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『 王者への挑戦です(2) 』

 

 

 巨大な怪物が吼える。

 目の前にいる、怪物の足くらいの大きさしかない少女の命を刈り取るために。


 勝利を確信した獣の声。獲物を刈りとる歓喜の咆哮。まるで大地が唸ったようなそんな重い響き。

 それこそが、ミノタウロス・チャンピオンの必殺技〈山脈砕き(マウンテンクラッシュ)〉をはなつ合図。

 多くの〈冒険者〉に絶望を与えてきた、死刑宣告の唸り声。



 だが、それこそが――


「それを――」


 ――反撃の合図


「――待っていたですっ」



 カエデの指が軽やかに踊りだす。

 マルチデバイスの動きに合わせて、カーソルがメニューウィンドウの上を走る。キーボードが小気味良くタタンと音を鳴らされて、ショートカットでコマンドが入力されていく。


「リーチェ、今ですっ」



 見上げるような高さから、少女の身体よりも巨大な斧が振り下ろされる。

 その一瞬より早く、リーチェは、マジックワンドを構えて魔法をはなった。



 画面が激しく点滅する。


 地面を砕く轟音が、耳を打つ。



「や、やったですか?」



 思わず閉じた目を、カエデはゆっくりと開く。

 モニターに映っていたのは、ミノタウロス・チャンピオンが斧を地面に落とし、自分の両手で眼を押さえて身悶えている姿だった。


「やりましたっ。やりましたですよっ。

 メガネの人の言った通りなのです」


  彼女は、思わず両手を高くあげてばんざいをする。辛そうだった顔には、喜びと驚きそして、一瞬のチャンスをものにした達成感で満ちていた。



 リーチェが使ったのは閃光の爆発(フラッシュボム)という付与術士(エンチャンター)が使う魔法がチャージされたマジックワンドだ。

 10秒間ほど、相手の視覚を奪う魔法なのだが、よほど格下相手でないと持続時間が短くなってしまうという、大きな欠点があった。

 魔法を唱える時間よりも持続時間が短ければ、ソロプレイのときに使う意味はほとんど無い。またパーティプレイのときは、他のプレイヤーの画面まで激しくフラッシュさせて視界をジャマしてしまう。

 そのため、あまり人気はなく、実際に使われることは少ない魔法だった。



「本当なら90レベル相手には、1秒すら持たないです。……ですが」


 メガネの人がくれた情報。

 ミノタウロス・チャンピオンの〈山脈砕き〉は、あらゆる防具や魔法、特技の効果を無視して大ダメージを与えるという技だ。この直撃を受ければ最大の防御力を持つ守護騎士(ガーディアン)でさえ耐えるのは難しい。

 だが同時に、構えて溜めるときに魔法耐性が無くなるという弱点がある――そう教えてくれた。


「一瞬のそのときになら、通じるのです」


 ワンドマスターの特技で、チャージを全部消費するほど効果を拡大強化したフラッシュボムをぶつけて、十数秒間の攻撃チャンスを生み出す。

 それこそが用意した奇策。耐え切った末につかんだチャンスだ。



「いくですっ」


 カエデは、キーボードのキーを叩く、叩く、叩く。

 そのキーの音に合わせる様に、画面内でツーテールをなびかせてリーチェは動き出した。

 使い切った魔法の杖をほうり捨てる。転がった杖は、砕けて宙に消えていった。

 ミノタウロスの左に回りこみながら、新しい杖を魔法の鞄から取り出す。

 そして、まだ悶えている牛頭の巨大なモンスターに向かって、ぴたりと構えた。


 魔法の杖の先に、赤い光で描かれた円と記号の文様、魔法陣が現れて回転しだし、準備ができたことを教える。


「ファイアっです」


 カエデの声と共にマルチデバイスがクリックされた。

 魔法陣から、〈魔杖威力最大化(メタ・ワンド・マキシマイズ)〉の特技で威力を増幅された灼熱の光弾(ブレイジング・バレット)が、次々に赤い残像を描いてミノタウロスへ向かって飛ぶ。


 立て続けに起こる爆音。


 ブレイジング・バレットはソーサラーが使う、高熱の光る弾を敵に撃ちこむ攻撃魔法だ。

 高い攻撃力と速射性を兼ね備えている強力な魔法だが、その分MPの消費が大きいのが欠点だった。

 だが、マジックワンドで使えば、チャージされた魔力が消費されるため、術者のMPは消費されない。

 そのためこのようにMP消費を気にせずに連続して撃ちだすことができた。

 まさにワンドマスターの本領発揮である。


 その代わり、大量のお金がかかってしまうのだけれど。


「10秒で一ヶ月の稼ぎが消えていくというのは、自分でも豪快だと思うのです」


 戦うためにそろえたマジックワンドの出費で、リーチェの貯金はすっからかんになってしまった。

 だが、それが必要な相手なのだ、ミノタウロス・チャンピオンという敵は。



「次っ」


 〈メタ・ワンド・マキシマイズ〉の特技の代償として、通常より早く魔力が尽きたマジックワンドを捨てて、新しいマジックワンドを鞄から取り出す。

 巨大な身体の横に回りこみながら、さらにブレイジング・バレットをテンポ良く撃つ。

 小さな少女の動きにはよどみがなく、閃光の眼つぶしから回復したミノタウロスに、体勢を立て直す隙をあたえない。


 光弾が次々に、怪物を射抜く。

 爆音が鳴り止まない。


 絶え間ない魔法の猛攻に、ミノタウロスは唸るような悲鳴をあげて、もだえ苦しむ。

 威力が大きい攻撃を連続で受けているため、硬直モーションから回復できずに『固められて』いるのだ。


 リーチェは、さらに撃ちつくしたワンドを交換して、魔法を放つ。今までとは逆に、こちらが一方的に攻撃する展開になっていた。





◆





「ふう……」


 作戦が上手くいき攻撃が成功したことで、カエデは大きく息を漏らした。


 そうやって安心すると、喉がからからに渇いていた。いままで緊張していたため、気がつかなかったらしい。

 喉を潤すために、マルチデバイスから手を離してテーブルの上に置いたペットボトルに手を伸ばす。


「これで、ボクの勝ちですね」


 キャップを外しながら、モニターの戦闘を見守る。もちろん左手は、キーボードを叩いて魔法を撃ち続けていた。

 既にいわゆる「ハメパターン」になっている。後は、このままミノタウロスが倒れるまで攻撃し続ける、それだけで終わる。



 ――ハズだった。



 ペットボトルを傾けて口に運ぼうとした瞬間、モニターが激しく瞬く。



「……え?」


 ヘッドホンから、まるでダンプカーが衝突したような重く鈍い音が脳を揺さぶるようにぶつかって来た。

 同時にリーチェが大ダメージを受けたことを示す、鋭く高い音が重なる。



 カエデは、一瞬、目の前の光景を信じられなかった。



「な……」


 少女の小さな身体が空に浮いている。周囲には、砕けた鎧のエフェクトがきらきらと輝いて木の葉のように舞っていた。


「な、なぜです?!」


 リーチェのHPバーは、ほとんど長さが残っていない。



 カエデは油断していた。だから気がつかなかったのだ。

 ミノタウロスの瞳が赤く輝いた瞬間、ダメージを受けながらも機敏に動いたことに。


 まるでラグビーのタックルのように前傾姿勢をとると突進、リーチェの細い腰に巨大な角を突き刺し、そのまま空に放り投げたことを。



 ミノタウロスが咆哮をあげる。それは攻撃が成功をしたことを示すだけのもの。

 だが、カエデには油断したことを、慢心したことを、あざ笑う声に聞こえた。



「もう――」


 床の上にペットボトルが落ちる音が部屋に響いた。

 右手がマルチデバイスを握り、キーボードの上に左手がおかれる。

 ヘーゼル色の瞳は、モニターの光で赤く輝いていた。


 ――もう次は無い。

 勘がささやいた。HPもなく、MPもない。杖のストックも残り少ない。

 回復は間に合わないし、守ってくれていた魔法も鎧も無い。


 ――もう後が無い

 勘がささやいた。なぜ急に動けたのか?

 追い詰められたから、何か特殊効果が発動したのか?


 ――もうやるしか無い

 勘がささやいた。これしかないと。



 考えたときには、既にキーを打ち終わっていた。



「――負けないですっ」


 カエデは、力強く叫ぶ。負けそうな心を叱咤するように。画面の中の少女を応援するように。



 リーチェは、地面に落下しながら、新しくマジックワンドを取り出した。

 それは、拳銃(リボルバー)に似た形をしていて、構える姿は、早撃ちのガンマン(ガンスリンガー)を連想させた。


 ミノタウロスは、地面を踏みしめて、拾いなおした巨大な斧を大きく振りかぶって待ち構える。

 それは、獲物を狙うようにきらめき、罪人の首を落とす斬首台の刃(ギロチン)を連想させた。



 地面を踏んだブーツが、金属音を響かせる。

 まるでコイントスの硬貨が、落ちたように。



 音に重なるように、魔杖から銀色の光が放たれる。


 音に重なるように、斧が風を切り裂き振り下ろされる。



 一瞬、金属の塊と光の線が交差して。


 モニターが再び激しく点滅し、派手な音が重なり合い、思わずカエデは眼を閉じた。





 音が遠くなり静かになる。

 床に落としたペットボトルがテーブルの脚にぶつかる音が聞こえた。



 カエデは、ゆっくりとまぶたを開く。

 モニターの光で青く輝く瞳に映ったのは、小さな少女に重なる巨大な斧の映像だった。


「あ……」


 巨大な斧は、ゆっくりと。


「ああ……」


 ポリゴンの欠片になり、砕けていった。


「ああ……っ。

 やった……。やったのですよーっ」


 カエデは、ばんざいのポーズをして全身で喜びを発散した。

 ついにミノタウロス・チャンピオンを倒したのだ。




 リーチェが見据える場所には、ミノタウロスの巨大な身体はもう消えてしまっている。

 そこには、敵を倒したご褒美(ドロップアイテム)のアイコンだけが残っていた。


 カエデは震える手でカーソルを動かして、ドロップアイテムを回収する。

 そして、ゆっくりとアイテムウィンドウを開いて、もう一度確認。

 そこには倒した証である〈王者の角〉の名前が、燦然と輝いて存在していた。



「うわー。うわー。うわー。

 やりましたですーやっちゃいましたですー。

 嬉しいですー。嬉しいですー」


 カエデは、感極まって叫ぶ。


 思わず、ヘッドホンを放り投げて、仰向けに倒れこんだ。でも、まだまだあふれる喜びは収まらない。じっとしていられない。


「うわ~い」


 そのまま、フローリングの床をごろごろと右に転がってみた。


「うわ~い」


 そこにはお気に入りのクッションがあったので、ぎゅっ抱きかかえてみる。

 まだまだ足りない。抱っこしたまま今度は反対側に転がりまわった。


 部屋の中を右に左に転がりまくる。嬉しい笑いが止まらないし、顔がゆるみっぱなし。

 こんなところ誰かに見せられない。もし見られたら、きっと恥ずかしさで三日くらい部屋から出れなくなる。


 でも、転がりまわるのがとめられない。

 それだけ嬉しかったのだ。


 何度も失敗した三ヶ月。そして訪れたチャンス。

 だがそれは油断から消えそうになり……それでも細い糸を掴んで引き寄せて手に入れた勝利なのだから。





 なぜ、ミノタウロス・チャンピオンは、あの一撃で倒せたのか?

 それは、最後に使ったマジックワンドの特性と、カエデの賭けの結果だ。


 使ったマジックワンドは、自動詠唱杖(キャストワンド)という少し変わった特性をもつマジックワンドだ。

 形は、回転式拳銃(リボルバー)に似ていて、引き金(トリガー)があり、撃鉄(ハンマー)があり、回転する弾装(チェンバー)がある。

 どう見ても拳銃(ガン)なのだが、あえて杖(ワンド)という名前が付いているのは、開発者の趣味なのだろう。


 形だけでも変わっているのに、使い方はさらに変わっていた。普通のマジックワンドとは違い、魔力はチャージされていないのだ。

 その代わりに、弾装に一定ランク以上のマジックワンドを入れることで使用する。そして、込められたマジックワンドの魔力を消費して、魔法の弾丸を撃つのだ。


 発動させるためには、トリガーを引くだけでいいので、詠唱時間(キャストタイム)がほぼ無しで攻撃できる。

 しかし、与えるダメージは、200点に固定されていた。そのため実際に使う〈冒険者〉は、少ない。


 なぜ少ないのか? それは、〈エルダーテイル〉では200点のダメージというのは、低いからだ。

 レベルが低いうちは、それでも大きいダメージではある。だが、90レベルともなると一撃のダメージは500点を超えるのが当たり前だし、武器攻撃職の暗殺者(アサシン)ならば10000点を越すダメージさえ出すことができるのだ。

 それは、殆どの攻撃力が能力値(ステータス)に対応して変動し、高い能力値があれば高い攻撃力が出せるようになっているからであり、それをさらに強化する特技が武器攻撃職や魔法攻撃職にはそろっているからだ。


 では、なぜ威力が高くないキャストワンドを、カエデは選んだのか?


 一つは、もちろん詠唱が必要ないからだ。斧が振り下ろされるよりも早く攻撃しなければならなかった。

 もう一つは、最後の攻撃のとき、ミノタウロスの防御力が一時的に上昇したのだと、カエデの直感がささやいたからだ。

 受けるダメージが減ったことで硬直が弱まり、攻撃が可能になったのではないかと。


 そうだったのなら、ブレイジング・バレットでは止めはさせない。他の攻撃手段では、間に合わない。回復や防御も論外だった。


 ゆえに賭けたのだ「固定ダメージ200」に。ミノタウロスの残りHPが200以下であることに。

 ――キャストワンドの攻撃は「どんな場合でも」200点ダメージを与えられるのだから。





◆





 カエデははしゃいでいた。それはそれは、とてもはしゃぎまくっていた。


 三日後には、懐かしい日本へいける。

 そこには、〈エルダー・テイル〉の、〈アキバ〉の仲間たちがいる。

 もしかしたら何人かは、止めていたりお休みしているかもしれない。

 けれど、誰もが〈エルダー・テイル〉が大好きだった。〈アキバ〉が大好きだった。

 きっと今もあの世界で、元気にしていることだろう。会えるのが楽しみで仕方ない。



 三ヶ月かかったクエストをクリアすることができた。

 廃人とも呼ばれるトッププレイヤーたちでさえ倒すのが難しいといわれている、ミノタウロス・チャンピオンを倒せた。

 ゲーマーとして誇れることだし、自慢できることだ。

 それに手に入れたアイテムを素材として作成できるものは、きっとみんなを驚かせるだろう。

 驚く顔を思い描くだけで、にやにやが止まらない。



「えへへ。えへへへ」



 カエデは笑いが堪えきれない。あんまり騒がしくするとまた怒られるのだが、どうしょうもない。

 全身から喜びがあふれ出し、じっとしていられない。もし小さな子供だったのなら家から飛び出して、大声上げながら走り回ったことだろう。

 小さな子供ではないカエデは、外に出たい衝動を抑えて、部屋の中で喜びをかみ締める。


「はっやっくっ♪ あいったいっなー♪」


 散らかったゲーム部屋の中で、床を転がりまわりながら、妙な節をつけて適当な歌を口ずさむ。


「えへへへ~~」


 ごろごろと右に転がり、窓にぶつかってとまる。


「えへ~えへ~」


 ころころと左の転がり、棚にぶつかってとまる。


「ああ~楽しみです~」


 そして反対側に転がろうとしたとき、


 ピンッ


 何かコードが引っかかった。

 そして引っかかっても勢いはとまらずに、そのまま転がってしまった。


「あれ?」


 ガチャンと何かが棚から落ちた。


「え?」


 それをきっかけに、次々と棚に詰め込まれた、箱や本が崩れ落ちてくる。


「え? えええ?!」


 あわてて落下予測地点から転がって逃げる。

 逃げた先でぐりっとペットボトルを背中で踏み潰した


「ふぎゃ?!」


 思わず飛び起きる。


 バダンゥ


 今まで寝ていたところに、スチールラックそのものが倒れてきた。



「うきゃぁぁぁぁぁ!?」


 カエデは、慌てて這って部屋の外へ逃げ出した。



「のう~~~~!?」



 カエデは、あの時に掃除をしなかったことを後悔しながら、崩れてくるガラクタの山を見つめることしかできなかった。



 物がぶつかる音。

 重なる異音。

 何かがへし折れる音。

 盛大に、不快で破滅的なオーケストラ。


 最後に重なる、鋭い電子音。

 何かがこすれた音と金属が引っかかれたような音が響いた。



 それは今まで10年間、共に戦ってきたパソコンの断末魔だった。





 次の日。


 両親のパソコンを借りて、〈エルダー・テイル〉を起動させたカエデは、パソコンのほかにもう一つ壊れていたものが、あったことを知る。



 それは、リーチェのキャラクターデータ。



 パソコンが破損したときに不正な動作をしたため、〈エルダー・テイル〉のデータが破損してしまっていたのだ。ハードディスクの方だけではなく、サーバー側のデータさえも。


「そんなの嘘です~~~」


 掃除が終わっていないゲーム部屋にカエデの悲鳴がこだました。



 数時間後。

 

 データ復旧を頼んだゲーム運営会社のサポートセンターから、メールが届く。

 データリペアが終わるのは二日後、と書いてあった。


「よ、よかったのです。リーチェは直るのですね」


 そのメールを受け取るまでカエデは、生きた心地がしなかった。受け取ってようやく、安心する。


 けれど、彼女はまだ知らない。

 その二日後こそは、〈大災害〉または〈五月事件〉と呼ばれることになる事件が起きることを。

 このデータ破損こそが、彼女がはぐれてしまう原因であったことを。



 そして、迷子の日々が始まることを。

  

  

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