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束縛  作者: ロゼ
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第十二章(最終章)

「お帰り、真琴。」

「お帰りなさい、お疲れ様です。」


巴華に手を引かれるまま連れてこられた教会に、純白のタキシードを着た翼と正装をした元山くんが立っていた。

空港からのタクシーの中で想像をしていた光景と、ほぼズレのない光景だ。

わたしはちゃんと驚いた振りを忘れず、微笑ってみせた。

「ただいま・・・。」

「さ!真琴ちゃん着替えて!」

わたしは巴華に促されて、貸衣装であろうウエディングドレスに着替えた。

まだ真新しい感じがするドレスは、汚れている風もなく貸衣装の割りにまあまあセンスもいい物だった。

純白のドレスに包まれて鏡に映ったわたしには、何だか色が少しも似合っていないような気がする。

眩しいくらいの見事な白さに反吐が出そうになった。





パイプオルガンの音が聞こえてきた。

その音楽の中、巴華にエスコートしてもらいバージンロードを歩く。

「何かわたしと真琴ちゃんが結婚するみたい。」

巴華はわたしの方を見ずに言った。

「女同士は結婚出来ないわ。」

わたしは巴華を見て、まるで自分に言い聞かせるかのように呟いた。

パイプオルガンの音がやけに五月蝿い。

人が居ないせいだろうか、耳に直接聞こえて脳に響く。

「嫌な法律ね。」

「え?」

音が大きくてノイズのように耳を締めつける。

しかし、はっきりと聞き取れた。


───嫌な法律ね───


確かにそう言ったのだ。

巴華は嫌な法律だと、そう言った。

女同士は結婚出来ない。

それを、その法律を厭わしいと。


一瞬だった。

わたしがその言葉に含まれた意味を理解したのは。


     ───トモカハワタシヲアイシテイル───



ステンドグラスに淡い春の日差しが反射して、わたしにはあまりに眩しすぎて眩暈がした。









「真琴ちゃんに大事な話があるの。」

真剣な顔をして、きっぱりと言った巴華は、わたしが今まで見た事もない強い女性の顔をしていた。



晩に巴華の部屋に行った。

これからどんな大事な話を聞かされるのだろう。

わたしを愛している事を告白するの?

それともわたしの気持ちに気付いた事を告白するの?


巴華は無言でコーヒーを入れる。

そんな様を目で追いながら、わたしも無言になる。

不自然な余所余所しさが変な緊張感を生む。

息苦しい空気に眩暈がしてくる。

わたしは確信した真実を前に、巴華がどう出るのか予測つかなかった。



「わたしも・・・、貴女を愛してるの。」

必要以上に濃いコーヒーをわたしの前に置いた巴華は、わたしの事を初めて”貴女”と呼んで、その言葉の真実味を深めた。

「わたしもって言う事は、わたしの気持ちにも気付いているんでしょ?」

「うん・・・。」

巴華は俯いてまだ何かを言いたげにしている。

「どうしたの?」

「あの・・・・・・。」

「なあに?」

「落ち着いて聞いてね。」

「・・・・・・・うん?」

巴華は重い口ぶりで話し始めた。


「わたし、翼さんが好きだったの。」

「えっ!?」

全く予想もつかない言葉を言われてわたしは驚くしかなかった。

「上手く話せないかもしれないけど・・・最後まで落ち着いて聞いて。」

思い悩んだ様子で巴華がそう言ったので、わたしは首を縦に振った。


「一年位前かな、わたしは派遣で翼さんと同じ会社に居たの。出逢ってすぐ好きになっていっぱいアプローチした。

それでやっと振り向いてくれた。でも条件付だったの。彼は元山勇輝と付き合っていた。」


わたしは耳を疑った。

巴華の口から驚くべき真実が次々と明かされていく。

巴華は時々わたしを一瞥しながら話を続ける。


「わたしは翼さんの口から直接それを聞かされて、最初はショックだったけどそれでもいい、男性を好きでもいいからって関係を続けたの。   でも彼らには所帯が必要だった。既婚者と未婚者では昇進の割合も違うし、結婚をしていれば彼らの関係がバレる事もないし。   それである日翼さんに会社を替われと言われた。」

「それが今の会社?」

「うん。わたしが貴女と友達になるためにね。  課が同じになったのはラッキーだった。教育係をしていた貴女に近づける絶好の機会だもの。そしてわたしは貴女からの信頼を得なければならなかった。あの、初めて四人が出会う日のために。」

「あの、元山くんを紹介された日?」

擦れた声で聞くわたしを見ずに、巴華は頷いて更に続ける。

「翼さんが貴女に、元山に友達を紹介してと言って、貴女がわたしを選ぶようになるのも全て計算されていた事なの。  四人で会い、交流を作るために。  翼さんは貴女と、元山はわたしと結婚すれば、全て彼らの思惑通り、それが成功した暁にはわたしとの事もちゃんと考えてくれるって言った。」


さすがのわたしも頭の中が滅茶苦茶だ。

「つまり・・・?あまりよく理解出来ないんだけど?」

「つまり、翼さんと貴女が結婚して、わたしと元山が結婚する。  その裏で翼さんは、元山ともわたしとも関係を続けるという事。」

「でも・・・、巴華と元山くんが結婚したとしてもわたしが翼と結婚するっていうのは、計算出来るわけが・・・・。」

「それも計算に入ってたの。・・・これよ。」

震える声で言った巴華は、わたしに香水を入れるような小瓶を差し出した。

「これは・・・?」

「媚薬よ。偽者でもない、まやかしでもない、正真正銘の媚薬。」

「効き目は出ていないわ?」

巴華はわたしの目を見据えた。

「出てるの。ちゃんと。・・・・・・わたしも始めは信じなかった。媚薬だなんてそんな気休め程度だって。何処かの国の神話だけのものだって。   でも、翼さんは立証済みだからって。  それでその言葉を信じて貴女に使ったの、わたしを愛する様に。」


今日ほどロボットが羨ましく思った時はない。

心なんてなければ、感情なんてなければこんな息苦しい想いはしなくてすむのに。


「わたしは、貴女と会う度媚薬を使った。早く事を成功させて翼さんに見直してもらいたかったから。  でも仕組まれた事とはいえ、慕っていた貴女にそんな事をするのは心が痛んだ。わたしのために一生懸命になってくれている貴女を見て辛かった。でも翼さんに愛されたくて、ただそれだけで・・・・・・。」

巴華はそこまで言うと言葉を詰まらせた。

わたしは不思議と落ち着いている。

「続けて・・・くれる?」

「・・・うん。・・・・・・あの日、四人で出会った晩、貴女は翼さんと途中で抜けて彼が元山に気持ちがあると聞いた。  そういう事によって自ずと四人での交流を避けられない。これも、翼さんが貴女の性格を読んで計算されたものなの。そこで今度はこの媚薬を使った。  効き目は著しく現れて、貴女はわたしを愛し、元山を愛する振りをしたわたしと元山をくっ付けるという、彼らの当初の目的を思いついた。    翼さんには解っていたんだわ、貴女は頭のいい女性だし、彼と思考回路が近いから、貴女がいずれ自ら彼と結婚するという目的を思いつくのを。    そして貴女と翼さんは結婚して、彼らの目的は達成した。」

「でも、巴華、あんたと元山くんは?」

「・・・・・・わたしたちはもう既に入籍していたの。  だから目的は成功。でもわたしはその頃もう貴女を愛していたの。  勿論翼さんの事も愛していたんだけど、その気持ちより貴女への気持ちの方が大きかった。・・・・・だから貴女にした事は前にも増して申し訳なく思った。でも今は後悔してない、だって媚薬を使ったから貴女はわたしを愛する様になったんだもの。      わたしはこれで其々みんな上手くいくかもって思ったわ。 翼さんと元山。わたしと貴女。偽装結婚して良かったと思ったのよ。」


わたしの頭の中はどうなっているんだろう?

こんな信じられない話が、きちんと整理されてきている。


「どうしてこんな話するの?言わなきゃバレなかったんじゃない?」

「・・・・・・貴女が海外出張に出ていた時、わたし連絡せずに貴女の新居に行ったの。」


わたしと同じパターンだ。

彼女の場合は元山くんとの関係を知っているから、一体何に出くわしたのだろう。


「家には元山も居て、仲良さそうにお茶なんか飲んでたわ。前ならかなり妬けたかもしれないけど、もうわたしには貴女への想いの方が強くて、”ああ、翼さんとの事振っきれそう”って思った。  で、それを翼さんに伝えたら、翼さんも応援するよって言ってくれて、肩の荷を下ろして帰ろうとしたの。・・・・・玄関を出て、通りまで出た時、忘れ物をした事に気付いて家まで戻ったら、部屋の中から会話が聞こえてきたの。」


巴華は思い悩んだ様子だったさっきとは違い、今度は怒りの色を瞳に映した。


「翼達の会話?」

「うん。・・・・・・わたしは踊らされていたのよ、あの二人に。」

「どういう事?」

「翼さんは当初の目的を成功させても、わたしとの関係について保証する気なんて更々なかったの。   しかもわたしが彼を好きになったのもこれの所為だった。」

わたしの前にさっき見せた媚薬を差し出して続ける。

「だから貴女に対してこれを使う時も、立証済みだと言ったのよ。挙句の果てには、実験台にしたくせにわたしをしつこいとか、執念深いとか罵ってた。頭にきたの。」

「だから、わたしの耳に入れようと。」

「そう。わたしも貴女にずっと嘘をついていたくなかったし。」

「そっか・・・・・・。」



わたしは温くなったコーヒーを口に含んだ。

あまりにも濃いブラックだったのと、現実離れした話に胃が痛かった。


「少し休憩しようか・・・。」

わたしは巴華の部屋に置いてあるピエロの置時計に目をやる。

もう午前四時を回っている。

カーテンの隙間から見えた外は、もう春だというのにまだ暗かった。

漆黒の闇は、世界にわたしたちだけを残したかのような静寂を漂わせる。



長い夜はまだ明けない。













     愛しい彼女は眠ってしまった。


長い事語った所為だろう。

若い彼女には少々プレッシャーが掛かり過ぎた。


わたしは頭の中を整理して、これからの身の振り方を考えた。

思い起こせば、翼と出逢ってから色んな事があった。

その度に得るものもあったが、失うものもあった。


しかし失うものはあまりにも大きすぎた・・・・・・。


これからも色んな事があるだろう。

その度にまた、人格を壊され、人間性を変えられ、神経を擦り減らす。


わたしは世の中を醒めた目でしか見れなくなっている。


惰性でしか生きられない女になっている。


もう疲れちゃった・・・・・・。



わたしは突然嘲笑いだした。

無性に可笑しくなってきたから。


賢い男の下らない策略が。


それにまんまとはめられた未熟なわたしたちが。


「バッカみたい。」


でもあんたは詰めは甘いのよね。

あんたはこの謀を完璧にこなした気でいるんだろうけど。

わたしには愛しい密告者がいた事をお忘れなく。


あんたとわたしは一蓮托生だと思ってたけど、何だか違ったみたいね。



ああ。下らない男。

それに纏わり付く男も下らない。

それにしがみ付いていたわたしも下らない。

それに踊らされていたわたしたちも下らない。





あんな男が存在するこの世界も下らない。





この状況も翼の想定の範囲内かな?

頭のいい、狂気を持つ男。

わたしと同じくらいプライドの高い狂気を持つ男。

限りなくわたしに近い思考回路をした狂気を持つ男。


わたしの行動を常に把握しているのだから、計算に入っているかもね。

わたしまた踊らされてるのかしら?


ま・・・いいか。

その時はその時。

なるようになるもの。




わたしは引き出しから巴華の皮手袋を取り出して軽く微笑んだ。



台所に行って包丁を取り出して、いやらしく輝いたそれに映る自分の顔を見て、また微笑んだ。





「さてと・・・・・・。」



長かった夜はまだ終わらない・・・・・・。






                                 完

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