第六章
最近思い通りに事が運ぶ事が多い。
思うことが、単に容易いだけなのか、必然的なことだからなのか。
ここまでスムーズに進むと、後でしっぺ返しが来そうで不気味だ。
巴華は今朝から、否昨晩から、己の身に降りかかった出来事を悪し様に捉えているせいか、まるで魂を抜かれたような顔をしている。
正直思うところは、そこまで愕然とするなら何故、交際を申し込まれたときにひとつ返事で受けなかったのか。
わたしから元山くんに変な性癖があると吹き込まれたからといって、本気で元山くんに対して気持ちがあったのなら、思い留まる必要はなかったのではないか。
そうなると実はそこまで彼に対して強い想いはなかったのだろう。
わたしにはそうとしか考えられない。
否、考えたくなかった。
そんな事を考えていたら、翼から電話がかかってきた。
「昨日はお疲れ様。どうだった?SMクラブ初体験の感想は?」
「最悪だよ!女性ってだけでもあんまり気乗りしないのに、その上趣味でもないとこなんだからさ。」
「ははっ、そうね。 で?ちなみにどっちのコースにしたの?S?M?」
「Sだよ。ってそんな事はどっちでもいいだろう?!それよりもっ巴華ちゃんの様子はどうなの?」
「ああ、巴華?聞かなくても大凡は見当つくんじゃない?」
「やっぱり相当ショック受けてるか・・・。」
「まあね。しかも、接待があった事自体嘘だと思ってるしね。」
「マジかよ。ちょっと可愛そうだな。」
「そうかしら?そんなにショック受ける程好きだったのなら、ちゃんと付き合っておくべきだったんじゃないの?」
「でもそれは俺たちが・・・」
「そう、余計な事を吹き込んだからって言いたいんでしょ?でもいくら側からそんな事言われたからって揺らいでるようじゃ好きなんて言えないんじゃない?」
翼は数秒ほど絶句していた。
ふと、わたしが何か間違った事を言ったのか思い返していると、
「真琴の言ってる事は確かに一理あるよ。でもあれだけ巴華ちゃんに肩入れしているんだから、そんな風な答えが返ってくると思わなかったなあ。」
「大事に思うからこそ尚よ。」
「・・・・・・まるで親だな。」
「今回は本当に残念だわ。元山くんなら翼の部下だし、わたしの目の届く範囲に居てくれるものね。自分の庭で遊ばせるのが一番いいとは思ったけど。」
「・・・・・・そうか。」
翼は何故か電話の向こうで深い溜息をついた。
「どうかした?」
「いや。なんでもないよ。 そうだ、今日巴華ちゃんと三人で飯でも食いに行こう。」
「さすが、稼ぐ男は太っ腹ね!」
「まあな。じゃ、いつものとこでな。」
電話を切り、翼に言われた事を反芻した。
大事に思うからこそしたまでなんだけどなあ・・・・・・。
やっぱり少しはフォローしないと、かな。
「巴華。」
「真琴ちゃん、なあに?」
そんな気の抜けた切ない瞳をされると、やはり気遣わないわけにもいかない。
「あのね、今日翼が三人で食事しようって。昨日の事とか、ちゃんと聞いてみなよ。」
「・・・うん」
巴華は声にならない声でゆっくり頷いた。
その様を見ると、なんだかこっちまで沈んできてしまった。
夕方、仕事を終えて翼と落ち合った。
「よっ!巴華ちゃん元気?」
つとめて明るく振舞う翼を一瞥して溜息混じりに「はい。」と答えた巴華を見て、
「元気・・・でもなさそうだな。」
と翼は頭を掻いた。
食事をしながら、巴華がいつまでたっても昨日の事を問う様子がないので、わたしが口を切った。
しらじらしい芝居じみているが。
「翼、昨日ね、元山くん接待だった?」
「ああ、そうだったよ?俺も一緒だったんだ。」
「え?本当ですか?」
巴華がすかさず翼に聞く。
「うん。昨日巴華ちゃんとデートするはずだったんだってな。急な接待が入っちゃてがっかりさせちゃったな。ごめんな。」
「いえ、いいんです。その事は。」
「問題わね、その後なのよ。」
もう全て分かりきっている事なので、台詞じみた言葉をどう吐き出そうかと考えるのに疲れを感じ始めた。
しかし、中途半端にするわけにもいかないので後を続けた。
「昨日、巴華がデートキャンセルになって落ち込んでたから、二人で飲みに行ったのよ。その時に翼と元山くんが如何わしい店に入るとこを見ちゃったの。」
「・・・・・・あっ。はは、そっかあ。参ったなあ。」
翼もいい加減、台詞ばかりを並べ立てるのに疲れているだろう。
しかしこの人の迫真の演技には感服する。
間の取り方といい、不自然さを感じさせないのだ。
「いやあ、実はさあ、あいつも結構ちょっと変わったのが好きでさ!さすがに巴華ちゃんにそれは荷が重いだろうし・・・」
「・・・・・・まだ・・・そこまでの関係じゃないですから・・・。」
笑いながら少しも言い淀むことのない翼の言葉に、巴華は顔を紅潮させて言った。
「ね?言ったでしょ?男って単純なのよ!」
「うん、でもあそこって、どんな事をするのかな?」
「えーっと、要は、SMなんだけどね・・・」
「あっ、そうなんですか・・・。」
巴華は想像がついたのか、そう言ってまた顔を紅潮させた。
「普通の人とは少し変わった性癖だから本人も言いづらいと思うんだ。だから、巴華ちゃんもこの事はとりあえず聞かなかった事にしてくれるかな?」
翼は巴華を納得させた。
これでしばらくは、わたしたちの計画がバレる事はないだろう。
巴華も元の元気を取り戻してひとまず胸を撫で下ろした。
彼女の笑顔を見ると、何だか満ち足りてくる。