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束縛  作者: ロゼ
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第十一章

わたしと巴華は初詣の後、わたしの家へ来て話をした。

わたしと翼が式を挙げない理由、正確に言うと挙げれないのだが。

前回結婚を取りやめた理由を誤魔化すのには少々苦労したが、大体の経緯を説明した。

巴華は何と無くだが、巴華なりに解ってくれたようだ。


「でも真琴ちゃん本当は式挙げたいでしょ?」

そう巴華が聞いてきたが、実際のところその気持ちは皆無だ。

わたしだって一応女の端くれ、結婚式に無関心と言えば嘘になる。

しかし、結婚式は自分の愛する人と挙げたいと思うもので、わたしと翼の間には用は無い。

仮に前回の事が無かったにしても、恐らく式は挙げないと思う。

打算的な考えでものを言えば、わたしと翼は利害の一致で結ばれるだけで、世間体的にも結婚しておけば、翼も更に急速に昇進できるだろうし、わたしだっていつまでも独身でいればさすがに親も黙ってはいないだろう。

他にも利点はあるし、利点が無ければわたしたちは結婚などするはずがない。

式を挙げるために結婚するのではないのだから。

そんなものは、経済的に無駄。

労力の無駄。

式に呼ぶ人達に振りまく愛想の無駄。

準備に費やす時間の無駄。

無駄になるものしか思いつかない。

しかし、そんな風に心配してくれる巴華に醒めたわたしを知られたくない。


「そうね、挙げれたらいいけどね。」

こう答えるのが無難だろう。

きっと巴華も仕方ないと納得してくれるはず。

しかし、わたしは彼女の次の言葉に一気に疲れを感じる事になる。


「四人で結婚式しよう!」









「四人で結婚式しよう!・・・なんて言うのよ?面倒だと思わない?」

「そうか?巴華ちゃんは優しいじゃないか!真琴の事を思って言ってくれてるんだよ。いい子だなあ!」

わたしは巴華が帰った後、すぐに翼に事後報告をしていた。

「そうかもしれないけど面倒くさい。」

    ピリリリリリリ・・・

電話の向こう側で携帯電話と思われる電子音が聞こえた。

「あら?誰か居るの?」

「えっ!?誰も居ないよ。何で?」

「今そっちから携帯の音が聞こえたような気がしたから。」

「ああ!テレビだよ、テレビ。」

「そう。ところであなたは面倒だと思わないの?」

「四人で式をするって事?別に面倒とは思わないよ。」

「ふーん。わたしはあまり気が進まないわ。結婚式って愛してる人と挙げるから感動するだけで、その行為よりも相手で決まるんじゃないかと思うのよね。」

「君は俺の事が嫌いだからね。」

電話の向こうで、翼が困ったように微笑っているのがわかる。

「愛してたら変でしょ?」

わたしは何時からこんなに、翼の前で憎まれ口しかたたけなくなったんだろう。

そんな事を言うために電話したり、会ったりしてるわけじゃないのに。

「俺はね・・・。別に君の事を愛していないわけじゃないんだよ?」

「この期に及んで何を言い出すの?」

「真琴が誤解している部分があるから言い訳するだけだよ。」

「・・・・・・。」

翼が自分で言い訳と言ってしまったので、わたしは何も言い返すことが出来なかった。

「俺は今でも君の事を愛してるよ。ただ、それは女性の中では君が一番だけど、男性も含めたら別だってだけでね。俺が自分は同性愛者だって気付いた時、君に対する気持ちが消え失せたわけじゃなかったんだよ?君の事は変わらず愛していたし、傷つけたくもなかったし。だからこそ結婚もやめるつもりもなかったし。」

「・・・・・・。」

「女性も愛せるけど、男性をより愛してしまうだけなんだよ。」

「わたしだって、男性を愛せるわ。でも今は女性と男性、どちらがいいかなんて事は判らない。」

「そうか、今の時点ではそうかもしれないね。」

「でも少なくとも、あなたの事は嫌いじゃないけど男性としては愛してない。」

「・・・そうだよね。」

「またかけるわ・・・。」

「・・・ああ。」


翼に思わぬ事を言われて言葉を失った。

愛していると言われて動揺したわけじゃない。

何と無く言葉を失っただけ。

女であるわたしは、女である巴華を愛している。

決して男を愛せないわけじゃない。

実際、わたしは翼を愛していたのだから。

男である翼は、男である元山くんを愛している。

決して女を愛せないわけじゃない。

現に、わたしを愛していると言ったのだから。

でもわたしには、翼の気持ちが解らない。

わたしには同時に二人を愛するなんて器用な事は出来ないから。


わたしは巴華を手に入れる事なんて出来るのだろうか?

巴華がわたしを愛するようになんてなるんだろうか?

自信が、勇気が、気力が、意欲が湧いてこない。

人の心なんて、簡単に物に出来たはずなのに。

今まではどんな恋だって手に入れてきたはずなのに。

彼女に逢うまでは。

知りもしなかった、知るはずも無かった。


    ───失うのがこんなに怖いことだなんて!───










わたしと翼は入籍した。

とはいえ、同居した事の他に特に何も変わった事はない。

わたしも仕事を辞めるわけじゃないし、それがあるからこそ夫婦別姓にしてあるし、結婚したと実感出来るものはこれといってない。

翼と同居したからといってわたしの生活の何かが崩されるわけでもなく、時間が合えばたまにご飯を一緒に食べたりするくらい。

前の生活とあまり大差ない。

女の一人暮らしより、家に男性の存在があった方が色々都合のいい事もあり、この状況をそう悪くは思わなくなってきた。


新居に移住してから、元山くんが頻繁に遊びに来るようになって、翼はその度乙女のようにはしゃいで少し気色が悪いのが、わたしの中で唯一この生活の中の毒素だ。

それを指摘する事は出来ないので、目を瞑るしかないのだが。

巴華はというと、新居にはあまり顔を覗かせなかった。

彼女いわく、「新婚さんの家へ行くと気を使うから」らしいが、わたしにはそれが嫌味にしか聞こえなかった。

しかし、だからといって会わないわけでもなくわたしが巴華の家へ出向くといった格好だ。

新居から巴華の家までは少し離れていたが、愛しい人のための道程を、わたしは決して苦には感じてはいなかった。



翼と入籍してから、上司からの目が前よりも良くなった。

なんでも、翼の父親がうちの会社の会長のゴルフ仲間だとか。

ああ。だからか、下らない贔屓目なんだ。

しかしわたしは、それを有り難く利用させて頂く事にした。

わたしの会社にも海外事業部があるので、その部への配属を。

巴華と部署が変わってしまうのは後ろ髪引かれる想いだったが、今の部署より給料がいいのでいずれ巴華に何かあった時の為を思い、備えあれば憂いなし。と経済面を取った。


色んな事が順調に運んで、わたしは前より少しは前向きに生きる事が出来ている。

ただ、相変わらず巴華を失う怖さだけは拭う事は出来ないのだが。





三月も後半に入った頃、人事異動でわたしは海外事業部への配属が決まった。

案の定、部署の違う巴華とは逢う時間を大幅に削がれたが、自分から申し出た事なので致し方ない。


新しい部署に移動してわたしは海外出張へ行った。

二週間と少し長かったが、無事に帰国する事が出来た。

帰国して巴華が真っ先に迎えに来てくれた。

わたしは日本が懐かしく思われたのと、巴華の愛しい笑顔で思わず笑みがこぼれる。

たまに離れてみるのもいいもんだなと、少しだけ思う。

久し振りに逢った時のこの笑顔がまた極上なのだ。


「お帰りなさい。寂しかったよ。」

巴華はフッと柔らかく微笑む。

「ただいま。ごめんね、寂しがらせて。」

可愛い事を言ってくれる巴華に、わたしは思わず長期出張から帰ってきた男が、家で待つ新妻に言うような台詞を言った。

しかし巴華はそんなやり取りに全く違和感を感じている様子はない。

何の違和感を感じる事なく、嬉しそうに微笑う巴華を見て何故かわたしの方が違和感を感じた。


つと、周りを見渡すと翼の姿も元山くんの姿もない。

巴華はたった一人で迎えに来たのだ。

わたしの到着を一人で待っていたのだ。


「巴華、翼や元山くんは?」

「・・・一人で来ちゃった。」

「そうなの。」

「ねえ、真琴ちゃん。これから教会に行こう。」

ふいに巴華が場違いな事を言ったので黙ってしまった。

茫然とするわたしの手を引き巴華は歩いたので、わたしの足もそれに従い動き出す。

何で教会なんだろう。


───あっ、そうか。

巴華が前に言った言葉を思い出したわたしは、敢えて気付かない振りをする事にした。








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