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束縛  作者: ロゼ
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第五章

例の日がやってきた。

今朝から巴華は浮き足立っている。

「何か今日は特別ご機嫌ね。いい事でもあったの?」

無論、わたしにはそんな事は本人に聞かなくても分かっていた。

しかし、あえて聞いておかなくてはならない場合もある。

「今日、ゆうくんとデートなの。」

語尾にハートマークがつきそうなくらい、巴華は甘ったるい言い方をした。

普段とはそこまで激しくは変わらない口調ではあったが、今日は妙に耳につく。

「今日も美味しいワインのお店に連れて行ってもらうのかしら?」

ふと、安酒に飲まれたあの晩を思い出して、今までは口にした事もないそんな嫌味が零れた。

浮かれていて、わたしの嫌味にも気付きもしない巴華を見ると、益々あの晩の事が鮮明に思い出される。


ヒビの入ったワイングラス・・・・・・。

とても大事にしていたのに。


屈託なく笑う巴華は今晩起こる事なんて知る由もないだろう。

わたしは巴華の身の回りの状況が、自分の手の内にある事に優越感を感じていた。

この子はわたしの庭の中で遊んでいる事を知らない。

そう思うと、何故だか少し心が軽くなった気がした。




夕方、巴華に連絡が入った。

少し話した後、電話を切り憂鬱な面持ちでわたしのもとへ歩いて来る。

「どうしたの?」

聞かずとも分かってはいるが。

「ゆうくん。今日急に接待が入って駄目になっちゃった。」

「あら、そうなの。  接待かー。」


───ここまでくると取って付けたような台詞に思えてくる。


巴華は相当残念だったのか、唇をとがらせている。

たかが、一度や二度のキャンセルでよくそこまでがっかりできるもんだ。

一瞬そんな風にも思ったが、わたしが仕向けた手前、あまり意地悪も出来ない。

「ほーら!そんな顔しない! 久し振りに飲みにでも行こうか!」

「真琴ちゃんがおごってくれる?」

少し元気を取り戻したのか、上目遣いで猫なで声を出した。

そうされると、わたしもついつい甘やかしたくなる。

「仕方ないなぁ。大盤振る舞いするか!」





わたしと巴華は例の如くいつものバーへ来ている。

ここなら繁華街の裏なので、偶然を装って翼達を目撃する事が出来る。

翼からは風俗店に入る10分前に連絡が入るはず。

わたしはその瞬間を今か今かと待っていた。


携帯の振動が時を知らせ、わたしはすかさず巴華に「次へ行こう」と声を掛け、店を出た。


現場はすぐ真裏で、もうすぐ翼と元山くんが風俗店へ入ろうとする頃だろう。

緊張で胸が高鳴る。


少しずつ早足になる。


目で翼の姿を探す。


「あっ。」


巴華が小さく声を漏らした。

巴華の視線の先を確認する。


まさにグットタイミングだった。

驚いて声が出せないでいる巴華の視線の先には、翼と───

「ゆうくん・・・?」

こちらに気付く事もなく、事情を知っている翼と何も知らない元山くんは風俗店の中に入って行った。

状況を把握しているわたしと、状況を掴めず困惑した様子の巴華はその場に居すくむ。


二人が店の中へ入っていって姿が見えなくなっても、わたしと巴華は微動だにしなかった。

状況を知るわたしは、今何を言っても台詞のようにしらじらしく聞こえるような気がして、巴華に掛ける言葉が見つけられなかった。

今にも降り出しそうな表情の巴華は、この状況をどう受け取るのだろう?

今、何を思ってそんなに哀しそうな瞳をしているのだろう?

元山くんに対して、どんな気持ちを抱いたのだろう?

この場所に居合わせた、己のタイミングの悪さを呪うだろうか?

それとも、ここへ連れて来たわたしを恨むだろうか?


わたしはこんな状況に不似合いな想いを廻らせ、本当に偶然だった場合、こんな時何て言ったらいいのかを考えていた。


「真琴ちゃん・・・。」


結果、何も思いつかなかったわたしより先に、巴華が口を開いた。


「ゆうくんは本当に接待だったのかな?」

どうやら巴華は、接待とは口実で今目にした現実だけのために、今日の約束をキャンセルされたのだと思い込んだらしい。

わたしは不謹慎ではあったが、声を出さずに失笑した。

幸い暗かったため、巴華には気付かれてはいない。

これを笑わずにいられようか!

全て思惑通りに、いや、それ以上かもしれない!

わたしは死にもの狂いで笑いを堪え、

「男だもの。接待があろうがなかろうがソノ手の店に行きたい時もあるわよ。」

と、慰めにならない言葉を吐いた。

わざとだ。

せっかく予想以上に旨くいったのにここでフォローしては元も子もない。

「ちゃんとお付き合いしているわけでもないんでしょ?」

「そうだよね・・・。」


実際こんな状況に遭遇して、本気でフォローしようと思うとなかなか困難だ。

しかし何故こうまでも、追い討ちをかける言葉というものはすんなりと出てくるのだろう。

もう既にわたしの中には少し前まではあった、巴華を哀れむ気持ちは薄れていた。


「男ってね、そんな簡単なものなのよ。」

「そうなのかな。すごく・・・ショックだよ。」

「まあ、明日にでも聞いてみたら?」

「聞けないよ。それにゆうくん明日から海外出張なんだって。」

「ええ?そうなの。タイミング・・・悪いわね。」

わたしにとってはなんてタイミングがいいんだろうと思ってしまい、思わず言葉を言い淀んだ。


相も変わらず、巴華は曇った表情で俯いている。

そんな巴華の横顔を見ると、女の繊細さが窺えたまらなく可愛らしく見えたが、それと同時に苛つきが出てきて横っ面を弾きたくなるような衝動に駆られた。

小さくて愛らしい子犬や、無邪気な赤ん坊を、愛しさのあまり握り潰したくなるような衝動とひどく似ている。

最近考え事が多いうえ、疲れているせいかこんな気持ちに苛まれる事が増えた。


わたしはうな垂れる巴華を宥め、思い切り飲んで忘れようと言って、夜の街に向かって歩いていった。

















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