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束縛  作者: ロゼ
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第四章

「良かったね、丁度いい席があって。」

「予想以上に高かったけどな・・・。」

わたしと翼は、待ち合わせたバーから移動して、尾行先の小料理屋の個室にいる。

ここからだと巴華と元山くんがよく見え、尚且つ、あちらからはわたしたちが見えない。

現状況には非常にお誂え向きといった感じだ。

「別に個室じゃなくても良かったんじゃないのか?ここだったら見えるだけで、会話が聞こえないじゃないか。」

「いいのよ、ここで!やっぱり個室のほうが風情もあるしね!」

「それって、真琴が入りたかっただけじゃ・・・。」

「おだまり!盗み聞きなんて悪趣味よ。」

───なんて、尾行の時点で充分悪趣味だが。

確かに翼の言う通り、別に個室でなくても見つからないとは思うが、せっかくそこそこ名の通る小料理屋に来たのだから、やっぱり個室に入りたい。

単に、わたしの一存なのだけど・・・。



「それはそうと!どうなの?二人の様子は。」

「んー、見た感じはあんまり会話が弾んでるようには見えないけどな。」

「わたしたちが吹き込んだ事、各々応えてるのかしら?」

「元山はSM好きで、巴華ちゃんも真性サディストだろ?二人とも見た目だけじゃそんな風に見えないもんな!」

「それが事実であれば相性はぴったりあうんだけどね。」



わたしたちも”趣味”が合えばある意味旨くいってたのかも。

そのかわり、利害一致という結びつきしかないだろうけど。



「元山くんは今日どんな様子だったの?すごく気乗りしてた?」

「そりゃあ勿論。スーツ新調したんだって!大分決めこんでたよ。」

「・・・そう。巴華もそうだったわ。あの子にしたら珍しくおとなしい色をきてるもの。」

「二人とも結構マジかもな・・・。まだ出逢って間がないのに。」

「そうだけど、フィーリングが合ってしまったら時間はあまり関係ないわよ。」

「そうだな、こりゃあ俺らも本腰入れてかないとマズイな。」

「そうね、すぐに第二段階に移ろうか。」

「・・・ああ。」



そんな密談が交わされている頃、何も知らない巴華と元山くんは、勿論これから始まる苦難など知る由もなく、互いの瞳が合っては頬を紅潮させていた。








最近、わたしと巴華は前程は仕事帰りにどちらかの部屋へ行く、という事はしなくなった。

巴華は元山くんと頻繁に会うようになったし、わたしもその都度、翼に嗾け(けしかけ)られては尾行する始末。

一緒には居ないが一緒に居る、何とも言えない複雑な気持ち。

わたしは翼と同じ空気を吸うのは、別に苦と思わない。その所為かこんな状況をあまり不自然と思わないが、他人が知ればただのおかしな人間だと思われるだろう。

でも、翼のあの秘密を知ってから、世間一般で言う、おかしな事に慣れてしまった。

多少の事なら動じなくなってしまったから、おかしな事もすんなりと受け入れられるし、おかしな事もおかしいと気付くのが遅い。

こういう時、「慣れって怖いな」と思う。

後々、手遅れだと気付くのだが・・・・・・。




今日は何日か振りに巴華がわたしを誘った。

何故か、先に帰って待っててくれというので一人で部屋で待っていると、30分程して巴華はやってきた。


「お待たせぇ!一緒に飲もうと思って!」

そう言って右手に持っていた紙袋を、目の前に差し出した。

何が入っているのだろうと中を見てみると、何処の店にでも置いてあるような安ワインが入っている。

「どうしたの?ワインなんて。巴華お酒弱いし、自分から飲もうなんて言わないじゃない。」

「へへ・・・。この前ね、”ゆうくん”がワインの美味しい店連れて行ってくれてね・・」

「”ゆうくん”?」

わたしは間髪入れずに言った。

「あっ!元山さんの事・・・なんだ。真琴ちゃんに言ってなかったっけ?」

───そんな事は一言も聞いた覚えはない、痴呆症にでもなってない限り。

おそらく、巴華も言ったか言ってないかなど、小指の先ほども覚えてないだろう。

淡くとも、その想いは恋と呼べるものになっているのだろうから。


「そう、ゆうくんねぇ。そんな風に呼ぶようになったの・・・。」

「うん、そうなんだ。元山さんじゃ、なんか余所余所しいからって。」

「じゃあ、余所余所しいって言うほど親しくなっちゃったの?」

わたしは、巴華の買ってきた安い赤ワインを、お気に入りのクリスタルのグラスに注いだ。

「まっさかぁ!まだキスもしてないんだけど、真剣に付き合いたいって言われた。」      


    キ・・・ンンン・・・


ワインを注ぎかけたグラスにワインボトルの口が当たって、耳に残る高く細い音が響いた。

一瞬、ほんの一瞬だけ部屋が静まり返る。


「ごめん!手が滑っちゃって!ヒビ入ってないかなぁ。」

そう言ってワイングラスを見ると、縁にわずかにヒビが入っていた。

それをキッチンに片付け、別のグラスを持ってきて再びワインを注いだ。


「真琴ちゃん、あれ気に入ってたのにね・・・。」

「そうだね、誕生日に巴華がくれたやつなのにね。」

「クリスタルって簡単にはヒビ入ったりしないのに。」

「・・・・・・残念だけど仕方ない!形あるものはいつか壊れる。・・・それより、元山くんの話でしょ?」

「あっ、そうそう。それでね、真剣に付き合いたいって言われて、わたしも付き合いたいなあとは思うんだけど、例の事が引っかかってて。」

「アブノーマルの事?」

「うん・・・。」

「それでなんて返事したの?」

「えーと、今、いろいろ考える事があって、少し時間を下さいって。」

「いい答えね。」

わたしは苦笑した。

少なくとも、巴華には例の嘘は相当応えているようだ。

しかし、今の話によると元山くんの方はそうではないとみえる。

まあ、片方だけでも足止め出来ればよしとする。想定の範囲内だ。




さあ、そろそろ第二段階へ移ろうかな・・・・・・。







「第二段階よ、翼!」

「・・・・・・へ?」

電話口の翼は突拍子もないわたしの言葉に間抜な声を出した。

「真琴さあ、第一段階とか第二段階とか言うけど、俺なーんにも聞かされてないんだから急に言われても分かんないよ。」

無理もないだろう。わたしが勝手に考えてその都度、翼に言っていたから。

「・・・で?何段階まであるの?」

「・・・・・・さあ?任務完了するまでかな。」

「楽しんでるだろ。」

「・・・結構。」

元々は、翼が自分の焦がれている相手をわたしの友達に紹介したのが間違いだった。

アノ時、最後までわたしと翼が席を外さなければ、こんな馬鹿げた子供じみた事もしなくてよかったのだろうが。

もうあとの祭りになってしまったので、ごく自然に巴華と元山くんを引き離さなければならない。

その為の計画、楽しくないと言ったら嘘になる。

やっぱりわたしは悪趣味なのだ。

それでもわたしは巴華の為を思い、よかれと思ってしている事だ。

巴華の為なのだから。


「それで次はどうするの?」

「あっそうそう!それなんだけど、今度は翼に大活躍してもらう事になるわよ。」

「えっ、俺が悪役を買うって事はないよな?」

「多分ないわよ。   いい?先ず、次に巴華と元山くんが会う日にわざと接待を入れて。そうしたら、巴華との約束をキャンセルする様になるわよね?  で、接待の後その足で如何わしい店に入る。」

「まさかそれを巴華ちゃんに見せるんじゃ・・・」

「御名答。」

「鬼だな・・・。」

「でも一番効果的よ。  可愛そうだけど仕方ないもの。  それで続きなんだけど、入る店もアブノーマル系にしてね。」

「・・・わかったよ。でも元山が素直に入るかな?」

「そこは翼の腕の見せ所でしょ?」

「わかった。まあ、俺の蒔いた種だから己で刈るしかないな。」

「そうそう。頑張ってね!  当日こっそり連絡してね。」

「了解。じゃあな。」



電話を切った後、我が考えながらも恐ろしいと思った。

これを実行したら、巴華は男性不信になるかもしれない。

下手したらもう二度と男を愛せなくなるかもしれない。

色々な危険性はある。


それでも、わたしの中に”中止”という言葉はなかった。

既に止まらない衝動に突き動かされていた。


巴華の為・・・。


わたしはさっきヒビを入れてしまったワイングラスを箱にしまい、ボードの中に戻した。


      ───頭が痛い。───


ワインは好きだが、安物は頭痛を引き起こすので嫌だ。

酒を覚えたばかりの巴華には、味の良し悪しなどはあまり問題ではなかったのだろう。

ただ、好きな男に教えてもらったものをわたしと分かち合おうとでも思ったのだろうか。

まあもっとも、元山くんはこんな安ワインを飲ます店には連れて行ってないのだろうけど。


わたしは軽く溜息をついて、シンクに値段の割には仰々しいビンに入れられた、燃え盛るように赤い安ワインの残りを流した。

その様を見ていたら、なんだか無性に苛ついてきた。


半分も残っていなかったそれは、あっと言う間に流れていき、説明のしようがない虚しさだけが取り残される。


安酒のせいで、悪酔いをしてしまったみたいだ。

普段笑って許せた事が全て腹立だしく思えてくる。


翼が巴華に元山くんを紹介した事も。

あのバーで四人で会った事も。

大事にしていたワイングラスにヒビを入れた事も。



巴華が元山くんを「ゆうくん」などと呼ぶようになった事も。



無意味なぶつけようのない怒りが沸々と込み上げる。

わたしは痛い頭を揺り動かして、この計画が成功するようにと一念発起した。











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