「そうか、じゃお互い全力疾走だな。」

「でも、あの二人相当惹かれあってるみたい。引き離すのは困難かもね。」

「それはそうだなあ、俺らがいくら変なこと吹き込んでも、そのうちバレるだろうし。」


わたしと翼は溜息をついて一刻程黙り込んだ。


そしてわたしはある策略に行き着いた。


「ひとつ。いい考えがあるわ。」

「何?」

「結婚するのよ。」

「・・・・・・誰が?」

「あなたとわたしが。」


翼は絶句した。

わたしの言った事を理解してかそうでないのか、ただ息を飲んだ。


「つまり?」

「つまり、わたしたちが結婚して、巴華と元山くんをも結婚させるのよ。」

「そうしたら、お互い自分の見ず知らずの人間に相手を取られなくて済むと?俺達が結婚するのは元山達や周りの人間に怪しまれないための偽装か?」

「そうよ、あと、結婚という現実を巴華達にも意識させるため。」

「・・・・・・。」

「いいと思わない?」

「・・・思うよ。旨くやればな。だけどそんな簡単にはいかないぞ、今回は。」

「勿論ね。でも巴華と元山くんは少なくとも嫌がりはしないはずよ。好きあっているんだから。」

そう言い終えると翼は声をあげて笑った。

わたしも何かが切れたように笑い出した。

二人とも可笑しくて可笑しくて仕方がなかった。


この浅はかな策略が。

それを実行しようとするわたしたちが。


傍からみても滑稽すぎるだろう。


それでも今のわたしたちをもう誰も止められないだろう。

わたしたちは留まる事はないだろう。

この浅はかな策略を成し遂げるまで。








ふと考えてみる。


今までわたしと翼がして来た事って何のためだったのだろう?

最初は翼のために始めた事で、でもあんなに必死になってまで何故、わたしは頑張っていたのだろう?

巴華を悲しませたくなかったから?

そう。それもある。

でも、それ以上に巴華が自分の手の中から離れて行くような気がしたから。

寂しさと悔しさ。

暗くて激しい渦のように押し寄せて来て、飲み込まれそうになった。

わたしよりも付き合いが浅い人に、簡単に気持ちを奪われるのが許せなかった。

だから?

だからあそこまで手の込んだ馬鹿げた意地悪をしたのだ。

でも、それももう終わり。

稚拙なお遊びはここまでにして、今度は快く二人を祝福しなくては。

わたしと翼、二人の庭の中で末永く遊んでいてもらうためにね。




もっと早く気付けば良かったのに。

そうすればこんな遠回りをせずに済んだのに。

巴華がいつまでもずっと、わたしの傍に居てくれるように事を運んだのに。


でもまだ大丈夫。

わたしと翼があなたたちが旨くいくようにするからね。

だってそれが自分たちの為でもあるのだし。


早く元山くんが海外出張から帰ってくればいいな。

そしたら、一度皆で食事にでも行こう。

楽しい愉しい晩餐をしないとね。


わたしと

翼と

巴華と

元山くんが

四人で仲良くなれるように。














「真琴ちゃん!」

息をきらして小走りに巴華がわたしの元へやって来る。

頬を紅潮させて、少し興奮した様子。

「どうしたの?そんなに鼻息荒くして。元山くんが見たら引くわよ?」

ちょっと前までは敢えて話題に出さなかった元山くんの事も、嫌味なく口にするようになった。

「そのゆうくんが!  出張から帰って来ましたぁ!」


     ゴホン!


上司の咳払いで、巴華は自分の声がいかに大きかったか気付いた。


「ヤバっっっ。仕事中だった。」

「そうよ、もう少しトーンを下げてね。」

わたしがそう言うと、巴華はこそこそと隠れ、ヒソヒソ声で話し始めた。


「あのね、さっきゆうくんから電話入って、今出張から戻ったんだって。」

「さっきも聞いたってば。」

わたしはフッと柔らかく笑い、巴華を見た。

前のような刺々しさはなく、巴華の話しに素直に耳を貸せる。

「良かったね。海外だったから少し長かったもんね。」

「ほんと、長かったよ、寂しかった。」

「わたしは全然相手してあげなかったしね。」

「そうだよぉ。真琴ちゃんまで相手してくれなかったら、寂しくて死んじゃうっ。」


そう言ってわたしのデスクの陰にしゃがんでいる巴華は、わたしの服の裾を引っ張る。

そんな仕草がまるで、寂しいと死んでしまう本物のウサギのように見えて可愛いかった。


「じゃあ、あんたが死なないようにちゃーんと相手したげるわよ。」


わたしは軽く苦笑して、巴華の小さく柔らかい唇に口付けた。

無論、デスクの傍に誰も居ない事を確認した上でだが。


オフィスのデスクはプライバシー保護のため、一つ一つの仕切りの幅が大きいので多少そんな悪戯をしても誰にも見えやしない。

しかしそんな事すら気付かないような様子でうろたえている巴華は

「だっだっ誰かに見られたらどうするの!?」

と顔を茹でたタコの如く真っ赤に火照らせる。

「誰にも見られなければいいの?」

わたしは涼しい顔で逆に聞き返した。


自分の本当の気持ちに気付き、それを受け入れたわたしは別の意味で巴華に意地悪したかった。

彼女をからかうと面白い。

反応が可愛らしくて止められない。

わたしからすれば、からかっているのではなく、本気なのだが。

冗談として取ってくれるので、心置きなく悪戯出来る。

女同士というのは、こういう時楽だと思う。

小さな事から慣らして行けばいいんだもの。

男同士だとジョークでもキスなんてしたら、気まずくなるだろう。

そう考えると、翼は男を口説く時死に物狂いなんだな、と思う。


足元を見ると、巴華が相も変わらず顔を火照らせてうずくまっている。

「ほら!早く仕事に戻らないと部長にどやされるよ!」

「ああ!はいはい。唯今戻りまーす。」

我に返った巴華はそそくさと自分のデスクへ戻って行った。

その様を含み笑いをして見詰めるわたしは、小動物のような彼女を堪らなく愛しく想った。

素直で、純で、感受性の強い彼女。

    ───開発のし甲斐がありそうだ───




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