第一章
彼女はとても可愛らしい子だった。
つぶらな瞳、控えめなふっくらとした唇、鼻筋の通った整った顔立ち。
誰に対しても分け隔てなく優しく、その控えめな唇から発せられる甘く響く柔らかな声は、大抵の人は好印象を受ける。
わたしもどちらかといえば自分で言うのもなんだが、大きめの、意思が強くはっきりと窺われる瞳にほっそりとした輪郭、鼻筋の通った綺麗系の落ち着いた顔をしている。
他人から、よくそう言われるので少しずつ自覚していた。
そんなわたしは今まで、男性に好意を持つ事もあったし、恋人がいた事もあったが、失恋というものを経験した事がなかった。
ただ、たまたまわたしが好意を持った相手が同じくわたしに対して好意を持っていただけかもしれないが・・・。
ともかく、わたしは自分の恋心を成就させる事に関して多少なりとも自信をもっていた。
彼女に出逢うまでは・・・・・・。
わたしと彼女は職場の先輩後輩の関係だ。
今の職場に彼女が入社してきて、わたしが教育係みたいなもので彼女に仕事内容を教えていた。
彼女はわたしをよく慕い、世話好きなわたしも慕われると面倒の見甲斐があるもので、そこから親しくなり、次第に仕事抜きでも付き合いをする様になった。
付き合いも半年程もすると、プライベートな悩みを話したりして、お互い性格や癖などが自然とわかってくる。 わたしも彼女も性格などは似通っていなかったが、気を使う事なく、毎日仕事が終わるとどちらかの部屋で他愛も無い話をしたり、職場の上司の愚痴をこぼしたり、下らない事で談笑したりして過ごすくらい、親密になっていた。
わたしも彼女も男兄弟しかいなかったし、社会人になってからは特別親しくしていた友人もいなかったので、二人でいるとまるで姉と妹のような感じがして愉しかった。
ある日、わたしは男友達と食事に出掛ける事になった。 男友達と言っても、二年程前に別れた恋人で、わたしよりもずっと年上で兄貴のような存在だ。その兄貴───翼が、「俺の大事な後輩に誰か女の子を紹介してくれ」と頼むものだから、彼女───巴華に了解を得て、今晩会う事になったのだ。
約束の時間、わたしと巴華はかつてわたしと翼がよく来ていたバーにいた。
別れてからも友達として付き合いは続いていたが、少なくともわたしはあれ以来ここには来ていなかったから、なんだか懐かしい感じがする。
横で巴華はどんな人が来るのだろうとか、子供っぽく見られないかしらとかはしゃいでいる。
巴華は成人式を済ませたばかりだが、整った顔立ちと柔和な雰囲気が手伝い、年齢より少し上に見える。ただそれは巴華が黙っていればの話なのだが・・・。
それを自覚しているのでそんな事を心配しているのだろう。
「真琴!待たせて悪い!」
低いがよく通る、聞く人に不快を与えない声がわたしの名前を呼んだ。
テーブル席で待っていたわたしたちの方へ翼とその後輩らしき男性がやってくる。
「初めまして、一位 翼です。こっちは後輩の元山 勇輝、真琴がいつもお世話になってます。」
翼が巴華に自己紹介をすると、
「いえいえ!こっちの方がお世話になってますから! あ、あの森野 巴華です。」
巴華も立ち上がり深々と頭を下げた。
「元山 勇輝です、よろしく。お久しぶりです、真琴さん。」
そう言われてやっとわたしは元山くんを思い出した。翼と付き合っていた頃、数える程度だが彼とは会った事がある。 以前より少し痩せたせいかわからなかったのだ。
「お久しぶり。なんか雰囲気違ってて気付かなかったよ。」
「こいつもいろいろあって大変だったんだよ。まあとりあえずみんな座らないか?」
よく見たら四人とも総立ちで、まるでお見合いみたいで全員笑いがこぼれた。
いい雰囲気で始まったと思った。 紹介する相手が自分の知っている人だったし、わたしは少しほっと肩をおろした。
軽く食事をしてアルコールも入っていたので、みな会話が弾んでいた。
最初は控えめにしていた巴華も、少しオクテな元山くんも積極的に二人で話せるようになり、わたしと翼は気を使い二人でカウンターに移動った。
「ってゆーか、カウンターより俺らだけ店出た方がいいんじゃないのか?真琴がまだ飲み足りないんならつきあうし。」
「いいのよ、ここからなら二人が見えるし安心でしょ?」
「そんな、巴華ちゃんも子供じゃないんだし、元山だって会ったその日にしかも俺らの知り合いに変な事しやしないよ。」
「・・・巴華は子供よ、元山くんもいい人だとは知っているけど男だもの。」
「保護者ヅラしちゃって、真琴も心配性だな。」
わたしは妹のような巴華が心配だった。
男性経験もないわけではないが、決して豊富でもない、変な男にはつかまって欲しくなかったし、目の届く範囲であればアドバイスしてあげられるので、今回翼の後輩である元山くんはある程度安心は出来る。
しかしそれでも、友人から見た目と恋人として見た目ではまた違うものもある。
人は豹変する事もあるし、まして男女間ではおおいに考えられる事だ。
わたしは少なくとも巴華よりは男性経験もあるし、もし巴華が自分に恋愛相談を持ちかけてきたら冷静に判断する自信はあると思う。
人から見たら、ただのおせっかいかもしれないだろうが・・・・・・。
「それにしても真琴がそこまで世話をやくほどの女友達をつくるなんてね。」
「意外だ・・・、とでもいいたげね。」
「そりゃあそうだよ。今までそこまで親しく付き合う友達なんていなかっただろ?表面だけの友人てのはたくさん居たんだろうけど。」
「そうかもね、あの子はなんて言うか、特別なの。気が合うしずっと一緒にいても退屈しないしね。本当の妹みたいな感じかな。」
そう言ってわたしは煙草を燻らせた。 翼は少し安心した というような表情をしてから、わたしの肩を抱いてこう呟いた。
「真琴の事は今でも心配してるよ、いつも思うよ 新しい恋人はできたかなとか、人間付き合いに疲れてないかなとか。」
───嘘つき。あなたは別れてからもそんな事をいい続けるけど、わたしは一度だってそんな言葉信じた事はない。わたしが人間付き合いに疲れたのは、あなたのせいだもの。
あなたと別れてから新しい恋人を作ろうなんて考えた事もない。
わたしは翼の事は男として見るととても憎かった。
それでも人としてはとてもいい人だから、付き合いを続けている。頭もいいし、優しいし、常識もある・・・。
ある部分を除いては。
そのある部分のせいでわたしたちは別れる事になったのだが、今ではその事を時々翼から相談され、わたしもついつい聞いてしまうからお笑いだ。